指揮官と副官であるAK-15を含む部隊はは、ある作戦のために郊外に陣地を設営して防衛任務に当たっていた。
しかし崩壊液爆弾を使用した敵の自爆攻撃により陣地は壊滅。生き残りを早々に撤退させた指揮官はAK-15と2人きりになる。急いで撤退を進言するAK-15だったが、彼はそれを拒み彼女に最後の命令を下すが──?

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ELID化しかけた指揮官がAK-15に自分を看取らせる話

「ぐ......くそっ、おいAK-15大丈夫か?起きろ。」

 

暗闇から指揮官の声が聞こえる。私は鈍く響く頭痛に耐えながら、閉じていた目をゆっくりと開く。自己診断プログラムを走らせると大きな損傷はないようだが、頭を強く打ったのだろう。ぼやけて霞む視界の中瓦礫の中から立ち上がり辺りを見渡すと、砂塵や緑色の粒子が舞う中に、壁にもたれかかる指揮官の姿を捉えることができた。出血はしているものの、大きな怪我はしていないように見える。

 

「指揮官......?これは......?」

 

「連中、勝てないとみるや否や崩壊液爆弾を使ったんだ。おかげで、陣地はこのザマだ......。ぐっ......」

 

「動かないでください。肋骨が折れて肺に刺さっているのかもしれません。今手当を──」

 

「いや、いい。大丈夫だ。」

 

「しかし──」

 

「AK-15、これは命令だ。」

 

「......了解しました。」

 

私が手当てをするために近寄ろうとすると、指揮官は私を寄せ付けまいとするかのように私を手で追い払った。納得は行かないが、まずは周囲の安全確保が先ということなのだろうと自分に言い聞かせ、引き下がる。そう話しているうちに段々と視界の霞みは消えていき、辺りの状況が分かり始めてきた。

バチバチと火花を散らしてショートしている臨時作戦マップに、吹き飛んだ武器弾薬の詰められたクレート。壁に空いた穴からは風に乗って砂塵と崩壊液の粒子が入り込んできている。

 

「......私はどれくらい気絶していたのでしょうか?」

 

「10分かそこらだろう。とはいえ、俺も正確なところはわからん。なんせ数百m先で爆発させられたんだ。今こうやって喋れてるだけでも奇跡だろうさ。」

 

「奇跡、ですか。......そんなことよりも、他の人形や友軍部隊はどこへ?私はともかく、指揮官は生身の人間です。一刻も早くここを離脱しなければ。」

 

「そうだな......。他に無事だった連中は先に撤退させた。E.L.I.D化を免れた人間もな。ここに残ってる生き残りは俺とお前だけってわけだ。」

 

「では一刻も早く撤退を。指揮官は歩けますか?歩けなければ私が担いで──」

 

「なぁAK-15。お前は命令に忠実だよな?」

 

「は──?」

 

指揮官に突然そう問われ、私は思わず生返事をしてしまう。確かに私はずっと彼の命令に忠実に従ってきた。しかし、私は別に命令ならなんでも従うというわけではない。彼の命令に合理性があり、かつ効率的であるから従ってきたのだ──だが今そんなことを悠長に話している暇はない。崩壊液爆弾が爆発したのが10数分前と仮定すると、いつここにまで重度の汚染を受けるかわからない。

しかし指揮官は座り込んだままどこか遠くを見つめながら続けた。

 

「AK-15、お前は俺の副官として本当によく尽くしてくれた。RPK-16がパラデウスに寝返った時もお前は俺を身を賭して守ってくれたよな。......ありがとう。」

 

「指揮官......お気持ちは嬉しいですが、そんなことを今話している猶予はありません。まるでそんな──遺言のようなことなど......」

 

「そうだな。AK-15、お前の言うとおりだな。ここまでにしよう。」

 

「指揮官....」

 

どうやらやっと指揮官は納得してくれたようだ。恐らく怪我と爆発による心的ストレスで気が動転していたのだろう。彼は昔から変なところで頑固なので、ここで素直に折れてくれて助かった。

 

私は彼を運ぶために銃のスリングを背中に回しながら、改めて指揮官の傍へと歩いていく。指揮官は顔を穴の外へ向けたまま、左目だけを私に向けその姿を捉えた。それにしても先ほどからずっとああしているせいで横顔しか見えないが、怪我の程度はどれくらいなのだろうか?ひどくなければいいが.....。そんなことを考えながら指揮官まであと数歩というところまで近づく。しかし、そこで指揮官が口を開いた。

 

「AK-15。俺からの最後の命令だ......。俺を殺してくれ。」

 

「何を言って──?!」

 

私が驚き足を止めると、指揮官は顔をゆっくりとこちらに向ける。その顔はちょうど右側の部分が緑色のカビのようなもので覆われ始めており、皮膚には幾重にも出来たヒビと皺が。右の眼窩は完全に落ちくぼんでいた。典型的なE.L.I.D被爆の症状だった。

指揮官は私に向かってばつの悪そうにひきつった笑みを浮かべると、私が背負っている銃を指差した。

 

「見ての通りさ......。感染しちまったんだ。もうどれだけ意識を保っていられるか......。」

 

「指揮......官。」

 

「さっきから全身が死ぬほど痛いし、頭の中では動くものはすべて殺せっていう欲求が渦巻いてるんだ.......。」

 

「あ、諦めないでください指揮官!今すぐに処置をすればまだ──」

 

「AK-15!!」

 

瓦礫に埋もれた中から医療キットを掘り返そうとした私に対し、指揮官が一喝する。思わず体が跳ね、ゆっくりと指揮官の方を見ると、彼は満足そうに微笑んでいた。

 

「もういいんだ。とっくに間に合わないことなんか気づいてるだろ?お前らしくもない。」

 

「し、しかし......。そのような命令は受け入れられません!」

 

「AK-15......頼む。こんなこと、後にも先にもお前にしか頼めない。俺が完全に化け物になっちまう前に......まだ人間としての尊厳があるうちに、お前の手で殺してくれ。頼む。」

 

指揮官はそう言うとゆっくりと目を閉じ壁にもたれかかる。その左目からは一筋の涙がこぼれてきていた。

私は自分の銃のマガジンに弾が込められていることを確認し、ゆっくりと、着実にチャージングハンドルを引き薬室に弾丸を送り込む。静寂に包まれたかつての指揮所にガチャッという鈍い金属音が響く。あと聞こえるのは次第に荒くなっていく指揮官の呼吸音と、今までに感じたことのないストレスを感じて早くなっていく私の息遣い。それですべてだった。

 

「指揮官......本当によろしいのですね。」

 

私はゆっくりと銃口を指揮官の頭に向けて狙いを定める。せめて彼が苦しまずに逝けるように。

 

「あぁ......。最後にこんな美人に看取ってもらえるんだ。悔いなんてないさ......。」

 

「っ.......!全く、あなたは最後の時まで変わりませんね、指揮官。」

 

「その方が俺らしいだろ。ほら、この腕時計を俺の形見だと思ってくれ。......AK-15、AK-12達を──RPK-16もだが......頼んだ──」

 

指揮官が最後にそう言うのを聞き終えると──私は引き金を引いた。

銃声が静寂を破り、ぐちゅっという水っぽい音を立てて、弾丸は指揮官の頭蓋を切り裂いて進んでいく。そして指揮官はそのまま二度と動かなくなった。せめて彼の魂に救いがあらんことを。そして彼が最後に痛みを感じずに逝けたことを祈りながら、私は呟いた。

 

「......了解いたしました。必ずや応えてみせます。指揮官......。」

 

私はそう呟き、目を閉じて天井を見上げる。私を信じて意思を託してくれた指揮官に、泣き顔なんて見せるわけにはいかなかったから。

 

 

あの惨事から3日後。私は無事グリフィンの回収部隊と合流することができ、基地へと帰投することができた。話によると、あの日生き残れたのはほんのわずかで、ほとんどの人間が死んだらしい。もちろん敵も例外ではなく、文字通り最後の一撃だったようだ。グリフィンの基地の格納庫で、私は後方幕僚からそう聞かされた。

 

「AK-15さん......指揮官様のことは聞きましたわ。本来は感染者の遺体の葬儀を執り行うのは、感染の拡大を防ぐために禁止されているのですが......指揮官様の活躍を加味して特別に許可が下りましたわ。とはいえ、棺は顔も見れない隔離したハザードケースですし、遺体は最終的に完全焼却しなければならないそうで......申し訳ありませんわ。」

 

「カリーナ後方幕僚が謝ることではありません。むしろここまで融通していただき、感謝しております。彼もきっと喜んでいるかと......。」

 

「指揮官様にはみんな助けられましたから。知ってましたか?あの日、爆発の直前に指揮官様は一人窓際に即席のバリケードを積み上げていたそうですわ。それで室内にいた誰よりも被爆してしまったそうですが......おかげで室内にいた人員は全員無事だったそうですわ。」

 

「そう、です、か。なんというか、指揮官らしい最後ですね。」

 

話している中、カリーナがふと腕時計に目を見やる。すると彼女は驚いた様子で声を上げた。

 

「そうですわね......。あ、もうこんな時間......!話し込んでしまってごめんなさい。AK-15さんも明日の指揮官の葬儀に備えて今日はもう休まれた方がいいのでは?」

 

私も指揮官の形見の腕時計を見る。時刻は23:30.確かにそろそろ寝ないとマズいだろう。しかし、私にはまだやるべきことが残っていた。

 

「いえ、お気になさらないでください。ですが、私は寝る前に指揮官の様子を見ていきますので。では失礼いたします。」

 

 

そう言って私はカリーナと別れ、指揮官の遺体が安置されている格納庫に向かう。基地内で汚染が拡大しないよう、除染はされているもののなおも厳重に封鎖され隔離されたそこは、基地の最深部にあった。悪意を持った何者もが入れぬように。

 

「指揮官。いよいよ明日で本当に最後のお別れですね......。」

 

私は指揮官の遺体の傍に腰を下ろし、そう語りかける。薄暗くだだっ広い格納庫内に私の声だけが反響する。しかし、私の背後から突如ここに居てはならない者の声が聞こえてきた。

 

「まあ......あのAK-15がこんなに感傷的になるなんて。少し妬いちゃいますね。」

 

「?!」

 

私は即座に立ち上がりホルスターから拳銃を抜くと、その声の主に向かって銃口を向ける。よりによって、なぜ彼女がここに居るのか。

 

「あのAK-15をここまで絆すなんて、どんな手を使ったんでしょうね?」

 

「ここに何をしに来たRPK-16......!」

 

そこにいたのはつい先日私達を裏切り、敵に寝返ったRPK-16だった。敵の幹部連中が着ていたような薄いブラウスのようなものを纏った彼女は、私が銃を向けているにもかかわらず全く気にしたそぶりは見せていない。

 

「うーん、それとも元々あなたが隠していただけで本当は感傷的なタイプだったとか?どうなんですかAK-15?」

 

「黙れ!それ以上余計なことを言うようなら撃ち殺すぞ......!」

 

「相変わらずですね.....ふふっ」

 

「貴様.......何しに来た!どうやって入ったか知らないが、私を殺したところで警備が駆けつけてくるだけだぞ!」

 

「殺す......?あなたを?ふふふっ、冗談まで言えるようになったんですね?」

 

「貴様!」

 

私はRPK-16の胴に向けて発砲する。薄暗いが普段であればこの距離、絶対に外すことはない。だがしかし、放たれた弾丸は彼女に当たることはなかった。尋常ではないスピードで避けたのだ。一瞬で目の前まで距離を詰められ、私は隙を与えてしまう。

 

「しまっ──!」

 

「ふんっ!」

 

RPK-16は私の腕を掴むと、そのまま地面に引き倒してきた。かつての彼女ではありえない膂力だ。

 

「ぐっ.......!」

 

「別に、あなたを殺すくらい今の私には造作ないんですよ、AK-15。私の目的は......」

 

RPK-16はそう話しながら指揮官の遺体に歩み寄っていく。

 

「やめろ!指揮官から離れろ!!!」

 

私が地面にうつ伏せに倒れたままそう叫ぶと、RPK-16はぴたりと足を止め振り向いた。

 

「あらあら......もはやただの死体なのに。随分ご執心ですね?でもまあ、そちらの方が話が早いです。」

 

「一体、指揮官に何をする気だ......?!」

 

「取引ですよ、AK-15。──指揮官の遺体を私達に渡していただけませんか?」

 

「断る。」

 

「むぅ、もちろんタダでとは言いません。もしあなたが指揮官の遺体を自ら持ってきてくれるのであれば、指揮官ともう一度──いえ、今後一生そばに居られるようにして差し上げますよ?」

 

「な──」

 

それはまさに悪魔の囁きだった。彼女が鞍替えした組織、パラデウスでは死体を兵士として駒にしていた。それくらいは知っている。だがだからこそ、期待してしまう部分もあった。指揮官と共に、幸せな生活を送ることができるようになるのでは──と。だが普通に考えてそれは死者を冒涜することになる。一般的な倫理観では到底受容できない。

 

「あなたも、まだも~っと、指揮官様と共に過ごしたいのでしょう?ふふっ、言わずともわかります。あなたは分かりやすいタイプですから。自分に素直になる時が来たんじゃないですか?」

 

「ぐ.........!」

 

RPK-16が蠱惑的な笑みを浮かべ、甘い声で囁く。自身の正義、信念、理念、欲求。それらが頭の中でぶつかり合い、せめぎ合っている。指揮官を彼女たちの元へ連れて行くのは、文字通り悪魔に魂を売るようなものだ。だが......悪魔に魂を売らねば、売ることでしか手に入らないものがそこにはある。今私はまさに、究極の選択を強いられていた。

 

「私は.......私は.......ッ!!」

 

彼女の言葉で葛藤している私を見て、RPK-16は私の方に歩み寄ってきた。

 

「うーん......あ、そうだ。ではこうしましょう。聞くところによると、指揮官様の葬儀は明日10:00からで、その後火葬をする、と。火葬が行われる11:00までは待つことにします。それまでに、自分の気持ちと相談しておいてくださいね?」

 

「............。」

 

 

屈み込んで私の反応を見た後、RPK-16は満足したようににっこりと笑みを浮かべた。

 

「ではそういうことで。私は今日はもう帰ります。明日を楽しみにしていますね、AK-15。」

 

RPK-16は最後にそう言うと、私を放置して格納庫から出て行った。格納庫に残されたのは、私と指揮官の遺体。そしてRPK-16によって破壊され床に転がる拳銃だけだ。

私は頭の中で先ほどのRPK-16の言葉を何度も反芻していた。私はどうするべきか。指揮官の遺言を受けた者として、そして部隊の今後を任された副官として、どうするかを考えながら。

 

 

 

翌日。昨日の出来事を思い出しながら私は廃墟の教会で座りながら待っていた。私の見立てが間違っていたのかどうか、それがあと数分で決まる。

ふと誰もいなかったはずの教会の入口で足音が聞こえた。その足音は重く、しかしそれでもゆっくりと近づいてくるのが分かった。私は振り向かずに話しかける。

 

「ずいぶんと遅かったですね、AK-15。遅刻なんてあなたらしくもないですよ?」

 

「黙れ.......追っ手を撒くのに.......時間がかかったからだ......。」

 

私はその返答を聞いてようやく後ろを振り向く。そこには全身傷だらけで満身創痍のAK-15、そして彼女の背中に背負われた指揮官の亡骸があった。彼女らしくもない、効率度外視の作戦だったようだ。随分と派手な大立ち回りをした痕跡がそこかしこに見受けられる。誰かが指揮官の遺体だけでも取り戻そうとしたのだろうか、刃物で叩き切られた痕跡のある人形の腕が、身体を失ってなおも指揮官の脚を掴んでいた。薬指と小指部分が開いた特徴的なハーフグローブを着けたまま指揮官の脚を掴んでいるその左手の薬指には、銀色に輝くリングが嵌められている。どうやら...彼女は最後まで指揮官の亡骸を守ろうと最後まで抵抗したようだ。

 

「ま、いいでしょう。約束は守られましたから、取引成立です。約束通り指揮官様はあなたの傍につくように手配させます。では処置をするために、一度こちらに引き渡してもらえますか?」

 

「待て.......その前に最後の確認をさせろ。指揮官は本当に生き返るんだな?」

 

「うーん、生き返る......というのは適切な表現じゃないですね。強いて言うなら"生まれ変わる"ってところでしょうか?」

 

返り血で真っ赤に染まった顔で質問をしてきたAK-15に答えると、彼女はようやく指揮官の遺体をこちらに受け渡してくれた。随分と軽い身体だ。そう感じるのは、最後に会った時と比べて実際に指揮官が痩せ衰えたのか、それとも私の力が強くなったのか。

 

「ありがとうございます。それではAK-15も行きますよ。ついてきてください。酷いケガですから手当てをしないと。それからあなたも私と同じようにボディの強化をしましょうか。ねぇ?」

 

RPK-16がそう言いながらちらりと後ろを振り向くと、AK-15の目には昨日までのような鋭さはなく、その瞳は濁った狂気を孕んでいた。それはかつての仲間を裏切っでまで悪魔に魂を売ることを決めたことによるものなのか、自らの行いを振り返ってのものなのか......RPK-16には分からなかった。

そしてRPK-16は気が付くことはなかったが、ハイライトが消え濁った瞳孔のAK-15のその瞳は、RPK-16のものとよく似ていた。




指揮官のことを敬愛している副官の人形が、指揮官が死んだ時の反応を見たいと思うのってすごいメジャーな性癖ですよね?


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