峰白をはじめとする幹部勢に囲まれている事に観念したのか、玉蘭は比較的素直に自分が知っている事や行おうとしていた事を暴露した。
やはりと言うべきか、玉蘭は紅藤たちに対しておのれの素性を一部偽り、無害な研修生として研究センターに潜り込んでいた。初日の自己紹介で「西王母の拠点である玉山に暮らす玉兎である」と言っていたが、これは嘘だった。彼女は最初から月世界の玉兎だったのだ。しかも、有象無象の兵卒などではなく、若いながらも将校としての役職に就いていたという。
流石に妖力は雪羽よりも劣るものの、実戦経験は豊富であり、戦闘能力が高い事は言うまでもない。本気で勝負をしたならば、殺されるのは雪羽であり、自分の方だと、源吾郎は思った。
「ああそうか。あの時雪羽たちの戦闘訓練を見ていた時におかしいと思ったけれど……やっぱりウサギの姉ちゃんは力を隠していやがったんだな」
一人合点したように三國が呟く。月華が不思議そうな表情を浮かべていると、側にいた春嵐が耳打ちして彼女に解説していた。玉蘭との戦闘訓練の折に、月華は顔を出していなかったのだ。
三國は側近たちが互いに話すのに任せ、自分は萩尾丸の方に吠えたてていた。
「聞きましたか萩尾丸さん。ウサギの姉ちゃんは、はなから俺たちを欺くために研究センターに潜り込んで、それでただの弱っちいウサちゃんに擬態していたんですよ。俺は、俺はその事に気付いていた。そうだろう萩尾丸さん」
若々しい見た目も相まって、言葉を重ねる三國の姿は、駄々をこねる子供かしょうもない事を誇らしげに語る中学生のように見えた。雪羽の手前、そんな事は言えないが。
「そんなに得意気に吠えなくても良いだろう、三國君。僕だって、望小姐どのが力を隠していた事、腹に秘密を抱えたまま僕たちに接近していた事は、
だからこそ、真琴様の眷属たちをお借りして、彼女の動向をそれとなく探っていたのだよ」
「チュウ」
「何だと……」
萩尾丸はあくまでも冷静な態度で告げた。興奮して吠えたてる三國の言動とは、残酷なまでに好対照をなしていた。
よく見ると、萩尾丸の肩の上には丸々と肥ったネズミが二匹も乗っかっている。真琴の眷属で特に力のある存在なのだろう。愛らしくひょうきんなネズミたちが、仕立ての良いスーツを着込んだ男の肩の上に乗っている。全体的にはシュールな構図だが、萩尾丸であるからかごく自然な姿に見えてしまった。
「だったら何で、あの時俺の考えを否定するような真似をなさったんですか」
「君の言動が
なおも抗議するべく吠えたてる三國に対し、萩尾丸は呆れ顔で応じた。
「敵を欺くにはまず味方から、という言葉を君は知らないのかい。僕たちが何も気付いていないように思わせておいて、彼女がどのように振舞うか、泳がせておいたんだよ。ある程度泳がせておいても、とんでもない被害は出そうになかったからね。
それに三國君。もし君に望玉蘭どのへの疑念を伝えたとしたら、『ウサギの姉ちゃんは何か企んでるから怪しい』と、誰はばかることなく吹聴して回るだろう。そうなれば向こうだって警戒するだろうし、僕の作戦もふいになってしまう。だから全てが露呈するまで、僕は何も知らないふりをしていたって事さ」
萩尾丸の言葉に、三國は流石に黙り込んでしまった。図星なんだろうな、と源吾郎は思った。他の妖怪たちも同じ事を考えていたに違いない。
雉鶏精一派の幹部たちの中では、三國は最も考えの解りやすい妖怪である。親愛の情であれ敵意であれ真っすぐに表現し、策を弄するなどと言う小賢しい事は行わない。ゆえに部下や妻子と言った親しい者たちからは慕われていた。源吾郎だって、三國の裏表のない気質は好ましく思っているほどなのだ。
一方で、萩尾丸などの幹部勢からは、力だけで浅慮な妖怪だと思われてしまっているのだが。
観念していた様子を見せていた玉蘭が、目線を上げて萩尾丸に問いかける。
「萩尾丸さん。私が単なるウサギの妖怪ではない事をどのタイミングで見抜いたのか、差支え無ければ教えて頂けますか。私も策を練る事が仕事なので、今後の参考にしたいのです」
「そもそもからして、玉兎は強い妖獣だとは踏んでいたよ。君ら玉兎の中には、あの孫悟空と互角に打ち合った者もいたんだからね」
前置きはさておき、だ。言いながら、萩尾丸もまた玉蘭を正面から見据えた。
「君がただ者ではない事に気付くポイントは二つあったんだ。一つは
さも得意げな様子で萩尾丸は言い放ったが、源吾郎は中々ピンと来なかった。玉蘭は少し気の強い所はあったが、源吾郎や雪羽への応対には、特段不自然な所は無かったはずだ。
雪羽と共に顔を見合わせている間に、萩尾丸は言葉を続けた。
「望玉蘭どの。あなたは島崎君や雷園寺君と接する時に、彼らに対して恐怖心や警戒心をひとかけらも持っていなかったように見受けられるんだ。それこそが、君が普通の若妖怪ではない何よりの証拠になるんだ。
僕らは仔狐や仔猫として扱っている二人だけど、見ての通り四尾と三尾の持ち主なんだ。妖力だけで言えば、三百年ほど生きた妖怪と大差なくってね。普通の、それこそ一尾や二尾程度ならば、島崎君たちの存在
「ああ、確かに……」
納得したように雪羽が声を上げる。源吾郎もまた、萩尾丸の言葉に他の妖怪たちとのやり取りを思い出していた。
言われてみれば、源吾郎に対して気負わない態度を見せるのは、年長の妖怪たちばかりである。生後百歳前後の若妖怪は、源吾郎や雪羽に対して遠慮がちだったり、多少警戒する素振りを見せたりする事が殆どだった。萩尾丸の部下や工場棟の作業員と言った、源吾郎たちの妖《ひと》となりを知っているものであっても、だ。
「一方で、僕の部下や工員をやっている若妖怪たちは、大なり小なり君の事を警戒している素振りを見せていたんだ。妖怪も所詮は生物の一種だから、強い相手には恐れをなして警戒するという本能があるんだよ。将校として仕事に励む望玉蘭どのに、改めて説明するまでもない事かもしれないけどね」
「…………」
玉蘭は何も言わなかった。図星だった事を認めたくなくてしらを切っているという雰囲気ではない。むしろ萩尾丸の言葉を受け、思案しているような素振りだった。
ややあってから、玉蘭が口を開いた。観念したと言わんばかりの表情を浮かべながら。
「いえ、いえ。やはり私も頭でっかちで、理屈っぽく考えすぎていたのだと思い知らされました。特に島崎源吾郎は、金毛九尾の末裔であり、這い寄る混沌を祀る司祭であると聞いていたので、少し警戒してはいたのですが」
「ああやはり、あなたは島崎君の事も警戒していたのですね」
そう言ったのは灰高だった。にやにやと笑う灰高に対し、玉蘭の傍らにいたウサギが声を上げた。
「そうとも。僕たち玉兎の中には、金毛九尾やその子孫たちに、ひとかたならぬ恨みを持っている者もいるんです。僕もご先祖様やお偉方からその話を聞いていたから、どさくさに紛れてあの狐を亡き者に出来ればと思っていたんだけど――」
「ちょっと! 余計な事は言わないでくれる!」
今まで取り澄ました表情を見せていた玉蘭が、慌てて仲間のウサギを怒鳴りつけた。先祖である金毛九尾が、悪事を働いたがゆえに恨まれ憎まれている事は知っている。しかし月世界に住む玉兎までが、金毛九尾を嫌悪しているとは驚きだ。
いずれにせよ、玉兎たちの企みを耳にした途端、八頭衆の態度が一変した。単なる厄介事を引き起こした輩から、度し難い暗殺者へと、皆の認識が変化したためだろう。
「まぁ確かに、島崎とかいう仔狐を、あんたたちが亡き者にしようと画策するのも解らなくはないわ。あんたたちの敵である月棲獣とかいうやつは、這い寄る混沌を崇拝しているんでしょう。その縁故で、島崎源吾郎が月棲獣と手を組む可能性だって考えられるし」
淡々とした口調で峰白が告げる。話している内容は物騒だが、玉兎たちの言葉を擁護するニュアンスが無いのが、唯一の救いだった。
峰白は言葉を切ると、思案顔を浮かべつつ紅藤に視線をスライドさせた。
「それで紅藤。このウサギたちだけどどうする? スパイ活動だけならさておき、あんたが可愛がっている仔狐を暗殺する事まで画策していたみたいじゃない。流石のあんたも、それは看過できないんじゃあなくて。さて、どうするの紅藤」
峰白が目を輝かせながら問いかける。妹分である紅藤が、玉蘭たちに残忍な罰をもたらす事を期待しているように見えた。必要とあらば、血腥い事に手を染める事も辞さないのが峰白なのだ。
「それは――」
複雑な表情を浮かべ、紅藤が口を開く。玉兎たちは既に、観念したように身を寄せている。玉蘭は不死身だというが、やはり傷を負えば苦痛は感じるだろう。生き物というのはそういうものなのだ。
だが紅藤の次の動きは、次の言葉は無かった。それよりも先に、上空から下界に向かって、鋭い風が吹き下ろしてきたのだから。