教育者どころか人間としても失格なトレーナーの話。
私、サイレンススズカのトレーナーさんはとにかく口が悪い。日常生活では清廉な若者といった態度。
だけど、私のレースの応援になると...
「行けえぇ!スズカあぁ!」
「轢き殺せえぇ!」
「絶対に逃がすなあぁ!」
嘘でしょ...私、逃げなのに...
ここは中央トレセン学園。資格の取得難易度が高いトレーナーの中でも、特別に秀でたヒトが集まる筈なのに...
いや、語弊がある。トレーナーさんは決して口が悪いだけのトレーナーでは無い。むしろ、学園内の問題の多くを背負っている。
例を挙げるなら、【トレーナーが付かないウマ娘達の指導】が1番大きいと思う。エアグルーヴも後輩達に指導しているけれど、トレーナーさんはその比じゃないくらいに指導している。
聞いた話だと全体の3分の1にもなるとか...
それだけじゃ無い。
トレーナーさんは私のレースに絡まなければ、とても良い人なのだ。燻っているウマ娘の指導に加えて、そういう子のメンタルケア。他のトレーナーの相談にも良く載っていて、人当たりも良い。
日頃の評価だけは完璧超人。あとは聖人。それが私のトレーナーさん。
そんなトレーナーさんに、私は今日呼び出されていた。
「失礼します」
ドアをトントンと軽くノックして入室する。
「あぁ、スズカ。わざわざごめんね?少し相談があって...」
...相談!トレーナーさんが、私に!
「はい!どうしたんですか?」
普段誰かに相談する様な人ではなかったから、思わず前のめりに聞いてしまう。
「実はね...」
「苦情が、来たんだ」
「レース中の応援にしては不適切だし、何より喧しいって...」
「俺、そんなに喧しいかなぁ...?」
え?なんで今更そんな事を?まさか皆が気を使っていたから自分で気がついてない?
「嘘でしょ...!?」
流石に気がついていると思っていた。あんなに叫んでいるんだから、気がついてない方がおかしい。
観戦後に喉の調子が悪いと言っていたのもユーモアじゃなくて本当に無自覚だったと言うの...!?
「あっコラッ!スズカ!左回りはやめなさい!」
ちょっと変わっていると思っていたけど、まさかこんなになんて...
ゴリゴリゴリゴリ
「床ッ!床の被害が甚大だから!」
最初の頃はそんな人じゃなかったのに...
「マジで止まってくれぇー!」
その後、トレーナーさんに抱きつかれて止まった。
「何も縛ることはないと思うんですけど...?」
脚と椅子を括り付けられて座っていた。
「ごめんよ。スズカの脚と床を守るためなんだ。僕だって自分の担当バを縛り付ける機会なんて要らなかった…」
悲しそうな顔をされると、悪いことをした様な感じになってとても申し訳なくなってくる。
「あの...すみませんでした。もうしないので縄を解いてください」
「で、苦情が来たって話だけど」
「無視ですか!?」
「応援に熱が入っている自覚はあるんだ。でもそんな荒い言葉遣いになっていただなんて、全然気がつかなかった」
「結構教育者が言っちゃいけないことを言ってますよ?あと無視はやめてください!」
「嘘だろ!?気を使っている筈なのに!」
「応援しているトレーナーさんは確かに口がわるいかもしれません。でも、私はわかってますよ?トレーナーさんが真剣に向き合ってくれてるって」
「スズカ...そんなに僕のことを...」
「私を自由に走らせてくれたのはトレーナーさんだけですから」
「だから縄を解いてください」
「...よし!わかったよスズカ!」
やったわ!やっと解いてもらえる...!
「僕、口が悪くならないように矯正するよ!」
「違う!」
違うんですトレーナーさん!そうじゃないんです!
「担当がこんなにも信じてくれているのに、僕が担当の評価まで落とす訳にはいかないよね!」
「目が覚める様な思いだ!僕、真人間になるよ!」
「トレーナーさん...!」
自分の世間体だけじゃなくて私の為に...!やっぱりトレーナーさんはあの頃の、私に【自由な走り】をさせてくれた時のまま...!
「たづなさんに矯正の手伝いを頼めないかお願いしてくるよ!時間はかかるかもしれない。だけど絶対に矯正して、胸を張ってスズカのトレーナーだって言えるように頑張るから!」
いやな予感がする...もしかして...!
「待っててくれ!真人間になるその日まで!」
「縄を解いてくださーいっ!」
その後逆に全身を縛られ、一日中放置されたトレーナーがいたそうな