年の差離れた叔父と姪の物語

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枕と三日月

近所の高校のチャイムが鳴ると、藤村の一日の仕事が終わる。 在宅のフリープログラマーの彼は一日の仕事の量を自分で決めることが出来る。 逆に言えば、納期が迫っているときはいつまでも終わらない残業に追われるのだが、しばらくは差し迫っている仕事は無く夕方からはのんびりと過ごすのが常なのだが……。

マンションの廊下を力強い足音が響き、インターホンが鳴らされる。 藤村は数秒ドアを見つめながら考えるそぶりを見せるが、諦めたように卓上のコーヒーを飲み干し、シンクにカップを置いて玄関へと向かう。 除き窓のふたを開けのぞき込むと、やはりそこに映っていたのは栗毛をポニーテールにまとめ、制服姿に学生鞄を持った藤村の姪、遠坂だった。

遠坂は、ドア越しに人の気配を感じ取ったのか、除き窓に向かって満面の笑みを向けながら手を振っている。 藤村はその様子を見て、観念したようにドアのロックを解除する。

 

「こんにちは。 来ちゃった」

 

「毎日毎日よく飽きもせずに来るな、琴音」

 

「でも達也おじさんだっていつも入れてくれるじゃない」

 

事実その通り。 藤村は最初こそは遠坂の訪問を拒み、彼の姉兼彼女の母親に連絡し、迎えをよこすように言ってはいたが、曰く。 「もう高校生なんだから一人で考えられる年頃。 たとえ間違えがあっても琴音を泣かさないなら許す」と言われる始末。 こうして藤村は遠坂の押しかけに辟易しながら夕方のチャイムが鳴ると遠坂を迎える準備を始めるのであった。

 

「でもおじさんも私が来るの嫌じゃないんでしょ? いつも私が来ても居留守とか使わないし」

 

「それはお前が玄関の前で居座るからだ。 この前もポストに苦情の紙が入っていたんだぞ」

 

そう言いながらドアを開けて遠坂を招きいれる。 遠坂は飛び込むように部屋に入って鞄を放り投げ、冷蔵庫の野菜室を除きこむ。

 

「ちょっと、また野菜無くなってるじゃん」

 

「最近忙しくてな。 インスタントか外食しかしてないな」

 

藤村がそういうと、遠坂は藤村の腕を取り玄関に引っ張りご機嫌になる。

 

「もう! しょうがないわね! じゃあ買い物に行きましょ? おじさんは荷物持ちね?」

 

やれやれ、と肩をすくめ、スリッパをはきながら玄関に置いてあるエコバックを取る。 以前遠坂が置いていったものだ。 藤村の家には遠坂が訪れる度に遠坂の私物が増えていく。

 

近所のスーパーで安売りだった塩サバを買い物かごに入れ、ホクホク顔の遠坂を横目に藤村は所在なさげに買い物客を見ている。

 

「おじさん、サラダは何がいい?」

 

「なんでもいいよ。 後おじさんはやめてくれ」

 

「じゃあ達也さんって呼んだほうがいい?」

 

「もっとやめてくれ、周りを見ろよ。 変な勘違いを起こしそうな連中が大勢いるぞ」

 

「私は別に構わないわよ」

 

このスーパーは住宅地に近く、親子連れが多い。 チラチラとこっちを見てくる人たちもいる。 女子高生と二十後半に差し掛かった男が並んで歩くという事はかなり怪しいと藤村は思い、遠坂から離れようとするが、遠坂がそれを許さずにぴっとりと寄り添ってくる。

 

「……近いんだが」

 

「ダメ?」

 

甘えるような顔に押されて、結局いつものように許してしまう。 押し離すことも出来ず、かと言って受け入れることも出来ずのどっちつかずの状態になってしまう。

 

 

日が暮れ、夕暮れが部屋を染め上げる頃。 遠坂はキッチンを所せましと動きまわり二人分の夕食を作っている。 サバの脂と、味噌汁の臭いが漂いながら自分の仕事の進捗を確認する。ふとビールを飲もうとして冷蔵庫を開けようとするが、遠坂に腕を絡め取られ押さえつけられる。

 

「まだ駄目よ。 お腹すかして待っていてね」

 

そう言われては大人しくている他ない。 せめての手伝いと食器の手伝いをし、ぼんやりと遠坂のエプロンを付けた後姿を眺めていた。

数分後、準備を終えた食事を二人で運び、向かい合って手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

二人で雑談をしながら食事は進み、食後をお茶を藤村が淹れる。 戸棚から自分の分を取り出し、遠坂が置いた彼女用の湯飲みも準備する。

 

「ほら、まだ熱いからな」

 

そう言いながら渡すと、嬉しそうに受け取り、口につけた。

 

「熱っ!」

 

「熱いって言っただろ。 ほら、見せてみろ」

 

と、藤村が言うと、遠坂は体を預け、舌を突き出す。

 

「れえ、やへどしへない?」

 

「口開けたまま喋るな。 ……、火傷はしてないみたいだな。 ほら、もう大丈夫だ。 降りろ」

 

と遠坂の頭を撫でながら立とうとするが、遠坂がしがみついて離れようとしない。

 

「琴音?」

 

「……もうちょっと。 ダメ?」

 

藤村の胸の顔を押し当ててくぐもった声で懇願する。 浮かしかけた腰を再びソファに戻し、遠坂の背中を撫でる。

しばらく時間がたっただろうか、すすり泣く声が聞こえてくる。

 

「……ごめんね。 ごめんね……」

 

 

 

ふと気が付くと、机のテーブルの上の携帯が振動していた。 泣きつかれて藤村のシャツを握りしめたまま寝ている遠坂を起こさないように注意して電話に出る。

 

「もしもし、姉さん?」

 

「ああ、やっと出た。 琴音は?」

 

「今寝てる」

 

「あら、ついにやったの?」

 

「やらんわ。 そも、姉さんは止める側だろうが、姉さんが適当に許可を出すから琴音が……」

 

「はいはい、お説教は聞き飽きたわ。 あの子があんたを好きなのはちっちゃい頃の刷り込み見たいなものだと思っててさ。 高校生にもなってよく考えたら違うって気づくでしょうってはずがね……」

 

「高校まですっと勘違いしたまんまで思いが強くなっちゃったって事か……」

 

「まぁ、早くあの子貰っちゃってね。 後、今日はもう遅いから泊めてあげて」

 

「……ああ、分かったよ。 じゃ」

 

携帯をテーブルに置くと、遠坂が身じろいだ。

 

「う……ん」

 

「起きたか? 今日はもう寝るか?」

 

「もっと……」

 

遠坂を抱きかかえ、ベッドに寝かせる。 そのまま自室の机の上に置いてあるライターと煙草を取り、ベランダに出る。

 

「寒っ」

 

まだ肌寒さを残している夜空を見上げながら紫煙を空に燻らす。 ぼんやりと空を見上げていたら後ろからいつの間に起きたのか遠坂が抱き着いてきた。

 

「とうっ! えへへーおじさーん」

 

「うおっ。 琴音、危ないから煙草吸ってるときは来ちゃいけないって……」

 

「いいじゃんいいじゃん。 ほら、そう言えばお茶飲んでなかったし、一緒に飲も?」

 

そう言って藤村の腕をグイと引っ張る。 諦めたように煙草の火を消しリビングに向かう。

お茶を入れなおし、二人で横に並んで啜る。

 

「ねぇおじさん。 今はまだ好きじゃ無くていいから、いつか私を好きになってね」

 

「……起きていたのか」

 

「悪い子だからね。 おじさんのキープにしてもらえるなんて最高じゃない」

 

「……ああ」

 

そう言って藤村は遠坂を抱きしめた。

 

 

 

 

深夜、藤村は自分のベッドで、遠坂はソファで寝ていた。 ソファは遠坂がこの部屋に頻繁に出入りするようになってから藤村が買った背もたれを倒して簡易ベッドにできるものだった。 藤村の部屋に無理やり置かせた寝巻に身を包み寝転がっていた。

 

 

分かっているもん。 この感情は自分の勘違いなんだって。 ママも言っていたもん。 いつかこの感情も思い出になるって。 でもしょうがないもん、好きなんだから。 誰がなんて言っても好きなんだから……。 達也おじさんもアタシの気持ちに気づいている。 でも、おじさんはそれでもアタシを受け入れてくれてる。 一線だけは超えないように、いつかアタシが離れていくと思っている。

 

 

「でも、諦められないよ……大好き」

 

 

 

 

朝日が昇り、カーテンの隙間からの光で藤村は目を覚ました。 今日は土曜日だ。 遠坂も帰らないだろうし、午前のうちに二人分の食料を買いに行かねばならない。

ベランダに出て、煙草を吸う。 遠坂にはいつもやめろと言われているがどうにもならない。 煙をまだ肌寒い空気と共に吸い込み、空を見上げながら吐き出す。 そのまま空をぼんやり眺めていたら、ふと目に有明の月が見えた。 切れそうなほどの月を見上げていると、やはり思うことは遠坂の事だった。

 

分かっているんだよ。 お前の気持ちくらい。 俺の事が本気で好きだって。 でも俺じゃダメなんだよ。 俺達が結ばれるのには世間をすべて敵に回さななければならない。 そんな力も勇気も俺には無いんだ。

 

「だから……早く諦めてくれ」


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