遊戯王の世界で遊戯王プレイヤーたちが遊びだしたようです。 作:だんご
穴がありそうで怖い。
毎回誤字修正の指摘ありがとうございます。
忙しい出張から帰ってきたので、これを投稿したらようやく落ち着いて前話の感想を見ることができます。
皆さん、感想ありがとうございます。
ただ、また忙しくなるので、次回はだいぶ先になるかもしれません。
あと、ハーピィの羽根帚は絶対に許さない(確信
あのデュエルから早一か月。
世界はほんの少しだけ変わってしまったが、変わっていない人たちもいる。
そう、チーム俺たちだ。
「ふははははははは、私は【死者蘇生】を発動!甦れ、超絶レアカード、【モリンフェン】」
美女が髪を振り乱して墓地からカードを引き抜き、デュエルディスクに叩きつける。
その叫びに呼応するかのように、1体の悪魔が再生し、フィールドに現れた。
残念なステータス故に、一部界隈ではカルト的な人気を誇るカード。
そんな悪魔の能力とは……。
レベル5!つまり1体のモンスターをリリースする必要がある!
攻撃力1550!そこらへんのレベル4にも負ける攻撃力!
効果モンスターではなく、通常モンスター!
効果の代わりにフレイバーテキストがついているぞ!
そしてその外見、変な羽と変な爪、あと変な顔!きもい!
これぞ知る人ぞ知る有名カード、【モリンフェン】である。
ちなみに、超絶レアカードではない。
その実態は値段があってないようなもので、10円コーナーの格安ストレージでよく見かけることができる。
「俺の出番だ、さぁいくぞ」と、誇らしげに空中に浮遊する【モリンフェン】。
この雄姿を見て、対戦相手の企業デュエリストは拳を握り、手を震わせ、叫んだ。
「お前、そいつの特殊召喚何度目だよ!?」
「いいカードは何度見ても良いだろう。何をお前は言っているんだ」
企業デュエリストは目を怒らせ、顔は真っ赤になっている。
何度も駆除している害虫が毎晩家に現れれば、そこの住人はどんな顔をするだろうか。
たぶん、この企業デュエリストの今の顔になるんだろうなって。
激昂する企業デュエリストの反応を見て、チーム俺たちのメンバー、モリンフェン最強は「はっはっは」と笑い飛ばした。
なお、その目はブラック企業に勤める新入社員のように死んでいた。
「私のデッキのエースモンスターだからな。そりゃあ決闘王の【ブラック・マジシャン】のように何度も蘇るとも。同じ通常モンスターだしな」
「そんな雑魚カードが【ブラック・マジシャン】と同列なわけないだろ!?頭沸いているのか!?」
「照れるな」
「ほめてない!ああもう、他に良い通常モンスターカードなんて山ほどあるだろうが!?なんでよりによって【モリンフェン】なんだよ!?そいつだと倒しがいがないんだよ!?何度ぶっ殺しても家に出てくるゴキブリを見る気持ちにさせるんじゃねぇ!?」
「馬鹿を言え。デュエルモンスターズではゴキブリの方が使えるカードは多いだろうに。そんな言い方はゴキブリに失礼だ」
「なら違うカード使えよ!なんでそんなゴミカード使うんだよ!」
「ゴミとか酷いこというな。紙の無駄遣いと言え」
「お前の方が酷いこと言ってるからな!?なんだよこいつ!?」
【モリンフェン】が「え、ひどくない」と、後ろにいる使い手に顔を向けた。
彼女は端正な顔を能面のようにして、【モリンフェン】の訴えるような視線を無視した。
一方、企業デュエリストはやるせなさを感じ、歯を噛みしめる。
ずっと努力をしてきた。
フリーを選んでデュエルしてきたにも関わらず、チーム俺たちと戦うために厳しくなった選抜を勝ち取って企業デュエリストとなり、自らに首輪をかけた。
そして、ようやくこの日を迎えた。
チーム俺たちに勝利し、名声を手に入れるべくいざ勝負と戦いの場に赴いたら───
「俺は、俺はあのチーム俺たちと戦えると思って、ずっと腕を磨いてきたんだぞ。あの黄金卿を、黒魔導士を、強大なモンスターとカードコンボを打ち破るために、実力をつけてきたっていうのに……。なのに、なのに……ッ!」
「そうか、良かったな。お前の期待に応えて【モリンフェン】様が来てやったぞ。嬉しさにむせび泣け」
「悲しくて涙が出そうだぜ、このくそったれ!」
───【モリンフェン】がいたのである。
もう感涙ものである。
ハンカチなしでは見ることのできないデュエルだ。
こんなに頑張ったのに、決意を固めて来たというのに。
全部丸めてゴミ箱に叩き込まれるような展開があっていいのかと、企業デュエリストは泣きそうになった。
これでは仮にチーム俺たちに勝つことができたとしても、勝った相手のエースカードが【モリンフェン】でしたなんて知られたら、せっかく勝ったのに冗談としか思われないだろう。
話した相手に鼻で笑われてしまう。
理不尽、これ以上ないぐらいの理不尽。
苦悶の声を上げる企業デュエリストを見て、モリンフェン最強は顎を撫で上げて微笑む。
「そうか、そんなに照れなくていいんだぞ?【モリンフェン】様の門は常に、万人に開かれているからな」
「無駄にポジティブだな、くそが!」
「万人に開かれているはずなのに、私一人しか使っていない。そう、これは開かれていても、その門をくぐるのは自由であるという個人の尊重の素晴らしさを表している。こんなカードに付き合わなくていい、そんな優しさを与えてくれるのが【モリンフェン】様のすごさだ」
「お前、やっぱりそのカード言うほど好きじゃないんじゃないのか!?なんで他のカードを使わないんだよ!?」
「もうここまで来るとそれは愛と言っても過言じゃないと思う。結婚30年後の熟年夫婦みたいなもの。もう他のカードを使いたいのに、設定のせいで他のカードが不思議パワーで上手く使えない。これはもうポジティブにならないと、とてもじゃないけどやってられないんだぜ」
「お前何をいっているんだ!?」
「リバースカード発動!」
「話を聞けよ!?」
ツッコミにツッコミを重ね、怒りまくっている企業デュエリストを無視して、美女は伏せカードを発動する。
「永続罠【DNA移植手術】を発動、このカードはフィールドのモンスター全てを宣言した属性に変える。私が宣言するのは───神属性だ!」
「……は?」
予想外のカードに唖然とする企業デュエリスト。
得意げになるモリンフェン最強。
そして咆哮する【モリンフェン】。
この瞬間、モリンフェンはDNAの移植手術により、伝説のカードである神属性になったのだ。
その神々しさ、並みのモンスターを凌ぐ威圧感。まさに神。
……なんてことはなく、なんか無駄にちょっと神っぽい空気を醸し出すようになった【モリンフェン】がそこにいた。
ちょっと残念な感じが隠し切れていないモンスターを前に、企業デュエリストは困惑。
「神、神だと!?まさか、伝説の三幻神の属性なのか!?」
「その通り!【ラーの翼神竜】、【オベリスクの巨神兵】、【オシリスの天空竜】に並ぶ新たな神、【モリンフェン】様の誕生だ!」
神という言葉に思わず一歩後ずさり、たじろいでしまう企業デュエリスト。
だが、彼はすぐに何か違和感に気がついたのか、なんか無駄に神々しくなった【モリンフェン】を見て首をかしげる。
「……なんか、たいしたことなくないか?」
【モリンフェン】はショックを受けた。
モリンフェン最強は「そうだよ」と言って頷いた。
【モリンフェン】は二度ショックを受けた。
「いや、ただ属性変更しただけの【モリンフェン】様だから、ぶっちゃけ神を自称する怪しいモンスターでしかないぞ」
【モリンフェン】は「え?」と後ろの使い手を振り返った。
自分でやっておきながら酷い言い草である。
だが、実際その通りであった。
今の【モリンフェン】は野原ひろしを自称する一般人のように、神のレッテルを強引に張られた通常モンスターである現実は変わらないのだ。
「本来であれば、神は他のカードの効果を受けないチートモンスターだ。上級呪文であれば1ターンは受けるらしいけど」
「上級呪文……それは、いったい?」
「私にもわからない」
「お前マジでいい加減にしろよ!?」
「そんなの私が知るわけないだろう、高橋和希先生に聞いてくれ」
「誰だよそれ!?」
「まぁ、この【モリンフェン】はデュエルモンスターズあるある、自称する神の仲間入りをしただけで、そんな強力な能力はない」
「あはは」と声を上げて笑うモリンフェン最強に、もう企業デュエリストは憤死寸前。
手が出そうなのを抑えられているのは、このデュエルの行方を見守っている3人の存在が大きい。
対戦相手の会社の重役、企業デュエリストの上役のダンディなおじ様。
そしてチーム俺たちからは元BIG5、変態ペンギンこと大瀧修三55歳。なお外見は本人の功績と要望によって妙齢の美人になっている。
そのお隣には、バイト明けで疲れた様子の和服美少女、黒髪ロングは正義の姿もあった。
「あんな雑魚カードをここまで上手く使えるとは……。やはり、チーム俺たちの皆さんは侮れませんな。いや、どうして【モリンフェン】に拘っているのかは謎ですが」
なんとも言えない顔の上役。
それを見て笑いながら、大瀧はかつてと比べ物にならないぐらいふさふさになった艶のある髪を撫で上げた。
「そうですねぇ。どうせでしたら可愛いペンギンちゃんデッキを使ってほしいものですな」
嬉しそうに髪を弄ぶ大瀧は、黒髪ロングは正義の「ついにやりやがったこの人」の視線に気づき、微笑む。
「ん?おお、これは失敬失敬。いやぁ、若い体になっても中身がおじさんというのは、どうしても雰囲気に出てしまうものですねぇ。黒髪ロングは正義殿はどうやって意識しているのでしょう?」
「ロールプレイの黒歴史を掘り下げないでくれんかのぉ?お互い趣味の肉体が手に入った、それでいいではないのか」
「ぬふふ、人に歴史ありですかねぇ。わたくしも、こんなピチピチになれたのですから文句があるはずもございません!」
流石はアニメで主人公ヒロインの体を乗っ取ろうとした男。
これまでの報酬として若い女性となった体を望み、そしてそれで活動する様は他のBIG5のメンバーも困惑していた。
男性の方が交渉で舐められないからと、他のメンバーが同じ性別とそれなりの年代で活動する中。
彼だけは趣味を押し通して活動するあたり、いよいよ手遅れ感が半端ないものになっている。
そんな三人から視線を対戦相手に戻した企業デュエリスト。
【モリンフェン】に肩をもんでもらっているモリンフェン最強の姿に、怒りがいよいよプッチン。
「いい加減にしろよ!どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!?」
「その馬鹿にしている【モリンフェン】相手にデュエルを優位に進められていないのは君だろう?君のライフはこのモリンフェンのたった1550の攻撃力で終わりじゃないか」
「そんなクソカードの攻撃、これ以上通ると思うな!」
企業デュエリストのライフは残り1050。
そう、企業デュエリストは確かに追い詰められていた。
【帝王の烈旋】によって帝王の力を獲得し、企業デュエリストのエースモンスターを生贄に【モリンフェン】。
【突撃指令】を受けて、捨て身で相手のフィールドを粉砕していく【モリンフェン】。
【切り裂かれし闇】によって超常なる力を奮い、戦闘で負け知らずになった【モリンフェン】。
【超自然警戒区域】によって保護され、企業デュエリストのフィールドカードを軒並み破壊していく【モリンフェン】。
【天威無双の拳】によって至高の武の力を発揮し、企業デュエリストの逆転カードの発動を潰す【モリンフェン】。
「あと【思い出のブランコ】によって、墓地からブランコに乗って蘇ってくるファンシーな【モリンフェン】様もいるぞ。【時の機械─タイム・マシーン】でタイムリープしてくる【モリンフェン】様も忘れないで欲しい」
「おい、【モリンフェン】の力じゃなくて他の介護カードが強いだけだろ!?」
「こら、それは最大の秘密だ。ばらしちゃいけない」
「ぐがぁぁぁぁぁぁ!?イライラするぜ!?」
なんで、なんで【モリンフェン】なんだ。
当たり前な話だが、【モリンフェン】は全く強力なカードではない。
【モリンフェン】はただの雑魚モンスターだ。
問題はその【モリンフェン】を異常なほどにサポートする、通常モンスターのサポートカードたちだ。
というか、通常モンスターサポートカードをそんなに使うのであれば、もうちょっとマシな通常モンスターなんていくらでもいるだろうにと悩まずにはいられない。
もし他の高性能通常モンスターを使われていたのなら、悔しい話だがとっくの昔に自分は敗北していただろうに。
悔しいが、相手が【モリンフェン】なんてステータスが貧弱のカードを中心に戦っているおかげで、自分はまだこの場に立っていられるのだろう。
ふざけた話だ。
あのデュエリストは強い。残念なことに強い。なんでだと嘆くが強い。
チーム俺たちのメンバーに相応しい強力なデュエリストであり、これまで自分が戦ったデュエリストの中では間違いなくナンバー1の実力者だ。
だが、だが、なんでエースカードが【モリンフェン】なんだ!?
素晴らしいデュエルをしているはずなのに、これではどうしてもデュエルが間抜けなものに見えてしまう。
全力を出しているのに、これまでのデュエリスト人生で一番良いデュエルをしているのに、「でも【モリンフェン】に押し負けているんですよね?」という屈辱。
人生最高のデュエルをしているのに、相手が【モリンフェン】。
絵面が最悪だ、これでどうやっていいデュエルが出来たと誇ればいいんだ。
ああ、これでは勝っても負けても笑いもの。
地獄だ、どうして俺がこんな目に。
「くそぉぉぉぉぉ!それで【モリンフェン】の属性が神になったところでなんだっていうんだ!?何が出来るようになったんだ!?どうせただの弱い通常モンスターなだけだろうが!?」
せめて、せめて他のチーム俺たちデュエリストだったら。
他のモンスターだったらよかったのに。
もう負けてもいいんだ。
エルドリッチや壊獣、強大なワイトたちと戦えていたら、他のライバルにだって胸を張れる。
だが、現実は【モリンフェン】。
企業デュエリストは涙が出そうだった。
どうして自分は、【モリンフェン】がエースカードの女に負けそうになってるんだ!?
「それはその通りだ。このままでは【モリンフェン】様は雑魚。だが───」
悪寒。
背筋に伝わる異常な気配。
何かの前触れ。
形の見えない異常。
モリンフェン最強の掴んだ1枚のカードに、企業デュエリストの怒りは冷め、我に返る。
「お前に、神を見せてやろう」
何を、とデュエリストが口を開こうとしたその時。
嵐が【モリンフェン】を中心に発生。
凄まじい風に、前を向くことが難しい。
体を両腕でかばいながら、恐ろしい気配がフィールドに高まっていくことを感じ取り、何が起こっているんだと企業デュエリストは歯を噛みしめた。
「私は手札から、【神の進化】を発動。私の場の神属性モンスター1体には、神としての一つ上のランクが与えられる。つまりこの瞬間───」
嵐を突き破り、現れ出た異形。
その姿は【モリンフェン】のものではなかった。
これまでとは異なる次元の威風堂々たる姿。
ありとあらゆるモンスターとは、格が違うほどの強大なオーラ。
体中に発現した、オリエンタルでエスニックなエジプトを思わせる文様。
ゴシックのように黒く、堅く、刺々しく変じた異形の肉体。
「偽りの神であった【モリンフェン】は、真なる神へと変貌を遂げるのだ!!」
【神祖・モリンフェン】、降臨!!!
「結局【モリンフェン】じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
企業デュエリストが顔を真っ赤にして叫んだ。
散々にもったいぶって、自信満々に、無駄に時間を使って出てきたモンスターは、【モリンフェン】だった。
攻撃力?
【神の進化】の効果によってなんと2550に。
流石にもう弱いカードには見られない攻撃力だ。
が、特別強いかと言ったらそうではない。効果もないし。
「こんな感動的な光景はないだろう。むせび泣くことを許そう。あの【モリンフェン】が神になったんだぜ。すごいよね、これ発見した時、私も大爆笑だったよ」
「おま、おまえふざけんなよ!?結局出てきたのは攻撃力がマシになった雑魚モンスターじゃないか!?」
「それはどうかな、かんこーん。【神祖・モリンフェン】でダイレクトアタック!モリンフェン様最高ファイヤー!」
「さっきからなんなんだよそのダサい技名!?」
【神祖・モリンフェン】が神々しくなった爪を伸ばし、企業デュエリストに向かって振り下ろす。
ファイヤーどこいった。
「そんな、そんな雑魚モンスターに負けたくない!負けてたまるか!」
やりきれないとばかりに企業デュエリストはリバースカードを発動する。
「リバースカードオープン、トラップ発動!【万能地雷グレイモヤ】!相手の攻撃力が1番高いモンスターを破壊する!」
【神祖・モリンフェン】が飛来したすぐ下の地面が大爆発。
【神祖・モリンフェン】が強烈な爆炎に包まれ、企業デュエリストはほっと胸をなでおろした。
しかし───
「……は?」
───そこには圧倒的無傷の【神祖・モリンフェン】の姿が。
【神祖・モリンフェン】、健在。
「ん、何かしました?」といわんばかりに、ちょっとカクカクしく微妙に格好良くなった顔を、ぬぼーっとさせている。
これに驚いたのは企業デュエリストだ。
わけがわからないと焦り、叫ぶ。
「何故、何故だ!?どうして【モリンフェン】が破壊されない!?」
「さっき言っただろう。神は上級呪文しか受け付けないと。たかが地雷程度で神となった【神祖・モリンフェン】に傷をつけられると思うのか」
「な!?神、神だと!?」
【神祖・モリンフェン】が誇らしげに胸?を張る。
モリンフェン最強も誇らしげにその豊満な胸を張る。弾む。
もう企業デュエリストのキャパシティーは完全にオーバーしていた。
何が起こっているのか理解が出来ない。
俺はいったい何と戦っているんだと、彼の脳内は真っ白になっている。
【神祖・モリンフェン】は膝をつき、仰ぐように自分を見つめる企業デュエリストへ両爪を振りかぶる。
思考が現実に追いついた企業デュエリストの顔が、泣きそうな子供のそれに変わる。
「ぐぅ」とうめき声を上げ、悔しさにどんどん表情が歪んでいく。
これまで築き上げてきた栄光、デュエリストとしての自信。
それが、それが【モリンフェン】を前に傷つき、崩れ去っていく。
自分の敗北を思い知り、受け入れ、それでもやりきれないと彼は絶望した。
「オレが、オレが、こんな雑魚モンスターにぃぃぃぃぃぃぃ!!??」
「雑魚モンスターではない、神だ!」
【神祖・モリンフェン】の剛爪が企業デュエリストに直撃。
暴風が吹き荒れ、企業デュエリストをフィールドの端まで吹き飛ばす。
恐ろしい悪魔、いや、神の叫びが勝利を告げた。
モリンフェン最強、WIN。
「無茶苦茶なデュエルだったのぉ。いや、今までの連中に比べればまともと言ったらまともなんじゃがなぁ」
黒髪ロングは正義は、デュエルの終わりを見て嘆息した。
「モリンフェン最強!」と繰り返し叫び、海馬社長のように高笑いするモリンフェン最強。
そして呼応して咆哮する【モリンフェン】、いや、【神祖・モリンフェン】。
あの大会以降、自分たちの出動は、増えるばかりで減ることを知らない。
数多くの大会主催者から、ゲストではなく正式な参加者として大会に出場してもらいたいと、招待状が山のように届いた。
そして、チーム俺たちはその挑戦を受け、気炎を燃やした……。
かというと、そんなわけではなかった。
加熱する報道。
右肩上がり天井知らずの視聴者数。
現地のテレビを点ければ、プロデュエリストたちから叩きつけられてくる挑発。
カードアニメの世界の熱狂ぶりはチーム俺たちの想像を超えていた。
あまりの反響にチーム俺たちは怖くなってきてしまった。
もう困惑して狼狽えるばかりであった。
「自分たちは原作キャラと戦えるんだ!」、「生であんな大舞台で戦えるんだ!」とワクワクしながら参戦して帰ってきてみたら。
分かっていたつもりが分かっていなかった世界観の違いを叩きつけられ、頭がショートしてしまった。
理解していたつもりだったが、体感するとそれ以上だった。
チーム俺たちはビビる。
中身が遊戯王大好き一般人だったので、彼らは「デュエルをしようぜ!」以外に何も求めてはいなかった。
スーパースペックの遊戯王キャラとして体を手に入れたとしても、中身は現実世界で日々生活楽になんないかなぁと愚痴る一般人。
例えるなら、スーパーコンピューターを使ってマインスイーパーをするような残念さ。
大好きな遊戯王世界の反応に、もうなんというか心がついていけず「これどうすんの」状態になってしまっていた。
そしてどうするかと会議に会議を重ねた結果……。
日本人の悪いところが出た。
つまるところの現状維持。
何も根本的には解決していないが、出来る限り現状を悪化させないように心に決めたのであった。
ぶっちゃけ、アニメの世界の一端に触れることが出来たから、もう満足です。
世界のみんなありがとう。
やっぱりアングラ系アイドルは表に出てはいけない、私は地底に帰るぜ。
原作キャラと戦った二人のメンバーに「いいなぁ」と声をかけながらも、自分はいいやと仲間うちで盛り上がる方向にシフト。
ぶっちゃけ可愛い、カッコいい外見になってロールプレイ、ソリッドビジョンでデュエルできるだけで満足だった。
そのあまりの野心の無さ、功名心の無さにBIG5が頭を痛めたことは言うまでもない。
これに困ったのは意外なことに原作世界のデュエリスト、並びにその関係者であった。
普通、ここまで挑発されれば受けて立つのがデュエリストというもの。
しかし、チーム俺たちの正体は、中身遊戯王オタクのノリと勢いしかない連中であったために、「流石アニメ世界だ勢いがすごい」とこれをスルー。
ノリと勢いから醒めてしまったら、チーム俺たちは驚くほどに慎重になってしまった。
現代日本人は本来、冒険なんかせずに安定が大好きだと思う。
安定の公務員はなりたい職業上位、忙しい出世よりも自分の時間が大切。でもお給料は欲しい。かといって転職は自信がない。
チーム俺たちも現代日本人よろしく、石橋をたたいて渡る前にチェック項目を100個作るような連中だった。
リア充に手を引かれてカラオケに誘われた瞬間、アニメキャラ並みの高速思考して結果言葉が出ない非リア充のような人間が大半だった。
そんな彼らが原作のキャラでもない挑発に乗るかといったら、そんなわけはなく「うわ、怖い」とスルーした。
大きな理由がない限り、変に世界に打って出ようとか戦おうとは思えなかったのだ。
このままでは、世界中のデュエリストはチーム俺たちと戦うことができない。
そんなわけで世界のデュエリストたちは様々なアプローチを考えるわけだが、唯一彼らと直接戦える方法を見つけてしまう。
企業間デュエルだ。
流石の彼らもスポンサーの意向は尊重するらしい。
そんなことが知れ渡った結果、山のような企業デュエルの申し込みが行われた。
そしてチーム俺たちの会社は勝ちに勝って、異常な急成長を遂げていくことになる。
BIG5はこの予期せぬ展開に愉快そうに笑い、チーム俺たちはなんでこうなってるんだと不思議そうになりながらも楽しくデュエルしていた。
「出席に△を付けていた妾までもが駆り出されるとは……。バイト明けで疲れるが、有難い話じゃのぉ」
眠そうに欠伸をする口を、着物の袖で隠して微笑む。
それを見た大瀧は、意味ありげに目を細めた。
「……黒髪ロングは正義殿、わたくしは事情はわかりませんが、こちらの方に本腰を入れられてはどうです? 皆様がほんの少し、本気を出してくだされば、バイトなんぞしなくても、生涯遊べるだけのお金を稼いでみせますよ?」
「もう十分、妾たちは楽しんでおる。これ以上求めるのは業が深い話というものよ」
黒髪ロングは正義は、そう言って目の前の光景を静かに眺めている。
大瀧はさらに言葉を重ねる。
「勝ち組には勝ち組の格というものがあります。チーム俺たちの皆さまの現状は、それに見合っていないと思いますがねぇ。もう少し手を伸ばしても、バチはあたりますまい」
「幸せじゃよ。もう十分幸せじゃ。生きている間に遊べると思えなかったソリッドビジョンで遊べ、こうして仲間たちと夢のような世界でデュエルができる。こんな機会に恵まれて足りぬことを覚えぬ阿呆は、ろくなものではない」
「ほほぉ、それでは大門を含めた我々5人がそんな阿呆ということですかな?」
意味深げに微笑む姿は大変に美しいが、その中身は変態ペンギンこと大瀧。
大瀧の少しとげのある言葉に、黒髪ロングは正義は困ったように笑う。
「意地が悪いのぉ。BIG5の先生方は皆、資格があるのじゃよ。妾たちにはそれがない。だからこれで良いのじゃ。少し欲を出したのが先の件。それで反省し、こうしてこれ以上の大事を妾たちが起こす前に引っ込めたのが幸運よ」
「むぅ、わかりませんなぁ。あなた達に資格がないとしたら、この世界の誰が資格を持てるというのです?」
「この世界の誰でも持てる資格を妾たちはもっていないのじゃよ。でもそれが良い、それが一番楽しいのぉ。外から見てることが良い、と妾たちは思い出せたのじゃ。こうしてBIG5の先生方と共に歩めるだけ、妾たちは果報者よ」
ほほほ、と笑う黒髪ロングは正義。
その穏やかな表情に、大瀧は何とも言えない顔になった。
チーム俺たちに欲がないわけではないのだが、どうも理解できないルールを持っている。
そのルールさえ理解してしまえば、あと一線さえ超えてくれたのなら、もっと大きく動くことが出来るのだが。
去っていった対戦相手の上役と、肩を落とした企業デュエリストを見送りながら、そんなことを大瀧は考える。
今回も難なく話はまとまった。
これで表の話もスムーズに進んでいくことだろう。
未だに【モリンフェン】と戯れながら、ハイタッチしてはしゃいでいるモリンフェン最強に声をかけようとした。
その時であった。
「見つけたわよ、チーム俺たち」
突然、耳に飛び込んできた第三者の声。
モリンフェン最強が、黒髪ロングは正義が、大瀧が、その声の方向に振り向く。
「……これは、たまげたのぉ」
予想外の人物に、大瀧は驚き、黒髪ロングは正義の額からは冷や汗が流れ落ちた。
そこにいたのは、有名な女性デュエリストの姿だった。
孔雀舞。
ハーピィ・アマゾネス使いであり、孤高の女性デュエリスト。
遊戯王の原作キャラであり、主人公の友人、城之内のライバルとして登場した人気キャラクターだ。
その美しい外見、優雅で不敵な笑みには、どこか暗さと危うさを感じさせる。
「これは、いったい。ここには関係者以外、誰も入ることができないはずです。どうして彼女がこんなところに?……黒髪ロングは正義殿?」
ぶわり。
そんな大きな何かを感じ取り、顔を横の少女へ動かした大瀧は驚いた。
「管理人のいう通りじゃった。まさか、いや、警戒していた通りじゃ。既に連中が動き出していたという話はまことであったということかのぉ」
か細い小さな花。
それが今や毒々しく、可憐に咲き乱れていた。
その目はかっと開かれ爛々と妖しく輝いており、慎ましいはずの黒髪ロングは正義が歯を剝き出しにして隠すことなく獰猛な笑みを浮かべている。
「妾たちは引っ込むつもりでも、引っ張り出されるのじゃったら仕方あるまいて。」
予想外の原作キャラの登場に、モリンフェン最強は【モリンフェン】みたいな顔になっている。
推しが突然目の前に現れる衝撃、ご本人様登場に、もう心が限界化してしまって頭まっしろになっていた。
このままではモリンフェン最強が危ない。
大瀧は何が起こっているのかと黒髪ロングは正義に尋ねると、黒髪ロングは正義は楽し気に顔を蕩けさせながら言った。
「あれが秘密結社ドーマの先駆けじゃよ。ここにいるということは、もうペガサス会長もやられてしまっているかもしれぬのぉ」
「な、なんですと!?あれが噂の!?いや、それよりもインダストリアル・イリュージョン社がそんなことに!?」
「大瀧先生はモリンフェン最強と共に本社に帰り、報告して欲しい。ここは妾が受け持つ」
誘われなければ参加することもない。
成り行きならともかく、無理に強引に割って入って原作キャラの絡みに入るのは解釈違い。
しかし、こうも強引に求められたのなら嬉しい限り。
いや、しょうがない。うん、しょうがないのである。
「妾の出番じゃ。ここは譲ってもらおうかのぉ。データの収集を管理人やオカルトガールに頼まれておることじゃし」
長く黒い濡れ烏色の髪を靡かせながら、上階より飛び降りた黒髪ロングは正義。
現状に戸惑いながらも、「モリンフェン最強!」と叫んだモリンフェン最強が上階へ飛び上がり、大瀧を避難させるべく横に抱える。
そして近くのガラス窓を突き破ってダイナミック退避だ。
ここは地上から遠く離れた上階だが、遊戯王世界の強靭な肉体ならどうということはない。
窓ガラスの請求は、BIG5にお願いします。
入れ違いになって着地した黒髪ロングは正義。
その収納していたデュエルディスクを素早く展開。
赤と黒が入り混じったその異様なデュエルディスクには、禍々しいヒエラティックテキストや、不可思議な文字が刻みまれていた。
「来ていただいたお客さんに茶を出さずに帰してしまっては、ご先祖様方に顔向けができないというもの」
赤と黒色の特製デュエルディスクに謎のエネルギーが発生。
周囲が異様な空間に包まれ、二人の姿を外部から隔離。
孔雀舞は驚き、焦り、過去に似たような体験をしたことを思い出す。
これはまるでマリクとの戦いにおける、闇のゲームのようではないか。
心の奥底に刻まれた非情なデュエルを思い出した舞は、思わずその胸を抱きかかえ、黒髪ロングは正義を睨む。
その鋭い眼光に少し怯みながらも、黒髪ロングは正義はさらにデュエルディスクの機能を展開。
これこそ原作における恐ろしい闇のデュエリストに対応するべく研究された、チーム俺たちの秘密兵器。
『次元統合。召喚ロックシステム、解除』
『シン───召喚システム、承認』
『──エ─シー───召喚システム、承認』
『─ペ──ン─召喚システム、承認』
『───ク召喚システム、承認』
「ここから先は大瀧先生にも見せられぬ。お楽しみはこれからじゃ」
『防衛システム展開。疑似ヌメロンシステム起動。コア・コアキメイルの負荷が上昇しております』
『クリフォート制御システム、正常です』
『完了。これより、闇のゲームを開始します。領域展開、デンジャー、デンジャー』
あっという間に二人の場所が歪み、周囲が非現実的なものに。
気がつけば立っているのは亜空間。
床と壁はなく、二人の他には誰もいないどこまでも広がる白いフィールド。
オカルトパワーによって構成された、誰にも邪魔されず、誰にも見られることはない別世界だ。
そう、遊戯王世界ではとんでもないやつに乱入されたり、ヤバい異次元に叩き込まれてしまうのは日常茶飯事。
だったら先にヤバい場所に叩き込んでやれという設計思想の下、チーム俺たちは様々なデュエルモンスターズの精霊の力を借りて、このとんでも機能を開発したのであった。
ちなみに、協力はマッドサイエンティストの【魔導サイエンティスト】や【コザッキー】、【Dr.フランゲ】などの精霊が関わっている。
安全性とかいろいろ大丈夫とかと問われたら、おそらく大丈夫ではない。
「まさか、これは闇のデュエル!?」
「舞殿が【オレイカルコスの結界】を持っていることは知っておる。ドーマとの繋がりも、のぉ」
「な、どうして知っているの!?」
闇のデュエルと思わしき異様な空間。
そして自分が所持しているカード、隠されてきた秘密結社の名前の暴露。
舞は油断ならないと和服の少女を睨むが、「これが知っていることの愉悦、楽しい」と彼女はご満悦気味だ。
「なぁに、舞殿は勝っても負けても命を奪われることはないから安心して欲しい。勝っても負けても、舞殿はこのデュエルの記憶を失うことだけが参加の条件よ」
「闇のゲームの割には、ずいぶんとぬるい話ね」
わぁ、生で舞の声を聴けている。妾、幸せ。
CV七緒はるひに幸福を噛みしめる黒髪ロングは正義。
そんな和服少女の余裕にいら立ちを隠せない舞だが、次の言葉に絶句してしまう。
「しかし、妾は敗北した際に、デッキと肉体が消失する。さらに妾の魂はお主の【オレイカルコスの結界】のように、この闇のゲームの力を借りるおおもとに捧げられるわけじゃ」
「……なん、ですって」
「重い条件じゃろう?でもそうでなくては、あの4つのデュエルパワーを覆い隠すことは不可能じゃからのぉ」
苦笑する黒髪ロングは正義。
その余裕とはどこから生まれてくるのかと、慄き戦慄する舞。
「それに誤算じゃったが、妾たちの条件がきつくなることによって酷いレベルでバランスが取れた。対戦相手の心や体を傷つける不安はなく、万が一の犠牲は妾たちが全て背負えるという」
「頭、おかしいんじゃない?」
「じゃろ?こんな頭がおかしいぐらい此方に都合がよい条件でこんなオカルトフィールドを展開できるなんて、お得極まりないといったところよのぉ」
自分の命と体を、自分の命より大切なはずのデッキを、まるで気にしていない。
命をまるで駄菓子を買う小銭のように扱う少女に、孔雀舞は悍ましく歪んだ何かを感じ取る。
生きる存在であれば大切にする命を、デュエリストであれば自分の存在をかけて作り上げたデッキを、こうも粗雑に賭けるなんて。
自分が【オレイカルコスの結界】と契約するときに、そして契約に至るまでにどれだけの葛藤を抱えたことか。
どれだけ私は悩み、苦しんだことか。
だからこそ、この和服の少女のことが異様に思えてならない。
どうしてそんな闇を抱えていない顔で笑える。
どうしてそんなに楽しそうに笑えるのだ!?
「この支配域に入った以上、妾の魂が敗北しても行先はこの闇のゲームの主のところ。残念じゃが、いずれにしても妾の魂は諦めてもらおう」
「……なるほどね、その闇のゲームの主が、あんたたちチーム俺たちの真の主ってわけね」
「じゃが、舞殿ほど悲哀に満ちたものではない。楽しい、楽しい遊びを提供してくれた素晴らしい主様じゃよ」
「っは!楽しい闇のゲームなんてあるわけないでしょう!あんたいかれているわよ!」
主人たるその闇の主に対して信仰が強すぎるのか。
捧げることが当たり前だから、そもそも覚悟を決める必要がないのか。
なるほど、この和服の少女もだいぶ壊れているようだ。
だが、そんな小さな年端も行かない少女の魂を捧げようとしていた、外道に堕ちた自分が説教するのはお門違いというもの。
こんな情けない姿を見たら、あいつ、どう思うのかしら。
そう思うと舞はどうしようもなく情けない気持ちになった。
自嘲気味に笑い、そして悲しみを振り切ってデュエルディスクを構える。
それに対する黒髪ロングは正義は、思ってもみなかった戦いが来たと喜び、両手をワキワキさせながら笑っている。
その笑顔は最高に気持ち悪いものだったが、だいたいオタクはこういう時は気持ち悪くなってしまうものだからしょうがない。
でもこういう時が実はオタクにとって一番幸せなものなのだ。
「さぁ」
「いくわよ!」
「「デュエルッ!!」」
「先攻は妾じゃな。ドロー、妾は手札からフィールド魔法、【軍貫処『海せん』】を発動する」
その瞬間、二人を囲む光景が一変。
地面から現れ始める巨大な建造物。
フィールド魔法という言葉に警戒する孔雀舞が目にした、そのフィールド魔法の真なる姿とは。
「え、えぇ……?」
舞は困惑した。
先ほどまでの緊張感がある雰囲気、決意を固めた自分はなんだったんだろうと胸が切なくなる。
ほかほかの炊き立てご飯!
だし巻き卵!伊達巻!かんぴょう巻き!
まぐろ!いくら!サーモン!
そしてトロトロの香ばしい、しょうゆ!
お酢の酸味のある香りがあたりに漂い、謎のクレーンが巨大な寿司のネタを運ぶ。
なんというか、海外特有の間違った日本テイスト満載の謎の漁港の姿がそこにはあった。
舞はきょろきょろとあたりを見回すが、どこを見ても酢飯、寿司ネタしか見えない。
フィールド魔法特有の恐ろしさも感じられず、強大なモンスターの気配もしない。
私は何と戦っているんだと複雑な気持ちになっている舞を置き去りに、黒髪ロングは正義は不敵な笑みを浮かべ、手札を1枚引き抜いた。
「さらに妾は【しゃりの軍貫】を通常召喚する」
どん!っと大きな音を立てて現れたのは……大きな米の塊であった。
その形、フォルムは確かにお寿司の軍艦のしゃりそのもの。
孔雀舞は目を丸くした。
デュエルモンスターズには奇抜なモンスターが存在するが、ここまでおかしなモンスターはみたことがない。
その美味しそうな姿に食欲をそそられるが、空中に表示されたステータスに表情は一変。
「攻撃力2000……?」
このしゃり、どんな下級モンスターよりも攻撃力が高い。
魔法使いに戦士、凶暴な魔物よりも攻撃力が高いのだ。
舞は私のハーピィ、こんなカードに攻撃力が負けるのかとなんとも言えない気分になった。
「手札の【しらうおの軍貫】の効果を発動じゃ。場に【しゃりの軍貫】が存在するとき、このカードは手札から特殊召喚できる」
【しゃりの軍貫】に並び立つ、【しらうおの軍貫】。
その攻撃力は200、守備力250と控えめだが、どう考えても攻撃力2000のしゃりがおかしい。
しかしなんと新鮮なしらうおなのだろうか。
テカリよし、海鮮物特有の海の香りよし。
きっととれたてピチピチなのだろう。
米にしらうおをのっけて、しょうゆで味つけ。
もうこれぞゴールデンコンビ。この組み合わせでご飯が何杯おかわりできるのだろうか。
そう、黒髪ロングは正義のデッキは───軍貫デッキだった。
美味しい酢飯、新鮮なネタ。
これが組み合わさって最強に見える謎テーマデッキである。
舞はカードテーマにあたりをつけ、そのなんとも間抜けなカード群に気が抜けそうになる。
しかしすぐに気持ちを切り替えた。
そして相手の動きをじっくり観察する。
チーム俺たち特有の聞いたことのないデッキテーマ。
だがエルドリッチと同じように油断はできない。
そう、孔雀舞はチーム俺たちの危険性を知りながらも、この戦いに勝ちに来たのだ。
「さて、妾のフィールドにはレベル4モンスターが2体存在する」
「それがどうかしたのかしら?」
「妾はこの2体で、オーバーレイネットワークを構築するとしようかのぉ」
オーバーレイネットワーク?
聞いたことがない言葉に舞が顔をしかめたその時。
2体のモンスターがエネルギーの流れに変化。
さらに2つのエネルギーが互いに溶け合い、大きな一つの円となって循環していく。
なんという大きなパワーだろうか。
この見たことのない現象に、舞はただただ驚くばかりであった。
「これは、いったい!?」
「お主が大きな闇の力と契約していることは知っておる」
「言いなさい、何が起こっているの!?」
「そんな闇の力に妾たち凡人が立ち向かうためには、封じられていた力を解禁する必要がある。そのための闇のゲーム、そのための不可侵不観測なこの領域。この未来の召喚をもって妾たちは闇へ挑む」
2つのエネルギーの流動が最高潮に達した。
そしてそれは大きな、偉大なモンスターに形を変えていく。
「同じレベルのモンスターを素材に、融合デッキ、いや、エクストラデッキからエクシーズモンスターを特殊召喚」
このエネルギーの輪こそ、デュエルモンスターズのさらなる可能性。
「EDO-FRONT製の至極の一品、新鮮な素材と独自開発された粘り気の少ない古米、お酢と握りの加減はまさに職人の技!ノリのパリッとした食感を楽しみ、どうぞご賞味あれ!」
召喚口上を叫び、ばっと腕を振りあげれば、その動きに呼応するようにモンスターが出現。
大きな出航の音はモンスター自身の気合の叫びだ。
「エクシーズ召喚!現れよ!」
「【空母軍貫-しらうお型特務艦】!」
フィールドに登場したのは巨大な軍貫。
海苔の匂いが香ばしく、その上には沢山のしらうおがこれでもかといわんばかりに贅沢に盛られている。
上にちょこんと乗ったすりおろしのショウガ、もみじおろしの薬味がなんとも嬉しい。
端にあるキュウリも味をさっぱりとして飽きがこないよう考えられた、職人の温かい心遣いだ。
だが、そんな異様なモンスターに目を向けられないほど、舞はその召喚方法に心を奪われていた。
「エクシーズ、召喚……」
「素材となったモンスターは墓地に送られることなく、そのエクシーズモンスターの素材としてフィールドに存在することになる。これぞ未来の召喚方法、その可能性の一つよ」
「未来、ですって」
「【空母軍貫-しらうお型特務艦】の効果発動。エクシーズ素材となったカードに【しらうおの軍貫】があることでデッキから軍貫魔法・罠カードを1枚手札に。さらにエクシーズ素材に【しゃりの軍貫】があったことで1ドローの追加効果も発動する」
特定の素材をネタにエクシーズ召喚した際に、追加効果が適用できるのが軍貫エクシーズモンスターの美味しいところ。
たまに食材偽装して、龍とか魔導士とかゴキブリとか、とんでもないものを素材にすることもあるが、それは店主のきまぐれ握りだからしょうがない。
「だがその前に、軍貫モンスターが特殊召喚されたことによって、【軍貫処『海せん』】の効果を発動。軍貫モンスターが通常召喚、特殊召喚された時、デッキのトップに軍貫カードをデッキから1枚選び、置くことができる」
へい、らっしゃい。
そんな威勢のいい店主の声と共に、デッキから1枚の軍貫がデッキトップへ。
「妾は【しゃりの軍貫】をデッキトップに。そして【空母軍貫-しらうお型特務艦】の効果で1ドロー、さらに軍貫罠カードである【きまぐれ軍貫握り】を選び、手札に加えさせてもらおうかのぉ」
「デッキから2枚も手札に……。ふざけた外見だけど、油断できないモンスターね」
舞の視線は鋭く、黒髪ロングは内心ビビりながらカードを回す。
こんなネタデッキなのに、どんなガチカードを回しているときよりも緊張する。
なるほど、これが原作世界で味わえるデュエルの醍醐味か。
「そう、ドーマから気を付けろと言われていたけれど、そういうことなのね。チーム俺たちは未来人だったと」
「近からず、遠からずじゃ。しかしもっと驚かれると思っておったが……」
「ふん!舐めないでもらえる?私はあなた達に勝ちに来たのよ。ここで負けるわけにはいかない!私はもう、負けられないのよ!」
力強い声。
しかし、どこか悲壮感を感じさせる声に、黒髪ロングは正義は複雑な思いになった。
原作キャラと戦えることは嬉しいが、こんな辛そうな舞と戦うことは望んでいなかった。
憎まれたり、嫌われたりした方がまだマシである。
ここにいる孔雀舞は、あの漫画で見た輝かしい孔雀舞ではない。
マリクとの戦いで心に誰にも言えない傷を抱え、闇に魅入られ力を欲し、これまでの自分を裏切ってしまったアニメ版孔雀舞なのだ。
流石はブラックで有名なアニメドーマ編。
監督が力を込めすぎたと反省するシリーズなだけあって、黒髪ロングは正義は少し切なくなる。
「……こんな真剣なときに、どうして妾は軍貫デッキなんて使っておるんじゃろうか?」
ただ、絵面がもうこれ以上ないぐらいに最悪である。
黒髪ロングは正義は、なんだかとても申し訳ない気持ちになった。
周りを見れば寿司ネタの港に巨大なしらうおの軍貫。
そう、寿司である
日本の伝統お寿司である。
アニメのドーマ編における孔雀舞のデュエルは、とても悲しく美しいデュエルだった。
翻って、この二人の戦いはどうだろう。
見ているととてもお腹が空いてしまう光景だ。
酢飯・海苔・魚という食材が合わさり最強に見える。
これぞジャパニーズ寿司。富士山、忍者、寿司。
とてもではないが、こんな緊張感ある空気の現場には絶望的にあっていないモンスターたちだ。
もしこれがアニメで放送されていたら、人は孔雀舞の悲哀ではなく、寿司を話題にしていただろう。
ネタ回以外の何物でもない。
寿司だからそもそもネタ回だって? 寒いからやめなさい。
「……それで、どうするかしら?」
「えーと、カードを2枚伏せてターンエンドじゃ」
「そう、私のターン。ドロー」
さて、ここで1つ注意がある。
この孔雀舞は、原作漫画の孔雀舞ではない。
闇落ちしてドーマ編のラスボス、ダーツの下に連れてこられて秘密結社ドーマの一員となった孔雀舞である。
つまり、闇落ちしたがために、この世界のデュエリストの誇りを捨て、負けることを恐れて勝利のみを追い求めるようになってしまった。
この世界において、デュエルとは互いの心の会話。
信じるカードとの交流、相手のデュエリストとの誇りと誇りのぶつけ合い。
これを忘れてしまったということは何を意味するだろうか。
そして、それを忘れてしまった存在はどのような存在になると想像できるだろうか。
さらにはチーム俺たちによって、デュエルの研究は加速したとしたら?
多くのとんでもないカードが再発見され、秘密結社ドーマはそのツテと資金力でそれを獲得していったとしたら?
己のデッキを信じていた孔雀舞が自分のデッキを信じられなくなり、そのデッキを勝利を求めてただただ改造してしまったら?
そう、様々な要因が不幸にもかみ合ってしまった結果───
「私は、手札から【ハーピィの羽根帚】を発動するわ!」
「なぁっ!?超絶ガチカードじゃと!?わ、妾のフィールド魔法と伏せカードが!?」
現代でも使われる制限カードによって、黒髪ロングは正義のフィールドが羽箒によって一掃される寸前。
黒髪ロングは正義は慌てた様子で、自身の伏せカードをつかみ取る。
「な、なるほどのぉ。そういえば羽根帚の原点はお主であったか。ならば不思議ではあるまい。妾はセットしていた【きまぐれ軍貫握り】を発動」
空中にお品書きが出現。
3枚の木製のお品書きに、達筆な墨字で軍貫の名前が浮かび上がり、舞が何事かと目を見開いた。
「デッキの中から3体の軍貫モンスターを見せ、そのうち相手が選んだカードを手札に加える。ただし、ここに【しゃりの軍貫】が含まれた場合、選ぶのは妾じゃ。よって、妾は【赤しゃりの軍貫】を手札に加える」
へい、こちらになりやす!
手札に飛び込んできた【赤しゃりの軍貫】、そして破壊されていく黒髪ロングは正義の魔法・罠カードたち。
その中には相手の効果モンスターの効果を封じる速攻魔法、【禁じられた一滴】もあった。
吹き荒れる風から顔を守りながら、これは不味いことになったと焦る和服少女。
だが、孔雀舞は止まらない。
「そして私は【テラ・フォーミング】を発動!デッキからフィールド魔法を手札に加える!」
「そのカードは……そうか。妾は手札から【
小さなかわいらしい妖怪少女が現れ、デッキから飛び出るカードを掴んで微笑むと、元の場所に返してしまう。
妖怪の少女らしく、いたずらも大好き。
しかし、その効果は強力だ。
「手札発動の強力なモンスター、チーム俺たちの特徴の一つね」
「これでお主の切り札、【オレイカルコスの結界】は手札に加えることができなくなった。とりあえず一安心じゃなぁ」
「ふふ、【オレイカルコスの結界】を知っているから当然の対応ね。でも、そのカードの効果は1ターンに1度だけらしいわね。その判断は本当に正しかったのかしら?」
「……なに?」
「私は手札から【ハーピィ・レディ】を通常召喚!」
現れたのは遊戯王で超有名なカード、【ハーピィ・レディ】。
テーマ化され、雑誌の特典にもなったハーピィ・レディの原点に、思わずおおと見を見張る。
だが、この胸に湧き起こる危機感はなんだ。
デュエリストの勘が、この戦いはただではすまないと自分に教えてくれる。
舞はニヤリと笑うと、手札から魔法カードを発動。
「私は【万華鏡-華麗なる分身-】を発動、デッキから【ハーピィ・レディ三姉妹】を特殊召喚する!」
しまった、そちらが本命であったか。
黒髪ロングは正義は目を見開いた。
もしや何かを察知して、【灰流うらら】の効果を【テラ・フォーミング】に使わせられた?
バカげた考えかもしれないが、原作のキャラクター、それも孔雀舞ほどのデュエリストであれば、遊戯や城之内のように何かを勘で感じ取る能力があってもおかしくはない。
しかし、それでも【オレイカルコスの結界】の方が今は脅威だ。
この判断は確かに間違っていなかったはず、と黒髪ロングは正義は呻く。
「妾はその魔法にチェーン、手札から【増殖するG】を発動する。このターン、相手がモンスターを特殊召喚する度に、妾はカードを1枚ドローすることができる!」
フィールドに突如大量のゴキブリが出現した。
衛生問題が紛糾する事態に寿司の港は騒然。
大嫌いな虫ランキング1位のカード登場に、舞は背中にゾゾゾと寒さが走って顔をひきつらせた。
寿司にゴキブリとか、なんと酷い光景が広がっているのだろうか。
だが、これで相手の手は全て判明した。
そう、これ以上はチーム俺たちは打てる手がないと舞は嗤う。
現れたのは【ハーピィ・レディ三姉妹】。
その体にはエロティックなボンテージの鎧を装着し、手には電流が走る鞭が。
華やかでありながらも、嗜虐的な笑みを浮かべた3人のハーピィが登場。
そして、すぐにフィールドの異様さに口を開けて呆然とした。
寿司&寿司。
周囲を飛び回る膨大な数のゴキブリたち。
緊急事態で対応に追われる寿司職人たち。
ゴキブリを嬉々として踏みつぶして周っている、墓地に行ったはずの【灰流うらら】。
なんだこれはと三姉妹は顔を見合わせるが、その気持ちをなんとか抑え込んで優雅に宙を浮遊する。
だが、隠しきれず微妙に頬が引きつっているのが可愛らしい。
困った様子でカードを1枚ドローする黒髪ロングは正義の様子を見て、舞は確信した。
相手は強力なカード・未知の召喚方法を扱うが、デュエルの駆け引きは未熟。
ならば、私はチーム俺たちに勝つことが出来る!
舞の手札には、とある1枚の永続魔法カードがある。
このカードはこれまで舞が使用したことはなく、むしろ忌避していた類のカードであった。
だが、私は勝ちたい。もう負けたくないんだ。
掴み取る手が重い、運ぶこの手が重い。
もう私は戻ることはできない。
既に過ちは犯してしまった。もう、戻ることはできないのだ。
心配そうにこちらを見つめるハーピィたちをみて、一瞬カードの発動をためらう。
しかし、全てを振り切るように舞はそのカードを発動し、叫んだ。
「私は、私はッ!」
舞の異様な様子に、黒髪ロングは正義は警戒を最大限高める。
その警戒は正しい。
この舞が使用するカードこそ、原作のぶっ壊れカードの始まりを告げるラッパなのだから。
「私は、永続魔法【リビングデッドの呼び声】を発動するわ!」
永続魔法!?
罠カードではない!?
自分の知る罠カード、【リビングデッドの呼び声】。
しかし魔法カードという同名カードの登場に、黒髪ロングは正義は驚愕。
あっという間にフィールドが墓場へと変わり、多くの墓標が並び立つ。
陰鬱な雰囲気に怪しい空気の流れ、そこに交じる香ばしいお酢の香り。
二人のデュエルは、寿司と墓場という混沌としたフィールドに変わった。
「バトル!私は【ハーピィレディ三姉妹】と、【ハーピィ・レディ】で【空母軍貫-しらうお型特務艦】に攻撃!」
「なぬ?攻撃力が劣るモンスターで攻撃じゃと?さては、何か手札から魔法カードを発動するつもりか?」
だが、そんなことはなかった。
決死の表情で【空母軍貫-しらうお型特務艦】に突撃した4人のハーピィは、その飛来するしらうおの爆弾によって反撃を受け、苦痛の悲鳴を上げながら破壊され、フィールドに倒れ伏していった。
「な、なにを考えておるのじゃ?これではモンスターの無駄死にではないか?」
顔を伏せる孔雀舞に、黒髪ロングは正義は戸惑うばかり。
彼女は自分のモンスターが破壊されるのは見たくないと、主人公遊戯に負けを認め、敗北する前に初めてサレンダーを行った心優しきデュエリストだった。
そんなモンスターを気遣う舞にしては異様なデュエルの運び。
黒髪ロングは正義は原作を愛するが故に、おろおろと視線をさまよわせる。
そしてさまよう視線は───
「……な、なんじゃと?」
───ボロボロな姿になってもなお立ち上がる、異形のハーピィたちをとらえるのであった。
「【リビングデッドの呼び声】の効果。敵によって抹殺された自軍のモンスターを、全てゾンビ化し、蘇生させる!」
「なっ!」
腐れ、崩れ落ち、それでもなお動き出すハーピィたち。
その姿にハーピィの可憐さはもう見ることはできず、ただただ悍ましい化け物に成り果ててしまった。
「もしや、そのカードは!王国の【リビングデッドの呼び声】か!?」
腐敗し、痛みを知る感覚や知性を失って、より凶暴になったハーピィのゾンビたち。
それが魔法版の【リビングデッドの呼び声】だ。
その無茶苦茶な内容、計算しにくい効果によって遊戯王OCGでは単なる罠蘇生カードになってしまったが……。
「蘇生したモンスターの攻撃力は、破壊された時の攻撃力の10%を加算する!そしてこのモンスターの戦闘で発生したダメージを、私は受けることはない!」
腐敗化し、痛みを知る感覚や知性を失って、より凶暴になったハーピィのゾンビたち。
寿司の港でうめき声を上げ、腐臭を放ちながら軍貫へと進軍を開始する。
【空母軍貫-しらうお型特務艦】はハーピィゾンビたちを何度も迎撃して撃ち落としていくが、破壊する度にハーピィゾンビたちは攻撃力を上げて復活していく。
しかもこのカードの効果の恐ろしいところは、「蘇生」であって「特殊召喚」ではないこと。
つまり、【増殖するG】の効果の適用範囲外なのだ。
さらにゾンビと化した【ハーピィ・レディ三姉妹】が、黒髪ロングは正義に襲い掛かる。
「私は、私はもう負けるわけにはいかない!
そしてついに【空母軍貫-しらうお型特務艦】にたどり着いた時、ハーピィゾンビたちの攻撃力は【空母軍貫-しらうお型特務艦】を上回っていた。
迎撃のしらうおの爆撃をものともせず、ハーピィゾンビは巨大な空母軍貫を破壊。
さらにゾンビとかした【ハーピィ・レディ三姉妹】が、黒髪ロングは正義に襲い掛かる。
なんとグロイ光景か!
「さらに直接攻撃!いきなさい!【ハーピィ・レディゾンビ三姉妹】!」
度重なる爆撃によって、肉はぐずぐず。
美しい玉のような肌は青緑に腐敗し、体のいたるところに骨を覗かせるハーピィ姉妹が、黒髪ロングは正義に突撃。
悍ましく迫力あるソリッドビジョンに、小さな悲鳴を上げた。
「ひ、ひぃぃぃぃ!……え?」
その時であった。
黒髪ロングは正義は確かに見た。
「お、お主ら……」
ただのカードであるはずのゾンビハーピィたちが、その白くなった目から涙を流している姿を。
黒髪ロングは正義は驚きに目を見開く。
すぐに衝撃によって吹き飛ばされ、地面を転がってせき込むが、体の苦しさよりも今見た光景の方が彼女にとっては重要であった。
カードには精霊が宿る。
大切にされればされるほどに、そのカードには精霊が宿りやすい。
ハーピィのカードには、恐らく精霊が宿っているのだ。
それは孔雀舞とカードの信頼であり、美しい絆の証であった。
そのカードの精霊が流す涙は、自分の痛みへの涙ではない。
自分の主人を案じる心の涙であると黒髪ロングは正義は理解できた。
頭ではなく、デュエリストとして成長した心がそう理解できたのだ。
孔雀舞は心で未だ迷っている。
こんな在り方でいいのかと悩み、苦しんでいる。
「……世は、無常にして、難儀よのぉ」
迷い、悩むことが世の常。
迷い、悩むことは罪ではない。
自分を見失い、悩み苦しむ中で人は成長し、その意思を輝かせてきた。
だが、迷い不安定になった人の心につけ込む悪の存在。
心優しいデュエリストを闇に巻き込んでいく悪役。
秘密結社ドーマの悪辣なやり方を改めて思い知り、黒髪ロングは正義は吐き気すら感じ始めていた。
「……うーむ、これがシリアスなデュエルか。酷いデュエルはたくさん経験してきたが、これは別の酷い趣がある」
ゆらりと立ち上がった黒髪ロングは正義。
それを視認し、舞は警戒した様子でカードをセットしていく。
「私は、カードを数枚セット。ターンエンドよ」
相手を見て、自分のモンスターを見ていない。
だから舞はゾンビと化したハーピィたちの涙を見つけられないのだ。
王国編にて遊戯のカオスソルジャーに怯え、戸惑うハーピィたち。
それを見て迷わずサレンダーを選んだ、あの優しく気高い孔雀舞が自分のカードを見ていない。
一人のファンとして、こんな姿を見ることはとても苦しい。
生き生きとしている相手だからこそ、こちらも全力で叩き潰しに行けるのだ。
こんな悲壮な決意をしている相手に、どう向き合えばいいのかわからない。
だからこそ、黒髪ロングは正義は一人のファン、厄介オタクとして原点に立ち返る。
「……すまんのぉ、本来これは妾の役割ではない。このデュエルの記憶も定めた我らの愚かな条件で消え去ってしまう。そんな妾たちの愚行を、どうか許してくれとはとてもじゃないが言えん」
しかし、と闘志を燃やして、黒髪ロングは正義はゆらりと立ち上がる。
そして孔雀舞を睨み、叫んだ。
「しかし一人のファンとして!この終わりの僅か一時、その悍ましいオレイカルコスとの繋がりを、僅か一時解き放つことを願い、これより戦わせて頂くとしようかのぉ!」
「(とはいったものの、ちょっとこれ厳しいのぉ)」
この状況で伏せられた舞の伏せカードが怖い。
魔法版の【リビングデッドの呼び声】が来るぐらいだから、あの伏せカードも恐らく一癖も二癖もあるだろう。
本来、孔雀舞が使うはずでないカードが、何かの因果によって使用されている。
これはもう、なんか大変な災難がこちらに降りかかってくるに違いない。なんか泣けてくる。
「(ば、バグースカとかメタモルフォーゼとかちゃんと積めば良かったか。ええい、少し慣れ切ってきて気が緩み始めるとか妾の阿呆が。4000のライフなんぞ風前の灯火のようなものだというのに!)」
未だ見えぬ脅威、そして香るお酢の匂いに、頭が痛くなってきた。
……しばらく、お酢の匂いがトラウマになりそうだ。
◎モリンフェン最強
モリンフェン教万歳。
モリンフェンは神。
実は自分の運命力に対するバフだけではなく、モリンフェンが活躍できるために相手の運命力にもデバフをかけるような力が働いているかもしれない。
◎【進化する神】
Q実際にこの内容でこの原作カードを使ったら、モリンフェンは神になれますか?
A私にもわからんけど、言ったもん勝ちな気がするからたぶんなれます(おい
正直、進化する神の原作テキストの解釈で悩むところだが、月を攻撃できる世界だからまぁいいかと書きました。
だって、神になるモリンフェンが書きたかったんだ……。
◎黒髪ロングは正義
寿司屋でバイトしている。
黒髪ロングキャラはどの作品でも何かあるとすぐ断髪式を行うので、推しができると毎度気が気ではない模様。
カードが精霊化するということは、テーマを愛し使い続ける中で絆と信頼関係がカードと生まれ、いずれアニメみたいに動けるようになるのではないか。
そんな考えを持っている、チーム俺たちの中でも割とロマン派勢。
ガチとロマンの間で戦えるファンデッキを作り、それを愛用していたが、今回初手羽箒されたことでかなり決意が揺らいだ模様。
◎とんでもデュエルシステム
闇のゲームは対等。
その条件の穴をついて非常に自分たちに都合よく条件をつけたが、外から見るとただの自殺行為レベルに理不尽な条件。
魂とられるぐらいなら、先に取られてしまえばいいというとんでも理論で管理人に回収されます。
◎【リビングデッドの呼び声】
原作では発動すると絵柄がグロイ。本当に、グロイ。
原作では魔法。
その効果は抹殺されたモンスターをゾンビとして蘇生させる。
蘇生した際は10%攻撃力を上げ、戦闘ダメージを使い手は受けないために、戦闘においてはほぼ無敵。
さらにはよくわからないが、ゴースト化もしている。
……私にも、ゴースト化の意味はわかりません。たぶんアンデット族。
蘇生は破壊された際に同時に処理して発動するような描写もあるため、墓地の経由や特殊召喚ないという解釈で今回書いた結果。
増殖Gも効かないことになりました。墓地の除外も効きません。
実は前回のエルドリッチ対策で孔雀舞が選び、使用しているという設定。
つまり今回の黒髪ロングは正義は盛大にとばっちり受けてます。
◎ハーピィの羽根帚
ファンデッキが環境に勝つためには、たくさんの汎用魔法罠が必要。
そんな環境勢への勝利に淡い期待を持つファンデッキの使い手の心を、環境勢がバキバキに折ってくる際に使われる魔法カード。
好きだけど、嫌いです(´・ω・`)