あの時。そう、意図的に曲げられたであろう火球を喰らいそうになったとき。俺は南雲を犠牲にして助かることも、できなくはなかった。南雲から手を離し、避けるだけで俺自身は助かっただろう。
しかし俺は見捨てられなかった。非情になれなかった。だから俺はこんなところにいるのだし、今も南雲を助けようとしている。
だが、この階層の魔物と戦ってみて理解した。俺は南雲を庇いながら迷宮を攻略していくことはできない、と。
「もしこの階層の魔物と戦闘になったら、南雲を庇いきれない。必ずどっちかは死ぬ」
「それって……僕が弱いから、だよね」
「言いたくはないが、その通りだ」
南雲の言葉にも迷うことなく頷いた。ここで嘘をついても、先で困るだけだ。もし二人でこの迷宮を攻略し脱出を目指すなら、せめて南雲という足手まといがいても問題にならない程度の力が必要になる。
あるいは、その逆。南雲が俺についていけるだけの力を身につけるか、だ。
現状二つ案は出てきたが、どちらも現実的ではない。第一、そんな簡単に強くなれたら世界は強者で溢れている。
「二人で攻略するならもっと力がいる。一人で攻略するなら、必ずここに戻ってくる必要がある」
「………どっちも現実的じゃないよね。前者は僕が弱すぎて駄目だし、後者だと戻ってくるまでの間、僕が生きてるかも怪しい」
「だがこのままだとどっちも死ぬ。八方塞がりだ」
天井を見上げ、ため息をつく。
もっと力があったのなら。そう思わずにはいられない。しかし力だけで解決できることには、何事も限度というものがある。
今置かれている状況がそれだ。
「とりあえず、食べ物を準備する必要はなくなった」
「え、なんで?」
「この水、魔力だけじゃなくてどんな不調でも治してくれるらしい。左腕の骨折も、この水を飲んだら治った」
「あ、もしかして無事って言ってたのはそういうこと?」
そんなにすごいんなら、水じゃなくてポーションと命名しよう、と南雲は口にした。まぁ確かに、水水としか呼んでなかったし、命名するのも良いか。
……いやそういう話をしてるわけではなくてだな。
「……どうしたものかなぁ」
「うーん……」
二人で悩むが、いきなり打開策など思いつくはずもない。死ぬことはないからいいが、死なないだけでしかない。脱出することのできない状況となれば、俺にできることなど一つだけだ。
「鍛錬しよう」
「唐突過ぎない?」
鍛錬は強さに通ずる。すなわち鍛えれば強くなれる。というわけなので、早速剣を抜き放ち仮想敵との戦闘を開始する。
「鍛錬、かぁ」
視界に捉えているので、鍛錬中であっても南雲の声と姿は見えるし聞こえる。じっと自分の手を見つめて、自分に何が出来るのかを考えている目だった。
そんな南雲に関わらず、俺は仮想敵の兎と戦っている。飛び膝蹴り?それはもう見たから効かな───なに?サマーソルト?しかも続いて挑発?よし殺す。
「……そうだよね。僕に出来る事なんて錬成くらい……なら、錬成で何を作れるのかを考えるべきだ」
兎は仕留めたので、次は狼。沢山来たな。よしかかってこ───おい待て、電撃連打で近寄らせないようにするんじゃない殺すぞ死ね。
「この壁も、緑光石だって上手く使えば…………いや、そういえば魔物の肉って……出来る、かな?絶対痛いだろうけど……それくらいしなきゃ、脱出なんて夢のまた夢だ。それに、どっちにしろ錬成はいる。なら、もっと錬成を磨かなきゃ」
最後に熊。お前には左腕をやられた借りがあるからな、一度と言わず何度でも相手になってやる。さぁ来い───おいこらベヒモスも乱入するな。というかなんでお前らそんな連携できるんだよ生涯の相棒か?どっちにしろ殺すから死ね。
「桜田くん。時間を、くれないかな」
南雲がこちらに話しかけてきたので、イメージでの戦闘訓練をやめて南雲に向き直る。
「時間?」
「錬成を鍛えたいんだ。二人一緒にここから脱出するには、僕が強くなるのが手っ取り早い」
南雲は、自分が強くなることで状況を打破することを選んだのだろう。しかし、南雲の錬成はどうしても戦闘力に欠けてしまう。そこをどうするつもりだろうか。
「それは確かにそうだが……どうする気だ?南雲の錬成じゃ、制圧力はともかく決定打に欠けるぞ」
「それについては、考えがあるんだ。そのためには桜田くんの協力が必要なんだけど………」
南雲は言い淀む。頼り切るだけの状況が、罪悪感を与えているのかもしれない。
確かに、自分が助かるだけなら南雲を置いて脱出を目指すのが最も合理的だ。
しかし合理的、というだけでしかない。俺はそんな合理主義の人間でもない。
時間がいるというのなら、好きなだけ使え。待っててやるよ。お前の力が万全になるまで。
「南雲と俺、両方が助かるためだ。多少の苦労は飲み込む。で、何か必要だ」
「あ、ありがとう!それで、必要なのは───」
「こんなものか」
ゴロゴロと探索した成果を落とす。
魔物から取れる魔石は使い道がないので拾わず、そこらに落ちてる鉱石っぽい石を拾い集め、階層に蔓延る魔物を殲滅し、上に続く階段はないか探してきた。
鉱石はたくさん見つけられたが、上に続く階層は見つけることはできなかった。代わりに下へ続く階段は見つけることができたが……出来れば上に続く階段があってほしかった。
「うわぁ、沢山あるね」
「見分けがつかないから、石も多分に混じってるぞ」
「それでもいいよ。持ってきてくれただけありがたいから」
あれから、恐らく数日は経過している。
その間に南雲は錬成を鍛え、空腹感を紛らわしながら急速にレベルを上げていった。
あのポーションでは空腹感までは消すことが出来ないらしく、錬成をして空腹を紛らわしている部分もあるのだろう。
しかし、その甲斐あって、南雲はとある兵器を完成させた。
「それで、どうなんだ。その〝ドンナー〟の方は」
「……反動が強すぎて僕じゃ扱えない。かといって威力を落とそうものならこの階層の魔物には通用しないだろうし……正直、どん詰まりだ」
「つまり、これ以上の改良は無理、と」
南雲謹製、大型リボルバー〝ドンナー〟
なんでも俺の持ってきた燃焼石という鉱石と、タウル鉱石と呼ばれるものを使って作ったそうなのだが、これが中々侮れない。大型リボルバーと言うだけあって相当な威力だ。一度死体撃ちで威力調査してみたのだが、一撃で風穴が空いた。
もっとも動かない死体だからこそ当てれた部分もあるので安心はできないが、確かな一歩となったのは間違いない。が、威力が強いだけあって反動も強い。そのため、南雲では扱えない兵器となってしまった。
せっかく南雲が錬成を鍛えに鍛え、ついには派生技能まで手に入れたというのに、これでは意味がない。
「それで、どうする。俺はともかく、南雲はもう限界だろう」
ひどいことを言うようだが、南雲がリボルバーを完成させたからと言って事態が好転したわけではない。
俺は銃なんて使えないし、銃よりも剣を使ったほうが強い。そもそも南雲が強くならなければ意味がない。
それに空腹感も問題だ。それは精神を追い詰める要因になる。俺はまだ耐えられるが、南雲はそろそろ限界だ。
「それなんだけど……うん、なんとかするよ」
「……大丈夫なのか?」
「わからない、けど……これくらいやらなきゃ、無理だよね」
ドンナーを横に置き、南雲はポーションと魔物の肉を目前に置いた。
魔物の肉は狼のものを解体し、一口大に切り分けたものだ。一応、一つだけ拾った魔石を使って焼いてある。
今まで食べられるものといえば魔物の肉しか思い浮かばず、しかし〝直感〟が危険だと伝えていたため、食べようとはしなかった。
用意したのは俺だが、それをどうするのか南雲から聞いてはいない。それをどのように使うのかも。
しかし南雲なら上手くやるだろう───そんな、一種の信頼感があった。
だから、南雲の行動を止めなかった。
「……っ!」
南雲は魔物の肉を口元に運び……それを、勢いよく飲み込んだ。
そしてすぐさまポーションを飲み、無理矢理に流し込み喉を通っていく。
顔を顰めっ面にしながら、次々と肉を入れていきポーションを流し込む。
俺はそれを、ただじっと見つめる。
ただ食事をしている、というわけではないはずだ。もしそうなら、なぜ今まで魔物を食べなかったのか、という話になってしまう。
南雲がある程度肉を食べ進めたところで、変化は起きた。
「……あ、ぎ、ァァア!」
「っ、おい南雲!」
南雲が突如倒れ伏せ、のたうち回る。脂汗をかき、身体を蠢かせる。
何が起こっているのかわからないが、緊急事態だった。すぐさまポーションを入れてある石の容器を暴れる南雲の口に注いでいく。
飲ませた瞬間、身体の動きを止めた南雲だったが、再び痛みから激しくのたうち回り始めた。
「こいつじゃ駄目なのか……!?おい、気をしっかり保て!」
「あが!ぐ、ぎ、ぁぁぁ!」
とにかく自分にできることを。それだけを考え、ポーションを次から次へと無理矢理口に注いでいき、飲ませていく。
暴れだしそうな南雲を無理矢理に抑え込むが、今までの南雲とは比べ物にならないほどの力に、全力を尽くす必要があった。
それが何分、何時間も続いたように思えてきたところで、南雲は動きを止めた。
「……大丈夫か」
「……全然、大丈夫じゃ、ない……」
南雲から離れ、近くの壁にもたれかかり座ったところで、南雲の安否を確かめるべく声を出した。南雲は仰向けになり息を途切れ途切れにしながらも返答し、腕で目を隠していた。
そうしてようやく、南雲の変化に気付くことができた。
まず目につくのは髪。髪の色は黒から白へと変化し、あの短い間に相当なストレスを味わったことを理解する。あと、多少髪の毛が伸びているようだった。
次に腕。露わになっている腕や手に、赤黒い線が数本走っている。
そして身体。身長は元の10cm以上は伸び、身体は全体的に筋肉がついている。無駄な肉はなく、引き締まっている、という感想が出てきた。
「……わかってたのか、こうなるって」
「ううん、賭け。食べたら死ぬのはわかってたけど……ここにはポーションがあったから、ワンチャンいけるかなぁ、と」
「最悪死んでたって認識でいいのか?」
「まぁ、うん……その、ごめ痛ぁ!?」
思いっきり叩いていた。後悔はしていない。というか南雲が悪い。少し前までの俺の信頼を返してほしい。
「次からちゃんと言え。心配するだろ」
「……ごめん」
「いい、許す」
南雲は無事みたいだから、許そう。しかし次に無断でやらうとしたら……どうしようか。次が起こったら考えよう。
次の心配をしているところで、南雲は懐からステータスプレートを………?
なんだろう、少し胸のあたりが膨らんでいるような……いや、気の所為……か?
「どうしたの?」
「いや…………………なんでもない」
「すごく間が空いてなかった?」
まぁ気のせいだろう、と自分を納得させる。南雲がステータスプレートに目線を向けたので、それに合わせて俺も南雲のプレートを覗き込んだ。
そして、ステータスが様変わりしていることに気がついた。
「うわなにこれ」
「ステータスの増強に加えて……これは、技能が増えてるな」
ステータスは平均100以上増加し、さらには技能も増えている。具体的には〝魔力操作〟〝纏雷〟〝胃酸強化〟という見たことのないものが増えていた。
上下二つの技能はともかく、真ん中の纏雷には心当たりがあった。この雷の技能は、俺が戦い倒した狼の魔物の固有魔法と似ている。
そして、今回南雲が食べたのは狼の魔物肉だ。それはつまり……
「食べた魔物の技能を獲得した、のか?」
「うん、多分そうだと思う」
もし、もしもだが。
このまま魔物肉を食べ続けて、ステータスが上昇し、技能を獲得し続けることが出来るのなら……この迷宮から脱出することが、きっと出来る。
「───いけるな」
「いけるね」
お互いに相手を見やり、コクリと頷きあった。
「じゃあまずは───どうする?」
「えっと……まずドンナーを使えなくちゃ意味がないし……ドンナーの習熟から、かな」
「わかった。それまで、俺の方も準備しておく」
この日から、俺達二人の反撃が始まった。
性転換の匂わせきました。