切断、斬撃に特化した技能。対象を1つ選び、切り裂くことができる。
ただし刃が入ることが前提であり、通らなければ効果は発揮されない。
「どうする」
「ドンナーも桜田くんの剣も駄目となると……逃げたほうがいいかな」
この部屋に現れた巨大蠍は、予想以上の難敵だった。刃も通らなければ、弾丸も通らない。打撃なら多少は効果はありそうで、焼夷手榴弾も効いてはいるが、しかし決定打にはならない。
南雲の逃走案も、考えなくてはならないだろう。
しかし、ここで逃げてしまえば、後の戦いでも逃げるようになるかもしれない。それでは何処かで詰むことになる。
戦い、勝利し、生き残る。それが最善だ。
「逃してくれなさそうだぞ」
「まぁそうだよね。でもこいつ、どうして出てきたんだと思う?」
「それはまぁ……目当てはコイツだろう」
「だよねー」
腕に抱きかかえたままの彼女を指差した。キョトンとした顔で俺と南雲の顔を交互に見つめている。
あの巨大蠍の目標は、腕の中にいる彼女だろう。それはつまり、逃げるだけなら彼女を置いていくだけでいい。
そうすれば、巨大蠍から逃げ出せるだろう。
…………代わりに、この少女は死ぬことになる。
「地道に装甲を削っていくしかないな。もしくは急所を狙うか」
「直撃したら一発退場だよ」
「全部避ければ問題ない」
「赤い彗星かな?」
「ギシャァァァァ!!」
南雲と軽口を叩き合っていると、巨大蠍はタールを引き剥がし怒りの鳴き声を発して、尻尾の針から毒色の液体が噴射した。俺達はそれぞれ左右に回避し、俺は毒色の液体が触れた地面を確認した。
ジュワァと音を立てて、地面が溶けていく。溶解液……しかもかなりの強さだ。当たればひとたまりもないだろう。
そして、放たれなかったもう片方の針が、こちらに照準を合わせる。狙いは俺……というより、抱えている彼女か。なるほど、わかりやすい。
「パス!」
「「え」」
抱えていては危ないので、離れさせる意図もあって南雲に投げ渡す。ピョーンと放物線を描きながら投げ渡された彼女を、南雲はキャッチした。
そして照準先が変わる。俺の方から、彼女を抱えた南雲に。
本当に、わかりやすい。
「そこだ」
〝縮地〟で間合いを詰めると、膨らみ肥大化しようとしている尻尾をかち上げるように下からすくい上げる。
針の照準は天井に変えられ、針が放たれる。放たれた針は真っ直ぐ進み、途中で破裂し散弾のように広範囲を襲った。
初見殺し、というのだったか。一目見ただけではわからなかっただろう。
「ギシャャャャャ!」
「おっ、と」
すると、いきなり4本の腕が伸びて俺に襲いかかる。4本の腕の攻撃を反らし流し弾き避ける。
すぐさま間合いから外れるように後方へと下がる。
「キィィィィィ!」
「───避けろ!」
直感が強く反応し、後ろにいる南雲たちへ警告する。
瞬間、巨大蠍の周囲の地面が波打ち、変化する。こちらの命を奪わんとする棘の大群に。
迫りくる棘を切り捨て、空中で身を捻りながら回避し後方へとさらに下がる。幸いにも棘は地面を元に作られているせいか、蠍ほど硬くはない。しかし、範囲が広い。
「無事か!」
「なんとか!」
棘に遮られて見えないが、元々蠍から遠かったおかげか被害はなさそうだ。これが蠍の固有魔法なのだろうが……恐らく南雲の錬成以上の攻撃力と鋭さを持っている。反面、細かい操作や速度は不得手そうだが……
あの蠍が狙っているのが南雲たちである以上、注意をこちらに引き付けなくてはならない。
「俺が突っ込む! 南雲は下がれ!」
蠍の尾がユラユラと動いてたのを見て、棘を切り捨てながら前に出る。
そうすれば、否応なしに巨大蠍の尾がこちらに向く。今度は針と溶解液を両方とも使うようで、2本の尾が両方ともこちらに照準を合わせている。
散弾針はともかく、溶解液は迎撃できない。
散弾針と溶解液が、同時に放たれる。それを溶解液から離れるようにして回避し、残る散弾針を迎撃する。
放たれた一本の太い針は、途中でバラけ散弾と化す。全てに対応することは出来ないため、自身に当たるものだけを厳選し、切り裂く。
それを迎撃し前に出れば、4本の腕がこちらに襲いかかる。左右上下からの攻撃。切ることは出来ないため、全て弾き躱す。
そして、そのままさらに前へと進み、巨大蠍の上に飛び乗る。
「そっちはいらない!」
こちらに向けられる散弾針の尻尾の照準を反らし、溶解液のみ照準を合わせさせる。
巨大蠍の溶解液ならば、例え自身が生成したものであっても溶かしてくれるのではないかと期待したのだが……巨大蠍は溶解液を噴射することはなく、直接尻尾の針でこちらを攻撃してきた。
それを回避し蠍の上から飛び降りると、仕切り直しとなった。
「流石に自滅はしないか。となると……」
持久戦になりそうだと、内心呟いた。
▽▼▽▼▽▼▽▼
彼女は見ていた。
明らかに相性の悪い魔物と、それでも戦いを続ける男の背中を。
「どうして」
どうして戦うの。どうして、逃げようとしないの。
逃げれるはずだ。自分を置いていくだけで、逃げ切ることは可能なはずだ。
先程は自分を解放してくれたが、それでも命を賭けて助けるほど、見知った仲でもないはずだ。
なのに、なぜ。
「どうしてって言われると、本人でもないからわからないけど……」
彼女を抱える、白い髪の
彼────桜田紅郎と名乗った少年と共にいた人物。
少女は言った。
「多分、助けるって決めたからじゃないかな」
「……決めた?」
「うん。助けるって決めて、守るって決めて……それを絶対に曲げたくない。だから戦ってる」
「そんな───」
それで、死ぬかもしれないのに。
自分と違って、身体が勝手に治るわけでもないはずだ。
なのに─────
「そもそも、見捨てるって選択肢が存在しないんだ。そんなことができるのなら、もうとっくにやってるはずだから」
「……」
「だから、桜田くんが負けるか、あのサソリモドキを殺すか……そのどっちかしかない。そのうえで、聞きたいことがあるんだ」
「……?」
少女は抱えていた自分を降ろし、何かを飲ませてきた。
突然のことに抵抗もできなかったが、その何かを飲んだ途端、身体に活力が湧いてくる。それに、殆どなかった魔力も少しだけ回復している。
「さっき、すごい力を持ってるって言ってたよね」
「……確かに言った」
「なら、その力はあのサソリモドキを倒せるほど?」
少女は、未だに戦闘を繰り広げられている方向に目を向ける。
その目はとても鋭く、どうしたらサソリモドキを倒せるのかを考えている。
少女もまた、彼を見捨てる気はないのだろう。
「……魔力が足りない」
「なら、この容器何個分で足りる?」
「……多分、何個あっても足りない。でも……」
普通の人間なら、ここで詰む。
しかし、自分ならば。
吸血鬼である自分ならば。
この困難を、打破することができる。
「……私を、信じて」
今は、こんなことしか言えないけど─────
絶対に、あの魔物を倒すための一手にしてみせる。
そんな意思を乗せて見つめると、少女もこちらを見つめていて……ふっと笑った。
「僕も桜田くんも、あの外殻を破るには火力が足りない。だから、君に賭ける」
「……任せて」
少女の言葉に頷き、そのまま首に腕を巻き付けた。
体格差があるからか、少し身体が浮くがそんなことは気にしてられない。
「……あぁそういえば、吸血鬼って名乗ってたっけ……」
「───いただきます」
少女の呟きが聞こえた気がしたが、それを気にすることなく、白い首へと噛み付いた。
▼▽▼▽▼▽▼▽
「キッツい」
「ギジャァァァァ!!」
長時間……というほどでもないが、戦闘は続いていた。
こっちは切れず、あっちは当てられない。それが続いているため、蠍も苛立ちから動きが雑になっている。
こっちもこっちで切ることは諦めて回避と迎撃に集中しているから当てられることはない。が、いつまでも続くことではない。
何処かで賭けに出る必要がある。下手したら腕や足を無くすかもしれないが……賭けである以上、そういったリスクも許容すべきだ。
そうして一か八か打って出ようとしたところで、コロコロと蠍と俺の間に転がる─────それを視認できた瞬間、咄嗟に目をつぶって後ろに下がった。
そして、閃光が空間を埋め尽くす。南雲の〝閃光手榴弾〟だ。
「キジャァァァァ!!?」
まともに視認した蠍は視界が潰れたことで暴れまわる。
南雲では蠍の甲殻を破れないため、後ろに下がらせていた。南雲も闇雲に閃光手榴弾を投げるほど莫迦ではない。
つまり───と、そこまで考えたところで、金色が視界に入り込んだ。
「お前……」
「……私に任せて」
しっかりと立ち、蠍を視認する姿は、先程までの彼女とは別物だった。
その身からは莫大な魔力が噴き上がり、彼女の魔力光なのであろう黄金色の魔力が、暗闇を埋め尽くす。
そして彼女は片手を上げて、呟いた。
「〝蒼天〟」
その言葉と共に、未だに視界を取り戻せていない蠍の頭上に直径六、七メートルほどの青白い炎球が現れる。
その炎球は出現しただけで周り全てのものを燃やし、熱する。あの厚い甲殻を持つ蠍でさえ、目が見えないながらもその場から逃げ出そうとするほどの熱量。俺自身、離れていても熱を感じられる。
「逃さない」
その呟きと共に、浮かんでいた炎球がゆらりと動き出し、逃げた蠍を追いかけ───直撃する。
「ギジィィィィィ!!?」
蠍の絶叫が響く。俺や南雲でさえまともなダメージを与えられなかったというのに、彼女はダメージを与えてみせた。
しかも、ただダメージを与えただけではない。青白い炎が、凄まじい熱量で蠍の甲殻を溶かしていく。
このままいけば……と思いたかったが、しかし足りない。あれだけの魔力が込められた魔法でも、この蠍を仕留めるには足りない。
ならばどうするか。そんなの決まっている。
ちょうど、この場面でこそ使える技能を持っているのだ。
だから前に出た。一気に近付くため、確実に仕留めるために、〝縮地〟を使って、蠍に近づく。
「紅郎っ!?」
彼女の声が聞こえた。いきなり下の名前呼びとは中々にコミュ力が高いようだ。いや気にするべきなのはそこではない。
彼女の魔力で形取った炎が、蠍を焼く。
その炎を掠め取るように、刃を伴って自分の体ごと回転する。
「蒼天────」
彼女の言った名を呟き、回転の勢いのまま蒼い炎を纏い熱せられた刃を振り下ろす。
「───〝
焔の刃は熱で溶けていた蠍の甲殻を、一瞬の抵抗と共に切り裂き、さらには勢い余ってその奥の地面や壁に切断跡を残した。
真っ二つに両断された蠍はしばし立ったものの、すぐに左右両方に崩れ落ちた。
「───よし」
「よし、じゃない!」
ガコンと、強い衝撃が頭蓋骨に響いた。思わぬ痛みで座り込み、後ろを振り向けば拳骨の体制でこちらを見つめる南雲の姿が。
何処か涙目であった。
「どうした」
「どうしたじゃないよ! なんでわざわざ前に出たの!? 明らかに魔法使われてる最中だったじゃないか!」
「いや、あれだけでは仕留められないと思って……」
「魔法が終わってからじゃ駄目だったの?」
「……ごめん」
それらしい言い訳が思いつかず、謝ることしかできなかった。
しかし〝和御喰〟は魔法を喰らい使用する技能で、あんな威力の魔法がぽんぽん使えるはずがないと思い、ここしかないと踏み込んだ。
それを悪かったとは思わないが、しかし自制しようと思う。
「……本当に驚いた」
「驚いた、はこっちのセリフだ。まさかあんな魔法を使えるなんてな」
「あ、それは思った。あれって使ってる魔力も威力も上級以上だったよね」
互いに気が緩んだせいか、話が広がる。
しかし事が終わった以上、長居は無用だ。
倒れる蠍の死骸に近付き、片方を持ち上げる。しかし相当に重たく、もう片方の死骸は持てそうにない。
「……とりあえず、こいつを外に運ぼう。もう長居は無用だろう」
「そうだね。手伝うよ」
「……私も。でも、その前に」
俺の近くにいた彼女が、俺の首に腕を回した。
いきなり何を、と思ったが……彼女は俺の首に顔を近づけ、途端に首にチクリとした痛みが走る。
「……っ!?」
彼女はすぐに離れたが、口を抑えて驚いた顔でこちらを見ていた。何故か、頬が上気しているように見える。
「どうした?」
「っ、な、なんでも、ないっ」
パタパタと手足を動かし、もう片方の蠍のほうへと向かってしまった。
「……なんなんだ?」
「噛み付かれたことには驚かないんだね」
「ん? あぁ、そりゃ吸血鬼って言ってたからな。驚くこともないだろ。南雲はあっちの蠍を持ってやってくれないか」
「うん、わかった」
すぐに向こうに行ってしまった彼女のことも気になるが、今は蠍を運び出すことが優先された。
なお、蠍を運んでる最中にサイクロプスの死骸があったことを忘れていたので、外に作ってある拠点に行くまでに二往復することになってしまったりする。
【和御喰】
切り裂いたものを喰らう技能。
あらゆる事象を飲み込み、喰らう。喰らった力は時に刃に纏い、時に自身に還ってくる。