九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雉鶏精、玉兎への処遇を決める

 小桂娥《しょうけいが》への不快感と怒りの念でしばし黙り込んでいた雉鶏精一派の面々であるが、ただただ怒りに打ち震えている訳にもいかなかった。むしろまだ、行うべき事は山ほどあったのだから。闖入者の骸はまだ散らばっており、鑑識や実況検分は出来ていない。更に言えば、玉蘭たちの処遇ないし処罰は、雉鶏精一派に一任されていた。

 

「さて。ここからは、これからの事を考えなくちゃあならないわね」

 

 声高に、一言一句明瞭に発音しながら告げたのは峰白だった。彼女はごく自然に、流し目でもって紅藤を見た。

 

「紅藤。あんたもそう思うでしょう」

「ええもちろんですわ、峰白のお姉様」

 

 峰白の言葉に、紅藤は素直に頷く。彼女は手指を絡ませ印を組み、口の中で何事か唱えていた。認識阻害かヒト払いの術を行使したのが、源吾郎には感じられた。

 峰白たちがまず行おうとしているのは、玉蘭の処罰だった。何故そちらを先に回したのかは解らない。しかし皆が玉蘭を凝視している事だけは解った。

 

「……私の事は、あなた方で好きなように扱って頂いて構いません。処刑していただいても構いませんし、拷問にかけて頂いても結構ですわ」

 

 きっぱりとした口調で玉蘭は言う。処刑であれ拷問であれ受け容れる。好きにして構わない。玉蘭の口にした言葉の内容に、情けなくも源吾郎はたじろいだ。今や闘う事も日常の一部となった源吾郎であるが、嗜虐心などと言うものは持ち合わせていない。しかも人間として暮らしていた時の名残のためか、女性姿の相手や女妖怪が痛めつけられる事を思うと、男が相手の時よりも気分が悪い。

 

「処刑といっても、君は死なない肉体だと今さっき教えてくれたばかりじゃあないか」

 

 呆れたような口調で萩尾丸は言い、ついでに鼻を鳴らした。

 

「君の不死性とやらが、どの部分まで有効なのかというのを調べるというのならばまぁ解らなくもないよ。しかしそういう事は僕はやりたくないんだよ。死なない相手を殺せるまで痛めつけるというのは……やる方も気が滅入るからね」

 

 雪羽もまたたじろいでいる事を知り、源吾郎は少しだけ気が楽になった。

 それはそれとして、萩尾丸の言葉には仄暗い凄味があった。実際にやってのけた事がある者特有の、ある種のリアリティを伴っていたのだ。

 

「処刑は言うまでもなく、拷問にかけるのもやめておいた方が良いでしょうね」

 

 次にそう言ったのは峰白だった。玉蘭を見つめる眼差しに、慈悲の念はひとかけらも無い。冷徹に、合理的に判断したために言ったに過ぎない。明言せずともそう言っているも同然だった。

 驚いた様子で見つめる若妖怪たちにちらと視線を向けつつ、峰白は続ける。

 

「理由は二つあるわ。一つは望玉蘭を私怨ないし彼女を屈服させるために拷問にかけたとしても、大した意味を成さないからよ。再生能力が高く、不死に近いというのも事実でしょうね。だけど望玉蘭。あんたたちはある程度のレベルの拷問に耐えられるような訓練も受けているんじゃあなくて? 何せああんたたちが殺し合っているのは、拷問を好む月棲獣でしょう。であれば、敵対者たる玉兎も、拷問を知り、拷問に馴染み、拷問に耐えられるように訓練されているとしてもおかしくないわ。ねぇウサギちゃん。私の言葉に間違いはあるかしら」

「――いえ」

 

 玉蘭は小さく首を振り、そう言っただけだった。だが、峰白の言葉が図星である事、言い当てられて彼女が驚いている事は、表情と仕草で明らかだ。

 

「それに拷問にかけて相手を無駄に苦しめる位なら、初めからサクッと殺しておいた方が()()()だって私は思うのよ。下手に苦しめるだけ苦しめて生かしておいたら、相手の恨みが募って報復される可能性だって出るんですから」

 

 説明を続ける峰白の顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。彼女の話を聞いた、八頭衆ないし彼らの側近たちの表情はまちまちだ。灰高や真琴のように納得したと言わんばかりに頷いている者もいる。一方で、三國や彼の重臣のように顔を引きつらせるものもいた。

 源吾郎と雪羽はもちろん後者だ。峰白の性格も、言わんとしている事も理解してはいる。心が受け入れられるかどうかは()()()だ。

 

「もう一つの理由は、あんたたちの飼い主である、小桂娥の存在が大きいわね」

 

 他の妖怪たちの挙動など一顧だにせず、峰白は言葉を続けた。

 

「端的に言えば、あんたを粗略に扱う事で、飼い主である小桂娥の怒りを買いやしないかと私は懸念しているのよ。仙女たちの中ではどうなのかは解らない。だけど私たちみたいな在野の妖怪では、彼女に敵わないであろう事は既に把握しているわ。

 何せ彼女は――私たちの事を()()()()()程度にしか感じていないんですもの」

 

 さも悔しげに峰白は顔をしかめた。玉蘭の瞳が、またしても大きく見開かれる。小桂娥の強さを看破した事に、彼女は驚いているらしかった。

 

「峰白様は、小桂娥様の強さを見抜いておいでだったんですね……?」

 

 呟きに近い玉蘭の言葉に、峰白は頷く。少し怒ったような表情を見せながら。

 

「普通の妖怪はね、胡喜媚様()()を恐れるなんて事は言わないの。それにあのフワフワとした態度は、生まれついての圧倒的な強者特有の物よ。

 ご存じかしら望玉蘭。生まれつき強い妖怪って言うのは、かなり()()()()のよ。相手が自分の脅威になるって考えが抜け落ちているから、考えなしで浅はかな言動をしてしまうって訳」

 

 峰白は流石に、強い妖怪について話す際に小桂娥を名指しする事は無かった。玉蘭がこの時、どんな表情を浮かべていたのか源吾郎には解らない。強い妖怪、特に生まれつき強い妖怪は浅はかで愚かだ。峰白の言葉が、源吾郎の胸には鋭く刺さった。見れば雪羽も、源吾郎と似たような表情を浮かべている。

 

「いずれにせよ、あんたの言葉を信じて私たちが無邪気に拷問なりなんなりやっていたら、小桂娥どのの怒りを買う可能性があると思ったのよ。あくまでも、あんたの管轄は小桂娥どのなんだから、ね。

 私のこの意見に、異論はあるかしら」

 

 異論というほどではないけれど。峰白の呼びかけに、第五幹部の真琴が応じた。

 

「小桂娥様が随分と気まぐれなお方だという事は、私もよく解ったわ。だけど峰白ちゃん。それならば私たちが望玉蘭をある程度丁寧に扱っていたら扱っていたで『何であんたたちは、私の命令に背いた馬鹿ウサギを可愛がっているのよ!』と腹を立てる可能性だってあるんじゃあなくて。気まぐれそうな仙女だったし」

「……もちろん、その可能性も捨てがたいわ」

 

 真琴の指摘に、峰白は表情を変えずに頷いた。

 

「だけどね真琴。小桂娥どのがそう言って立腹する確率は、私たちが玉蘭を拷問にかけた時に怒りを買う確率よりもはるかに低いと私は判断したの。きっと彼女の事だから、私たちが仕置きをした所で『自分の飼いウサギに、何を勝手な事をしでかしているのよ!』と腹を立てるのがオチだわ。私には解る、解るのよ」

 

 峰白の言葉に、真琴は納得したような表情を見せている。人道的な観点や妖怪が持つ情けなどは一切考慮せずに、ただただ合理性とリスクのみで判断を行う。峰白は淡々と意見を重ね、真琴も淡々と納得していた。ある種の薄ら寒さや自分には及ばぬ極地だという考えを、源吾郎の心に植え付けながら。

 峰白はここで、今一度紅藤に視線を向ける。

 

「紅藤。そんな訳だから、望玉蘭の面倒は引き続きあんたが見なさいね。但し、これからは研修生としてではなく、捕虜として面倒を見る事。それだけ意識していれば良いわ」

「元よりそのつもりでしたわ、峰白のお姉様」

 

 紅藤は頷き、たおやかに微笑んですらいた。峰白も微笑んでいる。使い勝手のいい手駒が、おのれの意のままに動く事が確認できたという類の笑みだったけれど。後に続く「あんたは()()()から、手荒な事は仕出かさないでしょうし」と言った時の優しい、という部分に、皮肉が籠っているように感じたのも気のせいでは無かろう。

 ともあれ紅藤の態度には満足したらしく、峰白の視線は萩尾丸に向けられた。

 

「萩尾丸。念のために、あんたはウサギ娘の動向を監視しておくのよ。紅藤が、気に入った相手に甘い事とか、コロッと騙されやすい事はあんただってよく知っているでしょう」

「――御意に」

 

 萩尾丸もまた静かに頷いただけだった。峰白にかしずかんばかりの言動はやけに手馴れている。今でこそ紅藤の参謀として立ち働いているが、かつては峰白に鍛えられていたらしい。暇な時に聞かされた昔話を、源吾郎はふと思い出した。

 あの。ここで玉蘭が、何を思ったのか声を上げた。

 

「二つほど、お伝えしたい事があるのですが、構わないでしょうか」

「僕らに意見とは良いご身分だね――すまない冗談だよ。続けたまえ」

 

 萩尾丸の言葉は果たして冗談だったのか。思う間もなく、望玉蘭は言葉を続ける。

 

「私自身の処遇については、何の異存もありません。ただ……仲間の玉兎たちには、寛大な措置をお願いしたいのです。次に、あなた方も、もはや月棲獣や土星猫を敵に回しました。小桂娥様は去っていきましたが、我々があなた方の援軍としての協力を望んでいる事を、ゆめゆめお忘れなきよう……」

「ああ解ったよ。その辺は後で検討してあげるから、ね」

 

 彼女が最後まで言い切るのを待たずして、萩尾丸は言う。それから彼は指を鳴らした。玉蘭の服に何がしかの紋様が浮き上がる。それと共に、彼女が身をよじった。

 玉蘭の身体から妖気が抜けていき、最終的に彼女は、巨大なウサギの姿へと変化した。大きさは小柄な柴犬ほどであり、やはりと言うべきかクリーム色の毛並みにブドウ色の瞳を具えている。喉元から胸の辺りは柔らかく膨らんでいる。大人のメスウサギが具える肉垂を、玉蘭も持ち合わせていた。

 ウサギ姿の玉蘭を見下ろしながら、萩尾丸は言う。

 

「峰白様。ひとまず彼女の身柄は、引き続き研究センターで預かります。仰った通り拷問や尋問は行いませんが、また何か仕出かしてもいけませんので、妖力は抜き取っておきました。といっても、数日たてば戻りますがね」

「良い仕事をしたわ」

 

 峰白はウサギと萩尾丸を交互に見やりながら、満足げに微笑んだのだった。

 しかし、源吾郎たちはただ笑っている訳にはいかなかった。雉鶏精一派のない部では、ある程度話はまとまった。しかし外部からやって来た術者や自警団の面々との事情聴取が待ち構えていたのだ。

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