九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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 残酷描写及び一部センシティブな表現があるのでご注意ください。


玉兎は狸寝入りで狐を欺く

  異形共の屍が倒れ伏すのをちらと一瞥してから、サカイ先輩は申し訳なさそうな表情で萩尾丸に言った。

 

「す、すみません萩尾丸さん。異変が起きていた事には気付いていたんです。ですが結界が堅くて、中々こちらに辿り着けませんでした」

「別に構わないよ。何せ結界を張ったのは僕なんだ。その辺に転がっているお客様では無くてね」

 

 片頬に笑みを浮かべながら萩尾丸は告げる。

 闘いに専念する傍らで、結界まで張っていたとは。萩尾丸の抜け目なさや用意周到さ、それらを実現できる能力の高さに、源吾郎は瞠目した。

 

「僕たちと違って、工場棟で働いている人妖たちの多くは、闘いに不慣れだからね。それで巻き添えを喰らったら労災になるだろうし、何より可哀想じゃあないか」

 

 萩尾丸の言葉は、しかし源吾郎の耳には空々しく響くだけだった。乱闘が敷地の駐車スペース付近で発生したために、巻き添えを喰らって大破した車が一台あるためだ。それに何より、望玉蘭《ぼう・ぎょくらん》は脇腹に深手を負い、その場にうずくまっている。萩尾丸はしかし、サカイ先輩に話しかけこそすれ玉蘭の身を案じる素振りは無かった。

 

「……で、ですが萩尾丸さん。わたしにも番犬としての務めがありますよ。今回は、それが出来なかったんじゃあないかと思ったんですが」

「別に今回は、番犬に頼るまでも無かったという事さ」

 

 サカイ先輩もサカイ先輩で、自分が活躍できなかった事について言及し、口惜しそうな様子を見せているだけだった。萩尾丸は、当然と言うべきかそんな彼女に会話を続けている。

 

「見ての通り、僕や島崎君たちだけでも、お客様の対応は十二分に出来たからね。若い妖らにも経験を積ませてやらないといけない事は、君だって十分解っているだろう。

 それにサカイさん。君は今まさに、番犬としての務めとやらを君なりに全うしようとしているじゃあないか」

 

 萩尾丸の視線が、ここに来てサカイ先輩からふっと離れた。源吾郎も萩尾丸に倣い、視線を走らせる。青黒い紐状の触手が、土星猫と呼ばれた四足獣や山羊男の生き残りに絡みついていた。しかもよく見れば、口の方には猿轡と思しきものまで噛ませている。これらの仕掛けが、サカイ先輩によるものは明らかだった。触手自体から放たれる妖気は、サカイ先輩のものだったのだから。

 源吾郎はここで声を上げた。

 

「萩尾丸先輩! お客様の対応は僕たちで十分だなんて仰ってますが……そんな出鱈目な事を言ってはいけません」

「出鱈目だって。島崎君、一体何が出鱈目だと言いたいんだい?」

 

 冷ややかな眼差しを正面から受けて、源吾郎は一瞬たじろぎそうになった。しかし萩尾丸は敵ではない。何よりも玉蘭の容体が危ぶまれる瞬間だ。源吾郎は気弱にならぬようにおのれを叱咤し、言葉を紡ぐ。

 

「望小姐《ぼうしゃおじぇ》さんが……望小姐《ぼうしゃおじぇ》さんが深手を負ってしまったじゃあないですか。あれ、きっと、脇腹の肉がやられてますよ。どうにかしないと、手遅れに……」

 

 理路整然と話そうと思ったはずなのに、断片的な言葉しか出てこない。玉蘭は相変わらず蹲り、流れ出る血の海に半ばその身を浸していた。傷口を抑え込んでいるから見えないが、もしかしたら内臓を損傷しているのかもしれない。

 彼女の傍らには、生き残ったウサギや雪羽がおろおろとまとわりつくだけだ。

 と、玉蘭が首をもたげてこちらを見上げる。薄青くなった唇が、震えながら言葉を紡いだ。

 

「しま……ざき、さん。お気遣い、ほんとうに……ありがとう、ございます。ですが、ですが自分の状態は……自分が一番わかるもの。もうきっと、ながくない事は、わかっています」

「上官どの!」

「望小姐!」

 

 途切れ途切れの玉蘭の言葉に、側にいたウサギと雪羽の口から叫びが漏れる。

 玉蘭は蒼い顔で続ける。

 

「い、いずれにせよ……あなた方を、雉鶏精、一派の皆さんを、私どもの抗争に巻き込んで、しまったことは……申し訳なく、おもっております。ですが、ですが月棲獣や土星猫は、あなた方を敵と、見なし……」

 

 それが最後の言葉だった。玉蘭は力尽きたように首を垂らし、眼を閉じたまま動かなくなった。彼女の身を浸していた血溜まりも、もう広がる事は無い。生命を落とした事で血の流れが止まったからだろう。

 

「え、おい嘘だろ望小姐。死んだ、死んじまったのかよ」

「上官どの、上官どの、上官どの……おのれ、忌まわしき月棲獣どもめ。皆まとめて地獄に送り返してやる」

 

 雪羽の驚愕と、ウサギの悲嘆にくれる声が、ただただこの場に響く。

 二人の若く、純粋な気持ちを持つ妖怪たちの言葉を聞いているうちに、丹田の奥から憤怒の念が湧き上がってきた。劫火のごとき怒りの矛先は、玉蘭を屠った月棲獣に対して()()()()。すぐ傍にいる、萩尾丸に対してだ。

 

「萩尾丸先輩! あなたは、一体何をなさったのか解っているんですか? 望小姐を見殺しになさったんですよ。僕は……僕は萩尾丸先輩がそんな事をなさるとは思ってもいませんでした」

 

 憤怒とも悲哀とも恐怖ともつかぬ感情が駆け巡り、源吾郎は肩を震わせた。そんな源吾郎の姿を見ても、萩尾丸は戸惑ったりたじろいだりしない。冷ややかな笑みを浮かべるだけだった。

 

「逆に問うが、解っていないのは島崎君たちの方じゃあないか。僕たちは別に、望小姐どのを見殺しにした訳じゃあない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「?」

「何だと、それってどういう事だよ」

 

 奇怪な萩尾丸の言葉に、源吾郎も雪羽も戸惑うだけだった。そんな若妖怪たちを無視し、萩尾丸は玉蘭の側に歩み寄る。アスファルトの上に広がる血溜まりはまだ乾いていない。だが萩尾丸は気にする素振りを見せなかった。

 

「望玉蘭どの。ウサギながらも狸寝入りを決め込んでいる事は判っているんだ。さっさと起きたまえ。君だって、聞き分けの無い仔狐や仔猫がワンワンニャーニャ泣き喚くのを聞き続けたくないだろう」

「…………」

 

 玉蘭は微動だにしなかった。やはり彼女は死んでしまったのではないか。雪羽共々仔狐だの仔猫だのと言われた事などは気にしない。ただただ玉蘭の生死のみが気がかりだった。

 雪羽と目配せしあっている間に、萩尾丸がゆらりと右手を挙げた。

 彼の右手の先には、青白い焔が浮かんでいる。焔の大きさは野球ボールほどと小ぶりではある。だが見た目とは裏腹に、凄まじい火力を秘めた焔である事を源吾郎は悟った――彼もまた、火焔を操る術を会得しているからだ。

 にんまりと笑みを浮かべながら、萩尾丸は言葉を続ける。

 

「そうかい、そうかい。お亡くなりになったのなら仕方ないねぇ。僕の方で、荼毘にふして供養してあげようか。思えば月のウサギは、火葬にも縁が深いみたいだもんねぇ」

 

 今度はなんと、玉蘭の肉体を焼き払うと言い出したのだ。先程の内容に引き続き、突飛な言動と残虐さに源吾郎は絶句した。雪羽も同じような表情であるし、玉蘭の傍らにいたウサギも戸惑っているようだった。

 

「――解った、解ったわよ」

 

 さも観念したかのような声がにわかに聞こえてきた。見れば先程まで血溜まりの中で横たわっていたはずの玉蘭が、眼を開けて半身を起こしていた。身に着けている衣裳こそ血に塗れているが、身のこなしは普段と何一つ変わりない。

 痛みを堪えたり、傷を庇ったりする特有の仕草は、見受けられなかった。

 やにわに立ち上がった彼女は、血染めのブラウスに手を掛けた。槍を受けて出来た裂け目に手を伸ばしたかと思うと、そのまま布を裂き残骸を地面に放り、上半身裸になったのだ。

 玉蘭の半裸に、源吾郎も雪羽も視線が向いてしまう。肌は白く滑らかで、細身ながらも腹筋と背筋が適度に発達しているのが見て取れた。腹筋の上にも乳首があるのは、やはり人由来の妖怪ではないからだろう。かくいう源吾郎も、妖狐の血が濃いために乳首は胸から腹にかけて都合八つ存在している。男なので使い道は無いが。

 ともあれ、玉蘭は諦めたように声を張り上げた。

 

「私があの槍の一撃を受けたのは紛れもない事実よ。だけど致命傷でも何でもありませんわ。萩尾丸さんが部下の方たちと話し合っている間に、傷を塞ぐ事は出来ましたので」

「まぁつまり、君は不死身という訳だ。あるいは、高い再生能力を発揮できるほどの妖力を具えているかだね」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、萩尾丸は何度か頷いていた。心の中で名探偵でも気取っているのかもしれない。それにしては、表情も言動も毒気がありすぎるのだが。

 一方の玉蘭は、複雑な表情を浮かべつつ萩尾丸を見つめ返している。

 

「……この再生能力は、生まれつきのものではありません。玉兎の中でも一定の年月を生きた者、若くても功績のある者だけにもたらされるものなのです。不死の薬は……生半可な存在では口に出来ませんので」

「成程ねぇ」

 

 興味深そうな表情を浮かべてはいたが、萩尾丸はそう言っただけだった。玉兎の、後天的な不死性についてあれこれ言及しなかったのは、周囲にウサギの骸がチラホラと見受けられるからなのかもしれない。流石に同胞の屍の前で、その事について根掘り葉掘り聞くほど、萩尾丸も鬼畜ではないという事だろうか。

 

「まぁ色々と興味深い事はあるけれど、取り敢えず、君には今の状況を洗いざらい話してもらうから、ね。僕には解るんだ。君はただ敵に襲われただけではなくて、腹のうちに謀略を抱えている事を、ね。どうせ西王母様にいたというのも嘘なんじゃあないかい。月に住む玉兎だからこそ、月棲獣に敵意を抱いているんだろう」

 

 萩尾丸が言い切るや否や、周囲の空気が一変したのを源吾郎は感じ取った。

 雰囲気だけの話ではない。萩尾丸が先程まで張っていた結界を解除し、紅藤たちを呼び込む準備をしているためであろう。そんな風に源吾郎は思った。




 西遊記に登場する玉兎は、孫悟空と闘う際に着物を脱ぎ棄て全裸になって闘ったそうです。
 何故裸になったのか(迫真)
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