ロケット団のハイバラさん   作:グランド・オブ・ミル

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ハイバラさん、かく語りき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シホ? どうかしたの?』

『イブゥ?』

 

 

 ああ、生まれ変わったんだなぁと何となく察することから始まった今世の人生。一番最初に目にしたのは何か見覚えがある黒髪ロングの少女と、茶色のふさふさもふもふのボディを持つ大人気ポケモン”イーブイ”だった。

 

 

 

 

 

 ポケモンの世界のカントー地方に生まれた俺ことシホは、姉であるアケミと二人暮らし。ハナダシティ近くにある育て屋さんを営んでいる。両親はすでに二人とも亡くなっていて、なんでもカントー地方における悪の組織、ロケット団の構成員だったらしい。ロケット団の幹部を名乗る人がある日家にやって来て、補償金を置いていった。初っ端から中々ハードな生い立ちである。

 

 また、生まれ変わった俺の容姿なのだが、生前知っていたあるキャラクターにそっくりだった。

 

 ”灰原哀”である。

 

 名探偵コナンに出てくるヒロインにして主人公コナンの良き相棒の天才科学者。彼女に瓜二つだった。赤みのかかったウェーブ状の茶髪に蒼い瞳を内包した冷たい目つき。つんと澄ました顔をして見れば、クール系美少女なんて言われそうな顔。まさしくそれである。

 何か既視感があるなぁ、なんて思っていた姉の顔もよく見てみれば宮野明美そっくりだ。灰原哀の実姉である。

 どうやら俺はポケモン世界における宮野姉妹のそっくりさん、その妹ポジションとして転生したようだ。地味に親が犯罪組織の一員だったことまで合致している。

 

 

 ただし、俺は男だ。今も昔も紛うことなき男である。確かに顔は美少女で身体も色白、華奢なので女の子にしか見えないがれっきとした男なのだ。とはいえ、容姿がいいのは嬉しいので今では大して気にしていないが。

 

 

 

 

 

 さて、改めて俺はポケモンの世界に転生した。

 めちゃくちゃ嬉しい。ポケモンは子供の頃からめちゃくちゃやり込んで、大人になってからもネット対戦や図鑑埋めに没頭するほど大好きだったから。

 そんな俺にとって姉と二人でやってる育て屋の仕事は天職だった。他人の手持ちとはいえ大好きなポケモン達と好きなだけふれあったり、お世話したりできるのだ。初めこそゲームとの違いに戸惑ったりもしたけど、ポケモンがいる生活を心から楽しんだ。

 そんな俺に、ポケモン達もめちゃくちゃ懐いてくれた。野生のポケモンとも当たり前のように仲良くなる俺に姉は心底驚いていた。

 

 

 そんな生活をして数年。俺も姉もポケモンスクールにいく年齢になったけど、お金がないので通えなかった。とはいってもポケモンとの接し方は仕事で知り尽くしているし、スクールで習う義務教育程度の勉強なら自宅で俺が教えられる。これでも前世は20年程度生きてきたからね。それに俺のポケモンの知識は間違いなくかの有名なオーキド博士を越えている。前世で培った知識と経験がここでも活きることは育て屋の仕事で確認済みだ。スクールに通えなくても何の問題もない。

 

 トレーナーの資格であるトレーナーカードは欲しかったので、独学で試験を受けた。

 トレーナーネームは”ハイバラ”。何となく、灰原哀にあやかってみた。そして見事満点合格した。やったぜ。

 

 

 

 

 

 

 それから少し経った頃、我が家にお客さんがやってきた。ロケット団のボス、サカキ様である。

 

「君のトレーナーとしての腕は天才的だと聞いている。どうだ? もしよければその腕をロケット団のために振るってはくれないか」

 

 サカキ様は俺にそう言った。まさかのロケット団への勧誘である。確かにポケモン達に懐かれたり、トレーナー試験に満点合格したりと、トレーナーの才能はあるのだろうけどまさかサカキ様に買われるほどとは予想外である。

 

 この勧誘に俺は迷った。

 普通に考えて悪の組織に入るなんてありえないが、サカキ様はもし俺が入団すれば育て屋の経営を援助してくれるというのだ。生活に困窮しているほどではないが、スクールに通えないほどには金がない。両親が犯罪者だったという話は噂として近所に浸透しており、俺達の育て屋はあまり人気がないのだ。

 姉であるアケミは、時折タマムシ大学のパンフレットを見て寂しそうな顔をしていた。これまで俺を守ってくれた彼女に少しでも恩返しがしたかったのだ。

 

 それにサカキ様は俺に犯罪行為を求めているわけではなかった。正規の方法でポケモンリーグで好成績を収め、バトル業界にも団員を置くことでロケット団の影響力を高める。それが狙いなのだそうだ。

 つまり、俺は他人からポケモンを奪ったり、お金を巻き上げたりしなくていいのだ。ただ純粋にトレーナーとしてカントーを旅してバッジを集め、ポケモンリーグで戦う。博士から図鑑を託されて旅をするゲームの主人公と同じことをすればいい。

 

 

 迷った末、俺はその勧誘を受けることにした。

 赤紫色のノースリーブのセーターにハーフパンツを履き、姉からおさがりのリュックを貰って準備万端である。気分を上げるためにサトシと同じようなデザインのキャップを被る。相棒は育て屋で預かってる子の中で一番仲がいいミニリュウだ。旅に出ることを伝えたら喜んで付いてきてくれることになった。他にも一緒に行きたいと言ってくれる子を何匹か連れて、憧れのカントー地方をめぐる旅に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして各地のジムを巡ることになった俺。旅は極めて順調であり、バッジもここまで負け知らずで5個手に入れることができた。

 だが、この時の俺には少々気になることがあった。各地を旅する俺のもとにポケモンリーグ本部から手紙が届くのだ。長々つらつらと大人特有のまわりくどい文章が書いてあるが要約すると__

 

 

『君、最近ご活躍のようだね。そろそろ疲れただろう? もう旅はやめてお家に帰ったらどうかな?』

 

 

 __である。俺にリタイアしろという圧力をかける文書だ。一応届くたびに保護者的な存在であるサカキ様に提出しているが、何とも不気味だ。天下のポケモンリーグ様がこんな汚いことをするだろうか。一体何の得があるというのだろう。

 最初の頃はあまり気に留めていなかったが、その圧力は俺がバッジを取る度に段々と強くなってきた。文書の語気が強くなっていき、最後の方には脅迫文とほぼ変わらなくなった。街を歩けばガラの悪い連中に絡まれるなどのトラブルが多くなり、突然路地裏に引き込まれたこともある。幸い各街に駐留しているロケット団の人達がその度に助けてくれたから大事には至っていないものの、そんなことが続けば恐怖も感じるようになってくる。いつしか俺は顔を隠してこそこそと過ごすようになった。

 

 そしてトキワジム。サカキ様が待ち受ける最後のジムだ。バトルには勝利してバッジを貰うことはできたが、色んな人に襲われ続けた俺は素直に喜ぶことができず、むしろこの後行くことになるセキエイ高原のリーグを思ってびくびくしていた。

 

 

 _そんな俺を、サカキ様は父親のようにそっと抱きしめてくれた。

 

「……無理をするな。怖いならやめても構わない。君達への援助も断ち切ったりしない」

 

「…………いえ、俺は最後まで戦いたいです。貴方との約束だから」

 

 優しい声に揺らぎかけたけど、俺はしっかりと意志を持ってそう答えた。

 

「…そうか。どうもリーグの動きがきな臭い。私の方でも探ってみるが、決して無理はするなよ」

 

 もしものことがあればいつでもここを頼ってきていい。サカキ様はそう言って送り出してくれた。

 その言葉に俺は勇気をもらってセキエイ高原へ歩みを進めた。チャンピオンロードを越え、ついにリーグ会場にたどり着く。その姿を見て改めて足がすくんだけど、その時にはハクリューに進化していた相棒に励まされ、会場内に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 同じくリーグにたどり着いた強豪トレーナー達とのトーナメント戦、そしてゲームよろしく四天王達とのバトルを勝ち抜いてついに俺はカントー最強のトレーナーになった。さすがにカントートップレベルのバトルの連続に今までで一番手応えを感じたものの、前世を含めて今まで培ってきた知識と経験、必死に考えて立てた戦術、そして何より俺を信じて戦ってくれたポケモン達のおかげだ。俺は嬉しさのあまりコートの真ん中でハクリューに抱きついて喜んだ。

 

 これで姉さんやここまで支えてくれたロケット団の皆、そして何よりサカキ様に胸を張って旅の結果を報告できる。そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __だからこそ、リーグ本部のしたことが信じられなかった。

 

 

『ハイバラ選手と四天王ワタルの試合は、ハイバラ選手の不正によりワタルの勝利とする』

 

 

 一瞬何を言われたのか分からなかった。俺と俺のポケモン達は死力を尽くして戦った。そこに不正など何もなかったはずだ。間違いなく文句なしに俺の勝利だった。

 

 もちろん俺はリーグ本部に問い合わせた。受付の人に詰め寄り、何かの間違いだ、訂正してくれと何度も何度も叫んだ。けれでも誰も彼もが俺に冷たい視線を送るばかりで、まともに取り合ってくれる人はいなかった。警備員の人に拘束されて殴られ、会場から締め出された。俺のリーグでの戦績はなかったことにされ、トーナメントでのバトルも、四天王との死闘も、全部なかったことにされた。

 

 

 

 …頭が真っ白になった。

 約束していたのに…。サカキ様と、姉さんと、リーグでいい結果を残すって約束したのに…。何もかも、わけが分からないままに奪われた。

 

 

 何も考えられなくなって、ふらふらと覚束ない足取りで俺はサカキ様のいるトキワジムへ向かった。そこではサカキ様が、大層苦い顔をして待っていた。

 

「……ごめんなさい、俺__っ!」

 

 きっと俺の不甲斐ない結果に失望したんだろう。そう思って謝ったら、サカキ様はあの時と同じように俺を抱きしめてくれた。スーツの上からでも分かる、筋肉で固い胸元からは上品な香水の匂いがした。

 

「…辛かっただろう、よく頑張った」

 

「……っ!!」

 

 ……もう、限界だった。

 

 俺はその言葉を聞いた瞬間、思い切り声を上げて泣いた。ぼろぼろと零れる涙でスーツが湿っていくが、サカキ様はそれでも俺を抱きしめ続けてくれた。その温もりと心遣いが嬉しくて、さらに涙が溢れる。疲れて眠ってしまうまで、俺はサカキ様の胸の中で声を上げ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの試合の後、リーグ本部から伝令が来た。ふざけた内容だ」

 

 何でもリーグ上層部と四天王、そしてジムリーダーといった一部の者にのみ通達される情報らしい。サカキ様は苛立ちながらその伝令が入った封書を俺に投げてよこす。それを読むと次のようなことが書いてあった。

 

 

 __近い内に、カントーに最大の利益をもたらす有望なトレーナーが生まれる。リーグとしては彼らをチャンピオンに導くことが使命である。各位、彼らを全力でサポートし、高みへ導くように__

 

 

 その文書には、俺の戦績を取り消したのはその”彼ら”の障害となり得る者を排除するためだと書かれていた。それを読んで俺は愕然とした。だってこれは完全なる八百長…、政治的な制裁である。公平にポケモンバトルという競技を管理しなければならないリーグ運営にあってはならない行為である。

 

「こちらで調査した結果、リーグ本部は前々から根回しをしていたらしい。お前に危害を加えた奴らも本部の息がかかった者だ。」

 

 各街の権力者達も本部から金をもらって似たような指示を受けているとのこと。”彼ら”がトレーナーとしてデビューした時にはありとあらゆる支援をしてリーグへ導くように、と。

 

 

「ふん、その有望なトレーナーとやらがどれほどのものか知らんが、こんな茶番をするためにあの試合を取り消しただと? 笑わせるな……っ!」

 

 サカキ様はリーグでの俺のバトルをしっかり見てくれていたようで、拳を震わせるほど握って怒ってくれてる。犯罪組織のボスではあるけど、ポケモンバトルにはストイックな人だ。権益のために行われた不正に怒りを露にしている。それが少なからず俺のためだと思うと、心がぽかぽかと温かくなってくる。

 

 

 

 …俺はもう一度伝令書に目を落とした。”有望なトレーナー”、”彼ら”……。俺は恐らく、その正体を知っている。旅をする過程でも、マサラタウンの二人の天才児の話は噂として聞いたことがあったから。

 

 

 レッド、そしてグリーンだ。

 

 

 このカントー地方において、ゲームでは主人公とそのライバルにあたる存在。リーグ本部は彼らをカントーの象徴として祭り上げようとしているのだ。

 考えてみれば当然の話だ。普通に考えて初めてポケモンを貰った10歳そこらの子供が並み居る強豪トレーナーを排除して、犯罪組織を叩きのめし、たった1年足らずの間にチャンピオンに登り詰めるなんてできるわけがない。

 だけどそれが多くの利権が絡み、力ある大人が裏から手を貸していたなら話は変わってくる。強豪トレーナーには手加減して負けるよう指示すればいいし、犯罪組織には裏から賄賂でも渡して撃退されたフリをしてもらえばいい。万が一負けたとしても、今回の俺のようにいくらでも揉み消しはきく。後は本人達が旅をするだけで簡単に感動的なサクセスストーリーの完成だ。

 

 

 

 これがゲームなら別にいいのだ。ゲームは消費者であるユーザーに気持ちよくなってもらう必要があるから多少無理があっても主人公さえ優遇してればいい。

 だけどここは現実だ。例え主人公じゃなくても、特別な才能や生まれや血筋に恵まれてなくても、俺達は全員生きている。誰もが夢や目標を持って必死に毎日を生きているんだ。それを勝手な事情で踏みつぶして、主人公だからと優遇して、他の人間はゴミ扱いなんて、そんなことが許されていいわけがない。

 

 

 

 

 俺は被っていたサトシ風のキャップを外し、ゴミ箱に放り投げた。そして今まで集めた8個のジムバッジも、サカキ様から貰ったグリーンバッジのみを残してジャラジャラと床にばら撒き、踏みつける。

 

 こんなもの、もう俺には不要だ。

 

 

「……ほう、いい目になったな」

 

「貴方にそう言っていただけると光栄です」

 

 きっとその時俺の目は変わっていた。揺るがない意志と確かな闇を内包し、目の前の”ボス”と、ロケット団と生きていくことを決めたのだ。

 

「…改めて宣言します。俺は、シホは、貴方様に忠誠を誓い、全身全霊で組織に尽くすことを誓います」

 

 思えばこの世界はいつも俺達に冷たかった。親を亡くした小さな子供がたった二人で育て屋をすることになり、学校に通うお金もなく、周りの大人は誰も助けてくれない。たくさん頑張って努力して成果を出しても、汚い大人の欲望のために全部奪われる。

 そんな俺達に唯一温かい手を差し伸べてくれたのはポケモン達、そして、本来犯罪者と糾弾されるはずのロケット団だった。

 

 だとしたら、何を迷うことがあるだろう。例えこの手を汚そうと、俺は彼らと共に行く。悪の組織の一員としてこの世界に背を向ける。親がいなくなってもたった一人で俺を育ててくれた姉さん、どんな時でも一緒にいてくれたポケモン達、こんな俺にチャンスを与え、俺のために怒りを露にして心を温めてくれたボス、そして様々な場所で俺を助け、導いてくれたロケット団の皆。彼らを幸せにするためなら、俺はどんなことにでも手を染めよう。

 

 

「ふふっ、そうか。では期待しているぞ、シホ」

 

「…”シェリー”と、そう呼んでくださいませ。ボス」

 

「シェリーか……、いいコードネームだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーグ本部は俺からすべてを奪った。主人公を活躍させ、己の欲を満たすために。

 ならば俺は仕返しをしてやろう。お前らの思い通りになんかさせはしない。ありとあらゆる手を講じてその道を妨害してやる。

 

 めでたしめでたし(ハッピーエバーアフター)になんかさせない。ここから先、許されるのはバッドエンドのみだ。

 

 旅を共にしたポケモン達の入ったモンスターボールがカタカタと揺れる。この子達も同じ気持ちのようだ。嬉しい。

 

 

 

 

 忠誠心と復讐心をその瞳に秘め、この日、大きな悪の華が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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