魔物の大群がウルへと向かっていることを知った紅郎たちは急ぐべくウルの町へと車を走らせていた。
その車内は異様なほどに静寂に満ちており、誰も声を掛けようとはしていなかった。それに気まずさを感じている人間が何人かいるが、中心人物であるハジメやユエは気まずさなど気にしていなかった。
しかし、それでも彼女たちに声を掛けようと愛子の口が開いた。
「南雲さん、疑うわけではないんですが……本当に魔物をどうにか出来るんですか?」
「出来ないなら出来ないって言うよ。それこそ、奈落の守護者クラスが群れで襲ってこない限りはね」
「では、どうやって魔物の群れを……」
「矢面に立つのは私達だし、詳しく知る必要はないよ。アーティファクトを使う、ってぐらいかな」
愛子の言葉に、しかし詳しい説明を避けるハジメ。
紅郎の強さは先程結果を見ただけだが、尋常ではないということは察せられた。しかしハジメたちの強さを愛子たちは誰も見ていない。
だから不安に思ってしまう。本当に大丈夫なのか、と。
「紅郎に感謝してね」
「えっ?」
脈絡もなくハジメは口にする。
「紅郎が助けようとしなかったら、私はウルを見捨ててたよ」
「なっ」
「あ、あんた何言ってるの!?」
「そのままの意味だけど? なんで態々、見知らぬ他人のために戦わないといけないの?」
「でもっ、このまま放っておいたら町の皆が死んじゃうんだよっ!?」
「関係ないし、どうでもいい。私にとってはね」
車内にいる誰もが絶句した。
それはもう堂々と魔物の群れが迫ろうと無関心を貫くハジメに、これが本当に南雲ハジメなのか、と愛子から教えられていた彼女たちであっても疑いの目があった。
しかし、一番ショックを受けていたのは愛子だった。
迷宮がどのような場所だったのか、愛子には想像しか出来ない。恐らく考えられないほどに厳しい場所なのだろうと。
その迷宮で……奈落で培った価値観が、ここまで南雲ハジメという人間を変えてしまったのか。
他者を見捨てることに躊躇いのない、冷酷な性格へと。
「あくまで紅郎がいなかったらの話だよ。紅郎がやりたいって言うのなら、それが私の望みでもある」
「……ん、紅郎がそうしたいのなら、私も手伝いたい」
フォローするようにハジメとユエは言うが、しかしハジメの言葉のショックが大きいのか誰も反応はしなかった。
「……それなら、なんで桜田を戦わせないって言ったの?」
俯いていた一人のクラスメイトがハジメに問いかけた。
それは気になっていたことだった。
紅郎は強い。今まで死へのトラウマが根付いていた自分たちとは違い、積極的に戦ってきたのだろう。戦いに躊躇いがなく、怯えもない。
それに、ハジメも強くなっているのだとしても紅郎の参加を断る理由はないはずだ。
では、なぜ?
「さっきも言ったと思うけど、紅郎は一人の方が強い……というより、一人じゃないと全力を出せないんだ。だから合理を求めるなら紅郎は一人の方が良い。だからなのかな……紅郎はなんでも一人で背負い込んじゃうんだ」
「……」
「けど私は……私達は、そうさせたくない。紅郎を一人にさせたくない。おんぶに抱っこじゃ駄目なんだ。だから今度は、私達だけで戦う」
「……ん、紅郎に見てもらう」
「ま、そういうことだね」
それを紅郎に伝えたい。伝わってほしい。あなたは一人じゃないのだ、と。
その想いが、ハジメとユエにはあった。
恋敵であるハジメとユエは度々意見の食い違いこそあるが、紅郎への想いは一緒だ。
だから迷わない。
私達は彼と一緒にいる。そのためならどのようなことであれ惜しまない。
その想いが車内にいる誰もに伝わった。そした圧倒された。故に言葉が出ない。
そして今度こそ、それ以上の言葉が出てくることはなかった。
「紅郎殿よ」
「どうした」
「紅郎殿はとても強かったが、天職について教えてもらっても良いかの?」
「なんで教えなきゃいけないんだよ。というかなぜ聞く必要がある」
「念の為に確認、といったところじゃ」
「はぁ?」
車の上に乗り込んだ俺にティオ・クラルスがそのようなことを聞いてきた。
今はなんとか動ける程度には魔力が回復したらしく、荷台からこちらへ腕を付けている。
……ただ、その体勢のせいで男子諸君に肉感的な尻を強調するようになってしまっているので視線を集めている。自覚しているのかしてないのかは知らないが、してるとしたらとんだ痴女だった。
「……剣鬼だ。これで満足か?」
「剣鬼……剣の鬼、という意味であっているかの?」
「その認識で良い。俺の知ってる鬼と同じかは知らないが……」
「ふむ……やはり紅郎殿が剣鬼であったか」
「やはり、ってなんだよ。まさか最初から知ってたとでも?」
「うむ、そうじゃ」
ティオ・クラルスは姿勢を整えて妙なことを口走った。
……はしたない格好をしていると途中で気付いたのか、少し顔を赤らめていた。気にしないでやろう。
「妾の里には天職を看破する技能を持つ者がいての。その者が言うには、呼び出された者の中で強い気配を持つ者が一人、そして異質な気配を持つ者が一人いたそうじゃ」
「……それが〝勇者〟と俺の〝剣鬼〟だとでも?」
「察しが良い、その通りじゃ」
異質……ね。勇者……天之河はわかる。勇者というのはそれだけ強い存在であるということなのだから。
しかし、俺の剣鬼が異質とはなんだ? いや、今では剣鬼なのかも文字化けしてわからないが……変わり果てたのが異質、ということなのか?
「その異質、ってのは具体的にはどういうものなんだ」
「わからぬ」
「は?」
「わからぬのじゃ。ただ異なる気配を感じる……その者にはそれだけしかわからなかったそうでの。紅郎殿は何か思い当たることはないかの?」
「なんじゃそりゃ……そんなの、俺が聞きたいぐらいだ」
結局、ティオ・クラルスの言っていることは要領を得なかった。
何がおかしいのか、何が違うのか、何が異なっているのか。全て不明などと、俺が知るはずもないことだ。
一度は俺の文字化けもわかるかも、などと思ったが……期待しすぎたようだ。
「うぅむ、そうか。しかし、紅郎殿があれほど強かったということは勇者も紅郎殿に匹敵する実力者なのじゃろうか?」
「知らん。それは俺に聞くよりこいつらに聞いたほうが早いだろ」
ちらりと後ろを振り返ると腰が引けた様子で座っている男子数人。
話を振られたと気付いたのかそれぞれが意見を出し合った。
「天之河については俺達も知らないんだよ」
「俺達、迷宮から逃げたし……桜田が落ちた時より強くなってるのは確かだけど」
「でも多分、桜田よりも強い、ってことはないんじゃないか? それだったらもっと早く迷宮を攻略してただろうし」
「ふむ……なるほどのぅ?」
男子たちからの話を聞いたティオ・クラルスはうんうんと頷きながら手を顎に添え、決心がついたように一度大きく頷いた。
「のぅ、紅郎殿。ものは相談なのじゃが……」
「諸々のことは南雲、ユエ、シアと話し合え。それで了承が得られたなら俺も許す」
「妾、まだ何も言っとらんのじゃが……しかし、うむ、ではそうさせて貰おうかのぅ」
「そうしろ。それに……もう着くぞ」
そうして話している間に、魔物の群れを通り過ぎて目的地が見えてきた。
ウルの町。今回、俺達が守らなくてはならない町だ。
……南雲から下がっててと言われたので、俺が出るのは余程の事態の時、なのだが。
町についてから、意外にも話はトントン拍子に進んでいった。
本来なら信じられない魔物の大群だが、それは〝神の使徒〟であり〝豊穣の女神〟と言われる畑山先生によって信じられた。ちなみに豊穣の女神というのは天職に由来している。
ティオ・クラルスの正体と、魔物の大群を引き連れた元凶。それについては伏せられることになった。
ティオ・クラルスに関してはそれどころではないというのと本人から黙っていてほしいと頼まれたのが理由だが、元凶に関しては先生個人の理由からだった。
なんでもティオ・クラルスの話した男の内容があまりにも最近行方不明となったクラスメイトの一人……清水幸利と共通しすぎているのだとか。これに関しては俺も知らなかった。
似ているからといって決めつけたくないと、畑山先生は清水のことを伏せた。その先生は「もし清水を見つけても殺さず連れてきてほしい」と南雲に頼んだらしい。
一度は断られたようだが。
そこで俺のことを引き合いに出して交渉し、なんとか生存権を勝ち取ったとかなんとか。
それも、俺がいないときに進んだ話なので詳しいことは知らない。
そしてティオ・クラルスは、
「許可を取ってきたのじゃ。これからよろしく頼むぞ、紅郎殿」
と言っていたので、本当にいつの間にか交渉を終えていたらしい。
……殆ど蚊帳の外だな俺。これでいいのか?
そう思わないでもなかった。
南雲も南雲で先生たちを下ろすとすぐさま四メートルほどの壁を錬成、最低限の外壁を作り出した。
ウルの町にいた住民も多くが避難したが、逆に避難せず残った者もいる。〝豊穣の女神〟である先生は名が売れていて慕われているらしく、志望者が何か手伝えることはないかと残ったらしい。
そうして、来る魔物に備えて各々が準備する中、ついにそれはやってきた。
「……来たな」
最初に気付いたのはもちろん南雲。〝オルニス〟を使っていた南雲はいち早く魔物を察知し、外壁へと登った。
今回働くのは南雲、ユエ、シア、ティオ。
ティオには魔力を蓄積しいつでも取り出せるという魔晶石の指輪を渡していた。原材料は大変お世話になったポーションもとい神水の出元である神結晶から作られている。
当然のことだがユエも持っている。最初これを見たユエは「……紅郎からのプロポーズ」と曲解したが。
魔物の大群には、ティオから聞いていた黒ローブの男の姿も見えた。
……仮にあれが清水だったとして、なんでその力をこんなことに使ってしまったのだろう。
救うのではなく壊すのでは、誰からも感謝されないだろうに。
……話を戻そう。
「聞け! ウルの町の勇敢なる者達よ! 私達の勝利は既に確定している!
なぜなら、私達には女神が付いているからだ! そう、皆も知っている〝豊穣の女神〟愛子様だ!
我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない! 愛子様こそ! 我ら人類の味方にして〝豊穣〟と〝勝利〟をもたらす、天が遣わした現人神である! 私は、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た! 見よ! これが、愛子様により教え導かれた私の力である!」
……戻す前に南雲が畑山先生の〝豊穣の女神〟としてのネームバリューを利用して演説し、空を飛ぶ魔物を何匹もレールガンでミンチにしていたが。
それを見た住民はこれが〝豊穣の女神〟畑山愛子先生のお力、という風に熱狂し、大盛りあがりだった。
具体的には畑山先生を讃える言葉を住民が一斉に言い出す感じに。
畑山先生は顔を真っ赤にさせてぷるぷるしていた。
「これから大変だろうけど、頑張ってくれ」
「ひっ、他人事みたいにぃ〜!」
畑山先生のお言葉に、まあ他人事だしな、と内心呟くのだった。
─────で。
迫っていた大群は、もう既に全滅手前だった。
南雲の持つガトリングレールガンことメツェライによって高速でばら撒かれた電磁加速した弾丸は魔物を紙でも破るように破裂させ。
ロケットランチャーことオルカンを担いだシアが魔物を爆撃。着弾した箇所にいた魔物は勿論死滅する。
ティオは竜の時に放ったブレスを放射。人間形態でも撃てるらしく、当たった魔物は消滅していた。一度放ってからは消費の少ない魔法に切り替えていたが、十分すぎる戦果だろう。
そして、ユエは……
「〝
最近取得した重力魔法を連続で撃ち放っていた。
放たれた禍天によって闇色の球体を通って正四角形へと変化、広げられたそれが落下することで範囲内の魔物がクレーターと共に消滅する。
次に放たれた魔法は剣……というより闇色の刃を模したものだった。
それが十数本。一気に加速し放たれた刃は魔物へと殺到、貫通した。
範囲こそ狭いが、ユエの指揮によって自在に動く刃は貫通した魔物の内臓を重力で滅茶苦茶にして即死させ、役割を終えると最後の魔物に突き刺さってそのまま重力の球体を形成、周辺の魔物を消滅させた。
後で聞いた話だが、本来今のユエでは連発できないはずの重力魔法も剣を模せば操作が容易になるらしく、今回採用したらしい。
そうして最初の段階で大きく数を減らし、一万から八千ほどにまで減少した魔物を洗脳された個体のみを撃破する方針に変更、行動を開始した。
流石に清水らしい男も、あの数の魔物を全て支配することは出来なかったらしく、指揮個体のみを洗脳することで大量の魔物を従えていたらしい。
いくつか面倒な魔物が混ざっていたが、多少シアが苦戦した程度。
最後は指揮個体の殆どを殲滅した南雲による魔力を含めた〝威圧〟によって残った魔物は逃走、それに乗じて逃げようとした黒ローブ……いや、清水を南雲は確保した。
こうして大群との戦いは終わり、見事南雲たちは完勝してみせた。
わかっていたことだが、やはり流石だった。俺が手を出すべきところが一つもなかった。魔物が可哀想……でもないが、蹂躙されるだけだったしな。
……こちらを観察する気配もあったが、手を出してくる様子はない。今のところは、だが。
念の為畑山先生の近くにいたが、狙っているのは〝豊穣の女神〟関連で間違いないのだろう。
少なくとも、そういう殺意が感じられた。
「……どう転ぶかな」
こちらを観察する者。
生徒を守りたい畑山先生。
魔物を進撃させた清水。
そして俺達。
誰の望んだ結末になるだろうか。
ティオはヒロインである。◯か☓か
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◯
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☓