十一話、です。
状況はわからなかったが、どうやら急いでいるらしいことはわかった。
遠藤は「今はこんなことしてる場合じゃ……!」と言ってたが、そんなことを言われても何を焦っているのか分からないのではどうしようもない。
そこにホルアドの支部長、ロアがやってきて応接室で遠藤から話を聞くことになった。
「突如現れた魔人族が天之河たちを壊滅させた、ね。で、その魔人族は見たこともない魔物を従えていたと」
「そ、そうだ。信じられないかもしれないけど、本当なんだ」
別に遠藤の言ってることを信じていないわけではなかった。
ただ、気になることが出来ただけで。
話を聞いていたハジメ、そしてユエと目線を合わせアイコンタクトを取る。
俺の予想が正しければ、それは……その見たこともない魔物というのは恐らく……
「つぅか! 何なんだよ! その子! 何で、菓子食わしてんの!? 状況理解してんの!? みんな、死ぬかもしれないんだぞ!」
「ひぅ!?」
「おい遠藤、今考えてる最中だししかもミュウに当たるな斬るぞ」
「ひぃ!?」
〝威圧〟で脅したこともあって腰を落とす遠藤。とりあえず怯えてしまったミュウはユエに預けて宥め、今度はロア話しだした。
「イルワからの手紙でお前の事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」
「諸事情あってな」
「諸事情、ね。手紙には、お前の〝金〟ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんだがな……たった数人で六万近い魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅……にわかには信じられんことばかりだが、イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん……もう、お前が実は魔王だと言われても俺は不思議に思わんぞ」
「……魔王は魔人族の王、という意味じゃないのか?」
「そのくらい規格外だということだ」
ロアはそう締めくくると「そしてそれが本当なら俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」と続けた。
言うまでもなく察せられる。危機的状況にある勇者の救出だろう。
人族にとって勇者とは神の使徒の筆頭格であり、同時に魔人族との戦いにおける希望なのだろう。
だから死なせるわけにはいかない。死んでもらっては困る。
……無能と罵られたハジメや、勇者に匹敵するネームバリューを持たない俺とは違って。
頭を掻き、さてどうしたものかと口にする。
最も俺自身の行動は既に決まっているが。
「ど、どうしたものかって……桜田、お前仲間が死にかけてるんだぞ!? お前がそんなに強くなってるなら、今すぐ助けに行く以外にあるのかよ!?」
「……遠藤、お前の発言に物申したい気持ちはあるが、今はいい。助けに行かないって言ってるわけじゃないんだよ」
「じゃあ何を……」
「俺は行くつもりだ。皆はどうする」
助けられるのに見捨てるのは少々後味が悪い。勇者のことだからピンチも切り抜けそうなものだが、万が一ということもある。
俺自身、死んでほしくない人はいる。そしてそれはハジメにも同じことが言えるはずだ。
少なくとも率先して見捨てるような感情は持ち合わせていない。
だから最悪、俺一人でも行くつもりだった。
そんな俺の言葉に心外だと言わんばかりに彼女たちは返した。
「……それが、紅郎のしたいことなら」
「何処でも付いていくからね、紅郎」
「私も、紅郎さんが助けたいと思うならそうしたいです!」
「もちろん妾もついていくぞ、紅郎殿」
「えっと、えっと、ミュウもなの!」
「ありがとう。それじゃあパーティの意見も決まった。勇者救出、行かせてもらう」
「感謝する!」
「え、なにこのハーレム……」
なんだこのもやもや感は……と嫉妬とも羨望とも取れぬ感情になんとも言えない遠藤を無理矢理引きずりながら道案内をさせることにした。
「ちょっ待てわかった案内するから引きずるのはやめてくれ!」と抵抗した遠藤だった。
ちなみにミュウは流石に連れて行けないので、ティオを護衛兼子守として一緒に置いてきた。ミュウはまた置いていかれると激しい抵抗を見せたが、なんとか宥めてオルクス大迷宮へと出発した。
とはいえ、遠藤の案内がなかったとしても〝直感〟で位置を把握することは出来るのだが……しかしその場合、危機的状況である勇者一行に説明する時間が惜しい。
なので遠藤が案内しなかったとしても連れて行くつもりだった。
「……ところで、桜田」
「なんだ」
「その……さっきはドタバタしてたから聞けなかったけど……南雲はさ、いないのか?」
「……その話は後にしろ。天之河たちを助けたいならな」
「お、おう……」
質問を投げかけた遠藤を後回しにし、先を急ぐ。今ハジメのことを教えるつもりは、俺にはなかった。
……とはいえ、ハジメのことはいつかは話さないといけないよな……最悪先生が戻ってくるまでスルーするのも手だが……
と、遠藤がある地点を通り過ぎたところで足を止めてしゃがみ込み、地面に手を付けた。
「桜田? 何やってるんだよ、急がないと皆が!」
「ここから真下に直通させたほうが早いな」
「は? お前何言って……」
「それなら私に任せて。丁度、試したいのがあるから」
「頼む」
ハジメはそう言ってとあるものを〝宝物庫〟から取り出した。
それは、一言で表すなら巨大な大筒だった。中には漆黒の杭が内臓されており、今にも撃ち放てそうだった。
取り回しこそ悪いが、その本領はゼロ距離攻撃において発揮する。
まぁぶっちゃけると、パイルバンカーである。ハジメの作り出したロマン兵器の一つであり、これに関しては以前教えてもらっていた。
「なっ、なんだそれ!? ア、アーティファクトかっ!?」
「喋るのも良いが、そろそろ備えろ」
「そ、備えろって」
「まぁ、舌を噛まないようにな」
ハジメがパイルバンカーを地面に突き立てる。
そして紅い雷がパイルバンカーを駆け巡り─────
そのまま、迷宮の地面を崩壊させた。
─────彼がいたなら、どうなっていたのだろう。
今際の際、八重樫雫は走馬灯を見るかのように夢想する。
突如襲来した強大な魔物と、それを率いる魔人族の女。
その圧倒的な力によって天之河光輝率いる勇者パーティは半壊、全滅の危機に陥っていた。
一時は魔人族から逃れることに成功し、隠れて身を潜め救助を待った。
しかしそれよりも先に魔人族に見つかり、追い詰められた光輝の覚醒による奮闘もあれど結局状況を覆すことは出来なかった。
そして、命を賭して自分たちを逃がそうとしたメルドも……
もう自分の身体は動かない。香織の魔力も尽きている。光輝も敗れ、誰の手にも逆転の切り札は存在しない。
そんな、絶望的な状況だからこそ考えてしまう。
桜田紅郎。メルドに光輝に並ぶかもしれないとまで言われた逸材。ベヒモスを食い止めクラスメイトを逃した命の恩人。そして雫にとっての─────
きっとここにいたのなら、光輝と並ぶ双璧となり攻略のスピードを早めていただろう。魔人族にも、もしかしたら勝てていたかもしれない。
─────そんなありえないことを考えてしまうのは、自分が弱いからだと雫は自覚している。
彼はここにはいない。都合良く自分たちを助けてくれる誰かが、いるはずがない。負けてしまえば、あとは死ぬだけ。
雫の傍には香織がいた。本来ならば仲間を癒し守らなくてはならない彼女がここにいるのは、もうどうしようもないと悟っているからだ。
だからせめて、最期は一緒に。
そう願ったから香織は雫の傍にいた。それに雫は、諦めたように親友へと向けて微笑みを浮かべた。
そんな彼女たちを襲おうとする大きな黒い影。
馬頭を持つ巨漢の魔物。魔人族がアハトドと呼んだその魔物は、抵抗の意思を見せない二人に向けて極太の腕を振るって死の鉄槌を放とうとしていた。
喰らえば、助からないだろう。雫はそれでもと瞳を閉じることなく、死の間際でスローモーションとなった光景を見続ける。
─────最後に思い浮かべたのは、今はいない彼のことだった。
「……桜田くん」
その、迫り来る死は。
ドォゴオオン!!
天井から鳴る轟音と共に、呆気なく崩れ去った。
死を与えようとしていたアハトドは、今や太い杭で貫かれて豆腐のように拉げ完全に絶命している。
その死体の上に立つのは、数人の見たことのない……いいや、一人だけ見たことのある人物がそこにいた。
「ボロボロだな、八重樫。頑張りすぎるのはお前の悪い癖だと思うぞ」
「……え」
その声は。
今、聞こえるはずのない声で。
でも確かに、目の前にいる。
黒い髪の少年。服装も、携える武器も違えどその顔と声を間違えるはずがない。
彼は─────
「桜田、くん……?」
「あぁ。久しぶり。元気、かどうかは今聞くことじゃないな。まずは……」
彼は、硬直する魔物や魔人族たちを見て、目を細める。
そこに宿る意思は、明確な殺意。
「こいつらを片付ける」
奈落に消えたはずの桜田紅郎が、そこに立っていた。