モブ冒険者だった僕だが、最後の意地くらい通してやった 作:ギル・B・ヤマト
勇者が魔王の手に落ちてから一年弱。
賢者によって勇者が魔族側に回ってしまったと言う情報は、王国に甚大な混乱をもたらした。
世界の終わりが来たと嘆く者。
どうせ死ぬなら周りも巻き込もうと狂った者。
人類の首都と言える王都は様々な事が起きてしまった。しかし警備する冒険者達の活躍もあって治安は良くなって行く。
王国が持つ多くのA級、B級冒険者は各地の村に滞在し迫ってくる魔物達から防衛しているからだ。
そして王国の首都である王都もその例に漏れない。
暴れる者達は精神も体も強い冒険者達によって抑えられていき、表上は平穏を保っていた。
しかし年月が経っていくに連れてその効果も薄くなっていく。
一年弱たった今、王都の人口は減っていく一方だった。
流石に暴れても無駄だと住民達は理解した。たとえ暴れても冒険者達に抑え込まれて法に裁かれるだけだと。
そうして暴れる住民達は居なくなった訳だが、結局根本的解決にはならない。
勇者が復活したら最初に何処を襲うのだろうか?
住民達は真っ先に襲うならこの王都だと思い込み、そこに住んでいた大半の人達は別の村へと避難していた。
そして少し前。
勇者が復活したというニュースが流れた。
その情報が住民達の避難をヒートアップさせて行く。
一年前は繁栄を極めていた王都も今では半分が荒廃してしまった。
そんな外へ出て行く人たちが多い中、四人の冒険者達が王都へ入った。
彼らは王国の命令を無視して一足先に消えて行ったB級冒険者パーティー。
噂では勇者や魔物達から逃げたと言われていたがそれは違う。
絵本に描かれていたもう一つの聖剣。彼らはそれを探し求めて冒険へ出て遂に掴むことができたのだ。
王都の中心へと歩んでいく彼らの姿は一年前よりも成長していた。
冒険前は綺麗だった鎧も今では使い込まれてボロボロになっており、体も古い怪我や汚れで荒々しくなっている。
一年前に彼らを見た人がいればこう思うだろう。
纏っている雰囲気が違うと。
一年かけて今まで以上に厳しく命懸けの冒険をしてきた彼らは成長していた。
それも冒険者ランクが
今の彼らはベテラン冒険者から歴戦の猛者へと成長している。
そんな彼らは今賢者が住んでいると言う屋敷へと進んでいた。
「嘘だろ、全然人いねぇ。『王都有れば人類有り』と言われてたのにこれだと世紀末じゃないか」
「まぁ勇者様がこちらへまっすぐ来てると言う話しですからね。人が減るのも仕方が無いかと」
俺達が通っている道も人はほとんどいない。王都に入ってから同じ道をずっと歩いているが、すれ違った住民は三回ほどだ。
「人がいなくなると治安が悪くなるものですが……」
「泥棒でさえも逃げている。それほど勇者様の存在が恐ろしいんですな」
前来た時に営業していた店も全て閉まっている。泥棒が盗んだ形跡もなく、道には紙といったゴミらしきものが少し散らばっている。
王都は確実に都市としての機能の危機に迫っていた。勇者がいてそれどころではないが。
「で、ここが賢者様のお屋敷ね。へぇー流石賢者。物凄くデカイな」
目の前にある15メートルクラスの館をミシェルが見上げてそう言った。
他の場所とは違ってこの館は手入れされているのが遠くから見てもよく分かる。
ここだけ人がまだ住んでいるのだろうと思うし、目の前の門を見てみれば警備の人も立っていた。
「ここから先は賢者様のお館だ! 何の用事で来た! 名を名乗れ!」
俺達が門に近づくと二人の門番が槍でバッテンを作り門を塞ぐ。
当たり前だが簡単に入れるわけではなさそうだ。
俺がリーダーとして一番前に出て説明する。
「俺達はB級冒険者パーティー『絵本の探索者達』だ。賢者様にこの聖剣に関する用事があって来た」
「聖剣だと……?」
勇者マーニャが持っていた聖剣と姿が違う剣を抜いて見せる。だがその剣に
驚いた顔で門番はその剣を見たが普通の剣と全く変わらない、むしろ劣ってすら見える剣を見て顔が不快に歪んだ。
「これのどこが聖剣だ! このご時世に下らぬ嘘を言うな!」
こんな環境下だからか今のはよほどイラついたらしい。一人の門番がこちらに槍を向けて怒鳴りついてくる。
怒りもあってそれなりの迫力があるが、俺達は表情を一つも変えずにどう説明しようか考える。
(しまったな……やっぱりこうなったか)
心配していた事が現実になってしまった。聖剣なんて世間では勇者マーニャが持つ剣だけを指す。
聖道教会だって聖剣は一つだと言っている。
今持っている剣が聖剣だと証明しなければこうなるのも当たり前だと言えるだろう。
(でも証明する手段も時間も無いしな……)
今も怒鳴っている門番の言葉を半分聞き流しながら悩む。しかしそうしている内に状況は悪化して行く。
もう片方の門番が俺達の顔を見て何かを思い出したようだ。
「『絵本の探索者達』と言えば真っ先に逃げ出した奴らじゃないか!?」
あちゃーとボウルスは顔を上げて、ミシェルが小声で「幼馴染の為とはいえ猪突猛進した弊害来たね」とか言って来やがる。ちなみにジョイスは無反応。
俺達がすぐさま冒険に出た直後に王国からB級冒険者達に防衛要請が出たようだ。
人類の危機だから冒険者の手だって借りるのは当然といえば当然。
しかしその要望が出る頃に俺達はは既に旅立った後。どこかの街を守護する事なく冒険を続けていた。
その結果、側からみれば命が惜しくて逃げた卑怯者扱いにされたらしい。
「今更何しに来たんだ! お前ら臆病者が賢者様に会う資格などない!!」
(状況が悪い方向へと進んでいく一方だな……)
今度はもう片方の門番まで槍をこちらに向けて来た。
これは俺の失敗とも言えるが一体どうしようか。
「お待ちなさい門番達。その者達をこちらに入れてなさい」
そんな事を考えていたら門の奥から一人の老人が歩いて来た。
だが体は年相応にヒョロイ事はなくむしろがっしりとした男である。
その服装はいかにも執事が来てそうな黒服に赤いネクタイ。丸メガネを片目だけ付けていた。
「しかし執事様、この者達は王都の反逆者達……! この賢者様の館に入ろうなどとお御がましいにも程があるのでは!?」
というか執事だったその老人は門番の憎悪の籠った声を聞きながらも平然と受け流す。
特に強い言葉で言い返すこともなくただ静かにこう言った。
「その賢者様からの伝言です。『絵本の探索者達』が来たのならこの館へと招待しなさいと……」
「なあ執事さん。さっき言った事は本当だったのか?」
執事の言葉で中に入る事ができた俺はそう疑問の言葉をぶつけていた。
入った直後に執事から「賢者様はリーダーのみ会いたいとの事です」と言われて、仲間達は別の部屋へと案内されている。
そうして残った俺と執事は賢者様の部屋へと続く廊下を歩いているが……
「本当だったとは?」
「招待しなさいと言った後に執事さん。アンタは忘れていましたと言ってたよな?」
「ええ、そうです」
俺の質問に振り返る事もなく執事ば淡々と前へ進んでいく。
あの言葉を言った後に「だいぶ前に賢者様から言われていたのですが、あまりにも長い時間が過ぎていたので伝えて忘れていました」と門番と俺達に謝罪していた。
しかし、
「あれ嘘じゃないのか?」
「……なぜそう思ったので?」
「いや悪意が無いのは分かってる。ただ何というか執事さんはそんなミスをしないと思ったんだよ」
これは半分勘になってしまうがさっきから細かい仕草を見てみると、とても洗練された動きをしていた。
剣士には剣に己の心が見えるというが、それは仕事をしている人の服や仕草にだって同じことが言えると思う。
心と体は一心同体。仕事だってきっちり行おうと思えば身だしなみや一つ一つの行動に磨きがかかるというものだ。
そして執事さんは見た目通りにベテラン級。さっき言った通り一つ一つの仕草が洗練されていると感じれるほど出来た人間だと分かる。
そんな人があんな理由でミスをするとは思えないが。
そう推測して話してみたが当たっていたようだ。
執事ばずっと歩ませていた足を止めてこちらへ振り向いて来た。
「買い被りです……と言いたいところですが貴方の予想通りです」
振り返った彼の顔には先ほどまでしていた仏面ではなく笑みを浮かべていた。
どうやら認めてもらえたらしい。
「……何で嘘を?」
「賢者様が今どのような状態にあるか知っておりますかな?」
「ええと、深い傷を負って戦えない状態になってるんだろう?」
この情報は住民と噂からしか聞いていない。
賢者様に関しては勇者と同じ人類の守護者で魔術において彼の右に出るものはいない。
せいぜい分かっているのはそれだけで俺もそこまで深くは知らないのだ。
俺の返答に執事は頷いて話を続けた。
「その通りです。賢者様は今もなお深い傷を負っている。……ですが事実は少し違う」
「違うって何が?」
「考えてみてください。賢者様なら傷ぐらい治せると思いませんか? すぐには治せない傷を負ったとしても一年の時間があったのです。それなのに今も状態が治らないという事は……」
「…………呪いか」
「ええ」
世界各地を走り回った俺だ。
世界的にも珍しい呪いのことは俺でも少しは分かるというか、実際に受けたことがある。
だが俺が受けた呪いと賢者様が受けた呪いは比にならないだろう。俺が受けた呪いは苦しい思いをしたが解呪できた。
それが賢者様でも治せず苦しませるということは……。
「魔王の呪いを受けたのか? 賢者でさえここまで追い詰めるほどだ。余程の呪いでも無い限り効くと思えないんだが……」
「それは分かりません。賢者様からしても予測できなかった襲撃を受けたそうですから……」
「そうか」
疑問が増えるだけの話題に俺はスッキリしないが、目の前の執事は一本指を出して説明を続ける。
「ですが賢者様はもう一つ呪いを受けています。それも体ではなく心に」
「……勇者達の事か」
「はい。今の賢者様は勇者様と聖女様を失った事に重い責任を感じています。体の呪いも相まってとてもいい状態ではありません」
そこで執事は頭を下げて来た。一つ一つ動きが洗練されている彼のお辞儀からは深い悲しみの感情も伝わってくる。
とはいえ俺は困惑するしか無い。
執事がそうしたくなるほど賢者様は悪い状態なのは分かるがなぜ俺にして来たのか。
彼の親しい友人でも無ければA級冒険者パーティーの様な信頼できる実績もない。それがなんで……
「勇者様から聞きました。彼女にとって救ってくれた方が居ると。……貴方のことです」
「……あいつそんなこと言ってたのか」
「ええ。きっと貴方なら助けてくれると自慢の人だと、いつも賢者様や聖女様に話されていました」
予想外の方向からきた情報に、勇者様と敬語をつけるのを忘れてしまったが確かに理解できた。
マーニャは昔から事あるごとに俺の事を自慢していた。正直俺はマーニャに比べて大した事ないから恥ずかしいかったが。
「無茶な事を頼んでいるのは分かっています。その上でどうか今の賢者様をお救いください。少しだけでもいいのです……少しだけでも彼の助けになっていただければ」
静かに、しかし力強く訴えてくるように執事は言ってきた。その言葉からは執事と賢者様の間に絆がある事も、だからこそ執事も深い傷を負っている事も察せた。
とはいえ執事が言うように無茶振りでもある。
俺はカウンセリングのようなその道のプロでもなければ、賢者様と交流関係のある人物でも無い。というが赤の他人だ。
この事に答える必要はない。
(けどマーニャが俺をそう言ったんだな……)
だが執事によるとマーニャは俺の事を助けてくれる人だと信頼していたらしい。
正直言うと赤の他人が何て言おうが俺には出来ないと断っただろう。
でもマーニャがそう言ってくれた。そう信頼してくれたのだ。なら……
「分かった、賢者様の件については出来るだけ努力する。でも体の呪いは無理だし、心の方だって必ず治せると約束は出来ないからな」
「……それは本当ですか!?」
「微力でもいいんなら」
俺が承認したら今にも泣きそうな顔で執事は顔を上げて来た。
まるで俺の事を救世主のようにみているが辞めてくれ。俺はそんな器じゃない。
「ありがとうございます。勿論少しだけでもいいのです。そんな簡単な事ではないとは分かっていますから」
「感謝なら俺じゃなくてマーニャにしてくれ。勇者様がそう言ったから俺はやるって決めたんだ」
まだ絵本に載るような大したことは成し遂げていないんだ。そんな実力に見合わない褒められ方されると恥ずかしくなる。
そんな感情を悟られぬように俺は先に歩き始めた。
「早くしてくれ。俺も賢者様に用事があって来たんだ。用事のお礼くらいはするよ」
執事がそれなりに大きい扉に三回ノックする。
この辺りは人がいないからかノックの音はよく響いた。
「賢者様、お客人を一人連れて来ました」
執事がそう言うが扉の向こうからは何も返ってこない。
……と思ったが少し間を開いて返事が来た。
「客だと……? 今の俺に客など居ないはずだ。執事、お前の差し金だろう」
(……声が)
想像とは違った声質に俺は驚く。
確か賢者様はマーニャと同じくらいの年齢だと聞いていた。だからてっきり好青年らしい声でも聞こえてくると思ったのだが、
(酷く枯れてる)
年老いたお爺さんでもいるのかと錯覚してしまうほど声は荒れている。その声に強者特有の覇気は感じないし、むしろ弱々しいと思ってしまうほど酷い声をしていた。
恐らく呪いだ。俺が受けた呪いでも体調を崩すほどで声が変わるなんてことはなかった。
賢者様が受けた呪いは想像以上に酷い物らしい。
「ですが……」
「さっさと追い返せ! 俺はもう疲れたんだ……!!!」
だが呪いとは別に現在進行形で問題が発生している。
賢者本人が俺の事を拒絶しているのだ。理由は心の傷からくる物だろうが。
呪いで弱まっているはずなのに拒絶の声は力強い。
直接目にしているわけでもないのに魔法でも飛びそうだと思うほど、憎悪の籠った大声が響いていた。
「マーニャ様の幼馴染がいらっしゃいましたぞ」
「────」
だが執事のその一言で賢者は止まる。
さっきまで浴びせていた声も、背筋が凍るような憎悪を消えていく。
そしてまた無言の時間が少し続いて──
「分かった。入れろ」
許可が出た。
「分かりました」
そう言って執事は俺に振り返る。
『頼みましたぞ』という意味を込めたその表情に、俺は頷いて部屋の中へ入った。
「失礼します」
俺らしくない言葉を使いながら扉を通る。
ただ執事は部屋の外でまったままで入ってこないようだ。扉の外からこちらへお辞儀をして離れていく。
(賢者様が欲しがっているのは俺だけと言うことか)
地味に勇者以外で偉大な人と出会う初めての経験だ。
変な緊張をしながら目の前にあるベットへ歩いていく。
ベッドには上からカーテンが掛かっていて真っ正面から賢者様の素顔を見ることができない。
流石に面と面を向かって話さないと失礼だろう。そう思って俺はベットを斜めから見れるように左に移動する。
……そしてその行動をした事に俺は後悔した。
「えーと俺、いや私は『絵本の探索者達』のリーダーを務め…………な」
「よお、その反応は予想通りだ。どうだ? 僕の醜い姿は」
自分を蔑むように笑う賢者様を前に俺は言葉を失う。
強い呪いだとは思ったがまさかここまでひどい物だと予想できていなかったからだ。
カーテンから外れてようやく見えた賢者様の顔。
そう比喩とかではなく実際に腐っている。残り半分は普通の肌で、もう片方の肌はまるで腐った死体のように変化していた。
目蓋も腐って球体の目が見えてしまっている。
それどころか口の部分も腐って半分だけ歯が見えていると言う矛盾。
普通の人間をしている顔半分と人外じみている腐った顔半分。
そのあり得ないはずなのに成立してしまった歪さが、不気味さと恐怖を作り上げてしまっていた。
「ひどいもんだろ。これが僕を一年間苦しめている呪いだ」
そう言うと賢者様は咳き込んだ。やはり体調もあまり優れていないらしい。
「その大丈夫……な訳ないよな」
「ああ俺の魔術で侵食は防いでいるが、常人だったら体全体が腐ってもうくたばってるよ」
「…………」
「それで、俺に何のようだ?」
今まで見たことのない恐ろしい光景に何もいえなかった俺に、賢者様は話題を振ってくれた。
「あ、ああ。アンタに……じゃなくて賢者様に──」
「アンタでいい、慣れない言葉で話されても分かりづらいだけだ」
「……分かった。アンタに頼みたいことがある。今俺が持ってるこの剣の事だけど」
そう言って背中にかけている剣を取って賢者に見せるが、賢者は何も言ってこない。
ただ静かに聖剣をまじまじと見て観察している。手で触るなんてこともせずじっと見る。それが数分続いて彼は目線を剣から俺へ移した。
「確かに聖剣だ。まさか絵本に描かれていた聖剣が実在していたとはな」
「……すごいな。見ただけで分かるのか」
「賢者だからな。それとお前のお願いってこの聖剣の力を復活させて欲しい事か? 聖剣のくせに力が弱まってる」
「ああその通りだ。復活させることは出来るのか……?」
「出来る」
まさかの即答だ。
俺のやって欲しいことをすぐに見破ったのもそうだが、やはり伝説の武器をすぐに理解できることも含めて賢者の実力は本物だ。
「なら頼む! 聖剣の力を復活させてくれ!」
そうと分かれば善は急げだ。
報酬とかは後に考えて、すぐにでもこの聖剣の力を取り戻す為に俺は土下座した。
「断る」
だがその願いに対して賢者は冷酷にそう言い放った。