負け犬の提督   作:ツム太郎

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少年と少女は、終わらない恐怖と焦燥に駆られていた。


幕開

幕開

 

艦娘。

 

この言葉の意味をご存知だろうか?

 

一人で一隻の軍艦に匹敵する程の戦力を持つ新人類。

人ではない正体不明の敵への唯一の対抗手段。

武器を持つ只の少女。

 

辞書を開けば、八方それぞれの言葉で記されている。

明確な定義は無く、今も軍の上層部で決まってはいない。

 

彼女達の「職場」においてもそうだ。

ある職場では、彼女達は人間とほぼ同様の扱いを受けており、食事や睡眠、風呂等を十分な程に享受できている。

またある職場では、彼女達は兵器つまりは物同然の扱いを受けており、使い捨ての存在になっている。

 

毎日まばゆいばかりの笑顔で鎮守府に戻る者もいれば、死に体のような様相で戦地に赴く者もいる。

 

だが、彼女達はどのような環境に放り込まれようとも、それを甘んじて受け入れなければならない。

人として見られようと、物として見られようと、彼女達は人類を守るという使命の為に一生を費やすのである。

そこに拒否権等ある筈無い。

 

それが、彼女達が人間と違う確かな一線であった。

 

 

 

 

 

だが既に区切られている「艦娘の中」にも、一つの線があった。

 

「完成」か「失敗」か。

その明確な線があった。

 

艦娘はその体を無機質な金属から作られている。

様々な金属を合成してできる物質に、半永久的に熱を与え続けて人としての思考と動力を与える。

大雑把に説明すれば、艦娘はそうやって作られる。

 

そこで、もし仮に誤作動が生じたら?

お菓子工場を想像すれば分かるだろう。

基準を満たさなかったお菓子がどのような末路を辿るのか。

 

 

 

 

 

本来、彼女達の存在意義は戦う事のみである。

戦う事ができる、その基準を満たして初めて彼女達は鎮守府に配属となり、人か物かのいずれかの扱いを受ける。

そう、まずは艦娘として機能するかが重要となるのである。

それができないと判断された艦娘は、配属される前に「廃棄」される。

 

子どもが壊れた玩具を捨てるように、さも当然のように。

彼女達が、物としては高度すぎる知能を持っていても関係なく、解体される。

その時の彼女達の思いは、どれほど深いモノだろうか。

最前線で働く勇者として迎えられ、華々しく戦える事を誇りに思っていた者は、絶望で心を真っ黒にしたまま死ぬのだろう。

仲間達と支え合い、共に生きていくことを夢見た者は、誰にも知られる事無く消えていくのだろう。

 

 

 

 

 

その例として、とある四姉妹を紹介しよう。

彼女達は、とある戦艦をイメージして作られたタイプであった。

戦艦の名は伊達ではなく、敵陣にて大活躍を期待される存在であった。

故にそれに掛けられる資金も膨大なモノで、現場の者達は一様に期待と羨望のまなざしを向けている。

 

その四姉妹は、そんな戦艦の名を背負って生まれた。

自分たちの事を知らされたとき、彼女達は喜びで胸を膨らませた。

エースとして戦う事が出来る事を誇りに思い、人々のためにその力を振るおうと思ったのだ。

 

 

 

しかし、そんな彼女達に上層部は「戦力外」の烙印を押したのだった。

理由は先程述べた誤作動による、火力の著しい低下であった。

本来彼女達は、場合によっては一人で敵艦隊を滅ぼせる程の力を有している。

だが実際はその半分の力も無く、せいぜい最弱モデルとされる駆逐艦と互角の戦いが出来るくらいであった。

しかも消費する資材の量だけは変わらず、膨大な量を必要とする。

 

故に、無駄に資材を消費するだけの彼女達四姉妹を廃棄する事にしたのであった。

それを知った瞬間、期待でいっぱいであった彼女達の心は、真っ黒な絶望に染まってしまった。

何かをすることも許されず、死ぬ事を待つのみとなった彼女達は、生きる屍のように何も喋らず動かないでいた。

解体までの期間の間だけ用意された四畳半の狭い個室で、彼女達は丸くなって人形のようにぴくりとも動かない。

 

中でも酷いのは長女であった。

事実を知った当初、その長女はまだ諦めず必死に助かる道を探していた。

すでに諦めきっていた妹達を励まし、個室を横切る軍の者達に何度も話しかけて己の存在意義を示そうとしていた。

 

だが、返って来たのは長女を黙らせるための苦しい拷問であった。

もとより軍は艦娘を戦力としてしか見ておらず、ソレが無い艦娘はゴミとしか思っていない。

故に軍の側から見れば、長女の行いは「ゴミが奇怪な音を上げて喚いている」程度にしか見られない。

 

ソレを悟った長女はボロボロの姿のまま個室に投げ捨てられ、そのままの状態で丸くなっている。

何もせず、虚ろな瞳を僅かに揺らしながら、与えられる少しの食料にも手をつけないでいた。

最早四姉妹には会話すら無く、ただ淡々と時が流れるのを待ち続けるだけであった。

死刑囚のように、苦しいだけの現実から解放されるその時を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東北のとある鎮守府。

日が昇り始める午前5時頃に、その提督は目を覚ます。

彼は毎日、僅かな眠気と右腕の気怠さと共に朝を迎える。

その気怠さの正体は、彼の右腕にしがみつく少女が原因であった。

 

鮮やかな栗色をした髪を伸ばし、肩を露出させた服を着た彼女は戦艦「金剛型」の筆頭である金剛と呼ばれる少女である。

彼女は自分の主である提督の腕を力強く抱きしめ、顔を埋めている。

まるで自分の物である事を証明するように、遠くに行かないよう縛り付けるように、である。

 

本来ならば、金剛型は人間の腕など簡単にへし折る事ができる。

しかし、目の前にいる彼女には、それをする力がない。

故に提督も、彼女が毎晩自分の部屋に忍び込んでくる事を許していた。

 

「ほら、朝だよ金剛。 早く起きて」

 

彼はいつも通り彼女より早く起き、隣で眠る彼女を優しく揺する。

壊れないように気をつけながら優しく丁寧に、傷つけないよう細心の注意を払う。

 

「…う?」

 

「あ、起きた。 おはよ、金剛」

 

そして彼女が目を覚ますと、彼は決まって彼女の名前を呼ぶ。

そうする事で、彼女がここに在る事を彼女自身に教える。

 

「う…うぁ…。 あぁう!」

 

彼女はそんな提督の言葉を聞いて意識を覚醒させる。

そして自分の「失態」に気付くと顔を青くさせてその場にひれ伏す。

言葉にならない叫びをあげ、必死に彼に許しを乞う。

 

「あぁー! うあぁあー!!」

 

「大丈夫、大丈夫だよ。 何にもしないから」

 

泣きながらその場を全く動かない彼女に、提督は優しく話しかける。

その頭を撫で、彼女が悪くない事を何度も言い続ける。

それでも彼女は「言葉を話せない体」で必死に謝り続け、廃棄されないことを願い続ける。

 

そして彼女が泣きつかれて再度眠りにつくと、彼はその場を離れて部屋を出た。

 

これが「負け犬の提督」と呼ばれる吉崎 慶太の朝であった。

 




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