負け犬の提督   作:ツム太郎

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彼女達は、生きながらえる代わりに心を捨てた。


四姉妹

四姉妹

 

あれから少しの間、自分が来た道を見渡していた。

しかしどれだけ見てもあの老人さんは何処にもいない。

ただ広いだけの廊下、まるで自分一人だけが歩いて来たかの様な感じさえした。

 

(そんな筈無い、僕はあの人がいなかったらこの部屋に辿り着けなかった筈だ)

 

でも、肝心の老人さんはどこにもいなくて、無駄だと悟った僕は諦めて部屋の方に向き直った。

扉は変わらず重厚な様子を放っている。

 

「えっと、すいません。 これから此処に住む者なんですけど、どなたかいらっしゃいますか?」

 

とりあえず、声を上げてみる。

あの老人さんは、この部屋に金剛四姉妹がいると言っていた。

だったら、ここで少なからず何かリアクションが返ってくると踏んだんだ。

 

でも、返事は全くない。

 

「も、もしかして寝ちゃってるのかなぁ。 あはは、ありえるかもなぁ!」

 

ポツンと一人で立っている寂しさを紛らわせるために、わざと大きな独り言を上げた。

でも、実際彼女達が自由奔放なのも確かだ。

この大声に誰かが気付いてくれたら、とか考えてたけど…。

 

「…やっぱり返事無し…か」

 

結局何も返ってこなくて、だいぶショゲてしまった。

 

(だったら、あの老人さんはなんだったんだ。 も、もしかして幻? 幽霊? いやいやいや、あんな臨場感あふれる幽霊いるかよ! …で、でも少なくとも嘘つきではあったよな。 部屋には誰もいない様だし)

 

部屋には無人、そう思うと何故か心が楽になった。

もしかして、金剛達と出会う事に想像以上に緊張していたのかもしれない。

…若干鼻息荒かったし。

 

「…とりあえず、部屋に入ろう」

 

そう呟いて、僕は扉を開いた。

とりあえず机に荷物を置いて、長旅の疲れを癒したかったんだ。

その後ゆっくり彼女達を捜して、ゆっくりと交流を深めよう。

そんな他愛無い事を考えていた。

 

 

 

 

でも僕はその時、思い知った。

なぜ、上官がこの娘達を薦めなかったのか。

なぜ、金剛型四人という異常なメンツがあったのか。

 

そして、あの老人さんが言っていた「現実」を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました、吉崎提督」

 

鈴のような綺麗で、それでいて凛とした声が響いた。

僕は思わずドアを引いたまま硬直してしまい、目の前に広がる異様な雰囲気に唖然としてしまった。

 

僕の目の前では、金剛型である比叡、榛名、霧島、そして待ち望んだ金剛がそこにいた。

ただ、様子が明らかにおかしい。

四人は綺麗に横に並び、全員膝を折って合わせた両手と頭を床に着けている。

旅館で女将さんがお出迎えする時にする一礼、それの一番低い姿勢。

その姿勢のまま、彼女達はぴくりとも動かない。

 

それに彼女達がいる位置もおかしいと思った。

彼女達は部屋の真ん中ではなく、角の隅にいたんだ。

まるで家具の一つみたいだった。

 

「………」

 

何の一言も上げる事が出来なかった。

驚きなのか、恐怖なのか、自分でも理解できない感情が生まれて、それが僕の言動一切を遮る。

 

「聞く事も堪え難いとは思いますが、どうか今回だけは慈悲を頂けますようお願い致します。 私の名前は霧島、金剛型の四番艦です」

 

その声の主は僕もよく知る霧島という艦娘だった。

知的な性格で、暴走しがちな姉二人を冷静にカバーする頼れる妹。

それが自分の中の霧島であった。

 

でも、目の前の霧島はまるで違う。

確かに口調からは冷静沈着なイメージが感じられるが、なんというか…冷静すぎる。

まるで人形のソレの様な、冷えきった感じがした。

 

「………はっ!? う、うん。 よろしく、霧島。 えっと、他の子達は…」

 

思わず自分も凍ってしまい、意識が半分明後日の方向へ飛んでしまっていた。

慌てて未だ平伏したままの霧島に言葉を投げかける。

すると霧島は顔を上げると、やっと僕の方を見てくれた。

とは言っても、他の娘達はまだ動かないけど。

その顔はゲームで見た顔を全く同じで綺麗に整っていて、黒縁の眼鏡をかけている。

 

でも、やっぱり雰囲気がまるで違った。

本物の艦の様に生気が感じられず、その顔に表情というものはない。

その中でも特に気になったのは眼だ。

光は全く無く、底の無い黒ずんだ眼はこちらを見ているようで見ていないように感じてしまう。

 

「はい、ただ今より姉達の紹介をさせて頂きます。 お待たせして申し訳ありませんでした」

 

「え、いや待ってたワケじゃ…」

 

その後、程よいタイミングで霧島は僕の言葉に返事をくれたが、どうも趣旨が違っている。

僕は別に怒ってはいないし、謝って欲しいなんて微塵も思っていない。

というより、今のどの場面で怒る要素があったのか、逆に僕が惚けてしまっていたから怒られるんじゃないかと思っていたくらいだ。

 

そんな事を考えていると、霧島は徐に何処からともなく小型のナイフを取り出した。

 

(え、ど、どこから…?)

 

見た目の割にはソコから反射される光は鋭く、とてもよく切れる事が一目でよく分かった。

彼女はソレを自分の方に刃が向くように右手で持つと、スゥッと滑らかな動きで上方に上げていき…。

 

 

 

 

 

なんのためらいも無く、自分の左肩に深々と突き刺した。

 

 

 

 

 

「はっ? え? な、何してるの…?」

 

彼女達の服は肩を多いに露出させる構造となっている。

故にナイフが刺さった肩の部分はハッキリと見えてしまっており、ソコから流れる大量の血液も生々しく見える。

 

「どうか、これでお許し下さい。 ご慈悲を…」

 

「ゆ、許すとかそんな問題じゃない! 何をしてるんだよ、早く怪我を見せて!」

 

彼女の冷静すぎる言葉を今一度聞き、僕はようやく大声を出す事が出来た。

何故彼女がいきなりそんな事をしたのか、何故彼女は平然としているのか。

そして何よりも、どうして他の姉妹達は何の感情も見せずに未だ平伏したままなのか。

気になる事は山ほどあったけど、目の前の「異常」はそんなこと微塵も僕の頭に残さなかった、他の事を考える余裕なんてまるで無くなっていたんだ。

 

「は、早く治療を…皆、なんでそのままなんだよ! 早く手伝って!」

 

思わずもう一度声を張り上げてしまった。

目の前の異様すぎる光景を、認めざるを得なくなってしまったんだ。

 

そう言うと、ようやく他の娘が動き出した。

ただ動いたのは榛名のみ、彼女は僕が大声を出したのと同時に部屋の隅にあった救急箱を取り出し、迅速に霧島に応急措置を施した。

 

「な…」

 

その動きは最早プロと言っても過言ではなく、医療技術をしっかり学んだ僕でも出来ない芸当であった。

洗練された無駄の無い動きで霧島の傷口に消毒液を付けると、適切な処置を施してそのまま包帯を巻き付けて固定する。

単純だが人によってはかなり時間がかかるであろうその動きを、彼女は寸分の狂いも無くあっと言う間に終わらせたんだ。

機械のように、淡々と。

 

そして作業が終わると、先程と同じように部屋の隅で平伏し、また動かなくなってしまった。

僕はまた何も言えなくなってしまっていた。

もう、何を言ったら良いのか分からなくなっていた。

 

「…ご慈悲を感謝致します、吉崎提督」

 

口を開いたのは霧島であった。

彼女は他の皆と同じようにその場に平伏すと、自分に感謝の言葉を投げかけてきた。

その時だ、僕の中の何かが揺さぶられ、とても不安定な感覚に陥った。

 

(違う、まるで違う…。 なんなんだ、この娘達は。 この子達が…金剛型? 違う、こんなの人ですらない! なんなんだよ、一体どうなってるんだ。 意味が分からないっ!)

 

抱いていた謎が一気に頭をよぎり、頭で処理が仕切れなくなる。

激しい頭痛が彼を襲い、同時に吐き気を覚える。

 

「吉崎様、どうかなさいましたか?」

 

「っ! う、ううん、なんでも無いよ。 ちょっと頭が痛くなっただけ。 本当に、何にもないよ」

 

しかし霧島に話しかけられ、僕は一気にソレを押し殺した。

ここでありのままを伝えたら、また変な誤解が生じて今度こそ取り返しのつかない事になりそうだと思った。

 

「そ、それよりもさっき出来なかった自己紹介をお願いしようかな。 出来れば、それぞれ皆の口から」

 

「それは気付かずに申し訳ありませんでした」

 

そう言うと、彼女は傍にあったナイフにまた手を伸ばした。

 

「いやっ、怒ってないから大丈夫だよ! ほんとに、罰なんて必要ない! 頼むから止めてよ!」

 

「しかし…」

 

「ほんとにいいんだ! ソレよりも、自己紹介をしてもらえる方が良い!!」

 

最早怒鳴っているのと同じように言っていた。

なんとしても霧島の行為を止めたかったんだ。

 

「…かしこまりました。 では、榛名から順番にご紹介させて頂きます。 榛名お姉様…」

 

数秒経った後に霧島は変わらず無表情のまま僕の言う事を聞くと、隅にいる榛名に話しかけた。

すると榛名は立ち上がると、下を向いて眼を閉じながら僕の目の前に歩み寄って来た。

そしてその場に座り込み、また先程と同じ姿勢になった。

 

「言葉を発する事をお許し下さい、お初にお目にかかります吉崎提督。 私の名前は榛名、金剛型の三番艦です。 末永くお使い下さい」

 

簡潔にそう言うと、彼女はまた同じように立ち上がると、さっきまで自分がいた場所に戻っていった。

 

次に来たのは比叡だった。

彼女もまた眼を合わせようとはせず、俯いたまま自分の近くまでやって来た。

 

「言葉を発する事をお許し下さい、お初にお目にかかります吉崎提督。 私の名前は比叡、金剛型の二番艦です。 末永くお使い下さい」

 

寸分の狂いも無く、全く同じ姿勢で言った比叡の姿に、僕は心底恐怖した。

同じだったんだ、彼女が発した紹介の言葉は、先程榛名が発した言葉と。

ただ自分の名前を塗り替えただけの、あたかも最初から用意されていたかのように、抑揚の無い平たい口調で。

その姿は本当にただの人形、玩具でしかなかった。

 

そして最後に前に来たのが金剛であった。

その時、僕はまだ愚かしくも期待してしまっていた。

もしかしたら、彼女がここで「HEY! ドッキリ大成功デース!!」とか言って、霧島あたりが「大成功」と書かれたプラカードを持って来てくるのかと思っていた。

かなりタチが悪い悪戯だが、それでもその方が余程マシだと思えた。

その後「提督、宜しくお願いしマース!」って言って満面の笑みで握手を求めてくる。

そうしてくれれば、自分も迷わず握手していた。

それを比叡が意地悪そうな笑みを浮かべながら見て、榛名が「すいません提督、私は止めたのですが…」と言いながら申し訳なさそうに歩み寄ってくる。

 

そんな優しすぎる妄想を抱いていた。

故に、その「現実」はあまりにも受け止め難いモノだった。

 

 

 

 

 

「あ、あう…」

 

 

 

 

 

最初、僕は金剛が緊張でもしているのかと思った。

そのせいで上手く話せず、つい呻き声を発してしまったのだと。

 

「うあお、あうー。 ああお…」

 

しかし、その次にはそんな事も考えれなくなった。

うめき声にしては長過ぎる。

そしてソコから感じられる感情は、焦り。

必死に、僕に伝えようとしているんだ。

その事を悟り、理解してしまった。

つまり、この子は呻いているんじゃない。

 

ちゃんと、喋っているんだ。

 

「あ、あぁ…うあぁ!」

 

呆然と金剛を見ていると、彼女に異変が生じた。

彼女はいきなり大声を上げると、ブルブルと震えながら頭を床に打ち付けた。

見ると眼からは大粒の涙がポロポロと溢れており、何かを懇願しているようにも見えた。

 

「どうし…」

 

「て、提督! どうか、どうかお姉様にご容赦を!」

 

金剛に様子を伺おうとした時、僕と彼女の間に比叡が割り込んで来た。

彼女はその場に平伏すと、先程とは違い微かに感情の籠った口調で訴えかけて来た。

 

「比叡お姉様、止めて下さい。 提督の御前です」

 

「………」

 

そんな比叡を見て霧島は止めようとし、榛名は何も喋らない。

 

「お姉様は、お姉様は喋れないんです! 話したくても、自分の喉から、声が…だから、提督のご命令を聞けないのです!」

 

「あぁう、おあう…いあー!」

 

比叡は霧島の言葉に耳を貸さず必死に許しを請い、金剛はそんな比叡を止めようと初めて顔を上げて彼女の肩を揺すりながら叫んでいる。

二人とも泣きながら、目の前の僕に怯えながらだ。

 

…僕は、もうどうする事も出来なかった。

目の前に広がる凄惨な光景を、どうしたらいいのかも分からない。

いっそ意識を失えたらどれだけ楽だったか。

 

ただ、知らぬ間に強く握りしめていた拳から流れる血を見て、ここが現実である事を理解した。

 




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