九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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化鳥と玉兎の近況報告

 参加している妖怪たちの多さ、物々しい雰囲気に、源吾郎は早くも呑まれそうになった。そんな若妖怪の気持ちなどお構いなしに、打ち合わせは粛々と進んでいる。

 客妖《きゃくじん》たちの挨拶も簡潔に終わり、来賓とも言える青鳥への感謝の言葉もそこそこに、司会役のミツコは本題へと切り込んでいった。

 すなわち望玉蘭《ぼう・ぎょくらん》を迎え入れてから現在に至るまでの経緯についてだ。

 その話の中には、乱闘の折に高級車が一台大破した事、車の持ち主との顛末についても言及されていた。研究センター側と車の所有者たる派遣社員とは示談となったものの、向こうは退職する事となったらしい。

 もっとも件の社員は、飲酒・セクハラ・他の社員との喧嘩などを常習的に起こす問題社員だったという。しかも実家が資産家ゆえに、一介の派遣社員と言えども退職させる事ができず、現場では頭を悩ませていたらしい。

 それ故に「こんな物騒な所で働くなんて真っ平だ」という言葉を向こうから引き出して退職してくれたので、研究センター及び工場棟の面々は安堵しているのだという。

 峰白や灰高は、萩尾丸からこの話を聞いて「賢(・)い(・)立ち回りだ」などと言って笑っていた。源吾郎は笑えなかった。あれだけの乱闘で車一台しかお釈迦にならなかったが、あ(・)れ(・)は(・)偶(・)然(・)で(・)も(・)何(・)で(・)も(・)な(・)い(・)。今更ながらその事に気付き、打ち震える他なかった。

 

「――以上が、私ども雉鶏精一派が直面している現状になります。紅藤様に灰高様。研究センター及び他の事業所で管理している玉兎たちについて、報告事項があればお願いいたします」

 

 話が一通り終わった所で、ミツコが呼びかける。管理という言葉が堪えたのか、灰高の側にいた玉兎たちの耳が震えている。

 まず紅藤が口を開いた。

 

「はい。まずは私から現状を報告いたします。第二事業所では、引き続き望玉蘭を捕虜として身柄を確保しています。現時点では私どもに従順で、特に危険を感じるような事はございません」

 

 紅藤様が危険を感じる状況というのは、そう易々とやって来ないのではなかろうか。源吾郎の脳裏に疑問が掠める。何処か疑わしげな表情を見せながら、峰白が喋り始めた。

 

「紅藤。あんたの所のウサギ娘も、随分としおらしくなったわね。しかも顔に覇気がないわ。まさかあんたたち、私に隠れて拷問なりなんなりしたんじゃあないでしょうね?」

 

 峰白の声は僅かに震え、顔も感情の揺らぎが見え隠れしていた。紅藤が仮に玉蘭を拷問して従わせたとでも言ったら、惜しまずにその事を糾弾しかねない表情だった――拷問を受けた玉蘭を憐れんでいる訳では無い。彼女はただ、そうした非道が月の仙女たちに知られる事を恐れているだけなのだ。

 一方の紅藤は、切羽詰まった様子の峰白を見て、困ったように眉を寄せた。

 

「ひどいわお姉様。私や萩尾丸が、拷問や洗脳なんて野蛮な方法で、妖《ひと》を従わせるような事をしでかすと思っていらっしゃるんですか。

 望玉蘭には、ただ私たちの仕事を手伝ってもらっただけです。昨日一昨日と、雷園寺君と島崎君を休ませていたので、彼らの仕事を肩代わりしてもらったのですが、何故か彼女は音を上げてしまったみたいでして」

『厳密に言えば、仕事の肩代わりとも言い難いですよ』

 

 しんみりとした様子で紅藤が言い終えるや否や、リモートにて参加している萩尾丸が横槍を入れた。ラップトップの画面に無機質なアイコンが浮かんでいるだけだが、彼のニヤニヤ笑いがどうしても脳裏に浮かんできた。

 

『何せ紅藤様は、一昨日は玉兎のみならず月棲獣や土星猫のサンプルが入手できたと喜んで、電気泳動やカラム分析を九時間くらいなさっていたじゃあありませんか。その後で、紅藤様の私室の片付けも望小姐どのにさせましたでしょう。島崎君たちがこなす仕事量を逸脱していますよ。まぁ、私室の片付けについては、僕が言い出した事ですが』

「成程、ねぇ」

 

 納得と呆れの入り混じった言葉が、峰白の口から漏れ出た。それだけこき使われたのならば、望玉蘭も大人しくなるのは自然な事だろう。敢えて口にする者はいなかったが、誰もがそう思っている事は明らかだった。

 少し間を置いてから、灰高が口を開いた。

 

「まぁつまるところ、望玉蘭どのはルーチンワークや単純作業が苦手な気質だったのでしょうね。ふふふ、苦手な仕事をさせる事によって相手の心を折るとは、雉仙女どのも知恵が回るではありませんか」

『――いえ灰高様。残念ながら、紅藤様は計略でもって望玉蘭にそういう仕事を割り振った訳ではありません』

 

 紅藤や青松丸だけではなく、源吾郎や雪羽までもがルーチンワークを苦痛だと思わない性質である事。それ故に、常妖《じょうじん》がどれだけルーチンワークに耐えられるのかの判断を見誤っただけである事。そうした事を、萩尾丸は淡々と説明していった。

 源吾郎と雪羽は互いに顔を見合わせ、微苦笑を浮かべた。まぁ確かに、源吾郎も雪羽も単純作業やルーチンワークはそれほど苦ではないかもしれない。何なら雪羽などは、細々とした作業を楽しんでいる節もあるし。

 しかしそうした事を気にせず仕事を割り振り、相手を大人しくさせた紅藤も相当な存在である。一歩間違えればパワハラに当たるのかもしれないが、そもそもの相手が侵略者であり捕虜なのだから、まぁ問題は無かろう。

 紅藤の挙動に皆が妙に納得した所を見計らい、灰高も近況を告げる。彼もまた、自分のねぐらの周りにいる玉兎たちを従えていた。いかにして灰高が玉兎たちを従えたかについては、特筆すべき事は無い。

 灰高からして、強大な力と千年近く生きていた歳月を具えた大妖怪である。玉兎と言えども地上に派遣された有象無象を服従させる事など、訳ない話であろう。しかも彼は鴉天狗だ。三國のような単(・)な(・)る(・)大妖怪とは異なり、知略謀略を操る事も出来るのだからなおのこと。

 そう言えば、と羊力小仙も思案顔を浮かべ、説明を始めた。彼女らもまた、闘っている最中の玉兎に遭遇し、脅し文句でもって大人しくさせたとの事だ。彼女らは黒い仔山羊という神話生物の一種であるし、そうでなくとも妖怪仙人としての心得もある。並の玉兎を従わせるのはさほど難しい事でもないのだろう。

 羊力小仙の話があらかた終わった所で、玄三羊は口を開いた。苦虫を噛み潰したような、渋い表情を浮かべている。

 

「確かに、俺も家を壊されて激昂して、土星猫や月棲獣の手先を踏み殺したのは事実です。ですが姉は、玉兎の将軍の態度に立腹して、相手を兔崽子《クソガキ》呼ばわりしたんですよ。そこは流石に言い過ぎだと俺も思ったんですが……」

「態度の大きい、ふてぶてしい若者に、礼節を手厳しく教える事もまた、年長者の務めだぞ」

 

 非難がましい態度を見せる玄三羊に対し、羊力小仙は平然とした様子で返した。紅藤も納得したように頷き、黒山羊の姉弟を交互に眺めた。

 

「西王母様との因縁が出来てしまったのだから、玄三羊さんが気をもむのも解るわ。だけど、羊力小仙様は単に、玉兎たちに対して兔崽子《ウサちゃん》と呼びかけただけかもしれないわよ?」

 

 紅藤の言葉は、明らかに羊力小仙に対して好意的な物だった。峰白ほどではないにしろ、玉兎や月世界の仙女たちに対し、腹に据えかねているものがある事を感じさせるほどだった。

 灰高は、ふと思い出したように三國の方を見やった。

 

「時に三國君。先程の報告の通り、わが第四事業所でも玉兎を何羽か管理しております。よろしければ、あなたにお譲りしましょうか? あなたはかねてより屯田兵がどうなどと仰っていたようですし」

「真っ平ごめんだ」

 

 ゲテモノを鼻先に突きつけられたかのような表情で、三國は吐き捨てる。

 

「そりゃあまぁ、紅藤様や灰高様のお力を持ってすれば、ウサ公連中を従わせる事なんて訳ない話でしょう。もちろん、俺だって出来ますよ」

「であれば、何故玉兎を自身の配下にする事を渋るのですか?」

 

 灰高の更なる問いかけに、三國は言葉を詰まらせた。終盤に放たれた一言は、特に深い意味を伴っていなかったのだろう。ゆえに指摘されたのが不意打ちのように思えたのかもしれない。

 三國はそれでも応じた。

 

「何故渋るかなんて、それはあいつらが信用ならないからです。灰高様。元はと言えば望玉蘭とて俺たちを騙して雉鶏精一派に取り入ったんですよ。しかも西王母様や嫦娥様の配下と言えども、そもそもからして交流も何もない外様ですし……何なら敵対してもおかしくない連中では無いっすか」

 

 難しい顔をして告げた三國に対し、幹部たちの数名が声を上げて笑い始めた。灰高だけではない。峰白や、真琴の側近たる桶彦などだ。

 戸惑い、僅かに怒りの念を滲ませる三國に対し、峰白が口を開いた。

 

「外様で敵対者だから信用できないとは、あんたも異な事を言うじゃない。その理屈委で言うのなら、灰高もあんたも外様で敵対者ですらあったのよ。だから今、こうして幹部面する事も許されないという話になるけれど、それでも良いのかしら」

 

 峰白の言葉に、三國は何も言い返せなかった。源吾郎ほどではないにしろ、三國やその配下の勢力は、雉鶏精一派の中では新参なのだから。しかも三國自身がかつては反体制派だったので、敵対していたというのも想像に難くない。

 三國を憐れに思ったのか、かつての外様として思う所があったのか、灰高が助け舟を出すかのように口を開いた。

 

「まぁまぁ、この話はこれくらいにしておきましょうか。私は単に、雷獣ならば玉兎と相性が良いと思っただけなのです。正直な話、我々鴉天狗や妖狐は、玉兎とは相(・)性(・)が(・)良(・)く(・)な(・)い(・)のでね」

「……?」

 

 意味深な灰高の言葉に、源吾郎は思わず首をひねった。その間にも、緑樹が青鳥に質問を投げかけている。元はと言えば玉兎は嫦娥ないし西王母の配下である。向こうが横柄な態度を取っていると言えども、雉鶏精一派での扱いはどのように映っているのか。

 恐る恐る問いかける緑樹に対し、青鳥は微苦笑を浮かべつつ頷いた。

 

「緑樹様。そこまで畏まっていただかなくて大丈夫です。別に今の状況で問題ないと、僕個妖《ぼくこじん》は思っております。それに昔から、郷に入っては郷に従えと言いますからね」

 

 青鳥の返答は、源吾郎の想定しうるものだった。何せ彼は西王母の遣いながらも、天界の神仙たちの言動にいくらかの疑問を抱いている様子だったのだから。

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