モブ冒険者だった僕だが、最後の意地くらい通してやった 作:ギル・B・ヤマト
「断る」
「──なんだって?」
冷酷に言い放った賢者の言葉に俺は耳を疑った。
なぜ断ったのか。さっき聖剣だと理解してくれた。それならこの剣が復活して使えるようになったら、どれだけの価値があるか分かるはずだ。
「お前は聖剣の力を復活させたいと言ったよな。確かに僕なら出来る」
「なら……!」
「だが復活した聖剣でどうやって勇者を倒すんだ? いや、言い方が違うな。
それは最もなことだった。
この聖剣には勇者の洗脳を解く力がある。強力な闇の魔法を打ち消す力があるからこの剣は聖剣と言えるのだ。
解除する方法は簡単。
この聖剣に
だがこの単純な方法が困難なのだ。
「その剣で勇者を倒そうとしているが、そもそも相手は歴代最強の勇者だぞ? 僕以上の天才だ」
俺は一度もマーニャに勝てていない。村にいた頃からだ。そしてそれからマーニャは強くなっている。
俺もそれなりに成長している自覚はあるが力の差は歴然だろう。
「見たところお前はA級冒険者並みの力はあるようだな。……たかが
「…………」
「A級冒険者パーティーでも大して変わらないぞ」
全くもって正論だ。
マーニャの強さは勇者ごっこで身をもって知っている。
大人数でアイツを囲めばいい? そんな常識に縛られる存在じゃないんだよ彼女は。
岩より大きい敵を吹き飛ばし、目に見えぬ速さで敵を蹂躙し、そんな力を持ちながら己の力に溺れることなく優しい心を持つ。
まさに勇者と言える、それがマーニャだ。
「知らないわけないよな。アイツの強さを」
「知ってる。小さい頃に嫌な程思い知らされた」
「なら言わせてもらうが諦めろ。挑んで無駄死にするより残りの余生を大切にするんだな」
賢者も口が荒いがこっちの事を思って言っているのは分かる。
勇者というのは誰よりも信頼できる仲間であり、それと同時に誰も超える事のできない圧倒的な壁だ。
同じ人類の頂点である賢者や聖女と比べてもそんな評価が出てしまうほど、彼女は悲しいくらいに強かった。
そんな存在に所詮いい所でモブの俺がどうこう出来る話ではないだろう。
そもそも操られた勇者を倒す事自体、絵本に出てきた英雄がやるべき仕事だ。俺がやるべき事ではない。
ただ……
「無理だ。それは俺には出来ない判断だ」
「何だと……? お前今なんて言った」
「無理だって言ったんだ」
聞き間違いだと思って賢者はもう一度聞いてきたが残念だ。聞こえた内容は合っている。俺はさっきより少し大きい声で同じ事を言った。
今までとは違う頑固さを感じる俺の返答に賢者は信じられないような目をしてくる。
そりゃあ納得できないに決まっているさ。俺が今言ったことは死ににいくって言ったようなもんだからな。
「お前、アイツの恐ろしさを知っているんだろ? なら何で逃げようとしない」
さっきまでとは打って変わって声が荒くなっている。
「死ぬかもしれないんだぞ……!」
「悪いがそれは承知済みだ。っていうより勇者に戦いを挑むんだ。そんな簡単に勝てるわけ無いのは理解してる」
「お前は一度挫折したんじゃ無いのか!?」
賢者という名前は何処に行ったのか、彼は俺でも分かるほどに動揺しそして恐れていた。
というより今の発言……。
「アンタ……マーニャから聞いたのか俺の事? いやアイツはよく俺のこと自慢してたな。だったら過去に何があったか知ってるだろ?」
「ああ、お前に何があったかは知ってる。だから納得できないんだよ。アイツから嫌というほど見てきたんだろ、絶望的な強さの差を!?」
なるほど。賢者は俺の黒歴史の事を知っているらしい。
俺が勝手に自分の事を主人公だと舞い上がって、でも結局マーニャには手も足も出すことが出来ず負け続ける毎日。
そして無様な俺と勇者として立派に成長したマーニャが別れた日。
マーニャが俺の事をどう見てたか全て分かるわけじゃないが、最後の別れの日ぐらい簡単に理解できる。
とても哀れで無様な奴に見えただろう。
マーニャに俺は勇者になると言っていたが、結局あの日は大切な人を守る事が出来なかったし、ただ助けを呼ぶことしか出来なかった。
別れの時なんて踏み台キャラみたいな事になってたしな。
「勇者は最強なんだよ」
俺の事はそんな風に伝わっているだろう賢者は声に恐怖が混じりながらそう言う。
「アイツは僕が今まで見てきた誰よりも強い奴だった。魔王と会った時でさえ、本気になった勇者と対峙した時より怖いとは思わなかった」
マーニャが最強なのは同意だ。
才能もある上に努力も欠かさなかった彼女なら誰にだって負けないと俺は言える。
「アイツは僕の世界を壊しやがった張本人で、過去の英雄達が成し遂げなかった事を平気で成し遂げる奴で、そのくせ心は立派だった。力に溺れていた僕なんかより……!」
彼の手を見れば血が出そうだと思うほどにシーツを力一杯握っていた。
そこには悔しさを感じる。
「ああそうだよ! 僕があんなミスをしなければ勇者は負ける事なんて絶対無かった!! 聖女が死ぬ事も無かったさ!!!」
ため息をした賢者はまた咳き込む。
さっきから思っていたが少しでも力を入れるだけで直ぐに体調が悪くなるようだ。
この様子だと歩く事も難しそうだ。
ただ……強力な呪いのせいで賢者も冷静を欠けているように見える。
さっきも俺が戦いに行く事を伝えたら聖剣の話から逸れた上に心の声もダダ漏れになった。
(……そうか。アンタも同じだったんだな)
推測になってしまうが俺と賢者は似たような境遇らしい。こんな俺と人類の発展を魔術で支えてきた賢者を一緒にするのはどうかと思うが、マーニャによって似たような経験をしたのは一緒だ。
「力に溺れていた僕なんかより……か」
「…………僕はそんな事言ってたか今?」
「無意識だったんだな、言ってた」
さっき執事に助けになって欲しいと言われたばかりだがどうも役に立ちそうに無い。執事に心で謝りながらそう思ってしまった。
「マーニャがなんて言ってたか分からないけど俺も似たような事は思ってた。まあ結局マーニャにその傲慢な考えはぶち壊されたけど」
あの時の絶望は身に染みるほど感じた。だから俺がこの賢者をどうにか出来るとは思えない。
土下座から姿勢を崩して俺は立つ。
「何をするんだ……?」
「何もしない。今のアンタに俺がどうする事は出来ないって分かっちまった。だからこのまま行くとするさ」
惜しむ仕草を一切せずにそのまま出口へと歩き始める。その動作に一切の迷いは無く、本当に歩き始めるまでの動作はスムーズだった。
その姿を見て賢者は焦り出す。というより不可解なものを見て混乱している。
普通なら助力してもらうよう説得する流れのはずなのにこうもあっさり引き下がれたらそうなるだろう。
「待てよ……さっきも言ったが死ぬだけだぞ?」
「知ってる」
「パーティーで倒しに行くんだろ? 仲間はどうするんだ!?」
「悪いな、仲間は分かってて馬鹿な俺の我儘に付き合ってる。ただ余生を過ごすより俺と一緒に戦う事を選んでくれたんだよ」
賢者の息を飲む声が聞こえる。
「……何で、何でお前はそこまで動けるんだよ! 何で立ち上がれるんだ!?」
その言葉で歩き続けていた俺は止まった。
何でここまで動ける理由か。それはもう分かりきっている。
「賢者さんよ、アンタには譲れないモノってあるか?」
振り返ると賢者の不可解な顔が映る。
「譲れないモノ……?」
「ああ、プライドっていうか己の信条みたいなもんさ。何かを投げ出してまで守り通したいもんだ」
俺は勇者になるのを諦めた。
情けない限りだがマーニャという存在を近くで見てしまった事で、小さい頃に持っていた夢は消えてしまったのだ。
「俺にはある」
でも一つだけ、俺は守りたいものがある。
モブ程度の俺でも意地はある。
『もし私がピンチだったら……助けてくれる?』
小さい頃の約束だけど、俺にとって勇者の夢以上に大切な意地が。
「マーニャとの約束、今度は破りたくないんだよ」
俺はモブだろうがお前には過ぎた願いだと言われようが…………これだけは譲れない。
無言の時間が流れていく。俺と賢者の目線は一度も外れる事なく互いに見続けたままだ。
短い様で長い様にも感じた時間。
それを終わらせたのは──賢者だった。
「ハァ……どいつもコイツも自分の命を簡単に投げ出してやがって……」
「?」
賢者が俯いて何かブツクサと言っているが聞き取れない。
何を言ったか聞こうとしたら顔を上げてきた。
「聖剣をよこせ、そいつの力を復活させてやる」
「! ……いいのか? でもアンタ相当ヤバそうだが」
「僕は
さっきまで抱いていた焦りや怒りではなく何処か吹っ切れた顔で賢者は言った。
その目にも迷いはない、賢者だと言える強い意志を感じる目へ変わっていた。
「何で気が変わったんだ? って言う質問は無しだぜ。僕の気が変わる前にその聖剣を寄越すんだな」
「……分かった。アンタに頼めるならこれ以上はない」
先程までの悔しがっている賢者なら渡せなかった。
だが今の賢者の姿を見れば渡すべきだと思った俺は聖剣を背中から取る。
「勇者がここにくるまで時間はそんなに無い。僕が徹夜でやっておくから明日のこの時間にもう一度来るんだ。いいな?」
「……あぁよろしく頼む」
そこまでしていいのかという質問はしない。賢者が聞くなと言ったのもそうだし、これは彼なりの譲れないものなんだろう。
とにかく俺は聖剣を復活してくれればそれでいい。そう思って俺は頭を下げた。
そうして日が落ちて周りが暗くなった頃。
既に『絵本の探索者達』冒険者パーティーは勇者との戦いに備えるべく館から去っていた。
(まだまだ時間は掛かりそうだな……)
あれから一切移動せず自室の大きなベットで聖剣と睨み合いをしている賢者。
彼は魔術を通して聖剣の構造を見ており、そこからなぜ聖剣の力が封印されているか探していた。
だが賢者の顔が苦痛に染まっているようにその作業は難航していた。
(複雑すぎてほとんど見えない……まさかここまで面倒だったとは)
聖剣の中身は魔術的観念から見ても複雑にできている。
今賢者が見ている行為は、横幅と高さ五メートルの壁から一ミリの穴を探す作業をひたすら繰り返すのと同じだ。
しかも途中でミスをするとやり直しというおまけ付きで。
常人なら永遠に続くと錯覚するほどの困難さと、精神的苦痛によって諦めるだろう。
しかし今、聖剣を観ているのは賢者だ。
魔術の頂点に君臨する彼は苦しみながらもリーダーとの約束を果たすべく解析していた。
「…………!」
何かを吐き出す音。
それに賢者は焦る事もなく淡々と思う。
(またか……)
賢者がまたかと作業を止めずに視線を少しだけ下げると赤い血溜まりが出来ていた。
それも少しでは無く大量に。
作業を開始してから数時間経った賢者は既に二桁を超えるほど血を吐いていた。
(しかも呪いの嫌らしい効果までついてきてる。血を吐くたびに意識が朦朧とするな……)
魔王に掛けられた呪い。
それが今もなお賢者を蝕んでいた。
体を少し動かすだけで咳き込み、戦闘をしようなら体に負担が掛かりすぎて血を吐いてしまう。
そこには叫びたくなるような痛みも伴い聖剣の復活の作業を邪魔していた。
それほどまでに邪悪な呪いが賢者の体を纏わりついている。
だがそんな劣悪な状況の中でも賢者の意志は折れない。
(アイツにあんな事言われたらな……僕だってやり通してみせるさ)
その目に久々に燃え上がった闘志を抱く賢者は過去を振り返ってそう思った。
⭐︎⭐︎⭐︎
僕は幼い頃、王国にいる預言者に見てもらって自分が賢者だと教えられた。
賢者とは冒険の伝説にも出てくる存在。
勇者、聖女と並んで世界の悪である魔王から人類を守る超越者。
すなわち人類の頂点に立つ存在だった。
元々何でも出来た自分だった。
魔術は王都の城にいる誰よりも早く覚えることが出来たし、魔術の扱いも周りの人間よりずば抜けて上手にできた。
小さい頃から天才だと言われ、そう言われていた僕は誰よりも天才なんだと勘違いし続けた。
そしてその驕りは賢者と知らされてから加速する。
賢者だと知った僕は周りの人間を下等生物だと見下すようになり、僕がやった事は全て正しいと思えるようになった。
これが普通の男の子だったら大人に締められて済む話なのだが、賢者になれる男の子だったからたちが悪い。
実際にそれなりの強さを持っていた僕は誰にも止められる事はなかった。
叱ってくれる大人達だって魔術で大怪我させたら、次からはビビって何も言ってこない。
今思えば最悪の行為しかしてないが、当時の僕はむしろ清正していた。
自分のワガママが全て叶う世界。
誰も自分に逆らわない世界。
力に溺れた自分は何でもかんでもやっていた。
『こらぁ! 人をいじめるな!』
──
気に入らない奴がいたからボコっていると横から声をかけられた。
「お前誰だ……? 僕の事を賢者だと知ってたてついたのか?」
「知ってるけどイジメはダメ!」
耳を塞ぎたくなるような大声が聞こえた方を向けると金髪のブルーアイの女の子がいた。
正義のヒーローごっこか? とりあえず舐めたやつはしばいて置こう。
女の子の言葉に特に反省するわけでもなく、魔術陣を出現させるがそれでも目の前の女の子は逃げない。
その気に入らない反抗的な目を見て僕はイライラしていた。
「……お前足が震えてるじゃないか」
だが視線を下に移せば下半身が情けないほどブルブルしている。
よく見れば目だって……少しは怯えているが反抗心の方が目立つな。
「自分より弱い奴を虐めるなんて最低だよ。勇者とか賢者は人を助けるカッコいいヒーローじゃなきゃ……」
勇者はヒーローじゃなきゃって……子供なのにまだそんな事夢見てるのか。
というかお前どこかで見たことがある様な。
「……ああお前。最近ここにやってきた勇者じゃん」
勇者という言葉で思い出した。
確か数日前、指名手配されていた魔物を倒した事がキッカケで勇者だとわかった女の子だ。
それでこの王都の城にやってきたらしいが……。
「お前ここにきた時メチャクチャ震えてたじゃん。どうした? そのビビりは治ってないのに勇者やる時は正義のヒーロー気取りか?」
「ヒーロー気取りじゃない。勇者は人を助けないといけないの……!」
その眩しすぎるほど純粋な言葉に僕は舌打ちする。
いつもは弱いくせにこんな時にムキになる奴は苛つく。弱い奴はどうせ弱いままなのに、天才である僕に追いつこうなんて腹が立つ。
「まあいいや。勇者ならコイツを助けろよこのビビりが!」
「うわぁ!? やめて!?」
そう挑発して気に入らない奴を前に出した。
(これで怒らせておけば簡単に倒せる)
人助けをしたがる奴だ。こんな風にすればすぐに襲ってくるだろうと僕は予測したが……してこない。
彼女は静かに顔を俯いていただけだった
「私は勇者なんだ。足が震えてちゃダメなんだ。ここに貴方はいなくても私は貴方の勇者で居なきゃならないんだから……!」
何か言っているのは分かるがしっかりとは聞こえない。
「何だ来ないのかよ……! だったらこっちからやってやるよ!!」
そんな些細な事でも傲慢な僕はイラつく。
目の前の勇者ぶってる女の子を吹き飛ばそうと魔法陣から無属性の魔弾を放った。
どの属性にも属さない単純な魔力をのせただけの魔弾。
しかしシンプルながらそこに込められた魔力は子供とは思えないほど多く早かった。
音より早いその魔弾はいつもの様に気に入らない奴を蹴散らすべく真っ直ぐ飛ぶが──
(へぇー……反応できるんだ)
勇者と呼ばれる程の才能は持ち合わせているらしい。
初めて見る……しかも王宮魔術師に届くほどの魔弾を見て冷静に受け流す構えをとっていた。
確かにすごい事だ。
だが僕は天才だ。気に入らない奴を丁寧に痛め付けるために次の球を放っていた。
(後ろからも来てるんだよ)
目の前の弾にしか集中していないだろう彼女を、蔑む様にニヤリと口が開く。
僕が放った一発目はダミー。
本当の狙いは一発目を放った瞬間だけに魔法陣を展開して放った二発目。
例え一発目を弾いても二発目が彼女の背中を射抜く。
(勝ったな)
そうして吹き飛ばされる彼女の未来の姿を思い浮かべて賢者は勝利を確信した。
「
だが上には上がいる。
(は?)
勇者は構えをしていた。
だが賢者は油断していた為に大事な瞬間を見逃してしまったのだ。
魔弾を弾く為に動き出す瞬間を。
(コイツ……それを分かっててわざと構えたのか!?)
賢者の頭は混乱していた。
なにせ勇者は魔弾を弾くこともせずに前に走り出したから。
──ギリギリまで避けれる程にしゃがんで。
勇者は魔弾を弾く為に構えたのでは無い。
後ろからも魔弾が来ていると気付いていて最速で前に飛び出す構えをしていたのだ。
結果ギリギリで避けられた第一の魔弾は第二の魔弾とぶつかり弾け飛ぶ。
そして勇者は魔弾に目もくれず、自分の最速で飛び出しで賢者との距離を詰める。
その間賢者は油断して何も出来ないでいた。
そうなれば当然──
「
この戦いは勇者の勝利で終わった。
それが幼い頃に起きた僕のくだらない世界が壊れた日だ。