吉崎慶太
吉崎という人間は一度その命を終わらせた。
死因は刺殺、見た事も無い女からの見事なまでの一撃であった。
「貴方は、ずっと私を見てくれない! こんなにも貴方を愛してるのに!」
彼が到底知り得ない事を叫びながら、地に伏す彼を見つめていた。
「私を見てくれないなら、せめて誰も見ないようにする。 ずっとずっと、私が貴方を縛り付ける!」
それが彼の聞いた最後の言葉だった。
別に彼からしてみれば、彼女の愛はまんざら嬉しくない物ではなかった。
(僕、彼女いないしなぁ)
どうせなら普通に告白してくれれば良かったのに。
そんな本当に今更な事を考えながら、自分を刺した犯人の狂笑を聞きながらその人生を終わらせたのだ。
ここで、吉崎 慶太という人間を少し紹介する。
外見にこれといった特徴は無い、強いて言うなら少し痩せ型ではある。
髪も一切加工をしていない黒色で、長さもこれまた普通。
運動能力も普通、勉強もさして悪くはない。
何か弱点はない反面、これといった強みも無い。
それが吉崎という人物である。
ただ、そんな彼が最近はまっていたゲームがあった。
分かるとは思うが、そのゲームは「艦隊これくしょん」という。
友人から情報を聞いた当初、彼はあまり乗り気ではなかった。
そもそも軍艦をモチーフとしている点で拒否反応があったのだ。
(僕、そういう方面は特に詳しくないし、やっても面白くないんじゃないかなぁ)
そう考えていたのである。
だが、よくよく考えてみれば自分にしきりに勧めてくる友人も、別に軍艦とか戦争に興味があったワケではなかった。
それにそのゲームは人気があるらしく、かなりの人数が楽しんでいるとか。
(まぁ、課金しない限りは無料なんだし。 初めても良いかな)
そう考え、彼は友人の勧めにのったのである。
初めてすぐ、彼は相棒として電を選んだ。
おとなしく、従順そうなキャラが彼の興味を引いたのだ。
(電って名前もかっこ良くて好きだしね)
そんな他愛も無い理由で彼女を選んだ。
その後、簡単なチュートリアルを経てそこそこの艦隊を編成した。
少し経つと駆逐艦以外の種類、軽巡艦を入手した。
名前は龍田、「天龍型」とやらの一員だという。
一体で駆逐艦の数体分の力を持っている彼女を、吉崎はなんの迷いも無く即採用した。
レベルを上げ、より強い艦を採用していき、また新たな艦を作っていく。
気付いたら彼もゲームにハマってしまっていた。
毎日学校を終えて家に着くのが楽しみになっていた。
それから数日経ち、始めてから一週間程たった頃に彼は運命の出会いを果たした。
朝、彼はいつもの任務を消化するために建造を行っていた。
ふと、彼は思いつきでいつもの十倍以上の資材を費やしてみたのである。
友人からのアドバイスで、毎日こなす系の任務に資材はあまり使わないでいたのだが、きまぐれで足してみたのだ。
「え、四時間?」
その後、建造時間を見て驚いた。
通常、駆逐艦は建造に多くて一時間くらいしか掛からない。
軽巡艦や重巡艦もさして変わりはしない。
「まさか新しいタイプ? あーでも高速を使うのももったいないなぁ。 …よし、とりあえずこのまま学校に行こう」
そう言うと、彼はまだ見ぬ新しいキャラに胸を膨らまし学校へ行ったのである。
その後出会ったのが金剛であった。
彼に取って金剛は初めての戦艦であり、また彼のお気に入りのキャラになったのである。
何処までも無邪気で天真爛漫な彼女に吉崎は心底入れ込み、演習や出撃の時には決まって彼女を旗艦にしていた。
「あー、こんな子が彼女にいたら最高だろうなぁ」
少々おかしな思考に至る事も会ったが、まぁ何が言いたいかというと彼はそれほどまでに金剛という娘に魅入られていた、と言う事である。
そんなある種幸せな日々を過ごしていた矢先、なんの脈絡も無く彼は殺されてしまったのである。
本当に、なんの前触れも無く。
その時も、家に帰ったらいつものようにゲームをして、金剛に癒されようと考えていた。
(お前…結局誰なんだよ…)
それがこの世界で、彼が最後に思った事であった。
それで、結論を言うと彼は転生した。
別に誰かに会った訳でも無いのだが、何故か彼は「前の自分」の記憶を持ったまま新しい世界にいたのだ。
何故か前世と同じ名前で。
(えぇー…普通こういうのって覚えていない筈じゃないの?)
しかし、だからといって何か抵抗が出来る訳でもなく、精々普通の赤ん坊である事を装う事くらいしか彼には出来なかった。
言葉を話せるくらいになると彼は自分が生まれた先がかなり裕福な家庭、というより華族である事が分かった。
大きな屋敷に赤ん坊である自分専用の部屋があり、毎日使用人さんが周りの世話をしてくれて、何か不自由があることはない。
着ている服もどこか気品を感じるようなものばかりであった。
両親も心優しい人達で、彼が何かをする時もすぐ傍から見守っていてくれて、必要な時にはすぐに助けてくれていた。
そんな環境であったからか、彼も特に精神が曲がる事は無く育っていった。
そして、彼はこの世界の事を知ったのである。
察しがいい方は分かるとは思うが「世界のこと」とは、艦娘の存在である。
前の世界では想像の存在でしかなかったが、この世界では実際に艦娘が存在していた。
もっと言えば、この世界は前の世界よりも前の時代であった。
(多分、第二次大戦あたりか…確かにゲームの舞台はソレぐらいの時代背景だと思ってたけど)
しかし、時代や技術に関しては特に気にする事は無かった。
彼はすぐに両親に艦娘を指揮する提督になりたい事を言った。
最初両親はもう反対した、無理も無いだろう。
提督という職は確かに栄誉ある仕事ではあるが、決して華族がなるような職ではなかったそうな。
だが、そんなことで彼は引き下がらなかった。
妄想でしかなかった自分の夢が目の前まで迫っていたのだ、ここで諦めたら全てが台無しになる勢いだったのだ。
何度も親を説得し、その首が縦に振られるまで懇願し続けた。
その効果もあり、彼はなんとか提督になる事が出来た、その時で彼は既に19となり、提督として学び始めるには遅いスタートとなってしまった。
だが彼はそんな遅れを取り戻すかのようにものすごい勢いで学習を始めた。
自分の夢のためなのだ、その力の入りようも凄まじい物である。
そして何年もかけて卒業するはずの軍校をたった一年で卒業し、晴れて提督となったのである。
「吉崎慶太、只今参りました」
「うむ、入れ」
僕はノックを三回して、自分の名前を言ってから部屋に入った。
そこは上官の部屋だ。
此処で僕は、最初のパートナーとなる艦娘を決めるんだ。
「よく来たな、吉崎君。 今日からキミも晴れて海軍の一員だ。 その事を自負し、誇りを持ってくれ給え」
「はい、ありがとうございます!」
目の前にいる白髪の上官は、僕が学生だった頃から目をつけていてくれた人だった。
時には厳しく、そして優しく接してくれたこの人に僕は多大な恩を感じている。
「さて、話したい事は山ほどあるが今は止めておこう。 キミと語り合うには時間が足りなすぎる」
「そう言っていただけると自分も嬉しいです、中将」
そんな軽い挨拶をした後、上官は僕の目の前に何枚かの写真を出して来た。
それぞれに写る「子ども」達を僕は知っている。
「艦娘…駆逐艦モデルですね」
「全て知っているか、さすがだな吉崎君。 キミの言う通りここには新米提督に支給される駆逐艦が写されている。 さぁ、キミの理想のパートナーを選んでくれ」
そう言われ、僕は渡された写真と書類を見ていった。
種類はゲームの時と同じで、吹雪、叢雲、漣、電、そして五月雨の五人があった。
自分が昔決めたように電を選んでも良かったんだけど、いざ現実で決めるとなると以外と迷ってしまう。
どの娘も後で入手したけど、電に負けないくらいに良い子みたいだったし。
(んーどうしようか…やっぱりネームシップの吹雪…あれ?)
どの艦娘にしようか悩んでいると、不意に僕の手元から一枚の写真と書類が滑り落ちた。
先程述べた五人の艦娘しか無いとばかり思っていたから、「やけに枚数が少ない」資料に気がつかなかったんだ。
「あ、失礼しました。 …って、これ…!」
自分の失敗を謝罪しながらソレを拾うと、僕はそこに書いてあった文字に動きを止めてしまった。
そこには、簡潔に「戦艦 金剛型」と書いてあった。
「は、金剛? あ、あの中将、ここに書いてある金剛型ってまさかっ…!?」
僕は顔をものすごいスピードで中将を見た、多分目はキラキラどころかギラギラと輝いていただろう。
口元も自分で分かるくらいにやけている、かなり気持ち悪い表情だろう。
でも気になんてしていない、出来る筈が無かった。
なんで最初のこのタイミングで金剛の名前があるのか全く分からなかったが、そんな事はどうでも良かった、それほどまでに興奮してしまっていた。
「う、うむ。 キミが考えている通りだ、吉崎君。 そこに書かれている金剛はまさしく戦艦金剛のことだ。 そしてソレを選べば漏れなく金剛だけでなく他の金剛型も手に入る。 だがな…」
「本当ですか!? で、でしたら是非これを…!」
破格なんて言葉で纏められる話じゃない。
通常、新米提督に戦艦があてがわれるなんて事はありえないんだ。
戦艦はその名の通り、戦のための軍艦。
攻撃に特化した至高の艦なんだ。
故にその貴重さも半端な物ではない。
建造に必要な資材、維持に必要なコストは共に艦娘の中でもトップクラス。
持たせる武器も生半可ではいけない。
性格もきまぐれな娘が多く、扱いには相当な実力が必要だとか。
でも、そこから受ける恩恵もすさまじいものだ。
戦場に立てば多くの敵艦を単旗でなぎ払い、多くの戦果を約束する。
戦艦を使いこなせるようになった提督は漏れなく大成していて、少将以上の地位も約束されているという。
また、中央府から支給される物資の量も増え、生活面でも安泰なんだ。
そんな超ハイリスクハイリターンな軍艦が戦艦である。
そんな艦を、なりたての新米提督なんかにまかせられるだろうか?
答えは否だ、海軍もそこまで裕福ではない。
精々育てやすく比較的に従順な駆逐艦ぐらいしか与えられない。
だからこそ、僕はこれが千載一遇の大チャンスと思った。
こんな上手い話ある筈が無い、なんて言ってられる程落ち着いてなんていられなかったんだ。
だから、中将がなぜ言葉を詰まらせていたのか深く考えなかった。
「む、むぅ…キミがそう言うなら…だがこの艦娘達は…」
「なんです、もしかして費用が掛かるとかですか!? だったら安心して下さい、資金は有り余る程持っていますから!」
そう、僕が即決した理由に資金面の心配が無い事もあった。
冒頭で軽く説明したけど、僕は所謂華族の出だ。
吉崎なんて華族は存在しなかったと思うけど…それでもお金がある事は変わりない。
成年になってまで親のお金を借りるのは少し心苦しかったが、後でしっかり返すなんて言い訳を考えて無理矢理肯定した。
それくらいに、目の前の「宝」が眩しすぎたのである。
「そ、そうか…まぁ確かにキミの家系なら…だが、これは資金面のみの話ではない、そもそもなんで「失敗作」が新米の候補に上がるのか…。 それもよりによって首席のキミに…本当にこれでいいのか?」
「いいんです、そもそも自分が提督に就こうと思っていた理由はこの金剛にあるんですから! どうか、どうかこの娘達を!」
「は、話をまるで聞いていない様だが…まぁ、そこまでの熱意があるのならもう止めはしない。 分かった、本日付けでキミは正式に提督と認定する、そしてパートナーは金剛型の四人だ」
「ありがとうございます! 絶対に将となって中将の下に返って参ります!!」
そう言って、僕は悠々と部屋を出て行った。
そんな時だ、僕がドアノブ手を掛け、敷居をまたごうとしたその時。
「…どうか、潰れないでくれよ。 吉崎君」
そう言った中将の言葉が、嫌に耳に残ったんだ。
「あー、広い海だなぁ」
そして自分は荷物をまとめ、自分が着任した鎮守府へと赴いた。
東北地方であるからか春だと言うのに未だ肌寒く、逆にそれが心地よかった。
「確か、手紙だともうあの娘達は先に着いてるんだっけか…急がないと!」
そう言って、僕は重い荷物を背負って一気に坂道を駆け上がる。
足取りは軽く、気分は高揚しきっている。
やっと、やっと僕はあの金剛に会えるんだ。
その事実が僕を無理矢理にでも動かす。
「はっ、はっ…着いた…」
そして坂道を上りきった先には、自分の職場があった。
まだできたてなのか外装はとても綺麗で、清潔感が漂う。
自分としてはもっとボロッちいのを予想していたんだけど、これは嬉しいギャップだ。
「あの娘達と暮らすんだから、これくらい綺麗じゃないと!」
そんな事を考えながら、僕はそのままの足取りで入り口の扉を開いた。
中も想像以上で、まるで自分が住んでいた館を彷彿とさせる。
床には豪華な絨毯が敷かれていて、天井には豪勢なシャングラス。
壁には高価そうな絵画が何枚も飾られていて、所々に大理石が埋められている。
「すご…これが提督の住む場所なの!? 僕が暮らしていた所より断然綺麗じゃないか…!」
僕はただ驚き、呆然と周りを見ている事しか出来なかった。
故に、後ろから忍び寄るように近づく誰かに気がつかなかったんだ。
「…吉崎慶太様、ですね?」
「んひぃ!? だ、誰!?」
驚いて変な声を上げながら振り向くと、そこには真っ黒なローブを目深に被った着た人が立っていた。
顔は見えないけど、声からしてかなり年配の老人の様だ。
「おや、驚かして申し訳ありません。 私は軍の上層部よりこの館の説明係を任命された者です。 どうぞ、お見知り置きを」
「はぁ、これはどうもご丁寧に。 えっと…」
「あぁ、どうか名前は聞かないで頂きたい。 貴方に取って私は一期にもなり得ない程の存在です。 この限りで忘れてしまって結構」
「そ、そうですか…」
そんな妙な老人に連れられて、僕は館を歩いていった。
その途中で聞いた老人さんのお話によると、どうやらこの館の装飾は父さんが工面してくれたらしい。
一端の提督になるのなら、その「家」くらいは恥のないものにしなくては、と言って惜しみなく資金を出しまくってくれたそうな。
(う、嬉しいけど…どうせなら別の方向で使いたかったなぁ…)
「違った方法で支援して欲しかった、などとお思いですか?」
「へっ!? い、いや…別にそんな」
「フフ、隠さなくても結構。 ご安心下さい、お父君からは「資金に困ったら少しずつ絵画や家財を売れ」との言伝を承っております。 つまりは、貴方の理想通りと言う訳です」
「は、はぁ…そうですか…」
なんとも、だったら普通に現金でもくれればよかったのに…なんでまた。
「そこはまぁ、一度は提督という職を否定した手前、素直に資金を渡す気になれなかったのではないでしょうか? 言わば照れ隠しですよ。 実際、先程の言伝は「それとなく伝えよ」と言われておりましたし」
「………」
この人、一体何者なんだ?
さっきから僕の考えを一から全て分かってるかのように話しかけてくる。
なんだか、自分の全てを見透かされているようで気味が悪い。
「ふむ、確かにそう思われるのは当たり前でしょう。 しかし、先程も申し上げましたように私はこの説明を終えたらすぐにこの場から消えます。 ですので、ご安心下さい」
「ま、全く安心出来ないんですけど…」
「まぁそうでしょうね。 …と、着きましたよ。 ここが貴方の仕事場である「提督室」です」
意味不明な会話を繰り広げているうちに、どうやら自分の部屋に着いた様だ。
今まで見た部屋の扉のどれよりも豪華で、重厚感がある。
まさにトップの部屋、今からここで働くのかと思うと今更ながら緊張して来た。
「こ、この中に金剛型の娘達も…?」
「左様でございます、この部屋の先には貴方が待ち望んでいた存在がおります。 …貴方という存在を心待ちにして」
そう言うと、老人さんは何故か扉の前に立った。
「あ、あの…」
「…吉崎慶太様。 どうかお願いがあります」
「お、お願いですか?」
「はい、このお願いは貴方にしか頼めない事…他の誰でもない、貴方に」
明らかに雰囲気を変え、老人さんは僕に話しかけて来た。
なんだろう、さっきまでと声色も全く違う様な…。
なんというか、小さい少女の声だ。
すると、老人さんはいきなり僕の前に跪き、両手を地につけてこう言ったんだ。
「どうか、あの娘達を捨てないであげて下さい。 この世界で、「失敗作」と卑下される彼女達を救えるのは、貴方だけです」
「え? な、何を言っているんですか? よく分からないんですが…」
「今は知らなくて結構、すぐに意味は分かるでしょう。 この扉を開ければ…貴方にこの世界の「現実」が襲いかかる。 逃げたくても、一生叶いません」
「はい? あの、どういう…」
「目を閉じても、彼女達の慟哭が聞こえてくるでしょう。 耳を塞いでも、彼女達は目をこじ開ける。 貴方という存在を、己に縛り付けるため。 でも、それでもどうか…」
老人さんがそう言い終えると、後ろから何かが聞こえた。
にゃあ
猫の鳴き声の様な、優しい音色。
それに気を取られて振り向いたがそこには何も無く、前を見直すと…
「あれ?」
そこには老人はいなかった。
ご感想、ご指摘がございましたら、よろしくお願いします。