では投下します。
『いよいよ半荘一回を残すのみとなった長野インターハイ予選。ここで最後の半荘を迎える前に、軽く試合全体の振り返りを行おうと思います』
『そう時間も無いし、本当に軽くだがな。特に中盤辺りの動きの少ない半荘は容赦無く省いていく』
『まずは先鋒戦、ここでは昨年度優勝校であった龍門渕が──』
「やっぱりウチ藤田プロの解説好きやわぁ」
「……まあ口調こそ男勝りでだいぶ人を選びますが、解説の評判はプロの中でも一、二を争うほどですしね」
藤田靖子。佐久フェレッターズに所属するトッププロが一人。いわゆるプロ麻雀せんべいカードで分類されている“S級”の中では目立たない部類に入るものの、第一線で戦うそれら並み居る強豪を相手に平然とトップを取れる上澄みも上澄み。
少なくとも、あの天江と彼女のどちらが上かを聞かれると、ウチはそれに明確な答えを出すことが出来ない。野球ボールとテニスボールの違い程度か、あるいは月とスッポンであるのか。蟻の視点しか持たないウチにはいずれもただ強大なものとしか認識できない。ただ、少なくとも彼女が
しかしながら、その上で藤田プロの打ち筋は非常に
『しかし、蓋を開けてみれば先鋒戦は清澄の圧勝という結果に終わりましたね』
『あれはむしろ、あの程度で凌いだ他の面子を褒めるべきだと思うがな』
『あの程度って……先鋒戦終了時点で5万点差ですよ?』
『アレ相手なら本来その倍の点差が付いても健闘したレベルだ。あの卓に同席していたのが天江含む他の面子であれば、東一だけでそのまま試合が決まっていてもおかしくはなかった。平然と和了れる姉の方や今後が楽しみな妹尾は勿論、個人的には最後の和了り、風越の福路なんかも評価したいところではある。……そういえば、妹の方は個人戦には……参加する予定か。まだ気が早いが、対戦するやつは今からご愁傷様と言っておこう』
「評価高いなぁ妹さん。まあ確かにそんくらいヤバかったけど」
「直接戦った経験があるようなコトを仄めかしていましたし、仮にも決勝の先鋒戦であれだけ大暴れできるのであれば妥当でしょう」
というか園城寺先輩は他人事のように語っているがそれでいいのか。ほぼ確実にのし上がってくるアレを前に悩む羽目になるのは県大会個人戦上位である貴女たちだろうに。
「考えんようにしてんねや。後回しにできる事は後になって考えた方が気が楽になる」
「ソレ後で余計苦しむヤツやないですか……」
自分は流石にそこまでぶん投げる気にはなれないが、そうしたくなる気持ちは良くわかる。そもそもウチは身近な人物、園城寺先輩や江口先輩、清水谷先輩にさえ手も足も出ない現状で何を言っているのか。下手な考え休むに似たり、過ぎたるは及ばざるが如し──とにかく、確かに今考えても仕方ないことではある。
『次鋒戦は余裕のある清澄が更なるリードを広げましたが、こちらはあくまで常識の範囲でしたね。あまりにあんまりな先鋒戦を見て萎縮していたのかもしれませんが』
『堅実に打つ。言うのは簡単だが、実際に行うのは難しいの典型だ。ただ点差を維持するだけでも、稼ぐべきところで勝負に出なければ削られるだけ。経験の差だろう、その辺の見極めが染谷は頭ひとつ抜けていた。無論本来の力、実力通りの成果を出せたのは、点差による精神的なプレッシャーがほぼゼロだったのも大きいだろうがな』
「そうなん?」
「でしょうね。才能云々ではなく、積み重ねたものがデカいからこそ強い、そういうタイプの打ち手です。万では利かない回数の対局を重ねた先にある力。ウチのような研究畑の人間には一番辛い相手です」
おそらくは誰にでも得ることができて、しかし決して真似は出来ない力。あの宮永姉妹でさえも、似たようなことは出来ても真に同じ判断は出来ないだろう。
多くの初心者がそれを目指し、いつしか諦めて中級者の座に甘んじる。自らを上級者と名乗るベテランも、真の意味でそのレベルにまで到達している者は少ない……というより、
「点数的にはパッとせんけど、中堅も副将も見たところ中々やし、どっちが厄介か分からんなぁ」
「ええ……そして、この大将戦の推移。これは──」
大将戦前半戦終了時点
龍門渕 140800
清澄 171200
風越 34600
鶴賀 53400
『最後に大将戦一戦目ですが、これは……』
『予想通りと言えばその通り。予想外と言えばまさしく。どちらとも取れるし、どう受け止めても間違いではない。だが、敢えて表現するのなら──
『終始他の面子を圧倒していたインターハイチャンピオン天江。ですが狙ったように親番で割り込む清澄の和了により思うように点数が伸びず、逆転までは至りませんでした。
しかし、それでも半荘一回の稼ぎと見れば破格。最後の半荘も同様の稼ぎであれば、決着までには逆転できます』
『3万点。天江相手には心許ない数値だが、しかし容易く「問題ない」と楽観視できるほどの差でもない。そも偶然だろうがなんだろうが、この半荘で差が埋まらなかった時点でその可能性は十分にあるだろう』
「たまたま対策がタイミング良くハマった、って感じやな」
「おそらく対策そのものは存在し、竹井はそれを身に付けている。しかし、成功率は恐ろしいほど低い──ですが、10回に一度の
まるでドラマの演出を見ているかのように、
ここで和了っていれば。ここを阻止出来たなら──それはただの結果論。けれど実際に為せたのならば、確かに存在していたはずの可能性。
(…………)
『ただし、麻雀という誰にも平等でなければならないゲームにおいて、意図して己が運命を歪めようと目論む者は──』
「……運命に嫌われるってか。あほらし、それらに喧嘩を売っとるような連中のクセして」
「ん?」
思わず漏らしてしまった独り言に、隣にいた園城寺先輩が反応する。そういえば、この人もオカルト使いであるのなら、彼女の言う“致命的な欠陥”とやらを抱えているのだろうか。……それが分かれば、ウチもアイツらに勝てるのだろうか。
「なんやフナQ。文句言っとる割には楽しそうやな?」
「文句なんて言うとりましたっけ……?」
「全身で訴えてんねや。また何か面白いモンでも見つけたんか?」
「……いえ」
面白い……かどうかはともかく、非常に興味を惹かれる内容ではある。その果てにあの理不尽な連中を捩じ伏せられる結果が待っているのなら尚更のこと。面白い? まあ、面白い、のだろうか。自分でもよく分からない。ただ、それに価値があると思うから、こうして必死に学んでいるのだ。
「分からないから知りたい。その程度ですよ、ウチの動機なんて」
「それで自分の時間を削れるってのは凄いと思うんやけどなぁ……」
(………)
自身の体調のせいで、否応無しにその“自分の時間”さえも満足に取れないくせして、それでも麻雀に時間を費やす自身のことは棚上げする。そんな先輩にどの口がとツッコミを入れたかったが、それを指摘するのも野暮な気がしてやめた。
☆☆☆
「……部長、びっくりするくらい悪運が強いですね」
控室に戻るや否や、試合中に復活していたらしい宮永さんからそんなことを言われる。まあそもそも麻雀の試合でスタミナを使い果たしてダウンするのは割と意味不明な現象ではあるが、それでもあの宮永さんが弱ってる姿を見てそれなりに衝撃を受けたこの身からすると彼女の復活は素直に喜ばしく思う。
きっとそれが態度に出ていたのだろう。ともすれば悪口と見られておかしくない言葉を受けても嬉しそうな表情の私に、宮永さんは僅かに「う…」と声を漏らし露骨に視線を左上の方に向けると、微妙に上擦った声で告げる。
「現時点で3万点差。正直、予想していたよりもだいぶいい感じです。これなら本当にいけるかもしれませんよ」
「……あれで?」
我が事ながら、どこか他人事のように反論する。今更彼女の言葉を疑うつもりはないが、このペースで削られてしまうと次の半荘の半ばには逆転されてしまう。どころか天江さんは典型的なスロースターターで、これからガンガンテンポを上げていくと考えたらとてもじゃないが今のペースでは凌ぎ切れない。そんな有様で“いい感じ”などと言われても正直反応に困る。そんな私の思考を知ってか知らずか、宮永さんは視線を更に上へと逸らすと、
「私の勝手なイメージでは十中八九この時点で逆転されていて、理想的な流れを辿ったとしても1万点差付近でぎりぎり踏み留まってる感じでした。そこからは部長持ち前の生き汚さ……もとい、粘り強さで耐え凌いでどうにか食らい付いて最後の最後に奥の手どーん!──って展開だと思っていたんですが、これは良い誤算です」
「………」
【悲報】宮永さんの想定、私の想像を数段下回っていた。
いや、まあ。流石に私も宮永さんとの特訓があったとはいえチャンピオンを相手に互角で戦えるなどと自惚れていたわけではないが、それでも『10万点差があれば勝負にはなる』と言ったからにはせめてもう少し上を想定して欲しかったところではある。
そもそも当然のように語っているが奥の手って何だ。そんなもの知らないし教わった覚えもない。無論あったらとっくに使っている。とりあえずそのことを聞くと、
「そこは部長、土壇場で閃くんですよ。あの卓は主に衣さんのせいで運命が複雑に絡み合っているので対抗策がいくらでも創り放だ──………よもや“何か”が見えてくる可能性は十分──多分きっとそれなりにあるはずです」
「……なあ咲、もしかしてだがお前、自分を基準に考えてなかったよな……?」
「そ、そんなことないよ? 確かによくよく考えたらそっち方面の開眼が前提だったなぁとか、出来なければどうせ無理だからそれ以外のケースについて考えるの放棄してたとかそんなわけないからね」
「語るに落ちてるじぇ」
「………」
(前から薄々は思っていたけど、なんか宮永さんって妙に私への評価高くないかしら……)
もしかしてだが、よもや宮永さんは私のことを、パン生地のように叩いて形さえ整えておけば勝手に膨らんでいく何かだと考えてはいないだろうか。確かに特訓ではそれはもう揉まれに揉まれ尽くしてもう生半可なことでは動揺しなくなってしまったが、あの特訓でも宮永さんのやたらと多彩な能力への対処で手一杯で、身についたのは多少の対応力くらい。結果としては手の届く範囲がほんの少し増えた程度、力の総量自体はおそらく殆ど変わっていない──否、それを変えることは叶わなかった。
そもそも、いくら勝利に“開眼”とやらが必要だったとしても、そんなポンポンと強くなれたら苦労はしない。だからこそ宮永さんも特訓においては裏技的な近道ではなく、私の地力を上げることを優先したというのに。
そんなことを思っていると、須賀くん達を相手に苦しい言い訳をしていた宮永さんであるが、やがて思いついたように話題を変える。
「それはまあ、それが当時の最善だったと言いますか、私の理想だったと言うべきでしょうか。ですがこうなっては部長の奮闘を無駄にするわけにもいかないので、これからは失点を抑える方向で行きたいと思います。それはもうお姉ちゃんばりに身も蓋もないことを色々と語っちゃいますよ」
最初からその方向性じゃ駄目だったのだろうか。私が思わずそう呟くと、宮永さんが無駄に綺麗な表情で『部長の成長が最優先なので』と誤魔化してるのか本気なのか良く分からない発言をしたので何も言えなくなる。この台詞をまこを始めとした他のメンバーが言ったのならいくらか反論できたかもしれないが、宮永さんというだけで不思議と逆らう気力が無くなるのだから立場というものは恐ろしい。
「ええと、まず衣さんの遅延能力の詳細からですが、彼女の能力は『相手の手牌に爆弾を送り込む』と言った感じですね。とはいえ爆弾といっても字面の印象とは逆で、その爆弾を抱えている限りどう足掻いても和了れなくなるとかそんな方向性の能力です。
今の部長の力量だと最大で面子1つと面子候補1つが罠ですかね。要するに手牌の3分の1前後が足枷となっています。一局目があの手で索子と字牌、二局目が萬子と索子だったのでおそらく何らかの法則性はあると思うんですが、実際に座ってみないと見当がつかないので勘で見破ってください。多分慣れればいけるはずです」
「え」
そして当然のように語られる新情報の嵐。色々とツッコミどころはあるものの、まずは手牌の3分の1が地雷であるというとんでもないカミングアウトに困惑する。というか待って欲しい。要らない牌を押し付けるのも面子候補が揃わないようになっているのもそれが地雷なのも納得は出来ずともなんとなく理解はできるが、面子そのものが地雷とは一体どういうことだろうか。だって抱えて置けば間違いなく一面子となる。他の牌を全て入れ替える羽目になったとしても、3手分は浮くのではないだろうか?
そのような旨の反論を行うと、宮永さんは呆れた顔で、
「甘いですね。その手の常識・理論をいくらか飛び越えてこその能力者です。そもそれを言い始めるなら最初から何も考えずデジタルで打てば運次第では勝てることになってしまいます。ですが──」
「じゃな。咲もそうじゃが、ああいった人種にそういう小賢しい理屈は通じんじゃろう。それは去年の結果が物語っとる」
「です。まあ、もっと厳密には、むしろ逆にそういう我々こそが常人以上にガチガチな法則で縛られていたりするわけですが、そこも言い出せばキリがないというか、流石にそこまで看破できるのは対異能の経験に優れたプロか、私やお姉ちゃんのような例外側の能力者か、あるいは原村さんのようなもっと変な人か……こう考えると結構多いですね」
「良く分かりませんが、しれっとその並びに私の名前を入れるの止めて貰えますか?」
突如として躍り出てきたその名前に和が不満そうに声を上げる。それ以前に、ここで和の名前が挙がるのがかなり意外である。彼女は実績こそ中学王者と並外れたものがあるものの、基本的には典型的なデジタルでこういった非常識な話題には出てこないものだと認識していた。なのにこうして宮永さんが名前を挙げるとは、ひょっとして彼女には何か秘密があるのだろうか?
「……実は我々オカルト使い側の視点で見ると、原村さんって驚くほど侮られやすいんですよね。
存在が油断を誘いやすいと言いますか、間違いなく真っ当に強いはずなのに何故か過小評価されがちと言いますか。生半可なオカルトは真正面から破れる凄まじい豪運の持ち主のはずなのに、どうしてか甘く見てしまって気付けば取り返しが付かなくなる。ある意味ではとんでもない初見殺しだと思います」
「なんですかその不名誉な評価は。ほんの少しだけ期待した私が馬鹿みたいじゃないですか」
ぼそっと呟く宮永さんであるが、当然のように聞かれていて剥れた顔をする和。とはいえ宮永さんもその反応には慣れたもので、「何か言ったかな?」などと戯けて対応する。
しかし、流石に宮永さんも自覚しているのか、須賀くんに軽く嗜められてすぐさま謝罪に移行する。部活でよく繰り広げられていたいつも通りの流れ。今が極限状態だからこそ、普段と変わらない何気ないやりとりが心に染みる。
それからしばらくわちゃわちゃと騒いでいた一年生組であったが、休憩時間が半分も過ぎたころには流石に会話もひと段落したらしく、先鋒戦の疲労がぶり返したのだろう、宮永さんが息を切らせて近くにあったソファに座り込む。
そんな彼女に頼りっぱなしで悪いとは思うものの、こちらとしても既に手段を選ぶ余裕は残されていない。疲れていようが気絶寸前だろうが、聞き出せることは全部聞く。今宮永さんに頼らなければ私は爆死する。ここは縋り付いてでもヒントを限界まで引き出さなくては。
「ええと、先程も言いましたがまずは仕込まれた『地雷』を見つけることが最優先。それらを切り捨てないことには勝負になりません。判別する方法は一応あるはずですが少なくとも部長には無理なので勘で探り当ててください。早い巡目で地雷を処理できれば露骨にツモ運が向上するはずなので事実確認は結果から判断して次の参考に。逆に地雷の処理が遅れたまま一定の巡目を迎えると
今更悠長にとお思いかもしれませんが、衣さんが能力者である以上、そういった試行錯誤も含めてゲーム全体での勝敗がペイされているので、心が折れない限りはまず逆転不可能な点差にはなりません」
「………どうしてそう言い切れるの?」
「“理不尽だから”です。まあ私含め、その理不尽なルールを押し付ける側の人間が主張しても説得力はないかもしれませんが……」
「理不尽……?」
理不尽。まあ理不尽なのは間違いない。だが待って欲しい。それを言い始めたら能力なんてもの自体が理不尽極まりない。しかし彼女はそれを理不尽ではないと言う。
「そう。それは誰が見てもおかしい。故にこそ、麻雀のゲーム性を否定するような力は、
「………」
“運命”
この手の話題になると、必ずと言っていいほど顕れる単語──宮永さんの力の根源。
彼女がいつか
しかしながら、そんな異能を有する宮永さんは、それでも自身のことを“絶対”とは称さない。それは実際に宮永さんを超えるヒトが存在しているだとか、そういう『上には上が』的な理論ではなく、なんでも
「………」
「まあ、理由については難しく考える必要はありません。麻雀なのだから、それが道理であるというだけのことです。私だって、例えばパズルのような
「お前謎にジグソー早いのそんな理由だったのか……」
「はいそこ茶化さない。……忘れないでください。卓に座るとは即ち、
誰よりも勝ちたいと願い、その道を磐石にする。誰よりも負けることを恐れ、その道筋を惑わせる。我々は運命の繰り手、僅かな可能性さえあるならば、それを弄るのは造作もない。しかし反面それ故に、どんなにか細い道筋であっても、その
「………」
(ひょっとしなくても、これは……)
励ましているつもり、なのだろうか。
実際、彼女は私のためにこの大会に参加していると言って過言ではない。それは決して私の自惚れなどではなく、本人も公言している事実である。一体私のどこにそんな惹かれる要素があったのかは分からないが、だからこそ私も、こと麻雀に関しては無条件に彼女を信じることができる。
私が知る中で、誰よりも強い打ち手。今私が対峙しているチャンピオンはおろか、それよりも明確に強いであろう雀士さえも優に圧倒して魅せた正真正銘の怪物。そんな彼女が、手ずから私の未来を保障してくれる。これほど恐ろしく、頼もしいことはない。
決意を新たにする私。しかし、それを知ってか知らずか、宮永さんは話している最中にも徐々に表情を曇らせていくと、不意にこのようなことを告げる。
「でも……ああ、いえ。……そうですね。もう既に察しているかもしれませんが、最初からこの方針で行かなかったのは、単に私の我儘です」
「え?」
生憎と何も察していない。突如として訳知り顔で放たれた宮永さんの告白に、私は間の抜けた声を上げる。ヒトには見えない“何か”を識別できる彼女は、時々こうして飛躍した会話をすることがある。今回もその類かと思いきや、どうもそういう雰囲気ではない。一言で言えば、どこか重苦しい空気を感じる。一体何事だろうか。
「私は、その……部長に自分を重ね過ぎていたんだと思います。私だったら、私であれば──そんな風に考えて、期待して、
私相手ではもう駄目なんです。部長は既に、私を相手にするのに慣れてしまっている。だから、
「それは……」
「ですが!」
相変わらず理論こそよく分からないが、とにかく宮永さんの期待に添えなかったのだろうことは何となく察したので、思わず謝罪してしまいそうな私を阻害するかの如く宮永さんは言う。
「既に運命は私の手を離れている。衣さんも、私の姉も、私自身も、きっと名の知れたトッププロでさえも。ここまで交錯した意思の行く末を計ることはできない。
本当は、私一人で10万点を用意するつもりだった。国広さんがもっと場を乱すはずだった。優希ちゃんが想像以上に抑えられてしまった。東横さんが本領を発揮できなかった──それ以外にも色々と、様々な思惑の果てに今の結果があり、その上で可能性がまだ残されている」
「………」
「だから、その、ですから──」
声を張って、真剣に、まるで何かを悔いるように宮永さんは語る。正直に言えば、私如きでは彼女の主張していることの半分も理解しているとは言い難いが、本来は一人で10万点稼ぐつもりだったのは本当なんだろうなぁとどこか他人事のように思う。
そしてこのタイミングでそれを言い出したのも謎であるが、それらしき理由を推測することはできる。多分今、宮永さんは焦っている。私には運命なんて見えないけど、それはつまり、先程から暗示していたように限定的だろうとはいえ
何故なら私もそうだったから。いや、私の場合は彼女にも遥か及ばない。何故なら私は無様であろうと、その手を伸ばす努力さえも怠っていたのだから。
「──分かったわ。ありがとう、宮永さん。私、頑張るわね」
「へ? は、はぁ。どういたしまして……その、頑張ってください」
分かったわ(分かっていない)。けれど強がって、格好付けて礼だけを告げる。とりあえず天江さんの能力と私が目指すべき方向性は理解した。それだけでもアドバイスとしては破格だ。元よりこれは私の勝負、これ以上を求めるのは流石に贅沢が過ぎるだろう。
宮永さんの方を見つめ、なるべく不敵にニヤリと笑う。出会ったその日と同じ顔。けれど立場はだいぶ変わってしまった。それでも当時のままの同じ目的で、全国に向けてひた走る。
弱い私には、その未来に辿り着く根拠も自信も無いけれど、そんな未来を保証してくれる
「何故だろう。物凄く今更だし、頭ではきっちり分かっているつもりなんだが、未だに咲が強者ムーブをしていると脳が理解を拒む……」
「しっ! 黙れ犬。今良いところなんだじぇ」
「人によって一貫していると言えば聞こえは良いのですが……」
「まあ控えめに言っておんしの相手をしている時とは別人じゃな。いや、むしろ久を相手にしちょる時のが例外か?」
「……思いっきり聞こえているんですけど、黙っていた方がいいんでしょうか」
「あはは……」
どう答えても面倒なことにしかならなさそうなので、とりあえず曖昧に笑って誤魔化す私だった。
☆☆☆
竹井 配牌
{234①⑤⑥⑨⑨北西発発発}
(で、この中に地雷とやらが眠っていると。まあ、薄々そんな感じじゃないかとは思っていたんだけど……)
改めて解説されると酷い能力だ。確かに自分から気づけた方が見破る精度は爆上がりしそうだが、流石に事前に解説が欲しかったところではある。
平均4つで最大5つ。言葉にすると簡単だが、何のヒントも無しにそれを見抜けはハードルが高過ぎる。そもそも地雷云々が無くても面子と面子候補、つまり実質2面子が配牌時点で削られているとかその時点で色々と酷い。こんな能力を見せつけられて“麻雀をする気がある”とか詐欺じゃないかとすら思う。
(でも……)
竹井 1巡目 ツモ
{一}
打牌
{発}
(点数は重要じゃない。諦めなければ逆転はできる……)
宮永さんの話。色々と気になるところはあったが、一番重要だと思ったことはこれだ。前半戦では削られていく点差ばかりが気になっていたが、そうと分かれば点数などどうでもいい。
この試合は、私が天江さんの力にどれだけ抗えるかに全てが懸かっている。結局のところ、最初に言われていたことと同じだ。出来れば勝てる、そうでなければ負ける。宮永さんが情報を出し惜しみしていたのは、少しでも出来る確率を上げるため。そも本来気づくべきは私、ならばそのことで彼女を責めるのは酷だろう。
しかし。
「………」
竹井 2巡目 ツモ
{三}
打牌
{発}
(今更も今更だけど、こんな打牌をしておいて“諦めてない”ってのもアレよねぇ…)
客観的に見て、私は一体この会場の人間からどう見られているのだろうか。
麻雀のことをまるで知らないど素人でも、手持ちの牌を左から順に全部入れ替えるのがどれだけ頭のおかしいことなのか分かるはず。無論、お姉さんや妹尾さん辺りを筆頭にもっと酷い打ち方をする参加者は存在していた。しかし、そういう打ち手は一様に酷い闘牌に見合った成果を出しているため、より一層私の打牌のアレさは目立つことだろう。
竹井 3巡目 ツモ
{二}
打牌
{発}
「………」
何故かって? 簡単だ。何せ自分でも正気を疑っているのだから。第一打から暗刻である発を連打。とてもじゃないが少なくとも経験者のやる行為ではない。損して得取れ、なんて単純な話でもない。運命など見えない私は、
なのに何故断行するのか。嫌なら拒絶すれば良い。それで負けても仕方ない。それで負ければおかしいのは世界の方だ。いくらでも言い訳は並べられる。いくらでも弁明はできる。なのにどうして。
(宮永さんは“勘で探り当てろ”って言っていたけど……)
実際に座らないと見当が付かない。部長、つまり私には無理だろうとも言っていた。事実、今に至ってもどの牌が地雷であるかなんて私にはさっぱり分からない。慣れれば行けると言われたものの、それはきっと、この一度や二度の対局では不可能だろう。
(でも……)
でも、違う。違った。気付いた。気付いてしまった。それを見破る方法はあると。なまじヒトから外れている宮永さんだからこそ気付かなかった方法で、地雷を看破する手段は確かにこの卓に存在していることを。
「ポン」
天江 手牌
{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} ポン{西西横西}
牌を退ける動作に長い金髪が靡く。おそらくは前半戦同様、海底牌を引く調整のための鳴き。起家である天江さんがこのタイミングで一度鳴いても海底には辿り着かないが、そこはお得意の運命とやらで“何やかんや上手いことやる“のだろう。
「………」
そう。既に確信している。天江さんであれば宮永さんと同じことができる。即ち天江さんには
私には無理だ。それは事実で揺らがない。でも、この卓にはそれが分かる人間がいる。宮永さんが見出した細い艶道を、その解を保証してくれる存在がいる。
「………」
竹井 4巡目 ツモ
{⑨}
打牌
{⑥}
「………」
(──“外れ”ね。萬子が連続して来たから、筒子は使わないのかと思ってたけど……)
そう、その方法とは、天江さん本人の反応から地雷の是非を問うというもの。
状況も味方した。如何に天江さんが化け物だろうと、現状のトップである清澄高校、つまり私を全く意識しないなんて出来るはずがない。これが他の二校と同様のスコア、すなわち何も考えずに勝てる点差であればこの手段は使えなかった。偶然とはいえ都合の良過ぎる前半戦の和了りもある。多少なりとも意識されていれば、その反応にも期待できる。
竹井 5巡目 ツモ
{①}
打牌
{4}
「………」ピク
(よし、ビンゴ……!)
全く、麻雀が人を見る競技とはよく言ったもの。熟練者になればなるほどそのことを重要視するのは、彼女らに存在するかも怪しい“どうしようもない不運”を、どうにかカバーするための知恵なのだと実感する。
(コレを捨てられると、
昔から、粗探しは得意だった。悲しいことに。無駄に悪知恵も働いた。嘆かわしいことに。だけど、それがこうして役に立つこともあるのだから、つくづく
「………」
竹井 15巡目 手牌
{①①②②③③⑨⑨⑨白白中中}
(聴牌……)
長い長い闘牌の末、私には到底理解できそうにない過程を経て、すっかり一新された手牌がようやく姿を現す。
最初に捨てたはずの三元牌が何故か二つになって戻ってきたり、代わりに引いた絶対使うと思っていた萬子の順子が最終形には影も形もなかったりと本当に色々あったが、このタイミングで聴牌できたということはつまり“そういうこと”なのだろうと、最近になってようやく何となく分かってきた……ように思う。
「………。………」
天江 16巡目 手牌
{裏裏裏裏裏裏裏裏} ポン{西西横西} {八八横八}
打牌
{2}
私の打牌の直後、自身のツモに一瞬だけ躊躇った様子を見せた天江さんが、直前までずっとツモ切りしていた手を止め、ツモを手牌に加えて手出しで牌を捨てる。
それが合図だったのか、それとも単に今更有効牌を引いただけなのか。とにかくそれでも宮永さんが言っていた“制限”とやらを超えても彼女は和了り宣言をすることはなく、また他の誰も彼女を前に和了るなどできるはずもなく、そのまま私の巡目が回ってくる。
「……ツモ」
竹井 和了形
{①①②②③③⑨⑨⑨白白中中} {白}
「──4000・8000」
「………」
ツモ、白、混一色、チャンタ、一盃口の8飜で倍満。
流石に牌を横に曲げる度胸はなかった。けれどこの巡目で8筒や4枚目の発、中は河に見えていない。聴牌したのも和了る直前。リーチ一発ツモに裏ドラが乗れば──などと言うのは結果論。そもそも和了るその瞬間まで自分でさえも自らの和了りをまるで信じていなかった。いや、それ以前に嘆く必要なんてない。このタイミングで和了れた……その価値はきっと、私が思うよりもずっと大きいのだろう。
『そうなって欲しいと、私は勝手に──』
勝てるなんて言わない。言えない。先程の宮永さんの言葉は、希望を通り越してもはや彼女の願望でしかない。だからそれに私が応えられるとは言わないし、他でもない私自身がそれを信じられない。
だけど、足掻くくらいはいいだろうと。いつかその期待に応えられる自分になりたいと。僅かに手を掛けた崖の取り付きで、柄にも無く必死に臨むのだった。
大将戦後半戦東一局終了時点
龍門渕 132800
風越 30600
鶴賀 49400
清澄 187200
お久しぶりです。空き時間にちょこちょこ進めていたら無駄に長くなりました。しかも話が膨らんで今回で決着しませんでしたごめんなさい。次回こそは決着するはずです多分。それではまたいずれ。
オカルト解説コーナー。
【一向聴地獄】
いーしゃんてんじごく。言わずと知れた天江衣の持つオカルト。ただし、原作では能力解説されていないので本作では名称だけ借りたオリジナル能力。
一言で言えば、『相手の手牌に“おじゃまぷよ”を送り込む』能力。具体的には、対戦相手の配牌に干渉し、“持っていると不幸になる牌”をいくらか設置することで、相手の運気を散らし結果的に和了りを遅らせている。
送る牌の種類に関してはある程度縛りはあるが基本任意であり、衣の場合はあえて送る牌の形を良形とすることで地雷牌を手牌の中に複数抱え込ませ、多数の“不幸”を上乗せし相手を束縛している。送り込める牌の個数の限界は対戦相手とのオカルト的な干渉力の格差で決まる。
実力差さえあれば送り込める牌の個数に上限は存在しないものの、『送り付けた牌の総数以下の巡目では和了れない』というデメリットが存在するため、実質的に一人につき最大でも5つ前後が限界。加えて発動後の処理に際しては基本全自動で行われるため、発動時に相手の力量に合わせて出力を適切に搾る必要がある。
更には衣自身の配牌にも「『対戦相手一人に送り付けた牌の最大数+2〜4』ほどのおじゃまぷよが設置される」というデメリットがあったりするが、衣本人はどれが対象の牌なのかが分かる上に、それらを捨てる行動自体を“厄を落とす行為”だとこじつけることで運気を上昇させ常人以上の速度を確保している。
弱点としては何と言っても加減が難しいこと。これは初見殺しの能力なのに初対面だろう相手の力量に合わせて良い塩梅での調整を行わなければならないためである。また配牌時限定の能力であるため、対戦相手が対戦中にゾーンに入るなり気を引き締め直して集中力が増すなり試合中に成長されるとその分を自力でフォローする必要がありその辺も割と辛い。
要注意人物を阻害する目的で牌を一人に偏らせようとすると、力量が一番低い人物に優先して多く地雷牌が配られてしまう仕様のため、一番止めたいだろう相手にはむしろ効果が薄くなってしまう欠点がある。そのためど素人相手に全力で能力を発動するとその人物と本人の配牌全てが地雷となりほぼ和了れなくなる。故に割と妹尾さんが天敵だったり。
あとは地雷牌も力量差である程度迷彩は効くものの、それでも的確に地雷を見破れるような化け物が相手だとデメリットとの兼ね合いでかなり苦しい。ただ、そもそも能力の発動自体が任意であるため、そういった相手がいる卓では小細工抜きで挑むことも可能。他者に干渉していた力が内に向く分異様な速度を実現しており、むしろこっちのモードの方が厄介だと言う人も。要するに何もしなくても普通に強い。
遊戯王で例えるなら《異星の最終戦士》。オカルト(魔法罠)で無効化なり別にダメージソース確保するなりしないとそもそも戦いにすらならない。戦闘中の成長(リバース効果)に弱い。そして一度崩されると案外脆い。そんな感じ。