三國が昼食の場として源吾郎たちと一緒に向かった和食屋とやらは、確かに料亭としての風情も具えていた。少なくとも、外装はそんな感じだったのだ。住宅地の外れに位置し、すぐ傍に田畑の名残や竹林やらが控えているから、より一層そう思えたのかもしれない。
余談だが複合施設からは車で七、八分ほどの場所に位置し、もちろん妖怪向けの飲食店だ。獣妖怪の多くは、ネギやアボカドなどと言った人間向けの食材が毒として作用してしまう。妖怪向け、特に妖狐や化け狸と言った妖獣向けの店舗では初めからそうした物を使用していないため、安心して料理を楽しめるのだ。
テンかイタチの従業員に案内され、三國たちの一行は奥まった六人掛けの座敷に通された。客や従業員が出入りする場所以外の三方は、それとなく壁ないし衝立で覆われている。認識阻害の術が薄く付与されている事に、源吾郎は目ざとく気付いた。
ハッとして三國の顔を盗み見る。彼は少し気まずそうな、あるいは申し訳なさそうな表情で源吾郎と米田さんを交互に眺めていた。
「二人とも、君らも君らで都合やら何やらあっただろうに、俺に付き合ってくれてありがとう、な。半ば強引に連行する形になっちまったしさぁ」
「三國さん。連行だなんて物騒な事は仰らない方が良いですよ。ただでさえ、私たちはけったいな組み合わせだと思われているんでしょうから」
「ううむ。一理あるけれど飯綱さんは真面目やなぁ」
ぎこちない口調で告げる三國に対し、飯綱と堀川がそれぞれおのれの意見を口にしている。源吾郎は緊張している事をしばし忘れ、三人のやり取りを眺めていた。三者三様の彼ららしさが滲んでいるなと思いながら。
三國は指を組み、尚も言葉を続ける。
「まぁでも……米田さんに話したい事というか、教えてもらいたい事があるのは本当なんだよ。俺も本当は、腹芸の類は得意じゃあない。でも幹部としてやっていくには、まぁそういう事も必要らしくってさ。萩尾丸さんや灰高様たちやネズ公連中だけじゃあなくて、双睛の兄さんも情報収集とか現状の把握に力を入れているみたいだし――」
「ご注文はいかが――」
三國の物言いはいつになくもごついたもので、中々本質に迫りきれていなかった。そのせいだろうか。グラスを載せた盆を携えた店員が注文を聞きにやって来てしまったのだ。
店員は化けテンの青年で、三本の尾を生やしていた。八尾を隠さずに出している三國の姿を認めるや、ぎょっとした表情を浮かべる。だがすぐに、営業スマイルをその面に貼り付け、おずおずと源吾郎たちに問いかけてきた。
「ああ、すみませんお客様。お取込み中のようでしたら、後でご注文をお聞きしましょうか」
「いやいや、大丈夫だよ兄さん」
先程とは打って変わり、快活な様子で三國は告げる。
「ここにいるのは、俺も含めてみんな食べ盛りの連中だからさ。お昼の注文は早めに決めておきたいと思っているんだ。それに、込み入った話をするにしても、口を潤すための飲み物は必要だしね」
「かしこまりました」
こちらも先程まで動揺していたのは何処へやら、店員は落ち着いた調子でグラスを運び、三國たちの注文を確認していった。源吾郎と米田さんも、お品書きを見て慌てて注文を決めた次第である。
グラスの分配と注文の確認が終わると、化けテンの店員は一礼した。三國がさも当然のように彼にチップを渡している。
――あの化けテンの妖《ひと》は、きっと手練れだろうな
遠ざかっていく店員の後ろ姿を眺めながら、源吾郎はぼんやりと思った。彼は三尾の持ち主であったが、二尾から三尾になったという雰囲気ではなかった。彼の身に何かもう一押しあれば四尾に化ける。それほどの妖力を保有しているように、源吾郎には感じられたのだ。普通の妖怪で三尾ないし四尾相当と言えば、かなり強力な妖怪である――実力は言うまでもなく、経験の豊富さから言っても。
して思うと、二十代半ばほどの若者の姿もまた、客を威圧しないための擬態なのかもしれなかった。単なるバイト定員のように振舞っていたが、きっと彼はより重要な存在なのだろう。詮無い事と思いつつも、つらつらと考えを巡らせてしまっていた。
あるいは、望玉蘭《ぼう・ぎょくらん》がある種の工作員として研究センターに潜入していた事を受けて、源吾郎も神経質になっているのかもしれない。
「……とまぁ、このお店はこんな感じだからさ、色々と込み入った話もできるんだよ。店員たちも口が堅いしね。お偉方とか要妖《ようじん》とかも利用する割には料理も価格も庶民的だし、至れり尽くせりでもあるのさ」
「ええ、確かにそんな感じでしたね」
えびす顔で告げる三國に対し、米田さんも笑顔で応じている。源吾郎も少し遅れて頷いた。その道に詳しい米田さんが頷いたから、源吾郎も頷いたように見えてしまったかもしれない。しかし源吾郎は、化けテンの店員を見て判断したのだ。声高に主張するつもりはないが、確固とした考えが頭の中には居座っていた。
※
皆で注文した料理が来るのを待っている間に、三國は話の本題へと入っていった。
「単刀直入に話すと、俺たち雉鶏精一派は地球外生命体共の抗争に今まさに巻き込まれている最中なんだよ。それでな、俺たちは玉兎の……月のウサギの方に加勢する事になったんだ。日にちと手段が揃えば、俺らは月へカチコミにも行かないといけないしな」
「月って……」
いかな米田さんと言えども、月へのカチコミという言葉に驚いて目を見開くばかりだった。例によって飯綱が「単刀直入過ぎるんですよ」と呆れ顔でツッコミを入れている。
それでも気を取り直し、三國たちと源吾郎は米田さんに事のあらましをかいつまんで説明した。玉兎の工作員たる望玉蘭が研究センターにやって来てから、一昨日の騒動の顛末までについての話だ。
話を聞くうちに、米田さんも落ち着きを取り戻していった。米田さんも外様と言えども、研究センターの内情は源吾郎を介して知っていたからだ。それ以上に、彼女が聡明な妖狐である事も大きいだろう。
「つまるところ、本来であれば月で争っていた勢力が、この地上でも闘っているという事でしょうか。そして三國様たちも、玉兎たちと縁があるために彼らに味方しなければならなくなったという感じですよね」
米田さんの言葉に、三國はその通りだと頷いた。
「まぁアレだ。この間の映画と同じような状況さ。なんせ地球上で侵略者と異星人が闘うんだからさ」
三國は敢えて映画を例に出し、声を上げて笑ってみせた。茶化している訳でもふざけている訳でもない。現に彼の笑顔は、ぎこちなく引き攣っていたのだから。
「確かに、似ていると言えば似ていますね。玉兎にしろ月棲獣や土星猫にしろ、私たちみたいな地上の生物たちには十分脅威になりうる存在ですものね」
米田さんの言う通りだと、源吾郎は心の中で思った。だが彼が頷くよりも先に、堀川が微笑みながら言葉を紡いでいた。
「ああですが米田さん。俺たちにとって危険なのは、敵対者である月棲獣や土星猫だけですよ。あいつらは他種族を奴隷にして拷問に掛けたり、地球上の哺乳類を討ち滅ぼしたりする事に心を砕いているみたいなんですからね。
それで、玉兎の方はそんな月棲獣や土星猫の侵略を喰いとめる役割を担っているみたいですよ。元々は地球上にいたウサギの変種らしいですし。それに研究センターに工作員として潜り込んでいた望玉蘭とやらも、一昨日から幹部勢にガン詰めされて、それで大人しくなってますし」
「君の意見はちと楽観的過ぎると思うんだけどなぁ」
物憂げな表情で三國が告げる。難しい顔をする彼の姿には、物憂げな翳りが漂っていた。
思案し、話そうかと思っている最中に、再び店員が入ってきた。今度は化けアライグマの少女が、料理を運んできたのだ。海鮮フライ定食なんて、結構時間がかかるはずではないか。丼物と来るなんて珍しいな。気まずさと物珍しさがないまぜになった考えが、源吾郎の脳裏で浮き上がる。
何やらこちらを窺うような眼差しを向けていたが、配膳を終えると化けアライグマの少女はそのまま立ち去った。彼女がラス子と呼ばれる存在である事に気付いたのは、一通り配膳を終えた直後の事だ。とはいえ、向こうもこちらも緊張していて、声をかける事なんてできなかったが。
「……大きな声で言えないけれど、俺は玉兎
半ば嫌悪すら滲む三國の言葉に、源吾郎はただ黙って頷くだけだった。彼の主張には腑に落ちる部分もあったし、衝撃的に感じる部分もあった。
月棲獣や土星猫とほぼ互角に闘えるのだから、玉兎も相当な戦闘能力を秘めている。この部分については、源吾郎も異存は無い。仮に玉兎がただ清らかでか弱いだけの存在であれば、月世界では月棲獣や土星猫に隷属し、あるいは狩りつくされていただろう。そうした運命をまざまざと受け容れないであろう事は、玉蘭を見ていたからよく解る。彼女は高い戦闘能力と、敵に対する容赦のなさを兼ね備えていたのだから。
一方で、玉兎も嬉々として敵を拷問に掛けて殺す事があるという話には驚いてしまった。あるいはそれも、三國の嫌悪感や驚きの念が、源吾郎にも伝染しただけかもしれないが。
ちなみに、先日研究センターに入り込んだ土星猫たちの生き残りは、全員地下の拷問部屋で拷問に掛けられたのだという。その際に玉蘭も立ち会わせたのだが、彼女は手ずから拷問できなかった事を残念がっていたという。
話を聞いているうちに、玉兎というのがどんな存在なのか、源吾郎にはいよいよ解らなくなってきた。敵を拷問に掛けて楽しむというのは、果たしてどういう考えなのか? そもそも月棲獣も土星猫も残忍で獰猛な存在である。そうした悪夢めいた魔獣と闘うには、こちらも悪鬼羅刹に成り果てなければならないという事なのだろうか――好意的に考えても、そんな考えしか浮かばなかった。
しかも理由はさておき、
「望玉蘭自身だってな、確かに今は大人しいけれど、素直に紅藤様たちに従っている訳じゃあない。俺には解るんだよ」
「素直に従っている訳ではないとは、一体どういう事でしょうか」
ここで米田さんが口を開いた。玉兎云々の話には黙って耳を傾けていたが、やはり気になる事が噴出したのだろう。
「まぁその……面従腹背の気配があるんだよ。知ってると思うけれど、俺も多くの妖怪たちの面倒を見てきて、それでリーダーシップを振るう事も一度や二度じゃあない。だから判るんだよ。相手が心から服従してくれているのか、反抗心を押し隠して言う事を聞いているだけなのかがな。
望玉蘭の場合は後者だった。元々からして、素性と力量を偽って潜入してきたような悪賢いやつだ。少しガン詰めされたくらいで、めそめそと従うような手合いじゃあないだろうさ」
「まぁ昔から、狐七化け狸八化け、貂は九化けに兎は
何だって。軽く目を剥いて問いかける三國に対し、源吾郎は返答した。
「まぁつまるところ、ウサギは狡猾って事ですよ。よくよく考えれば、カチカチ山でも化け狸を騙して懲らしめて、最終的に成敗しているみたいですし」
「確かに、言われてみればそうだなぁ」
頭の後ろで手を組みつつ、三國はぼやいた。
「それにしても、萩尾丸さんの望玉蘭の……玉兎連中への扱いは、ちと手ぬるい所があるように思うんだよな。そらまぁ、積極的に拷問とか虐待をして痛めつけろって言いたいわけじゃあない。何と言うか、バックにお偉方がいるって事で、あのお方も遠慮しているのが何となく伝わって来るんだよ。萩尾丸さんらしいと言えばらしいんだけどさ」
いかにも三國が考えそうな事だ。グラスの水で喉を潤しながら、源吾郎は静かに思った。雷園寺家の次期当主候補たる雪羽の養父であるから見落としがちであるが、三國は元々反体制派の思想の持ち主である。
若い頃に較べればいくらか思想も穏やかになったものの、それでも権力を笠に着る者たちに嫌悪の念を示す事がしばしばある。そんな彼にしてみれば、西王母ないし嫦娥の威光を振りかざす玉兎たちは、面白くない存在であろう。
しかし三國も言い過ぎたと判断されたらしい。飯綱はわざとらしく咳払いし、三國に目配せしていた。
やはりコンプライアンス的な物を考慮してか、三國も玉兎について突っ込んだ事は語らなかった。その代わりに、米田さんに玉兎や月棲獣の動向について聞き出したのだ。
米田さんは基本的に大阪方面で活動している。また数日前まで東北の方に遠征していた。阪神地区、特に港町近辺とは妖怪や魔獣の活動状況も異なっている。そういう意味では、三國が米田さんに話を聞きたがるのは自然な事であろう。
とはいえ、米田さんの住む尼崎近郊や遠征に出向いた東北では、特に月棲獣や土星猫と言った奇怪な魔獣の存在は確認できなかったそうだ。
ただその代わり、鼻先に触手を生やしたヌートリアめいた獣を見たとか、ウサギ小屋を襲撃した男が半死半生の状態で発見されただとか、そうした情報を三國たちに教えてくれた。いずれも遠征に戻ってから聞いた話だという。
「そうか。やっぱり地域によって連中の活動状況は違うんだな」
ありがとう。三國は礼を述べて米田さんに微笑みかけた。