〝カラッポのお人形〟

そんなものになりたくない。アタシを見ろ。本当のアタシを見ろ…!アタシをアタシを!アタシを…みてよ…

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ゴールドシチーと逃げ出すお話

 ガシャーーーン!!!

 

 部屋の中から聞こえてきた甲高い音。物が飛び、ぶつかり、壊れていく。

 

 それに驚くも、今はいるのは危険だという本能に従いやむのを待った。そして静かになったことを確認してから一度息を入れて、ミーティングルームの扉を開ける。

 

「シチー?入るよ?」

 

 中から返事は聞こえない。極力音をたてないように中に入ると、目の前の光景に息をのむ。

 

 床の上には飛散したガラスに折れ曲がり、凹んだボロボロのトロフィー。引き裂かれ、ぐしゃぐしゃになったファッション誌に写真集。部屋に備わっていた椅子や机は倒され、壁際のほうまで乱雑に転がっている。

 

 まるで台風でも通ったかのような惨状で、部屋の真ん中には一人のウマ娘が背中を向けてうずくまっていた。

 

「ヒック…ウゥ…ヒグッ…」

 

 嗚咽交じりに、鼻をすする声が聞こえてくる。膝を抱え、尻尾も自分の体に巻き付けるその姿は自分自身を守っているかのようだった。

 

「シチー?」

 

 そんな彼女を放っておくこともできずに、飛散した破片や雑誌、トロフィーをよけつつゆっくりと近づく。いまだに泣いている彼女のすぐ横まで移動する。彼女は変わらずに泣いているが、ほんの少しだけ耳が反応した。

 

「こっち…こないで。どっか、いって…」

 

「ん…分かった。」

 

 膝を抱えたままそう答えるシチーの言葉を受けて、一旦距離を置いて部屋の片づけを開始する。何にしても割れた破片はうっかり踏んでしまう危険性だってある。部屋の奥の掃除ロッカーから箒と塵取りを取り出して、破片の回収に移っていく。幸い、彼女が手を切ったような傷はなかったし血痕もない。

 

「トレーナー…こっちきて…」

 

「ちょっと待って。今ごみをー」

 

「いいからきて!」

 

 こちらの言葉をかき消すように叫ぶシチーに、掃除の手を止めて彼女に近づく。振り向けば泣きはらしながらも美しい顔立ちをした彼女と目が合った。その瞳は涙で潤み、深い海の底を彷彿とさせられる。

 

「きて…きてよ…アタシのところに…はやく…」

 

「うん」

 

 幼い子供のように何度も同じ言葉を繰り返す彼女に歩むよる。そして膝をつくと彼女は私の胸に飛び込んできた。

 

「だきしめて」

 

「…これくらい?」

 

「もっと…くるしいくらいに…もっと…!」

 

 最初は戸惑いながら抱きしめていた両腕に、彼女が望むように力を込めていく。肌ごしに彼女の体が、骨がきしむ音が、苦しそうに口から空気とうめき声が漏れ出すのが聞こえてくる。

 

 それでも、やめない。だって彼女がそれを望んでいるのだから。

 

「ぁ…はぁ…!とれー…なぁ…!」

 

「もう、大丈夫?」

 

 どれくらいそうしていたのだろうかわからない。腕がしびれ額に汗が浮かび始めたころにシチーの呼びかけに反応すると彼女は黙ったままうなずく。満足したのかはわからないが、一度腕を緩めると彼女は大きく息を吸った。

 

「ッー!ハァッ‼う、ヴゥ…!ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!」

 

 息を吸ったあと、彼女の口から出たのは言葉にならないほどの慟哭だった。私の胸元を血がにじむのではないかというほどに握りしめ、ぼろぼろの涙を流し、喉が割けんばかりに彼女の声が部屋の中に響き渡る。

 

 彼女は、ゴールドシチーというウマ娘は。美しい少女であった。

 

 なめらかな陶器のような白い肌。雲一つないよう夏空の瞳。太陽の光に反射して輝く栗尾花毛はターフを走れば人々を魅了する。スタイルもよく、モデルとしても国内外で多くのファンが彼女にいる。

 

 だが、その美しさゆえに彼女は苦しんできた。

 

 誰も自分の中身を知ろうとしない。〝綺麗だ〟〝美しい〟見た目ばかりに注目し、勝てるレースだけに出場すればいい。トレーニングもほどほどでよい。本気で勝たせようとしてくれない。誰もかれもが彼女のうちに抱えるウマ娘としての本能を理解しようとはしなかった。

 

 そんな中、彼女と出会い、本心を聞いて私は契約を結んだ。ほかのトレーナーやマネージャー、メディアにも討論をしたり、たたかれることは何度もあったが、彼女のことを思えば何も苦ではなかった。

 

 そうして彼女と積み上げてきた三年間。泥にまみれ、傷を作りながらも前に進み勝ち取ってきた数々の重賞レース。G1レースでも入着出来得るほどの成績を収めてきた。

 

 しかし、世間の評価は変わらなかった。レースで成績を収めるほど。走れば走るほど。彼女の見た目ばかりが評価されて行ったのだ。走り続ければ報われる…そう思っていた彼女の願いは、叶わなかった。

 

「シチー」

 

 いまだ私の腕の中で泣き叫ぶ彼女に私は言う。

 

 こんなくそったれな世界なら。彼女の見た目だけをほめ、人形のような扱いをされ続けるなら。本当の彼女を見てくれないというのであれば…それでも良い。

 

 彼女を抱きしめ、耳元に口を寄せる。

 

「つらいなら、君が涙を流し続けるのであれば…」

 

 私が何を言うのか理解したのか、シチーは顔をこちらに向けた。そこには世間の言う美少女ではなく、悲しみと絶望に溺れた一人の少女がいるだけだった。

 

「ここから逃げよう。私と一緒に…遠くへ。」

 

 彼女はそれを聞いて目を見開いた。当たり前だ。

 

 裏を返せば、すべてを捨てろといっているようなものなのだから。

 

 しかし彼女は口を震わせながら、涙を流しながら答えた。

 

「いいよ…逃げよう?その代わり、ずっといてね?」

 

 その時に彼女の見せたぐちゃぐちゃの笑顔は、なんとも醜くて…無様なほどに美しかった。

 


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