記憶喪失になってからトレセン学園がおかしい   作:記憶にございません

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回想 中編

 

 

 

 わたし個人の立場からすると、霜月トレーナーのことは好きでも嫌いでもなくただただ()()()()()という評価だった。

 

 女性に対して発揮される人身掌握術はまさに常軌を逸した特殊能力の域に到達しており、いま学園を騒がせている元凶といっても過言ではない。

 しかし彼の指導を受けたウマ娘のほとんどは成績が右肩上がりで、気がつけばレース順位もタイムも良くなり彼女たちのモチベーションを高い位置でキープしているのもまた事実だ。

 それゆえに分からない。

 彼がわたしの担当になろうとする真意がまったくもって読み取れない。

 

「霜月トレーナー。先日は無言で逃げ去ってしまい大変失礼いたしました。せっかくお声がけ頂いたにもかかわらず……不誠実な対応だったと猛省している次第でございます」

「えっ。……ちょっ、ちょっと待ってくれ、頭をあげてくれないか? 別に謝ってほしくて来たわけじゃないんだよ。それにあの時のことに関しては唐突すぎる俺に原因があったわけだし……」

 

 夕方。

 珍しく誰もいない練習用コースの芝生の付近でわたしたちは相対していた。

 この前のことに関してはメンタル拗らせて逃げた自分が全面的に悪いのでとりあえず全力で謝り倒してみたわけだが、どうやら学生風情の浅い陳謝では彼の心には響かなかったようだ。

 まぁ、これ以上謝らなくていいならこちらとしてもありがたい限りである。

 早めに話を切り上げてしまおう。

 

「それで、本日のご用件は? ……あ、申し遅れましたわたし、クリアウィングといいます」

 

 わずかな焦りが先行して思わず受付の電話みたいな返事になっちゃった。

 多分彼にはこれで冷たい印象を持たれてしまったことだろう。

 コミュニケーションってむつかしい。

 

「……警戒するなというほうが無理な話か。本当にこの前はすまなかった。時間は取らせないからそのままで聞いてほしい」

 

 苦笑いから真剣な顔に切り替わり、霜月トレーナーは真っ直ぐわたしの目を見つめた。

 この誰に対してもしっかりと目を見て話す誠実な態度は確かに好印象だ。

 ウマ娘たちが彼を信頼しようと思ってしまうのも無理はない。一目でわかるほどの生真面目っぷりである。

 

「名前は知ってくれてるみたいだが改めて自己紹介させてくれ。俺は霜月京介。いろいろなチームのサブトレーナーを兼任させてもらっている」

「ええ、存じています。……そんなご多忙の身で、なぜわたしなんかに声をかけてくれたのですか?」

 

 本当にわからない。

 もしやこの学園に在籍するウマ娘をもれなく全員攻略する使命でも掲げているのだろうか。

 

「多忙なんてことはないさ。むしろウマ娘たちの成長に携わることができて幸運に思ってる。……すまん、話がズレたな。俺がきみに声をかけた理由だったか」

 

 その話題になった霜月トレーナーは分かりやすく眦を決してわたしを見据えた。

 

「クリアウィング、といったね。──きみの担当トレーナーになりたいんだ」

「…………」

「そんな露骨に嫌そうな顔しなくても……」

 

 あ、いけない、下手したら蔑みに近い目になってしまっていたかも。

 

「いえ。……イヤというか、単純に理解できません。霜月トレーナー、すでに軽く二桁は担当のウマ娘がいらっしゃいますよね?」

 

 こちらが困惑してもしょうがない事情が相手にはある。

 よく見かけるトウカイテイオーやメジロマックイーンに限らず、この前みかけたナイスネイチャ以外にもたくさんのウマ娘を担当しているくせに、なぜ今さらわたしみたいな無名の生徒に声をかけたのかが分からない。

 わたしより強い。

 わたしより速い。

 期待の星であるウマ娘たちの担当トレーナーという非常に価値の高い立場に立っているというのに、わざわざもう一人パッとしないウマ娘を担当に持つ意味なんて無いだろう。

 

「あー……いや、それがちょっと違うんだ。確かにサブトレーナーとしていろんなウマ娘たちの面倒を見させてもらってはいるんだが、俺個人で担当しているウマ娘は一人もいなくてな」

 

 苦笑しながら頬をかく目の前の霜月トレーナーには、他のウマ娘や理事長たちと対峙した際に見せていたあの余裕そうな雰囲気が欠片も感じられなかった。

 

「どうにもサブとして活動しているチームのウマ娘たちを俺が劇的に強くしただとかそういった噂話が出ているみたいなんだが、実際はただチームを指揮している先輩のトレーナー方が凄すぎるだけなんだよ。……当たり前の話だがな。二年目の新人にあれだけの数のウマ娘を管理し能力を開花させる大層な力なんてあるわけがない」

 

 それは、悩める新人トレーナーの自信なさげな所作そのものだった。

 

「俺がやっているのはあくまで先輩方が築いてくれた基盤に少しだけ手を加えているだけだ。あの子たちが成長してくれているのも担当トレーナーさんたちの基礎的なトレーニングや指導があってこそのものだし……とにかく過大評価なんだって話」

「……ですが、彼女たちはあなたを強く信頼しているように見えます。霜月トレーナーがご自身を過小評価しているのだとわたしは思いますが」

「正確な自己分析だよ。俺は彼女たちのトレーナーでもなんでもなくて、ただ息抜きにちょうどいいポジションとして使われているだけに過ぎない。……気を許してくれているのはさすがに分かるけどな」

 

 正直なところ、わたしは彼の言葉が中途半端だと感じた。

 なにやら細々と説明してくれたわけだが、結局ウマ娘たちの支えになっていることには違いない。

 彼個人の担当がいないことは理解したけれど、それはそれとして面倒を見ているウマ娘はたくさんいる。

 なにより仮にもスカウトしようとしているわたしの前で、夢を見させるようなセリフではなく自己分析からなる自身の過小評価を語るのはいかがなものか。

 例えば『俺は大勢のウマ娘を勝利に導いたスゲ〜新人なんだぜ! おまえも俺を信じてついてきな! ついでにハーレムにも入れてやるよワッハッハ!』とか、それぐらい分かりやすい言葉で伝えてくれたほうが、ずっと断りやすくて助かったのに。

 

 何を言えばいいのか判断できない。

 もっと我欲と性欲に満ちた人間だと思っていたのに、目の当たりにすると印象が変わる。

 多数の女性を惑溺させる言葉巧みな魔性の男──のはずだったのに。

 危険な雰囲気も感じないし、なんなら別に魅力的にも思えない。

 なんでこの人あんな多数からモテてるんだろう。

 

「質問を変えてもいいですか。……どうしてわたしなんでしょうか」

 

 この際もう霜月トレーナーが多数から好意を寄せられていることに関しては一旦置いておくとして。

 事実多くのウマ娘をパワーアップさせてきた将来有望なトレーナーさんが、なぜわたしみたいな凡夫の担当になろうとしたのか──その理由をハッキリさせたい。

 

「……先月の模擬レースできみを目の当たりにしたときに思ったんだ。もっときみの走りが見てみたいって」

 

 彼の言葉の意味がわからない。

 たしか先月の模擬レースはわたしの他に十数人いて、最後まで走り切っても結果は五着だったはずだ。

 目を見張るような活躍をしたわけでも、劇的なタイムを残したわけでもない。

 なのにどうして。

 

「きみが一番、走るのを楽しんでいたから」

「っ──」

 

 わたしの動揺を知ってか知らずか、霜月トレーナーは間髪入れずに続けていく。

 

「少なくとも俺にはそう見えたんだ。結果を重視して、しかしそれ以上にレースを楽しんで走っていた」

「な、なんでそんなことが分かるんですか」

「だってレース中ずっと嬉しそうな顔で走ってたからな」

 

 ……。

 …………。

 ………………えッ!!?!?

 

「模擬とはいえあんな雰囲気でレースに臨んでいるウマ娘は他に見たことがない」

「〜っ!?」

 

 やばい、恥ずかしすぎて顔が熱くなってきた、

 マジ?

 わたし本当に走りながら笑ってたの?

 みんなが真面目にレースをしているなかで、わたしだけニコニコしながら駆け抜けてたの? どんな狂人だよ……。

 完全なる無意識だ。

 確かに昔から走るのが好きだったけど、まさか顔に出てるなんて思いもしなかった。

 

 ……あっ、まずい。

 いつの間にか練習場付近に生徒が集まり始めてる。

 はたから見れば男性トレーナーに迫られて赤面してるチョロいウマ娘だ。

 現在進行形でわたしの尊厳が破壊されてる。ひぃ。

 

「結果を重視して、しかしそれ以上に全力で勝負自体を楽しむ心。それはこの厳しい勝負の世界で挫折せずモチベーションを維持し続ける──まさに最強のメンタルだ! レース中は殺気立つウマ娘が多いのにきみは自分の世界を展開していた……あんな楽しそうにターフを駆け抜ける姿を見ればきっと多くの人が」

「すっ、ストップストップ! とりあえず一旦場所を変えませんか……!!」

 

 危うく恥ずか死するところだった。

 マジで大声で話す内容じゃない……このひときらい……。

 

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