九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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峰白の真意

 幹部たちとの挨拶を終えて幹部会議もお開きになったころ、昼前にもかかわらず源吾郎は疲れ果てていた。大妖怪たちと会うだけでも精神的な負担は大きい。しかもあんなドッキリを仕掛けられ、散々笑い飛ばされた後ならばなおのこと。

 

「今日はお疲れさま、島崎君」

 

 ねぎらいの言葉をかけてきたのは、紅藤ではなく彼女の義姉の峰白だった。親しげな素振りは無いものの、こころもち表情が柔らかくなっている。

 源吾郎は尻尾に念を込め、文字通り妖力を振り絞って居住まいを正した。尻尾の一本が熱を帯びている。しゃんとするために妖力を消耗しているのかと思うと少し憂鬱だった。

 

「あとで少し話があるんだけど、来てくれるわね」

 

 要件を告げると、峰白は猛禽の瞳で源吾郎を見下ろした。もぞもぞする源吾郎よりも先に口を開いたのは、隣に控える紅藤だった。

 

「私もその話し合いに参加しても良いですか。決して邪魔は致しませんので」

「別に良いわ。あなたがそう言う事も、私は予測したうえで島崎君に声を掛けたんだから」

 

 あれよあれよという間に三人で話をする事が決まってしまった。萩尾丸はどうするのだろうか。源吾郎が見る限り、萩尾丸は他の幹部やその重臣たちに近付いて話し込んでいた。

 

「萩尾丸は別に参加しなくても良いでしょ。あの子が話に加わるとややこしくなりそうですし」

「それもそうね」

 

 年かさの雉妖怪姉妹は互いに頷き合っている。源吾郎は一泊遅れ、彼女らに追いすがった。

 

 峰白が二人を導いたのは先程の会議室よりもうんと小ぢんまりとした部屋だった。椅子の数も数脚程度であり、四、五名入れば満室になりそうなほどである。

 狭い部屋ではある。しかしそれは貧相な部屋である事と同義ではない。単なる会議室ではなくて応接室に近いのだろうと、これ見よがしに置かれた調度品たちを見つめながら源吾郎は思った。初代頭目が大陸出身の妖怪だったためか、背の低い棚や壺や絵は大陸風のものが目立った。

 峰白は源吾郎たちの対面、上座の席にさも当然のように腰を下ろした。その背後の壁には窓があり、美しい青空が見えていた。もしかすると窓に見せかけた絵画かもしれない。

 

「最初に胡琉安様に見せかけた影武者に引き合わせたのは、もちろん私たち八頭衆の考えよ」

 

 穏やかな調子で峰白が呟いた。明るい黄褐色の虹彩と、大きく黒々とした瞳孔がやけに印象的だ。

 

「本物の胡琉安様を不埒な妖狐から護る為の時間稼ぎもあったけれど、むしろテストとしての意味合いがあったのよね。九尾の末裔であるあなたが、胡琉安様に扮した妖怪を見抜けるほどの眼力を具えているかをね」

「となると、僕はそのテストに失敗したという事になりますかね」

「そうね。あんたは失敗したわ。言うまでもなく不合格ね」

 

 短くきっぱりと告げる峰白を目の当たりにしたその瞬間から、室内の空気が冷たく張り詰めていくのを源吾郎は感じた。失敗した、失敗した、失敗した……この単語が源吾郎の脳内で幾度となく繰り返されていく。

 みじめな棄て犬のように峰白の様子を窺う。笑みを浮かべているが何を考えているのか窺えず、一層源吾郎の不安を掻き立てた。もしかしたらここで殺されるのではないか――そのような考えが脳裏をよぎり、立ち去らずに居座ろうとしていた。

 いたたまれなくなった源吾郎は、隣に座る紅藤に視線を送った。彼女ならば護ってくれるだろうという淡い期待があったのだ。しかしその期待はいともたやすく打ち砕かれ、十万億土の彼方へと吹き飛んだ。紅藤が源吾郎以上に烈しく動揺している事を読み取るのは、ほんの一瞥するだけで十分すぎたのだ。紅藤もまた、源吾郎と同じく峰白の襲撃を警戒してはいる。しかも、峰白の挙動を窺う中に、烈しい葛藤――義姉への忠義と愛情か、数百年越しに手に入れた弟子を庇護すべきかであろう――が入り混じっている事だった。

 

「あらあら、そんなに怖い顔をして睨まなくても良いじゃない」

 

 喉の奥で峰白が笑い、芝居がかった素振りで肩をすくめた。

 

「紅藤。あんたが玉藻御前の末裔を念願かなって手に入れて、それで気が立っているのは解るわ。けれどまだ私の話は終わってないの。お願いだから殺気を抑えて頂戴。か弱い義姉をそんな殺気で威圧するのは義妹のする事じゃあないわよ」

 

 峰白閣下。何処をどう見れば貴女がか弱い存在に見えるのですか……おどけたように語る峰白に対して源吾郎はそんな疑問を抱いた。抱いただけで、口にはしなかったが。

 峰白はあてつけがましく大きなため息をつき、一言一句聞き取りやすいように喋り始めた。

 

「はっきり言うわ。私は別にそこの仔狐を害する意思なんてひとかけらも持ち合わせていないわ。そうでなければ、わざわざこんなところに呼び出すなんて回りくどい真似はしないわよ」

 

 ノックの音が響いたのは、峰白が言い終えた直後の事だった。ボーイの一人が、挨拶と共にこの応接室に滑り込んできたのだ。片手に盆を持ち、その盆の上には湯気の立つカップと、茶請けの載った小皿――当然のように三人前だった――と文庫本サイズの重箱が乗っていた。

 ボーイは手際よくカップと小皿と重箱を運び、静かに去っていった。紅藤の表情が幾分和らいだようだった。

 

「それにもし私がそこの狐を殺そうとしたら、紅藤、あんたと争う羽目になる事は目に見えているもの……あんたは私と争いたくないと思っているでしょ? それは私も同じよ。長い間雉鶏精一派の最高幹部として労苦を重ねた間柄だし。それに何より、私は雉鶏精一派の中で誰よりも平和主義者で、無駄な争いは好まないの」

「そういう事だったんですね、峰白のお姉様。早とちりしてしまって申し訳ありません」

 

 応接室に通されてからずっと黙っていた紅藤がここで口を開いた。瞳が童女のように輝き、声も無邪気さを取り戻していた。

 峰白はやや呆れたように息をつき、そして笑っていた。

 

「取らぬ狸の皮算用って言葉は紅藤も知ってるでしょ? あんたはそこの仔狐を手に入れる前から、九尾の末裔を幹部にして自分は引退するなんて連呼してたじゃない。だから他の八頭衆は変に期待したり警戒したりしてこんな事になったのよ。

 普通に弟子を新しく取って、それがたまたま玉藻御前、九尾の末裔だったって話だったら、あそこまで騒がないでしょうに」

 

 まあ、あの展開もある意味良かったのかもしれないわ。誰に対して言うでもなく、峰白がこぼした。

 

「紅藤。私はあんたの考えに異存は無いわ。単なる弟子で終わらせるか、自分の身代わりとして幹部に仕立てるかについても口出しはしない。今まで通りね。

 それでもって、他の幹部たちの事についてもそれほど心配しなくて大丈夫なはずよ。あいつらは紅藤には逆らえないって多かれ少なかれ思っているし、今回のテスト結果で、少なくとも数百年は自分の地位を脅かす存在には値しないと今は考えているでしょうし」

 

 峰白は一度言葉を切り、紅藤から源吾郎に視線を動かした。

 

「島崎源吾郎、だったかしら。あんたが胡琉安様に挨拶をする前後で、幹部とその腰巾着たちの態度が変わったのは流石に気付いたでしょ? ああでも、第三幹部の緑樹は別だけど。あいつは元々からして気性が穏やかで、紅藤の事を心底慕っているから」

「……そうかも、しれません」

 

 源吾郎は頷いた。あの会議にて妖怪たちの眼差しは友好的とは言いがたかった。しかし確かに影武者と相対し胡琉安と挨拶する前後では、妖怪たちの目つきや表情に僅かな変化があったような気もする。もっとも、押し殺した敵意や警戒心が、下手な道化への嘲笑になったというさほど気持ちの良い変化ではないが。

 

「そもそもの出自からして、島崎君は他の妖怪から疎まれる事を心得るのよ。玉藻御前の末裔で、人間の父と祖父がいるくせに妖怪の特徴が濃い――それだけでも特殊だし、気味悪がられるのは仕方が無いわ。

 しかも一尾とか、ギリギリ二尾程度だったらまだしも、おぼこい顔をして四本も尻尾を生やしちゃってるでしょ。そう言うのを見ると、やっぱり他の凡庸な妖怪たちは思う所が出てしまうのよ。自分がとうに何百年も生きていたとしてもね」

「そういうものなんですね」

 

 呟いた源吾郎の喉からは唸り声が漏れてしまった。峰白はお茶で喉を湿らせると、その面に笑みを作った。権謀術数に濁らない、心からの笑顔である。

 

「まあ、そこはうじうじ考える所じゃあないわ。出自と過去はいくら隠せども隠し通せないものだからね。

 あれこれ考えるならば、むしろ未来の展望を考えるべきね。権力を欲し妖怪たちの頂点に君臨する事を望むならば、その地位に見合うだけの存在になるべく研鑽を積む事ね。異端の血が悪いとか、人間との混血は賤しいなんて考えを、他ならぬ島崎君自身が打ち砕く事とて可能なのよ。あなた自身が片手間で敵対勢力を粛清できるほどになれば、昔の考えに凝り固まった蒙昧な愚民たちも涙を流しながらあなたの足許にひれ伏するでしょうし」

 

 源吾郎は峰白を数秒ばかり見つめていたが、何も言わず手許の茶に視線を移した。口の渇きを覚え、彼もまた茶に口を付けたのだ。峰白が先程飲んでいたし、紅藤も嬉々として飲食に勤しんでいるので問題ないであろう、と。

 カップを傾けたところで、源吾郎は湯に浸った花びらの甘い香りが鼻腔をくすぐるのを感じた。甘味も控えめながらも味わいは繊細だった。

 

「この桜茶、とっても美味しいですね」

 

 カップをそっと置いてから源吾郎は言った。先程の話題とは全く異なった話の内容だがそれは源吾郎にも解っている。むしろ先の激励(?)から話題を逸らすために発言したようなものだ。

 峰白は苦笑いしながら首を振った。

 

「あ、これは桜茶じゃなくて八重咲の桃の花を入れているから、桃茶になるのよ。見た目は似ているけどね。島崎君が紅藤に弟子入りしためでたい日だから、わざわざ作らせたの。

 若手たちは慶事のおりの花と言えば桜ばかり連想するみたいだけど、私たちは桜よりも桃派なの」

 

 源吾郎はカップの底に沈む花びらを凝視した。残念ながら桜と桃の花の違いを明確に見極める事は叶わなかった。しかし峰白たちが桜よりも桃を好むという点には心当たりがあった。研究センターと工場が併設された件の施設に植樹されているのは、桜よりも桃の方が多かったのだ。

 

「……桃と言えば、いつか西王母様が丹精して育てている蟠桃を手に入れたいですね、峰白のお姉様」

「そのいつかは、私たちにも想像が及ばない程遠い未来の事でしょうね」

 

 呆れた様子で峰白が呟くのを源吾郎はぼんやりと見ていた。西王母とその桃の事は源吾郎も知っている。あの蟠桃は確か最も頻繁に実を付けるものでも三千年に一度であると聞く。紅藤は下界で、蟠桃が実るタイミングが来るのをずっと待ち続ける事になるのだろうか。

 

「まあともかく、桃は花も実も縁起が良いって事よ。それに桃の花言葉は島崎君にぴったりだし」

「そうなんですか?」

 

 ふいに話を振られ、源吾郎は目をしばたたかせる。今も昔も女子にモテようと苦心しているため、源吾郎は花言葉も多少は知っている。彼の脳内データベースでは、桃の花言葉として「チャーミング」「気立ての良さ」などが浮かぶばかりである。どちらかと言うとむしろ女子向けの花言葉ではないか。

 

「桃にはいくつか花言葉があるけれど、『比類なき才能』や『天下無敵』もあるのよ。玉藻御前のみならず、隆盛を誇った桐谷家の血も受け継ぎ、強さを求めるあなたにこそ、桃の花実はふさわしいと思わなくて?」

「……確かに、そうですね!」

 

 つい先程まで峰白を少し警戒していた事も忘れ、源吾郎は弾んだ声で頷いた。紅藤を筆頭とした大妖怪たちが一目を置く峰白が源吾郎を「特別」と見做してくれた。それだけでもいい気分となってしまったのだ。

源吾郎の心は同年代の若者たちよりも幾分繊細で、しかも感情の動きがそのまま表情に出てしまう。おのれの心に深く抱えた物を持ちながらも、その性質のせいで熱しやすく冷めやすい若者だと見做されていたのだ。

 

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