九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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天狗の本心、打ち合わせの幕開け

 令和五年・四月二十九日。米田さんとホップに見送られつつ、源吾郎は研究センターへと出勤した。世間的には祭日であり、勤め人の大半にとってはゴールデン・ウィークの入り口でもある。しかし月世界の住民たちの乱闘を受けた今、休みがどうなどと言っている余裕は無かった。そもそもからして、源吾郎は昨日一昨日と休暇を貰っていた訳であるし。

 出社した源吾郎を真っ先に出迎えたのは、何と萩尾丸だった。傍らには何故か雪羽も側に侍っている。

 普段ならば、雪羽が単体で源吾郎の許に近付いて来るのが常だった。だからわざわざ萩尾丸がやって来た事、しかも雪羽を伴っている事が、何とも珍しく感じられたのだ。

 

「二日ぶりだね島崎君。君も大きな騒動を目の当たりにしてしまったけれど、二日間の休暇でリフレッシュ出来たかね」

 

 問いながらも、萩尾丸の視線は一瞬雪羽に向けられていた。雪羽にも同じ事を聞いたであろう事は、彼の気まずそうな表情から察する事ができた。彼も彼で、三國たちの許で休み、英気を養ったのだろう。

 源吾郎はだから、極力雪羽を見ないようにして、萩尾丸の問いに応じた。

 

「はい。おかげさまでリフレッシュ出来ました。紅藤様や萩尾丸先輩たちは、僕たちが休んでいる間も働いてらっしゃると思うと、少し申し訳ないですが」

「ふふふっ。先輩ってば健気な事を仰ってますけれど、昨日は米田さんとのデートを存分に楽しんだんでしょ? しかもランチは叔父貴におごってもらったみたいですし」

 

 それまで黙っていたはずの雪羽が口を開き、さも愉快そうに笑いだした。先程までの殊勝な態度は一体何だったのか。驚きといくばくかの怒りの念を込めて雪羽を睨む。しかし雪羽は涼しい顔で視線を逸らせただけだった。

 

「まぁ結局は、三國君のランチ代は僕が受け持つわけだから、僕のおごりという事になるんだけどね」

 

 平然と萩尾丸までもがそんな事を言ってのけた。しかも彼は、米田さんはその後どうしたのかすら聞いてきたのだ。面白そうにニヤニヤと笑う雪羽とは逆に、今度は源吾郎の方がタジタジとなってしまった。

 

「玲香さんは、いえ米田さんは午前中にはお戻りになるんです。愛車の点検とか、タイヤ交換がありますので」

 

 源吾郎はしかし、正直に答えた。雪羽はこの時期にタイヤ交換するのは遅すぎると不審がっていたが、そういう反応は別にどうでも良い。じっと黙り込み、思案する萩尾丸の挙動にこそ、源吾郎は注意を払っていた。

 そうか。ややあってから萩尾丸は呟いた。目を動かし、源吾郎の瞳を見据えてから、彼は問いかける。

 

「ちなみに米田さんは、再び君の部屋に戻ってくる予定とかはあるのかな」

「いえ……」

 

 今回の返答には、いくばくかの迷いの念が混じっていた。ただ単に、米田さんの今後の動きを掴み切れていないからだ。

 

「少なくとも、車の点検とかの関係で、今日明日は尼崎に滞在なさると思います。その後は……僕も正直判らないんです。しばらくの間は休暇を貰うとの事でしたが、状況が状況なので」

 

 米田さんの事だ。源吾郎が望めば(その上で彼女自身の都合がついたら)、自宅から舞い戻って源吾郎の本宅に逗留してくれるだろう。しかし一方で、尼崎から吉崎町へ戻ってくるのは危険ではないかという懸念もあった。

 萩尾丸は納得したように頷き、口を開いた。

 

「成程ね。そっちの状況は解ったよ。米田さんが戻って来るかどうか解らないのなら、別に彼女に戻ってくるように言わなくても構わない。そもそも島崎君は神経質な所があるから、恋人と言えども他妖《ひと》が自分の部屋に留まっているのも嫌だろうしさ」

 

 無言のままに、萩尾丸の言葉を吟味する。月世界への遠征が間近に迫っている事を、暗に示しているように感じられた。

 雪羽が不思議そうな表情で萩尾丸を眺めている。米田さんが滞在するか否かを問いただした事に、疑問を抱いたのだろう。源吾郎たちが何か言い出す前に、萩尾丸は告げた。

 

「島崎君。何故さっき米田さんの事について尋ねたのかは、後で説明するよ。その事を今、呑気に話す時間は無いからね。それよりも今日は、月世界の遠征や土星猫たちの動向についての打ち合わせがあるんだ。島崎君と雷園寺君は本部で幹部の皆さんと混ざって出席する事になるからね」

 

 打ち合わせが朝の十時半から行われる事は、源吾郎もちゃんと知っていた。昨日三國から教えてもらったからだ。雪羽もまた事前に知っているらしく、特段驚いた素振りは無い。

 

「俺たちは月世界に遠征に行く側ですもんねぇ。萩尾丸さんも、本部で話を聞かれるんですか?」

「いいや。僕はリモートで参加しようと思っているんだ」

 

 意外な言葉に、源吾郎と雪羽は顔を見合わせた。萩尾丸は動じる素振りなど見せず、淡々と言葉を続ける。

 

「正直に言って、僕は今回月世界への遠征には出向かないつもりなんだ。というよりも、月世界への遠征については、紅藤様や青松丸君に任せるつもりでいるんだよ。青松丸君も若者気分でいるけれど、あいつもああいう歳じゃあないからね。紅藤様の子息として、ヒナ鳥の頃からずぅっと期待を掛けられてきたんだ。そろそろ大仕事を担うようになってもらわないと困るんだよ」

 

 呆れとも憤慨ともつかぬ声音で言い募り、ダメ押しとばかりに萩尾丸はため息をついた。源吾郎たちの視線に気付いたのだろう。萩尾丸は真面目な表情を作って言い添える。

 

「前置きしておくけれど、何も僕は怖くて月世界への遠征に参加しない訳ではないよ。成り行きで僕たちも闘わなければならなくなったけれど、五年前に八頭怪を封じた時とは訳が違うんだ。あくまでも僕たちは、月世界の民に助力されて闘うんだからね。

 それに月棲獣や土星猫たちは、既に地球上にも侵略しているというじゃあないか。雉鶏精一派の、主だった戦力を月世界に派遣してしまって、それで本部を叩かれてしまっては本末転倒だからね。だからこそ、兵力を分(・)散(・)させているのさ」

 

 月世界が怖くて遠征に参加しない。萩尾丸がそんな風に思っているなどと言う事は、言われずとも考えには浮かばなかった。萩尾丸には萩尾丸の考えがあると、源吾郎は信じて疑わなかったからだ。彼の考えが、他の妖怪に較べて冷静かつ合理的な根拠に基づいて出てきたものであるとも思っていた。裏があるのではと勘繰るなどは論外だ。

 むしろ敢えて口にする事で、そう思っているのではないかと源吾郎たちに示しているようなものではないか。

 いや、やはり萩尾丸の心中には、月世界での闘いへの不安があるのだろう。上司である手前、源吾郎たちの前では取り繕ってはいる。しかし心の中までは嘘をつけず、本音として表出してしまったのかもしれない。

 

※

 本部にて行われる打ち合わせの場には、多くの妖怪たちが集まっていた。頭目たる胡琉安を筆頭に、八頭衆に名を連ねる幹部が六名、そして幹部たちの側近が主要メンバーだ。彼ら以外にもそれぞれの幹部の配下や、客妖《きゃくじん》たちも複数招集されていたのだ。

 研究センターを擁する第二事業所も、今回ばかりは大所帯だった。何せ萩尾丸とサカイ先輩以外は出席しているのだから。捕虜たる望玉蘭もいるから、都合五名の小集団である。

 小集団を形成していたのは、他の幹部勢力も同じ事だった。緑樹や三國などは、信頼する側近たちを二、三人連れている。萩尾丸や双睛鳥は本部には来ず、リモートで参加したりそもそも打ち合わせ自体に欠席したりしている。それでもそれぞれの腹心と呼べる側近たちが代理で来ており、やはり配下を伴っていた。そう思うと、側近を連れていない峰白や鴉天狗を一羽だけ伴っている灰高などはかなり身軽だ。だがよく見れば、灰高の側にも玉兎と思しきウサギ妖怪が何羽か侍っていた。

 だが源吾郎が驚いたのは、第五幹部のツレだった。化けネズミの真琴が、息子の一人である桶彦を連れているのはまだ解る。彼は真琴が繁殖に勤しんでいる間、第五幹部の代理として立ち働いていたのだから。しかし彼と共に、食屍鬼《グール》の亜孤姫《あこひめ》も同席していたのだ。招かれて当然という顔をしながら。

 彼女はここ最近、刑期を終えて真琴たちに身柄を引き渡されている。元より所属していた食屍鬼の一族からは訣別していたため、他に帰る場所が無いのは事実だ。しかし八頭怪との闘いの折には、彼女は確かに八頭怪についていた。言うなれば敵対者であり、外様の中の外様だ。

 間違っても、幹部たちに恭しく扱われるような立場ではない。真琴は何を思って、敵だった食屍鬼の娘を連れているのか。捕虜のつもりなのか。それにしては、玉蘭のように警戒していない。

 

「皆様、お揃いのようですね」

 

 思考を断ち切るように声が響く。司会を務める妖狐の林崎ミツコが、周囲を見渡して告げたのだ。源吾郎は思わず、彼女に視線を向けた。しかしミツコは、萩尾丸の代理にして司会役の彼女は、平然とした表情のまま源吾郎の視線を受け流した。

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