魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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学マスに必死になったり、魔法科アニメに夢中になったりで遅れました。


第4話

 個人的な感傷──しかも、直接的ではなく間接的の──で、勝手に魔法を奪われれば堪らない。そう思い、病院に入院中の水波のもとを訪れてみたのだが。彼女の反応はアッサリしたものだった。

 

「……夜久様に、私のことを気にかけてくださる理由など、全く無いように思うのですが」

 

 非魔法師として生きる人生を拒否したいなら手助けする、という提案を「必要ありません」と退けた彼女は、紅茶を淹れながらそんなことを言った。

 

「私は深雪様にお仕えしている身で、夜久様とは特に縁深い訳でもございません。そこまでしていただく理由など元より無いのです」

「確かに……」

 

 おれは非常に個人的な理由から「魔法が失くなるなんて可哀想」と首を突っ込んだ訳で、特に水波が好きかというとそうでもない。単なるガーディアンであるし。

 

「突然死のリスクのせいで、魔法が自由に使えなくなったのは……少し悲しいです。ですが、深雪様からの信頼がそれで損なわれることはないのでしょう。短い間とはいえ、お仕えをしていたのです。それくらいは、やはり分かります」

 

 おれは頷く。基本的に深雪は優しい人間だ。魔法が使えないことで、水波を冷遇するようなことはあり得ない。命を賭けて守ってくれた相手を馬鹿にするような人間な訳がなかった。

 もちろん、彼女は時折……露悪的な面を出す。この前だってそうだ。でも、それは「自身の好きではないところ」の懺悔に過ぎなかった。完璧になりきれない自分を愛せない。だから、不安を吐露する。兄に愛されなかったらどうしよう、と。──達也が、妹を嫌いになるわけなどないのに。

 

「どうぞ。粗茶で失礼いたします」

 

 サイドテーブルに紅茶が置かれた。丁寧に蒸らしていたからか、手軽なティーバッグのそれでも美味しく感じる。メイドとしてのスキルが高いのだろう。そして、この能力は彼女の誇りでもあるのだ。

 

「……おれも理解はしているんだ。アンタの事情に口を出すことはお門違いだと」

 

 ティーカップに口をつけたあと、おれは独り言じみた言葉を淡々と呟く。水波は聞いていないふりのためか、食器を布巾で磨きはじめた。

 自分でも、自分の行動が不可解なことは分かっている。感情を言語化出来ていない。何がしたいのか、ハッキリしないままなのだ。

 

「なんだかんだで、深雪ちゃんは当主になってくれる。四葉家内の問題も、おれはあまり関係もない。正直、何も言う必要なんかないんだ」

 

 今まで、様々な状況をなし崩しに許容してきたのに、何故か「達也の言っていること」だけは気に食わない。理由は何となく分かっていた。

 

「……本当の才能に『魔法の価値』を否定されるのは、怖い。否定できないから」

 

 結局のところ、根底にあるのはそれだ。

 戦闘力という面では、達也は四葉の中でも飛び抜けて優れているというのに。魔法師であることが良いことではないように、彼は平然と述べる。堪らなく悔しかった。

 同じ四葉一族でも、深雪はさして怖くない。魔法力こそ強いが、戦闘スタイルは力押しだからだ。あの「コキュートス」を使わせないように立ち回れば、ちゃんと勝つことが出来るだろう。

 でも、達也と戦えば……おれは間違いなく負ける。彼を力では制圧できない。残酷なまでの才能の差。絡め手如きでは埋められない。

 

「皆さん、案外そんなものですよ」

 

 聞こえない素振りをしていた筈の水波がポツリと言った。

 

「あっ、その……申し訳ございません。私ったら、とんだ差し出口を!」

「いや、別にいい」

 

 駿や光宣が、恐らく見つけたであろう答え。才能の終わりを知る悲しみ。

 おれも受け入れなくてはならないのだろうか。

 

「悪かった。──演算領域を閉じることそのものは、やはり反対だ。でも、匿おうとしたのはやり過ぎだった」

 

 そっと頭を下げる。自分の論理を押し付けていたのは、おれだ。気付いてしまったために、振り上げた拳を何処へやるべきか……見当がつかなくなった。

 

「あ、頭をお上げください!」

 

 慌てふためく彼女の前に、さりげなくマネーカードを置く。パニック真っ只中の彼女はまだ気付いていない。

 

「見舞いの品を見繕ってなかったから、まぁこれで」

 

 さっさと席を立ち、病室を去る。追いかけて来られないよう、すぐにCADへと手を伸ばした。精神干渉魔法で気配を消し、建物の外へ。外はひんやりとしている。ふと、空を見上げた。雲ひとつない晴天だ。綺麗だと思った。物事の全てが、これくらいシンプルなら良いのに。

 

(魔法が無かったら、自分の表現すら完結させられないのがこの世界だ)

 

 そうでなければ、人生の殆どを「自己証明」に費やさなかった。哀しみも怒りも、自分だけのものだ。

 愛梨を助けたいと思った時。大漢への復讐を果たしたいと思った時。魔法が無ければ、何も出来なかっただろう。だって、自分がやらなければ……成し遂げられなかったから。

 

(いや、待てよ?)

 

 おれは、あることに気付く。達也も同じ条件だということ。彼は魔法を使わない訳にはいかないのだ。妹を守るためにも。

 社会から追い詰められることで、彼が『深雪と生きる未来』の実現に必死になりはじめたら。深雪を妻として娶り、お母様の「嘘」を愛する選択を最終的には取るのだろうか。

 

「……考えるより先に、やるべきことがあるみたいだな」

 

 思索から離れ、物陰に向けて魔法を発動する。使ったのは、精神干渉魔法の「毒蜂」。しかし、爪の間から飛ばした刃が上手く刺さらなかった。座標情報が書き換えられていたのだ。

 

「……初手で殺しに来る? 普通」

 

 現れたのは、案の定光宣であった。イヤそうな顔をしている。予想通り、というか……なんとなく気配で分かっていた。

 

「『仮装行列』で当たらないと分かってた」

「それでもどうかしてるよ」

 

 彼はため息と共に、肩をすくめた。美形ゆえか、妙なくらいサマになっている。

 

「──で、横にいる人間は? まぁ、見覚えがあり過ぎるが」

 

 光宣が横にずれたことで、おれの視界に現れたのは……金髪碧眼の少女。

 明らかに、アンジェリーナ・クドウ・シールズその人であった。後ろ手で縛られている。軍人の彼女に縄抜けが出来ない訳などないから、拘束系の魔法で動きを制限されていることが伺えた。

 

「え、何……知り合い?」

「いや別に。知り合い、ほど仲良くは無い」

 

 スパイ紛いの違法活動をしていた奴と仲が良い筈がない。その上、親友を焼き殺そうとした敵である。

 

「そんなことはいい。なんで、お前がコイツを捕まえてるんだよ」

「単に『仮装行列』の気配がしたから。使いこなし過ぎてるし、何だか怪しいと思って……」

「──ちょっと、ヨツバヨルヒサ! コイツに何とか言ってやってよ! ワタシ、酷い目に遭ってるのよ! 現在進行形で!」

 

 リーナが必死の形相で、おれに助けを求め出した。凄まじい声量と共に。咄嗟に構築した遮音フィールドが間に合わなければ、人が集まっていたかもしれない。

 光宣と彼女の間に面識が無いとはいえ、おれを信用するのも変な話だ。

 

「……ウチの上官が、ヨツバにワタシの保護を求めている筈よ。なのに、どうして騙し討ちされなきゃならないのよ!」

「保護? 四葉が?」

 

 全く話が見えてこない。首を傾げるおれ。話が通っていないと思ったのか、リーナの顔色が見るからに悪くなっていく。絶望、という言葉がピッタリ合う。あまりにもコミカルなそれ。笑ってはいけないのに、笑いそうになってしまう。

 

「なるほど。さっき僕が戦ったのは、四葉傘下の魔法師だったのか。道理で強かった訳だ」

 

 唯一、光宣だけは納得した表情で何度も頷いている。

 

「まさか、お前……強奪したのか?」

 

 恐らく、リーナの言い分は本当なのだろう。おれが聞かされていないだけで。USNA側が、虎の子の戦略級魔法師の保護を四葉にわざわざ要請したのかは……謎だが。

 しかし、合流する最中にアクシデントが起きた。光宣に襲撃されるという。

 

「そうだけど?」

 

 推測は正しかった。嘘だと言って欲しい。いくらなんでもメチャクチャが過ぎる。

 

「……ヤバ」

「お前に言われたくないよ」

 

 辺りを見渡す。調布エリアだから気にしていなかったが、黒羽らしき気配が確かにする。おれが介入したため、様子見を決め込んでいるといったところか。

 

「場所を変えよう」

 

 親指で、背後にそびえ立つビルを指す。つまりは、おれの家である。リーナがあからさまにホッとした顔をした。多分、ここが目的地だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 一応、リーナは四葉の客人だと発覚した訳で。光宣は納得して帰るだろうと思いきや、平気な顔でおれたちについてきた。さっき黒羽を散々ボコっておいて、堂々と四葉の本拠地に入るその豪胆さには感心する。

 追い返すのも面倒なので、招き入れることにした。元より、このマンションには愛梨や駿、将輝なども通している。「外の人間に見せられるエリア」が用意してある建物なのだ。

 

「──遅かったわね」

 

 応接室の扉を開けた瞬間、冷ややかな声がした。おれは思わず、氷の彫像みたく身体を強張らせる。

 水波の今後を巡って(結局、おれの独り相撲だったものの)揉めたり、光宣と絡んだりと……瑣末なタスクで頭がいっぱいになり、約束の時間をすっかり忘れていた──愛梨と会う予定だったというのに。

 

「わ、悪い……遅れて」

 

 遅れたどころの騒ぎではない。

 おれの背後には、光宣とリーナ。これを見れば、彼女も「完全にすっぽかされていた」と気付くだろう。

 

「……」

 

 愛梨は黙ってこちらを睨む。おれは無言で俯いた。

 

「まぁ、良いわ。誠意は後で見せてもらうとして。──何か、あったんでしょう?」

 

 光宣はともかくとして。リーナの姿を見たことで、何か異常事態であることを感じ取ったらしい。彼女は早々に真面目な表情に切り替え、おれたちにテーブルにつくよう促した。

 何とも言えない空気感の中、リーナが事情を話し始める。

 

「──パラサイト騒ぎ!? またかよ、どうなってるんだ、USNAは」

 

 あれだけ苦労して片付けたというのに。再び行われた実験のせいで、パラサイトがダラス郊外に出現したらしい。

 そして、警備にあたっていたスターズの隊員がパラサイト化してしまったことで……隊の内部にまで同化が進んだ。

 

「スターズは実質的な壊滅状態。せめて、ワタシだけでも……と仲間が逃がしてくれた。皆、無事だと良いけど」

 

 ホットチョコレートを飲みながらも、同僚を思い出してか、暗い顔のままのリーナ。こうして話を聞くと、だいぶ踏んだり蹴ったりにも程がある。

 

「しかし、驚きましたね。再従姉が『シリウス』だったこともそうですが、何よりUSNA中枢がそこまでボロボロになっているとは」

 

 九島本家もボロボロですがね、というブラックジョークまで光宣は付け足した。半分くらいは彼にも原因があった筈だが。

 

「……外部に機密が漏れているような状況なんだもの。変なことだって、起こるに決まってるわよ。──時折、有用な情報をくれるからって……上層部は放置してたけど。ワタシたちは『賢人』を利用するべきじゃなかった」

 

 愛梨がおれに目配せした。きっと、駿がパラサイト化した時のことを思い出したのだ。

 

「その『賢人』って。最近、やたら四葉にちょっかいをかけている奴と同じだよな? 確か、名前は……」

「待って! 貴方、どうして名前を知っているの!?」

 

 リーナが立ち上がり、身を乗り出した。興奮から、目がぎらついている。

 

「以前、本人が名乗っていた。愛梨も見ただろう?」

「えぇ」

 

 駿の端末からは、アーカイブが消滅していた。そのため、証拠などはない。だが、別に司法を通さなければ……そんなもの必要なかった。

 

「レイモンド・クラーク。確か、そう名乗っていた」

「クラーク……。まさか、国家科学局のDr. クラークの身内なの」

 

 リーナは顔色を赤くしたり、青くしたりと忙しい。様々な情報が、彼女の頭の中を巡っているのだ。

 

「まぁ。その『賢人』とやらは置いておいて」

 

 現状、奴から迷惑を被っているのは達也だけだ。ついでに、深雪もか。そして、それについてはあまり介入したくない。今は、彼がどう決着を付けるのか……知りたかった。彼なりの自己証明が、魔法であることを期待している。

 

「パラサイトがまた日本に来たら厄介だな」

「……多分、来ると思うわ。彼らはワタシを狙っているから」

 

 もう帰ってくれよ、と言いたくなるのを堪える。リーナもここに来たくて来た訳ではない。

 

「密入国のタイミングで叩きたい……が、USNAは中華街ルートを使わないからな」

 

 そこで言葉を切って、リーナをじっと見る。しかし、彼女は「知らないわよ! 特殊部隊の手口なんて!」と叫ぶ。動揺の匂いもしない。つまり、完全にシロ。ルートは教えられていないのだ。

 

「なるほど。タイミングが来るまでは待つか」

 

 そう結論付ける。話し合いは終わりだとばかりに、おれはカップをテーブルに置き直す。長々と話してられない理由が、今のおれにはあった。

 

「──さて。悪かった、愛梨。折角だし……今から買い物にでも行くか?」

「行かない」

 

 愛梨の返答はにべもない。しかし、おれは尚も食い下がる。

 

「で、でも……」

「モノを買ってもらったくらいで機嫌を直すような安い女じゃないわ、私」

 

 冷たい表情の愛梨。呆然と立ち尽くすおれ。こちらを見て爆笑しているリーナと光宣──今、この場所に名前を付けるならば「地獄」といったところ。けれども、この地獄から逃げ出す訳にもいかない。

 衆人環境の中、おれは必死に愛梨の機嫌を取る。もちろん、精神干渉魔法は禁止カード。苦労の末、何とか許された。約束はちゃんと守ろう……心の底から、おれはそう思ったのだった。

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