続きをどうぞ。
なお、だいぶ誤字脱字が多いと思います。
ある程度は自分で確認しているのですが、やはり限界があります。
よければ誤字脱字報告や感想、その他もろもろの報告をくだされば大変励みにもなり、活力にもなります。
長らくお待たせしましたが、 それだけで俺は救われた気がしたんだ【中篇2】 、をどうぞ、拙い文章ではありますがお楽しみください。
「それじゃぁお兄ちゃん達! いってきま~す!!」
「待って琴里! 弁当忘れてるぞ!? シロ兄、お願い!!」
「あぁ、任された!」
夏。
一般的に言われる夏休みの期間の長さは、小学生と中学生とでは微妙に違う。
上記の会話を鑑みるに、どちらの方が夏休みの期間が長いのかはすぐに分かるだろう。
とはいっても、その期間は一日二日程度の違いではある為、大した誤差ではない。しかし、大した誤差ではないというのならば、夏休みの期間をすべて統一すればいいのではないのだろうか、と疑問を浮かべる客観的第三者から見るその他大勢は必ずいるだろう。
ここであえて説明という名の言い訳をさせてもらうとすると理由は主に二つある。一つは、中学に入学した際の一年生は、初めに必ず部活に入り、何かしらの部活動を行わなければならないということが一つ。半ば強制的に部活をさせられているようなものなので、少しぐらいは休んでもいいのではないかという、学校側の配慮があるということだ。
もう一つは、これは誤解がないように前置きしておくが、校長が全校集会の際にぼやいていた言葉でもあり、学生たちからの願いや捏造とか、そういったものでは一切ない。
簡単に言うと、校長はこう言っていたのだ。
「私たちの時代って、部活で忙しくってしょうがなくって、もっと休みたかったのに、小学生と同じ夏休み期間って、ひどくない?」 と。
いやいや、ほとんど同じだろ、一々理由を二つに分ける意味ってあるのか、と聞きたい人も大多数いるだろう。だが、その中学校の生徒は遠い眼をしながら皆こういうだろう。
「あんなふざけた校長と一緒にされる理由があまりにも不憫すぎる」 と。
だって、あのおっさん、ふざけてコマネチとかやるんだぞ? ほかの先生とか教頭とかに怒られてるんだぞ? 校長としての面目、あってないようなものなんだぞ?
学生からの主な校長に対する認識はこのようなものだったぞなもし。
閑話休題。
何はともあれ、そんなどうでもいい理由により、中学生である五河士道と五河士郎は、小学生である五河琴里との夏休みの休暇期間が違うのだ。
この三人の親は仕事のため海外へ出張中であり、必然的にまだ幼さが残る琴里の食べ物は兄である士道と士郎が作ることになる訳であり、このわずかな数日間は、こんな上記のようなやり取りを交わすのは最早、毎年恒例のお約束と言っても過言ではないだろう。
少なくても、今朝は、この仲のいい兄弟の間で仲睦まじい日常が繰り広げられていたのだ。
――そう、少なくとも今日までは。
「シロ兄、突然で悪いと思うんだけど、大事な話があるんだ。今日、時間が空いているか?」
「大事な話? それは別にかまわないが、そんなに改まって話すようなことがあると?」
士郎は眉間に軽くしわを寄せながら返した。
「あぁ、だから少しだけ……ってわけにはいかないんだろうけど、付き合ってほしいんだ。大丈夫か?」
士道は真剣な顔をしながら士郎の眼を見つめる。その様子は、これから話すことの重大性を物語っているようだった。
「わかった。それじゃ、士道の部屋で話をしよう。なに、先に行って待っていてくれ。どうやら話は長くなりそうなのでな、口元も寂しくなるだろう。簡単な茶菓子と紅茶でも入れて持っていくとしよう」
こうして二人の話し合いは始まった。
“存在”は琴里の頭を士道の顔の……もっというならば二人の唇を重ね合わせるように押し付けた。
いわゆるキスというものだ。
瀕死の状態の士道は当然ながら意識がない。ゆえに、その行為に思うところもへったくれもない。だから感情の動きがないのなら、恥ずかしがる必要なのまったくない。
だが琴里はそうではない。混乱による失意に駆られているとはいえ、彼女自身が一番に好いている人物に口づけを、しかも強引にさせられてしまったのだ。
それが何の概観もへったくれもなく、無理矢理という形でキスをしてしまった琴里にとって、どれ程のショックをだったのだろうか。
きっと悔しかったに違いない。わけのわからないふざけた力を与えられ、その暴走で沢山の人々を殺してしまった。そしていいように得体のしれない存在にそそのかされた挙句、いいように動かされ、愛して已まない義理の兄にキスをさせられたのだ。
悔しくないはずがない。
しかし、それだけではなかった。悔しいだけではない。悔しい、悲しい以外にももう一つの『温かい』感情が琴里の胸内に生まれ、絡まっていた。
その絡まりあった感情は瞬く間に大きくなり、あふれ出し、流れていった。
そして流れていった感情は力と共に――
「…………ん……」
――士道のもとに入りこんだ。
「おい貴様、ふざけているのか」
士郎は一部始終を見咎め、静か訪ねた。
しかし、その声は冷徹で、同時に激しい怒りが含む程度に熱血でもあった。
突然だが、剣等類は何からできているのか知っているだろうか。
答えは言わずもがな鉄である。しかも錬鉄に錬鉄を重ねた鉄鋼類、鋼の心理に近づくものは剣作りに欠かせないものだ。それをを使い腕利きの鍛冶職人が打つ剣は、業物といっても過言ではないだろう。
しかし、鋼だけではだめだ。
理由は鋼、鉄鋼が硬すぎるからだ。硬すぎる材料で作った武器はすぐに壊れ、折れてしまう。
そんなものは武器として成り立たない。
それではどうするか。
答えは簡単である。硬すぎて欠けやすい、折れやすいのならば、軟鉄で元となる芯を作り、そこに刃として鋼を打てばいいだけである。
実際にこの工程に至るまで何十種類、下手すれば百種類以上の行程を経なければ軟鉄と鋼をくっつけても、武器にすらなりはしないだろう。
だが、それを経て初めて、柔軟性と硬さが共存する力強い剣が作られるのだ。
今の衛宮士郎にも同じことがいえる。
士郎がもつ呪文かのように、その体が剣に特化しているように、心には血がたぎるかのような熱血さを持ちながらも、頭は冷静に、冷血になっていく。その姿は見るものに畏怖を、力強さを感じさせるものだった。
『ふざけてないよ~ 言ったでしょ? 人命が優先だよねってさ』
しかし“存在”は、最初っからそんな圧力がないかのように飄々としながらからかいを含めた口調で返した。
はっきり言おう。口ではふざけてないといいながらも、その口調はからかいと皮肉、そして嫌悪からできているような物言いであった。
それは口調だけではなく、態度からも見て取れる。
上記のように飄々としている表記してはいるが、その在り方はすべて何らかの悪意でできているようなことさえ連想させられるものだ。
これかのことから薄気味悪いという感情を客観的私観からみた第三者が抱かないわけがない。
なおのこと、士郎は目の前で対峙するかの様な形で同じ空間に居合わせているのだ。
これがいったい何を意味することなのか言わずとも……、というものであろう。
要するに、簡単に言えばこういうことだ。
“存在”はやりすぎた。
そして士郎は――
「もういい。貴様を
――切れた。
ドゴン!
アスファルトを砕く音と共に士郎は地面を嘗めるように走り、両手に持つ干将莫邪を大きく振りかぶり“存在”めがけて下から上へと切り上げた。
体全体を強化するために魔術回路へと魔力を通したその一撃は岩をも切り刻むだろう。一瞬で跳躍し、地面すれすれをたった一歩で五メートルほどの距離を詰めたその脚力は現代を生きる人間ではとてもではないが持つことが叶わないものだろう。
よしんばできたとしても、人の体はそこまで頑丈にはできていない。すぐに力は外へは逃げてくれない。行き着く先は人体の崩壊だろうことは明らかだ。
だが、士郎はその枠組みには当てはまらなかった。
魔術。
おそらくであるが、現在魔術師はこの衛宮士郎しかいない。その士郎がとったある種の手段。体の強化だ。
はっきり言おう。これはあまりに非常識なことだ。
普通は魔術回路を生成するのは命がけのことだ。
前世といっていいのかは怪し処だが、士郎は過去魔術回路は一度作り、スイッチとなるイメージを持つことでオン・オフを切り替えることができることを知らなかった。
そんな彼がずっとしていた魔術の修行という名の儀式は想像を絶していた。何せ魔術回路を幼いころからずっと作り続けていたのだ。
その回数だけ無駄に死にかけた。その回数だけ激痛を覚えた。
はじめは熱が下がらないほどの痛みと死の淵を体験した。
次に魔術回路が暴走しかけた。
次に死を覚悟した。
次に己の死を容認した。
次に……………
次に………
次……
こんなことを聖杯戦争が始まるまでずっと続けてきた士郎は痛みに慣れていた。
だが、だ。
魔術回路が焼け付く痛みに慣れている士郎が、だ。
「ちょっと待てよ! 確かに何度も経験したこととはいえ、こんなに痛みが走るものなのかと疑問に思ったが、なんでこんなに魔術回路が増えてるのさ!」
といったのだ。それがどれほどのものか、第三者に分かるわけがない。それほどの痛みなのだ。
しかも、精神はいいとしても、衛宮士郎という人格が動かすこの体は魔術など生まれて初めて使うのだ。
その負荷がどれほどのものか。それに耐える士郎の精神の強靭さがどれほどのものか。
ともあれ、その体で干将莫邪を衛宮士郎の心情心理から引き摺り下ろしただけではなく、剣に特化したその魔力で半ば強引に身体強化に回した。
焼けついた魔術回路は悲鳴を上げる。
下手すれば魔力が暴走してもおかしくはないだろう。
もし、力の手綱を操り切れなかったとき士郎の心情心理から体を食い破り、剣が突き抜けるであろう。
これほどの愚かなことを、これほどの危険なことを彼は顔色一つ変えずに行っているのだ。
だが結局のところ、その痛みや苦痛は報われることはなかった。
『あの子たちを傷つけたくないからって下から剣を振り上げないで、
“存在”は切られることもなく、いつの間にか士郎の後方二メートル先ほどにいたのだ。
士郎はゆっくりとした動きで存在のいる方角へ体の向きをかたむけた。
口角はにやにやと緩み、その笑みは人のことを軽んじ、小馬鹿にしているような様がありありと見える。
『まぁ、惜しかったといっても、それで
それはともかく君、もう体が動かないでしょ? その力絶対普通じゃないよ。いったいどんな力を使ったらそこまで君自身の体を壊すことができるのだか、実に興味深いよ』
クスクスと笑う。
――嗤う。
――哂う。
――嘲笑う。
『とりあえず、実験は終わったよ。結果は良好。面白いものが見れた。
そうだ。面白いものが見れたついでに、君にいいこと教えてあげようかな』
「ふざけるのも大概にしろ。幼子の命を実験と称し数多の命を弄び、かと思ったら人命優先だと瀕死の少年に無理矢理少女の頭をつかみ、キスさせる。
貴様はいったい何をしたいのだ。
これだけのことをしておきながらまだ貴様は何かしようというのか!?」
『何か? 何もしないよ』
“存在”余計に笑みを深くする。
『疑うのはいいけど、見るもの見てからそういうことは言うといいよ?
それに
そういいながら“存在”は士郎の後方、五河兄弟がいる方へと指をさす。
『ホラ、見てみてよ♪ 士道君、面白いことになってるよ』
しかし士郎はそ言葉に促されることもなく、戯け! と吐き捨てる。
「貴様から眼を離した隙に逃げるのか? 隠れるのか? それとも俺の命を奪うのか? どちらにしても俺は貴様に対して警戒する理由はあっても、油断する理由は……!?」
士郎の顔は驚愕に染まった。
“存在”がもといた場所から音も立てずに、それこそ一瞬で士郎の目の前に、“眼”の“前”いたからだ。
唐突のことに反応できず、士郎の声は引きつり、詰まる。
だめだ。何もできない。攻撃する時間が足りない。足りない!!
焦りは加速していく。真正面には白く浮き上がり立つ口角を鋭く上げたにやけ顔だ。
そのにやけ顔は、彼にとって何よりも悍ましいものに映った。
あの前世にあったことがある、某偽神父かのような、それ以上の……
しかし、そんな士郎の様子を気にすることもなく“存在は”士郎の両方の頬へと手を伸ばし、添える。
『まぁ、そんなに身を固くしないでよ』
一気に顔を五河兄弟の方へと向けさせた。
“存在”の移動速度は瞬足。そして一言つぶやき士郎の顔の向きを変えさせる。
時間にしておよそ二秒。そんな中で相手の動きに反応することができるわけがない。
魔術回路の酷使のせいで体に力が入らないため、士郎は力による抵抗もすることすらできない。
それでも、視線だけは相手から外すまいと眼を動かし、“存在”を尚も睨みつけようとする。
しかし――
「な……んだ、と?」
――士郎が眼にしたものは何の容赦もない圧倒的な現実。
その光景はあまりにも現実離れしたある種の奇跡。
こんな現実などあってはならない。
士郎はそんな現実を目の前にたたきつけられ、唖然としていた。
「少年の体が……燃えているだと? いや、それだけではない。これはいったい……」
そう、士郎が見た現実とは、少年の……士道の体のいたるところを、それも傷口を嘗めるかのように焔がまとい、燃えているのだ。
もしかしたら助けることができたかもしれない命。その命がどういうわけだか燃えているのだ。普通ならば死。それ以外のものなどあるわけがない。
士郎は一瞬にして怒りが沸点まで達した。こいつはどこまでこのような残酷なことをするものなのか! と。しかし、その怒りは一瞬のうちになりを潜め、ただ純粋な疑問が脳裏を支配した。
「怪我が、治っていってるだと?」
まて、俺はこの現象を知っている。ある意味俺はこの奇跡の体現者だ。普通なら死ぬような大けがも、それをあるべき持ち主が持つことですぐさま傷を癒す、そんな奇跡を知っている。その奇跡は今もなお、俺の体の一部にある。
――
しかし待て、いくらあれは持ち主を直すからといっても、目の前にある例外を除いて魔術と同じような奇跡など、この世に存在するものなのか? よしんば在ったとしても、傷を治すときにその部位から焔が噴き出すものなのだろうか。そんなことがあるものならば、それが室内ならばあっという間に火事現場の出来上がりだ。全て遠き理想郷という名があるのならば、そんなことが起こるようなことはあってはならないはずだ。ならばなぜ……
士郎はただただ、圧倒されていた。
「そして俺は眼が覚めた」
「…………」
二人は士道の部屋で互いに向き合い、ホームセンターなどに行けば安く手に入るだろう正方形の幅六十センチほどの小さなテーブルを挟み、座布団の上に胡坐をかいていた。
テーブルの上には簡易ではあるがティーセットが置かれており、カップの中に入っている琥珀色の紅茶はなみなみ注がれているものの、湯気は出ていなかった。
「シロ兄。確かに俺は覚えているんだ。あの時、誰かは全然分からなかったけど、得体のしれないやつが僕たちの記憶を消そうとしていたことを。
たぶん、本当なら俺はあの大参事のことと、その真実のことを忘れていたんだろうと思う。
もしかしたら忘れていた方が幸せだったのかもしれない。けど現実に覚えている」
士郎は眼を瞑りながら腕を組み、静かに士道の言葉に耳を傾ける。
「でも、実際にはそうならなかった。シロ兄が守ってくれたからだ」
『さて、結果は良好。多少のアクシデントはあったけど、実験は見事に成功したね』
“存在”はにやけた顔を隠すこともなく、さも当然かのようにぬかした。
それと反比例するように士郎は奥歯をかみ砕かんと歯を食いしばる。
「ふざけるな」
『だからふざけてないよ? アレ? さっきから同じようなやり取りしてる?』
「なんで貴様は顔色一つ変えずにこのようなことができるんだ」
『これも似たような感じの質問だよねぇ、それもさっき答えたような。
だいたい実験に感情なんてはさむ余地ないよ』
「……ふざけ『あのさぁ、何回同じ質問をするわけ?』」
士郎の言葉を遮り、言葉をかぶせる。
口元はいつの間にか色をなくし、あんなに笑っていたのが無表情に変わった。
人とは、繰り返しされる質問に嫌気がさし、いらいらし、ストレスを抱えてしまうものである。
ごく一部の人間、それこそ御人好しと評されるような人種は、多少、質問を繰り返されたからといってもストレスの“ス”の字も感じないのだろうが、それはあくまで偽善と世間観で凝り固まった表面だけのものであろう。
その塊をはぐして、決壊させるとすぐに仮面は剥がれ落ち、素顔を見せるのはあっという間だ。
圧倒的な負の感情。
実に人間らしい感情だ。
驚くことに“存在”にもそのようなものがあったらしい。
いや、むしろ先のにやけた笑い顔より今の無表情の方が恐ろしく、おぞましく、人間らしい。
“それ”に士郎はただ恐怖した。
『まぁいいや。実験はある程度は終わったし、あとはあの子たちの記憶を消してしまえばこれでお開きだね』
あぁ、確かに士郎は恐怖したのだ。しかし、あいつは今なんといったのだろうか。
実験は『ある程度』終わったといったのだ。あの子たちの記憶を消してしまうといったのだ。
――衛宮士郎。貴様はこの恐怖に負けるほどの正気を持っていると本気で思っているのか?
「……が…」
――貴様はたった二人の命も、記憶すらも守れないような腑抜けた人間なのか?
「ち……う」
――貴様は目指していた正義の味方とは、たったこれっぽっちの絶望で押しつぶされ、溺れてしまうほどのちっぽけなものだったのか?
「ち…がう」
――今や魔術回路の酷使のし過ぎで体はまともに動かない。今や
士郎は己の中にくすぶっている恐怖と戦い、自問自答を繰り返す。
そんな中でたった一つの答えに行き着いた。
その答えは昔から、それこそ現世に生まれ落ちるより、ずっと前からある唯一の真実。
「ちがう!! そんなことはどうでもいいんだよ! 俺の信念がちっぽけだと? 体が動かないだと? そんなことは委細もなくどうでもいい!」
変わらぬものとは、士郎の中にあるものというのはたった一つだけだ。
体に鎖でもまとわりつくような重さを振りほどき、引きちぎれ。
意志が弱いのだというのなら、その心に火をくべて感情を爆発させろ。
「行くぞ亡霊! 奇術の手数は十分か!?」
大切な人たちを護る正義の味方。
それが唯一にして絶対の、士郎の里から零れ落ちら無二の答えだ。
「俺が目を覚まして初めに見た光景は今でも覚えているんだ。
シロ兄はアイツと必死に戦っていた。
眼で追いきれるかどうかも怪しいようなスピードで、ボロボロになりながら俺たちのことを護ってくれた。
そのことがとてもうれしかったんだ。
でも、うれしかっただけじゃない思いが俺の中にあったんだ」
士道は深く間を瞑りながら当時のことを思い出す。
今でも鮮明に覚えている。その光景はあまりにも殺伐としすぎていて、衝撃的すぎる。
「それで士道。君はいったい何を思ったんだ?
こんなものは当たり前でもなんでもない。ましてや非日常なんて言う生易しいものでも断じてない。
君が見て、聞いて、覚えている光景とは何の容赦もない理不尽の象徴だ。
もう一回繰り返す。君はあの光景を見て、いったい何を思ったんだ? いったい何が士道の心の中に芽生えたんだ?」
士郎は眼を薄く開き、士道の眼を何の感情も見せずに覗きかえした。
五河士道は夢の中、ただただ暗雲の中をさまよっていた。
いや、暗雲というより、それは煙といったほうがいいのだろうか。
とにかくモウモウと立ち込める灰色の触ることのできない霧状な何かの中にいた。
いったいこれはどういうことだろう、と士道は周りを見渡した。
「あ……」
唖然と無意識のうちにのどを震わし、声を出していた。
士道はいったい何に唖然としていたのだろうか。それは、けして周りの情景や憧憬が大火災によって悲惨なことになっているからでも琴里が少々奇抜な格好をしているからでもない。ただ、士道は泣きそうに……いや、何度も何度も「おにーちゃん」と士道のことを呼びかけ、笑いながら泣いている琴里を見てしまったからだ。
確かに琴里は自他ともに認めるような泣き虫だ。
そのことで何回も兄である士道から注意を受けてきた。
義理とはいえ両親は出稼ぎに行っているため、琴里にとって士道は唯一の肉親だ。
それはつまり、琴里が士道のそばにいつもいたように、士道もずっと琴里の近くに寄り添っていたのだ。
だからなのか、士道は琴里の色んな泣き顔を見てきた。
悲しいから。
感動したから。
怖いから。
さみしいから。
それこそずっと隣でその表情を見てきたのだ。いったい何を思い、琴里は涙を流しているのか、士道はその表情を見るだけですぐに分かるほどだ。
だが、そんな士道ですら今の琴里の表情は見たことなかった。
涙を流しながらとはいえ笑っている。その笑顔はとても幸せそうで、安らかなるもので、慈しんでいるようで……
――士道はその琴里の表情がとても綺麗に見えた。
なぜ妹はこのような顔で泣いているのだろう。なぜ俺はこんなにも妹の笑顔に惹かれているのだろう。
「おにーちゃん、大丈夫? 私ね グス、おにーちゃんが、エグッ し……死んじゃったのかと思たんだよ……?」
――いや、今はそんなことはどうでもいい。大事なのは俺の感情とか、そういったものじゃない。
いま大事なのは
「ごめんね」
そういいながら士道は琴里の頭をそっと撫でる。
そうだ。いま大事なのは、今、琴里がこうして泣いているということだ。
ならば兄である士道がしてやれることなんてものは一つしかない。
「大丈夫だから。
なんで泣いているのか全然わからないけど、俺は大丈夫だから……」
ただ、そっと慰めるだけだ。
昔からしていることじゃないか。
理由はどうあれ泣いている琴里の頭を透くように優しく撫でてやると、すぐに琴里はすぐに泣き止むのだ。
「……琴里。また、泣いて、いるのか……」
だが、今回はすぐに……というわけにはいかないようだ。
確かに琴里は泣いてはいないが、まだそのルビーかのような綺麗な瞳に小さなしずくをためている。そして琴里は「だって……だって……」と鼻をすすった。
士道はそんな琴里の様子を見て苦笑いし、ゆっくりと背中を起こした。
「あぁ、そうだ」
言いながら士道は重たい体を引きずりながら鞄のふたを開け、綺麗にラッピングされた小さな紙袋を取り出した。
「お誕生日……おめでとう、琴里」
「え――」
誕生日? 誰が?
琴里は眼を丸くしてぽかんと口を開けた。
無理もない。今の今までえげつない、しかもあってはならないような事が連続して起こったのだ。
事実、今日は自分自身の誕生日だということを忘れていたのだ。
それだけではない。何より、士道は琴里の誕生日のことを気にしていないものだと思っていたから……
士道はそんな琴里の様子を見て小さく苦笑いしながら、そっと手渡した。
琴里は小首を傾げながら士道と紙袋を交互にみてから、それをあけ――中から黒いリボンを取り出した。
「リボン――」
その黒いリボンは琴里の趣味より少し大人びたものだった。
士道はああ、とうなづくと、そのリボンを手に取り、琴里の髪をそっと撫ぜた。
髪の毛をくくるという行動に慣れていない士道の手つきは、何ともぎこちないものだ。それでも何とか士道は、ずいぶんと不格好な様相になってしまったが、琴里の髪を二つにくくった。
琴里は小さく微笑んだ。
「ん……やっぱり俺、笑っている琴里の方が好きだぞ」
「ほんとう……?」
「あぁ。だから、兄ちゃんと約束できるか? 最初は……それを着けている間だけでいい。それを着けているときは、琴里は……強い子だ」
「強い……子」
琴里は二つに結われた髪を撫でながらつぶやいた。
それは一つ、とてもちっぽけで、だけどとても幸せなある種の一つの呪いだ。
それは刻に鋭く突き刺さり、心をえぐるようなことになることが多々あるような類の呪だ。
だが、時としてそれは幸せを呼び込む願いに化けることもある。
ただ、この己より少しだけ幼いこの子の笑顔を見ていたい。
見方を変えるなら、それはずいぶんと士道の身勝手な欲求にすぎないだろう。
――だが……
「……うん、わかった。おにーちゃんが……言ってくれるなら、私は、強い子になる」
あの得体のしれない『何か』がくれた宝石でさえ、琴里は強くなることができなかった。
でも――士道がくれたこのリボンでなら、少しだけ強くなれる気がした。
願わくば、この兄弟の未来は笑顔であふれかえるものであってほしい。そう願わざるはえないものだ。
『――治ったんだね。何よりよ』
突然、ぞっとするような声が耳元に聞こえた。穏やかだった気持ちは得体のしれない『何か』に塗りつぶされる。
そう、狂気だ。狂喜だ。凶喜だ。
その声は狂った『何か』に塗りつぶされていたのだ。
『――でも、君たちは今日あったことを知らなくてもいいし、覚えていなくてもいい。少し忘れてもらうよ』
そして“存在”は琴里と士道の額に触れ――
「させるかあああああああああぁぁぁぁぁああぁああ!!!!!!」
――ることができなかった。
“存在”がいた場所に西洋剣が数本迫る。しかしその剣群は“存在”に刺さるようなことはなく、すり抜けて通過していった。そして“存在”は蜃気楼かのように消えていった。
士道は、ただただ唖然としていた。
あの不気味な声は何だったのか。
今の超常現象は何だったのか。
この場景はどうして起こったのか。
だが、無条件で分かったことがある。
今の得体のしれない『何か』が琴里をこんな目に合わせたのだ。
今、通過していった剣群、それを放った何者かが自分たち兄弟を助けてくれたということなのだと。
そのことだけは、すぐに理解した。
「――よかった。無事でいてくれて」
そして、この二人の小さな兄弟を救ったのは、これまた小さな、そして赤い少年だった。
いや、赤いだけじゃない。赤くて、紅くて、あかいのだ。
その身はひどくボロボロで、あっちこっちから血がにじみ出ている。
額からは流血し、両の手はズタボロ状態。
いや、それだけではない。この赤い少年、衛宮士郎からは
――無数の剣が、それも内側から食い破るかのように突き出していたのだ。
士郎はそんな状態でありながらも士道と琴里が無事であることを嬉しそうに少しだけ微笑んだ。
士道はそんな士郎を見て戦慄した。自分たちとそう歳が変わらないような少年がだ。
一度ならず二度までも、この異常な危険から身を助けてくれたのだ。
士道はその姿を見てどこか……
「――あ……」
寂しそうに見えた。