なぜか畑山先生ご一行と遭遇してしまった。
クラスメイトの存在を想定していなかったので俺も南雲も一瞬硬直するが、復帰が早かったのは南雲だった。
「多分人違いだと思うので失礼します」
「ちょっと待ってくださいっ!?」
そう言ってフェードアウトを試みた南雲だったが、行方不明者でかつ生死不明になったはずの生徒が生きていたのだから当然逃してくれるはずもなかった。
逃げる機会を見失ってしまったのでもうなるようになれと、異世界版カレーと言っていいニルシッシルと呼ばれるものを食べながらクラスメイトからの質問に答えていった。
「どうやって生き残ったの?」
「偶々水があって緩衝材になった」
「桜田お前、あの美少女たちとはどういう関係なんだ!?」
「仲間だよ。一人じゃ迷宮から出られなかった」
「それって刀? どこで手に入れたの?」
「迷宮攻略してるときにな」
「どうして皆の戻らなかったの?」
「他にやることがあった」
流石に質問が多すぎて面倒になってきた。
生徒思いで有名な畑山先生もクラスメイトと同じように質問攻めするかと思ったが、気を散らしているようで南雲の方をちらちらと見ている。
クラスメイトも南雲の方を見たりはしているが、畑山先生のように気になることがある、という感じではなく、誰だあの美少女は、という感じだった。
察するにクラスメイトは南雲だと気付いておらず、逆に畑山先生は南雲なのではないか、という疑念がある……と言ったところだろうか。
そう考えていると、ユエがニルシッシルを乗せたスプーンを口元に運んできた。
「はい、紅郎」
「ん、いやユエ、一人で食べれるから」
「あーん」
「ユエ」
「あーん」
「……」
根負けして口にした。クラスメイトからの視線がすごいことになってる。主に男子勢からの嫉妬と羨望で。
今度は別方向からもスプーンが差し出された。方角的にシアではない。となれば相手は限られている。
というか南雲だった。
「あーん」
「……なぁ、それ間接キス」
「ユエのも食べたんだから同じようなものでしょ? いいから食べてよー」
「そういう問題か……?」
一応やんわりと止められないか試したが、南雲に容易く言い返されてしまったので差し出されたスプーンを口にする。再びクラスメイトからの視線が重くなった。
両隣にいるユエと南雲は俺を間に入れてバチバチと視線を交差させている。シアは……ちょっと怖いのかニルシッシルを食べながら気配を薄くしていた。
「……なぁ、桜田。一つ聞きたいんだけど……」
「なんだよ今更。さっきまで散々聞いてただろ」
「いや……その」
気まずそうに、というより聞きたくなさそうに、というべきか。
視線をあちらこちらに向けて、息を吸い。
「……な、南雲は、何処にいるんだ? 一緒にいないのか?」
姿の見えない、もう一人行方不明となっているクラスメイトの居場所を聞いてきた。
当の本人である南雲は目を細め、心なしか視線を鋭くしている。
シアとユエは、きょとんとした様子で「何言ってるんだろうこの人」という風に疑問顔をしていた。そしてこちらを見て「今は喋らないでくれ」という視線を送ると、察してくれた二人は沈黙を保ってくれた。
恐らく、今一番聞きたかったことがこれなのだろう。他のクラスメイトからの視線も、先程は真剣だったが、今は緊張の混じった目線で見つめてくる。
聞きたい、と思っているのだろう。そして同時に聞きたくないとも思っている。
聞いてしまえば、後戻りができなくなるから。
「南雲は……」
言うべきか。今の南雲のことを。
……決まっている。わざわざ彼女の過去を説明する必要はない。
ここは嘘をつくなりして誤魔化すほうが良いだろう。
「皆さん」
言おうとしたところで、畑山先生が静かに立ち上がる。
「そこから先のことは、私に任せてくれませんか」
「愛ちゃん先生?」
「どうしたんだよ愛ちゃん先生」
困惑したように畑山先生を見上げ……うん、身長的に立ってても目線が同じになるくらいだな、訂正しよう。
「とても大事な話なんです。出来れば皆さんには聞かないでいてほしいんです」
「聞かないでって……愛ちゃん先生、どうしたんだよ急に」
「南雲のことは先生も気になるだろうけど、私達だって……」
「だから、なんです。ごめんなさい、困惑してると思いますが……お願いします」
「愛ちゃん先生……」
畑山先生は頭を下げて、懇願する。
……本当に、この人は。
教師の……いや、先生の鑑、というべきか。
今すぐにでも聞きたいことがあるだろうに、生徒優先。
どうにも優しすぎるな、この人は。
「……わかった。愛ちゃん先生が言うなら……でも後で教えてくれよ」
クラスメイトは、納得はしてないまでも理解はしたようだ。畑山先生の意思を尊重した。
「ありがとうございます、皆さん」
再び頭を下げる先生。それに「愛ちゃん先生、もう頭は下げなくていいから」と先生を留めた。
……そろそろいいか。
「……明朝にはここを出るから、今日の夜に先生のところに行く。それでいいか?」
「桜田、一応言っておくけど、愛ちゃん先生泣かせたら承知しないからね」
「善処するよ」
「な、泣きませんからっ!」
先生の抗議が出てきたが、誰も相手にしていなかった。
……まあ畑山先生は見た目からしてマスコットとか癒し枠とか、そういう感じだからな。
先程までの雰囲気は払拭され、畑山先生を中心に和やかな雰囲気になっていった。
そして時が過ぎて夜。
俺達二人はユエとシアを置いて畑山先生のところにやってきた。
……一部、隠れて盗み聞きしようとしている輩がいたので気絶させてたが、些細なことだ。
「桜田くん。それに」
「もうわかってるでしょうから言いますけど、久しぶりです、先生」
「南雲さん……」
南雲は先生と出会うなり隠す様子もなく自分の正体を明かした。そして先生も、そのことは察していたのだろう。
姿が変わっても、先生は確かに見抜いていた。南雲が女であるのを知っていたのは、学校側の問題か
あの場で言わなかったのは、南雲の心に配慮していたから。
「良いんですか南雲さん。桜田くんは……」
「私の事情は、もう彼には話しています」
「……そうですか、それなら……二人共、生きていてくれて良かったです……本当に……」
先生は改めて感情が募ってきたか、涙目になりつつあった。
……俺が何をしなくても普通に泣かせてしまいそうだ。
「先生、泣いてるところに悪いんだけど、色々と話さないといけないことがあるから」
「……っ、すみません。南雲さんのことは、クラスの皆さんには……?」
「出来れば先生の方から話しておいてくれませんか? 私が直接言うと間違いなく信じられない……こんな風に体型も変わってますから」
「それです! 南雲さん、橋から落ちて一体何があったんですか? 髪も身体も変わってますし、そもそもどうして皆のところに戻らなかったんですか? それに、桜田くんが言ってた旅の目的って……」
「それもまとめて説明しますから、落ち着いてください先生。紅郎、話が長くなっちゃうけど……良い?」
「俺は大丈夫だ。南雲が話していいと思うなら、俺はその判断を信じる」
「ありがとう、紅郎。それじゃあ先生、まず私がどうしてこんな身体になったのかはまず省きますけど─────」
そうして南雲は先生に俺達の目的と、迷宮の奈落で見た事実を伝えた。
神代魔法、解放者、大迷宮、そして狂った神─────
話を聞いているうちに、徐々に先生の顔が強張っていく。それだけ壮大な話であり、同時に信じがたいことでもある。
特に、この世界の住民にとっては。あの場にはクラスメイトだけでなく騎士と思わしき者もいた。どのような人物であるかは知らないが、神を信仰する人々の内の一人ではあるのだろう。
それに俺達の知る事実を伝えれば、一体どうなるのか。想像に難くない。
「……南雲さんと桜田くんたちは、もしかしてその狂った神をどうにかしようと……?」
「「いやまさか」」
「えぇ!?」
南雲と同じタイミングで同じ感想を口にした。
神をなんとかする。それは言うだけなら簡単だが、やるのは非常に面倒なことだ。
それこそ天之河ならともかくな。
「あっちから来るならともかく、態々面倒事に首を突っ込む気はない」
「同じく。神なんて相手にしていられないよ。私は紅郎と周りの人が無事ならそれでいい」
「それは……」
「それに、こう言うのはあれだけど……それが正しいのかもわからないことなんだよ、畑山先生」
「え……」
もしかしたら、奈落の情報が間違っている可能性もある。
そもそも存在しているのか、書類にしかないのでは不明。
本当に狂っていたのは解放者かもしれない。
それの真偽が、俺達には分からないことだらけだ。当然、先生にも。
「でも神代魔法が存在しているのは確かだから、私達は私達なりに帰還の方法を探す」
「まあ、そういうことだ。俺達は戻らないし、このことを態々伝える気もない。でも先生が教えたいのなら好きにすればいいと思う。そのために先生に教えたんだろ、南雲も」
「まぁね」
「……」
先生は俯き、言葉を出せないでいる。
なんと言えばいいのかわからなくなったのだろう。
何も言わないのなら、これで話は終わりだ。俺から言うべきことはなにもない。
南雲も彼女の方から伝えたいことは伝えたのか、気を緩めて後ろから首元へと腕を伸ばして抱きしめてくる。
やめてください南雲さん。女体が、女体が……
「……南雲さん、桜田くん、あなたたちは……クラスメイトのことを、どう思ってますか……?」
「どう、ね」
俯かせていた顔を上げ、こちらを見据えてくる。
なんと答えればいいだろうか。
関心がない、というのが簡単だろうか。いやでも、何か違う気がする。
無関心、というより─────あぁ、そうだな。これが一番しっくりくる。
「全員、というわけじゃないが……信用出来ない、だな。親しくもない相手は特に」
「信用、できない?」
「あぁ。だって殺されかけたんだから、そうもなるだろう?」
「えっ、あ……はっ、橋のことなら、あれは事故で……!」
「違う」
「えっ?」
殺されかけた。それを否定しようとした先生だったが、その言葉を南雲が止めた。
位置的に横顔しか見えないが、その目は今までの南雲よりもはるかに昏く、鋭かった。
それに気圧された先生は、もう言葉も出せない様子だった。
「あれは私達を狙ったものだった。クラスメイトに故意に狙われたんだ。信用なんて出来るはずがないよ」
「南雲さん……」
「……とにかくそういうわけだ。聞きたいことがそれだけなら、俺達は帰らせてもらう」
先生にそう言って、俺達は部屋を出るべく扉へと向かう。
これで話は終わり、明日は行方不明者の捜索に……
「……白崎さんのことも、信じられませんか?」
「……」
先生から掛けられた言葉に、南雲が足を止めた。
……予想外の相手が出た、という感じだな。まさか先生から白崎の名前が出てくるとは思わなかったのだろう。
南雲は……しばし悩んで。
「……彼女には義理がある。それだけだよ」
ただそう答えて、扉から出ていった。
……なるほど。
答えるのが難しかったのか、珍しく逃げたな。
南雲は、他のクラスメイトのことを同郷の人間、他人としか思っていないのだろう。
それでも、白崎だけは他とは違う、のかもしれない。
「じゃあな、先生。おやすみ」
そう先生に別れを告げ、南雲を追いかけるように扉を抜けた。
「……私は─────」