オルクス大迷宮攻略の日。
戦いは、思っていたよりも何事もなく進んでいた。
「ふっ」
突っ込んで来た魔物を一刀両断し、続いて来た魔物も首を切断し斬り殺す。
こちらに来たのは2体ほど。他は、クラスメイトの方に向かって各々の方法で倒されている。
魔法、剣、槍、短剣───数えだしたらきりがないが、しかしみんな危なげなく倒している。
昨日の八重樫との訓練のおかげか、こちらも余裕を持って戦うことができている。
ちらりと、後方にいるはずの南雲を見る。
思っていた通り、あまり戦いには参戦していない。しかし護衛役とも言える騎士たちが弱った魔物を南雲の方に弾き、南雲は錬成を使って確実にトドメを刺している。
「(やるな)」
南雲の戦い方を見て思ったのがそれだ。
確かに南雲は地球の兵器を作り出せる可能性を持つが、それだけの技量が育つまで時間がいると思っていた。いや正直に言うと、直接戦いの役に立たないだろうと思っていたのだ。
しかし南雲は予想を覆して、実際に戦えている。
「(俺も、頑張らないとな)」
「桜田! そっち行ったぞ!」
「わかった!」
クラスメイトからの言葉に、こちらに迫ってくる魔物が一体。飛びかかろうとしているところへ、斬撃を放った。
「〝飛刃〟」
斬撃を飛ばす。ただそれだけの派生技能だが重宝している。現に飛びかかろうとしていた魔物を切断し、死骸に変えている。
他のクラスメイトの戦いが終わったところで、剣を収める。すると視界に八重樫が目に入り、こちらに気付いた八重樫が小さく控えめにヒラヒラと手を振った。
こちらも手を振り返し、目線を外す。今は順調なので、何も言うことはないが……
「……なんでだろうな」
ずっと、嫌な予感がしてならない。
ここではなく、もっと下で。
死の気配とでも言うべき何かが、俺の肌を撫でている。
今は、まだいい。そう、今は。
「備えろ」
下に行けば、その正体はわかることだろう。
「団長! トラップです!」
騎士の一人が、警告を飛ばす。
しかしその警告は遅すぎた。
愚かなクラスメイトが触れた鉱石から魔法陣が広がり、部屋全体を覆う。
そして、メルド団長が警告して間もなく、浮遊感と共に空気が変化する。
クラスメイトと騎士団員全員を巻き込んだ転移は、巨大な石造りの橋の上へと全員を転移させた。
そして、橋の両端から赤黒い魔法陣が展開され、それぞれ魔物が召喚される。
一方は骨の身体に剣を携えた骸骨の魔物。大きさこそ人間並みだが、数が多い。魔法陣から溢れに溢れ、数百体以上はいる。
もう一方は─────あぁヤバい。見た目もそうだが、圧がとてつもない。
巨大な四足の魔物。頭には大きな角があり、見た目として例えるなら〝兜を被った牛と狼が混ざった獣〟だろうか。
いや、ともかく考えている時間はない。
前よりも、後ろを。一番の脅威を、足止めしなくてはならない。そうでなくては全員死ぬ。
「なら、やるしかないよな」
剣を抜き、構えることなく走り出す。
あの骸骨はクラスメイトでも対処は可能。なんなら騎士たちでも良い。とにかく、あの骸骨は誰でも倒せる。
しかし、後ろの魔物は別だ。あれは誰にでも対処できるものじゃない。上手く噛み合わなければ即死する。
ならば。
「っ、おい待て紅郎!」
メルド団長の静止の声が聞こえたが、敢えて無視して一方的に告げる。
「アイツは俺が! メルド団長は骸骨を!」
「馬鹿者! 無茶を言うな! あれは───!」
「グルァァァァァアアア!」
メルド団長の声が聞こえる前に、魔物の咆哮が空間に響き渡る。音が聞こえないが、構わない。
ただ真っ直ぐ突き進み、懐に入り込む。
───入り込もうとした瞬間に、魔物の鋭い爪が襲いかかる。
速い────しかし避けられる。
爪が当たる前に〝縮地〟で前を詰め、魔物の下をくぐり抜けて後ろに回り込み、技能の〝先読〟と〝思考加速〟も使って対処方法を考える。
「(目と鼻。やれるとしたら目だけか)」
鼻は皮膚だ。故に硬いだろう。
対して目は柔らかいものだ。目ならば、切り裂くことで視覚を奪うことができるかもしれない。考え思いついたら、実行に移す。
「グルァァァ!」
「っ」
魔物の後ろ蹴り。当たる前に魔物の上に飛ぶ。
ブォンという風を切る音があとから聞こえる。当たっていたら即死、ないし重傷だった。
〝先読〟と〝思考加速〟。そして〝直感〟。それらが危機を知らせてくれるから、ぎりぎり避けられる。
避けていても、いずれ当たる。なら、当たる前に目を奪う。
越えるように魔物の上を飛んだからか、魔物がちょうど良く上を向いた。
───やるなら、今だ。
「はぁ!」
目に向かって、一閃する。
「グルァァァァ!?」
命中、しかし左目のみ。右は健在。今度は左に回り込みつつ、右目を狙うべきだろう。
痛みに悶える魔物から大きく離れ、その隙に後方を確認する。
未だにクラスメイトと騎士たちは骸骨の相手をしている。もうしばらく、時間を稼ぐ必要があるだろう。
「メルド団長! 俺も行かせてください!」
「駄目だ! 今のお前では、ベヒモスには勝てん! 紅郎、あとどれほど時間を稼げる!?」
「────長くは持ちません。できれば、手早く」
「わかった! 聞いたなお前たち! 紅郎が時間を稼いでいる間にトラウムソルジャーを突破するぞ!」
「「「はっ!」」」
───苦渋の決断だったのだろう。顔を歪めながらも、天之河を押し留め、騎士たちと共に後ろの骸骨───トラウムソルジャーを突破しようとしている。
俺は、それまでの時間稼ぎ。絶対にここは通さない。注意を、引き続けろ。
「ふっ」
離していた距離を詰め、前に出る。それだけでこの魔物は、ベヒモスは俺に釘付けになる。
赤黒い光を放つ瞳が、俺だけに向けられる。その威圧感は、今までに感じたことのないほどに重いものだ。
「付き合えよ怪物。お前も俺を殺したいんだろう?」
剣を構えることなく脱力させ、ただベヒモスを見つめる。
いつでも対応できるように。どのような動作であれ見逃さないように。
「グルァァァァァァ!!」
ベヒモスの突進。突っ込んで来る。
それを左前方に〝縮地〟で避け、決して後方に被害がいかないように位置を調整する。
ベヒモスは遅れながらも反応し、身を翻し───ベヒモスの角が、赤熱化する。
「固有魔法か!」
それに気付いたときにはベヒモスは高く跳躍し、頭部を下に向けて落下していた。
まるで隕石のようだった。決して抗えない死の予兆。
まともに喰らえば確実に死ぬだろう。そう喰らえば、だ。
「避けやすくて助かる」
〝縮地〟を併用して跳躍し、落下途中のベヒモスの身体に跳び乗り、さらに空へ向けて跳ぶ。
その結果、ベヒモスの角は橋を大きく破損させ凄まじい衝撃波を放った。しかし俺は空中にいたおかげで多少衝撃波が来たがダメージは最小限で済み、さらにはベヒモスは角を橋から抜くのに手間取っている。
「右目、貰うぞ」
その隙に頭に跳び乗り、剣を右目に突き立てた。
「グルァァァァ!!?」
「よっ、と」
ベヒモスは痛みで激しく暴れ、手早く剣を抜いた俺を頭の上から振り払う。ついでに角も橋から抜けてしまったようだ。
痛みを伴う唸り声を漏らし、ベヒモスは迷いなくこちらに顔を向けている。やはり目がなくても鼻で感知できるようだ。といっても大雑把にしかわからないだろう。目があるよりはマシだ。
どれくらい必要かわからないが、とにかく時間を稼ぐ─────そう思っていた所で。
「───〝錬成〟!」
聞き慣れた声と共に、ベヒモスの四肢が沈んだ。
「グルァァァァァァ!?」
ベヒモスは藻掻き沈んだ四肢を引き上げようとするが、橋に亀裂が入る度に〝錬成〟で修復され、抜け出すことができていない。
いや、というかこんなこと出来るのは─────
「南雲!? なんでここに───」
「後ろの魔物は、みんなが片付けてくれた! あとはこいつだけ! 桜田くんはすぐに撤退を!」
「馬鹿っ、お前を置いていけるかっ! というか逃げ切れないだろうお前じゃ!」
自分でも珍しく荒々しく言葉が出てきたが、実際そうなのだ。
南雲のステータスでは逃げても拘束が砕かれた瞬間、轢殺される。どんなに拘束を強くしても、結局は石である以上耐久度に限界がある。
逃げ切れるとは思えなかった。
「そこは大丈夫! 皆が安全地帯を確保したら、魔法の一斉掃射をしてもらう!」
「……それで止められるのか、こいつを」
「大丈夫だよ! 多分……」
最初こそ断言したが、自信を無くしたのかポツリと付け加えていた。
博打もいいところだが……まぁ、俺がやった無茶よりはマシか。
「わかった。なら南雲、お前の魔力が尽きた時、俺がお前を引っ張っていく。その方が確実だ」
「……ごめん。でもありがとう」
「それで、回復薬は」
「あと一本。これを飲んで終わったら、あとはよろしく」
ベヒモスが亀裂を入れる度に、錬成で修復される。俺には出来ない芸当だ。
ただ殺すよりも難しい。実力がないのなら、尚更だ。
作る側の人間こそ、尊ばれるべきだと俺は思う。
「これで、ラスト! 桜田くん!」
「任せろ」
南雲の服を掴み、全速力で走り出す。
そして数秒後にはベヒモスが拘束から解放され、怒りの咆哮を響かせる。
その咆哮が合図となり、魔法の一斉掃射が始まった。様々な魔法がベヒモスへと向かって放たれ、その足を止めようとする。
魔法の間を抜けるように足を動かし、決して当たらないようにする。当たれば動きが止まり、ベヒモスが追ってくるかもしれない。
だから魔法を回避しながら、ただ前に進む。
ここまでくれば、もう安心してもいい─────はずなのに。
「なんでだ……?」
走りながら呟く。
なぜ、未だに嫌な予感が消えない。
それも前方から───嫌な感じが、する。当たってほしくないその予感は、当たってしまった。
「っ!?」
数多くの魔法が飛び交う中で、一つの火球が軌道を変えた。それも、こちらに向かって。
避けるか───いや駄目だ、避けれない。それに避けることができたとしてもタイムロスになる。あまりに短い時間で、考えなくてはいけないことが多すぎた。
気付けば、無意識に行動していた。
「───え」
ブォンと、咄嗟に止まろうとする力を利用して、南雲を投げ飛ばす。
このままでは二人とも死ぬ。そうなるくらいならば、一人だけでも生かそうとしたほうがいい。
直後、火球が直撃する。
「さ、桜田くん!」
全身を熱の痛みが覆う。
とてつもなく痛い。一瞬だが意識が飛んだ。頭がグラグラする。身体をまっすぐに保てない。三半規管がやられたか。踏みとどまれはしたが、動けない。
南雲の、クラスメイトたちの悲鳴が聞こえた気がした。
「グルァァァァァァ!!!」
ベヒモスの咆哮。
恐らく、攻撃が来る。
俺はそれを、避けることが出来ない。直感も、俺の死を強烈に告げている。
─────終わったと、そう思っていた。
「こなくそぉ!」
声と共に、横から衝撃が来る。
ぐるぐると回わった末に止まり、それをした正体を確かめた。
「っ、南雲……?」
「走るよ桜田くん!」
俺の腕を自分の首に回した南雲は、急いでクラスメイトのいる場所まで進もうとする。
しかし、駄目だ。もう手遅れだ。
足元が、揺れる。
「うわぁ!」
ベヒモスの齎した攻撃が、橋に大きな亀裂を走らせる。ベヒモスの攻撃が、橋を完全に崩壊させてしまったのだ。
一気に崩れ始めた橋は、近くにいるもの全てを巻き込んで奈落へと引きずり込んでいく。
ベヒモスも、俺も、南雲も───全員。
「……くそ」
結局、二人とも巻き添えか───そんな悔しさが、自身の中から溢れる。
しかし、不思議と恐怖はない。
それはなぜなのか───考える前に、俺の意識は闇に落ちた。