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「成幸、お待たせー。おつまみ持ってきたよ。映画は決まった?」
「ああ、これとかどうだ?」
うるかの家で過ごす週末。夕飯を食べ終えた後、なにか映画を見ようという話になったので動画サイトで面白そうな映画を見繕っていた。
選んだ映画はハリウッドのアクションもの。大作という程ではないけれど、前にうるかがCMを見て面白そうと言っていたのを覚えていた。今日は飲みながら見る予定だから大味っぽい映画でちょうどいいだろう。
「あ、前にCMでやってたやつじゃん! 配信始まってたんだ。後で見たいと思ってたんだよね」
「じゃあこれで」
ソファーに座っている俺の隣にうるかが腰を掛ける。うるかは楽しそうに声を弾ませながら、梨のリキュールを炭酸水で割っていた。リキュールの割合は少なめにして炭酸水を多めに。うるかはアルコールに弱いのでいつもこうして薄めに作っている。
「成幸もお酒これでいい? ていうかこれしかないんだけど」
「ああ。それでいいよ」
「ありがと。あたしがもっといっぱい飲めたらもっと種類買っとくんだけどねー」
「まあ俺もこれ好きだから。あ、自分で作るからいいよ」
俺のグラスにリキュールを注ごうとしていたうるかを制して瓶を受け取る。うるかほどではないけど今日は薄めに作るつもりだった。うるかは少し不思議そうにしていたが、ちょうど映画が本格的に始まったのでテレビの方へ顔を向けた。
◆◆◆
「えへへ~なりゆきぃ」
映画は終盤に差し掛かっていた。だいたい予想通りの展開で、派手な爆発シーンはあるものの少し飽き始めていたところでうるかが甘えた声を出しながら寄りかかってきた。うるかが飲んでいたグラスを見ると空になっている。最初に入れたまま注ぎ足していなかったからだいぶ少ない量しか飲んでいないはずだけど、酒を飲むときはだいたい一杯も飲むとこうして出来上がってしまう。本人曰くアルコールに弱くて気づけばこうなってしまうらしい。甘え上戸というのもあるのだろうか。
「なりゆき大好きぃ。なりゆきもあたしのこと好き?」
「ああ、好きだよ」
頭を撫でながら答えるとうるかは顔を蕩けさせて喜ぶ。先ほどよりも強く体を押し付けてきて、ほとんど隙間がないくらい密着していた。熱いうるかの体温が心地いい。
普段からうるかは好意をストレートに伝えてきてくれている方だと思う。少し恥じらいを残しながら好きだと言ってくれたり、俺が攻めると慌てながらも受け入れてくれたり、そういう姿がたまらなく愛しい。
だけどこんなふうに恥ずかしがらずに甘えてくれるのは酔ったときだけで、こうやって甘えるうるかも可愛らしくて大好きだった。
だからまあ、言おうかどうか迷ったのだけど。
「うるか、本当は酔ってないよな?」
「えー? なにいってんのかわかんない」
「いや実はさ――」
◆◆◆
数日前。大学の授業が終わって街を歩いているときに川瀬と海原に出会った。
「あれ、唯我じゃん。久しぶり」
「唯我くん!? 久しぶりー!」
「川瀬も海原も久しぶり」
2人と最後に会ったのは数ヶ月前にうるかが大会で優勝したお祝いをしたときだ。海原が短大を卒業して就職する前は、授業の終わりが被ったときとかに街なかで会うこともたまにあったが、就職してからはほとんどそういう機会はなかった。
「まあ正直私らはそんな久しぶりって感じしないんだけど。うるかがよく惚気けて唯我と何したとか言ってるからさ」
「そーそー。この前も飲み会で散々惚気けられたよね」
「惚気って何話して……いや聞くの怖いな」
下手に聞くと恥ずかしい思いをさせられそうなのでやめておく。きっと知らないほうがいいこともある。2人のニヤニヤとした顔が印象的だった。
「なんだ聞かないのか……。あ、一応言っとくけど智波も大概だからな」
「え!? そんなことないでしょ!?」
「うるかほどじゃないけどさあ」
今度は川瀬が海原に矛先を向ける。海原とのことは俺も小林からそれなりに聞いていた。お互い順調そうだと話したくらいには仲睦まじい様子を聞いていたから、きっと海原もうるかと同じような調子で話していたのだろう。もっとも口を挟むとやけどをしそうなので愛想笑いをして聞き流すだけにしておいて、2人の会話が終わったタイミングで話題を変えた。
「飲み会とかしてたんだな。うるか迷惑かけてないか?」
「迷惑? まあ惚気話はあれだけど長い付き合いだし別に」
「まあそうだけど、あいつ酒弱いからさ」
俺と飲むとき、うるかはすぐに酔っ払って甘えてくる。川瀬と海原と飲み会をするときも同じように酔っているのではないかと思うと心配だった。俺は恋人だから甘えられるのも嬉しいけれど、友達だったら迷惑と思われても仕方がないだろう。
「え? うるかが?」
「うん、弱いだろ? ビールとかサワー一杯飲んだだけでも酔っ払うし」
怪訝な顔をする川瀬に弱いはずだと繰り返す。俺と飲むときは度数が低めのものでもグラス一杯も飲んだらすぐに酔ってしまっている。
「いやあいつビールなんて10杯飲んでも酔わな……あ!? ああそうだった!! うるか酒弱かったな! だよな智波!?」
「そ、そうそう!! か、彼氏として気をつけるように言ってね唯我くん!! この間もすぐ酔っぱらっちゃって大変でさー!」
「……いや、さすがに無理があるだろ」
「「……」」
……さすがに、これでごまかされるほど素直じゃない。川瀬と海原は気まずそうに目を逸らしていた。この分だと2人と飲むときのうるかの様子は俺と飲むときと全然違うのだろう。2人はバツが悪そうに黙っている。正直聞きづらいけど、俺から始めてしまった話題だから、俺から切り出さないといけないと思っておそるおそる口を開いた。
「……あいつ本当は酒強いの?」
「……少なくとも私はうるかが酔ったとこ見たことないな」
「……私もないかなあ。ビール10杯飲んだときも全然酔ってなかったよね」
「えぇ……」
◆◆◆
「ってことがあったんだけど」
俺の話を聞いたうるかはしばらく固まっていたが、やがてゆっくりと動き出すと無言のままグラスにリキュールを注ぎ始めた。炭酸で割ることもなく溢れる直前まで並々と注いでいる。
うるかは今にも溢れそうなグラスを口元に近づけると、零さないように徐々に角度をつけながら、そのまま一気に飲み干した。このリキュールのアルコール度数は確か12度。うるかの持っているグラスの容量は普通のサイズの缶チューハイが1本ちょうど入ったはずだからだいたい350ミリリットル。度数がそこまで強いわけではないけど、だからといってそういう飲み方をしていいような量でもないはずだ。
自分の分を薄めに作ってリキュールを多めに残しておいたのは、確かにうるかがこれを好きだからたくさん飲めるようにと思ってのことだったけど、だからといってこういう飲み方をするとは全く思っていなかった。
「ふぅ……その、ショージキ言うと、このくらい飲んでもゼンゼンヘーキ」
「嘘だろ!?」
ケロッとした顔でうるかが答える。口調も顔も完全にいつも通り。さっきまでの酔って甘えていたうるかはどこへ行ったのか。
「なんで酒に弱いなんて嘘ついてたんだ……?」
「い、言わなきゃダメ?」
「気になるから教えてくれ」
「え、えーっとね。その……海っちあたしより誕生日早いじゃん? そんでハタチになったときこばやんとお酒飲んだらしいんだけど、酔った勢いでいつも以上に甘えたって話聞いて羨ましいって思ってさ」
決まり悪そうにしながらうるかが少しずつ語り始める。テレビでは映画が変わらず流れているようだが、もう音すらほとんど聞こえていなかった。
「そんでハタチになって初めて成幸と一緒にお酒飲んだときのこと覚えてる?」
「ああ、覚えてるけど」
「あのとき成幸すぐに酔ってきたって言ったじゃん?」
「……すぐって言っても2杯くらいは飲んでなかったか?」
「え? うん。だからすぐ」
「……」
初めてのアルコールで2杯で酔い始めるのは全く普通だと思う。少なくともすぐと言われるほどじゃないはずだ。ちょっと感覚が違いすぎるなと、うるかが本当に酒に強いということを実感した。
「あんときあたしも同じくらい飲んでたと思うんだけど、ゼンッゼン酔ってなくって」
「そ、そうだったのか?」
「うん。ちょっと喉が熱くなるだけでジュースとそんな変わんないじゃんみたいに思ってたんだけど、成幸が酔い始めたって言ってるからもしかしてあたしお酒に強いんかなとか、これじゃ海っちみたいに甘えられないじゃん!? とか思って……そんで弱いフリすれば甘えられるかなって」
「結論がおかしいだろ!?」
俺が叫ぶとうるかが不満げな声を上げたがいくらなんでも結論がぶっ飛びすぎていると思う。別に酒に弱いフリをしていたからといって誰に迷惑をかけるわけでもないからいいのだけれど。
「まあ強いのはわかったけどさ。だからってあんまりたくさん飲むのはやめろよ? 酒に強くても肝臓とかにも良くないんだろうし、酔いづらいだけでいくら飲んでも酔わないってわけじゃないんだからな」
「普段は別に飲まないかんね!? 強いけどそんなに好きってわけじゃないし、成幸といるときも飲んでないじゃん!?」
「酒好きみたいに言わないでよ」とか言っているけど先ほどの感覚の違いからするとうるかの言う飲まないがどのくらいの量のことを言っているのか不安になる。うるかの部屋で俺と飲むとき以外に酒の空き缶や空き瓶があるのを見かけた記憶はないから、少なくとも家ではそれほど飲んでいないのは間違いないのだろうけれど。
「俺といるときはそうだけど、海原と川瀬がビール10杯飲んでも酔わないとか言ってたし……あと緒方と古橋とかと飲むときとか、俺といないとき心配で」
「あれは前にどのくらい飲めるんだって言われて試しただけだから! りずりんと文乃っちはあんまりお酒強くないからあたしもそんな飲まないし!」
「そうか。ならいいけど」
飲んでいないというのがどのくらいのことを言っているのか心配だったがうるかは改めて否定する。具体的に何杯飲んでいるのか言っていないのが気になるが、ここまで言うなら本当に大した量は飲んでいないのだと思う。……後で緒方たちにも聞いておこう。
さて、それはそれとして。酒に弱いフリをしていたのが甘えたいとかいう理由だったのなら。
「……別に酔ってなくてもいつでもいいからな」
「え? 何が?」
「だからその……甘えるの」
自分で言うのは少し恥ずかしいけど、別に酔っていなくても甘えたいというなら甘えてほしい。嫌だと思うはずもない、というかむしろ俺も嬉しい。俺の言葉を聞いたうるかはビクリと体を震わせて頬を赤くした。
「あぅ……で、でも恥ずかしいっていうか!」
「酒に弱いフリしてたのバレたんだし今さら恥ずかしいも何もないだろ」
「そ、そうだけどさー! ……ま、まあでもそんなにいうなら」
おそるおそるといった感じでうるかが体を寄せてくる。さっきまでと比べれば全然大したことない行為なのに、付き合い始めの頃のようなぎこちなさ。今まで酒に酔ったという建前でやっていたことだから、いくらいいと言われてもすぐに切り替えるのは無理なんだろう。でも、甘えたいときがあるなら甘えてほしいと思う。
うるかはこれでも日本水泳界のエースだから、人前では気を張っていることも多いはずだ。俺といる間くらいは思う存分リラックスしてほしいし、酔ったフリをしてでも甘えたいというならそうしてほしい。俺に何ができるわけではないけれど、せめてプライベートで支えるくらいは――。
「……よく考えたら普段酔ってないのにえへへ~とか言って甘えてたのか?」
真面目なことを考えていたはずなのに、つい思ったことが口から出てしまった。いやでもこれは仕方ない。素面であんな甘え方をしていたなんて言われたら誰だって聞いてみたくなってしまう。
「い、言わないでってば! たまにそーゆー感じで甘えたくなんの!」
「いや俺はそうやってくれるの嬉しいし別に全然いいんだけどさ」
「ほら、お酒には酔わないけど成幸には酔ってるっていうか……ゴメン今のナシ! あたしなに意味分かんないこと言ってんの!?」
うるかは顔を真っ赤に染めて慌てふためき、そのせいかよくわからないことを言い出した。ただでさえ赤くなっていた顔を今にも火の出るように更に赤くして、あたふたと手と首を振り回している姿があんまり面白くてつい吹き出してしまう。
俺に酔っているとかあんまりにもあんまりだ。そんなふうに思われるのが嫌なわけではないけれど、歯の浮くようなセリフを言われて堪えきれずに笑いが漏れる。いくらなんでもうるかのキャラと違いすぎる。本当は酒にも酔っているんじゃないだろうか。
「もー!」
「わっ!?」
「な、なりゆきぃ」
「お、お前いきなり……」
「いつでもいいって言ったじゃん! だから今すんの! 元々そーするつもりだったし!」
うるかは開き直ったのかいつも以上に密着して猫のように顔を擦り付けてくる。凄まじい剣幕で、さっきまでの空気は強引になかったことにさせられた。
先ほどまでとのギャップに気圧されながらも頭を優しく撫でると、うるかは甘えた声を上げて嬉しそうに顔を綻ばせる。控えめに言って死ぬほど可愛い。アルコールの助けもなしにこんなことをしてくれているのかと思うと、なおさら愛しさが募った。
「……本当にいつでもいいからな。これでうるかが喜んでくれるなら俺も嬉しいし」
「……えへへ、ありがと。大好き」
そこまで考えてふと気づく。今まではアルコールが入ったときにだけしていたような甘え方を、これからは毎日のようにされるのではないだろうか。
普段甘えられていないわけじゃない。でも舌っ足らずというか、子供のように甘えてくるのはほとんど酒を飲んだときだった。うるかは酒に弱いと思っていたから、そういうときに無理をさせてはいけないと思って可愛がるだけに留めていた。
本当は全然酔っていないと知った今、こうしてくれるのは嬉しいけどどこまで自分は耐えられるだろうか。……というかそもそも耐える必要はないのではないだろうか。今すぐ結論は出そうにないけど、とりあえず酔っていないなら全力で愛でてもいいのだろう。
内容を全く覚えていない映画のエンディングロールを横目にしながら、甘えるうるかの頬に手を這わせる。くすぐったそうにビクリと震えるうるかの姿に嗜虐心が刺激された。
今まで我慢させられた分も含めて仕返ししようか。そんなことを考えながら、目を潤ませているうるかを見つめて微笑みかけた。