アンリミテッド・ブレード・ライブ   作:夢物語

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今年最後の投稿です。

今回も難産だったな~(´・ω・`)


それだけで俺は救われた気がしたんだ【後篇】

「そんなにさみしそうだったか?」

 

 士郎は額に漫画でよく使用されるような特殊効果的な大粒の汗をかきながら士道に聞き返した。

 

「うん、あれから少なくない時間を過ごしてきたけど、確かにシロ兄は寂しそうに見えた。

 きっとシロ兄ほど寂しそうな人間、はそうそういないと思うよ?」

 

「そんなことはないと思うのだがな」

 

 小さく眉をひそめながら呟いた士郎に、士道は「そんなことあるよ」と苦笑いしながら返した。

 

「そうかね? 士道のようなことを俺に対していう人は本当に初めてだ。だから余計に疑問に思うのだがね、君はいったい俺のどこを見て、寂しそうだと思ったのだ?」

 

「そ……それは、えっと、う~ん……」

 

 士道は眉間に小さな皺を寄せて、たっぷり三十秒ほど唸りながら答えを探した。

 

 結局のところ、いったいどこが寂しそうな印象を待ったのだろう。

 ほかにもいろいろな印象を感じることだってできたはずだ。それなのに真っ先に目を奪われたのは、思わず手を差し伸ばしたくなるほどの寂しい、淋しい……

 

「眼……かな」

 

 『眼』だった。

 

「――眼?」

 

 そう、眼だったのだ。

 二人の兄弟が共通して持った認識は、士郎のその眼の奥に隠された孤独さだったのだ。

 その凍えるような寂しさと孤独を感じ取った士道は、士郎に対して、とてもではないが他人のようには思えなかったのだ

 琴里も士郎の瞳を見て、。士郎の孤独を感じ取った。

 それだけではない。その眼を見て思い出したのは、彼女の義理の兄である士道の昔の姿を思い出した。

 

 二人にとっては、士郎は私たちを助けたヒーローであると同時に、このままほっておいたら絶対にダメだと、そう思わせる何かを理屈抜きに感じ取っていたのだ。

 

「なるほど、おおよそ理解した。

 だが、ここまでの話はおそらくではあるが、ある種の前置きのようにしか思えないのだよ、士道。

 まったく……とは言えないが、話の意図がなかなか見えてこないのだ。君は俺に何を求めているのかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本当にびっくりだよ。

 なんでそんなにボロボロなのにそこまで誰かのために動くことができるのかな。

 君のそれは最早、変を通り越して異常だよ』

 

 “存在”は衛宮士郎の動きが、幾度も蓄積されたダメージにより動けなくなっている隙に琴里と士道の記憶を奥深く闇に沈めようとしていた。

 その時の“存在”の感情といったらどうだろう、言い知れようのない歓喜と実験が成功したときの爽快感が入り混じったあまりにも純粋で、極端に濁り切っていた。

 口元は欠けた月かのように歪み、小さくのどを鳴らす。

 

 だが、そんなことは士郎が許さなかった。

 運がいいといえばいいのか、士郎は剣を己の里から現実に落とすことは、この短い闘い中に何回もしたが、その剣製を遠くに飛ばすようなことはなかったのだ。

 だからなのか“存在”は油断した。

 

 士道たちを助けるために数多の剣群を精製し、いまだ笑ういやらしい顔にめがけ、放ったのだ。

 そして、剣群を放たれた当の本人は、幻かのように消えた。

 しかしその瞬間、奴は陽炎かのように士郎の目の前に現れたのだ。

 

「くっ……それは褒め言葉としてありがたくいただくとするか。

 しかし、俺もいい加減疲れた。貴様の気味の悪い姿なども見たくない。そろそろここで貴様にとどめをさすとしよう」

 

 そして士郎はゆっくりと、ふらつきながらも歩を進め、しかしその眼差しの鋭さを緩めることなく“存在”近づく。

 小さく、しかし子供特有のよく通る声で士郎はさらに言葉を発した。

 

「貴様はもう気が付いているだろうからいうがね、俺の力は確かにこの『世界』にはないものだろう。

 その中でも俺の力は更に異端でね、それが刀剣類ならば見ただけでその武器のすべてを解析し、複製できる。

 もういい加減疲れたのだ。

 貴様がいるだけで世界が揺るぐ。

 貴様はこの世界にはいてはいけない。

 はっきり言おう……

 ――俺は不死殺しの武器を知っている!」

 

 不死殺しのハルペー。蛇狩りの鎌。

 ペルセウスがゴルゴン退治の際に与えられた宝具のひとつで、ゴルゴンがキビシスの結界返しによって自ら放った暗黒神殿に捕らわれ身動き一つ出来なくなった隙を突いて、これによってその首を断ったといわれるものだ。

 

 士郎はそれを投影した。

 

「むろん、やろうと思えば貴様ごとき倒すことなどわけないぞ」

 

『…………』

 

 その距離、約一メートル。それが今の士郎と“存在”との位置関係だ。

 この距離からハルペーを投げるなり腕を振り上げて攻撃なりすればすぐに手が届くような範囲内だろう。

 それを知ってのことか、それとも知らずか、“存在”は怖がるような様子は見せないものの、口元のにやけは消え失せた。

 

『確かに、それなら簡単に殺せそうだね』

 

「あぁ、その通りだ。だが、俺からはもう貴様に攻撃しない。

 貴様がそこにいる子供たちに手を出そうとした瞬間に、すぐに、端的に、一瞬にして消してやる」

 

『…………』

 

「…………」

 

 沈黙。それだけが二人の世界を支配した。

 

 刻々と時間が過ぎていく。

 

 そして、たっぷり一分という停止間が過ぎ去った。

 

『どうやら、いよいよ本当に状況は確かりとしていないようだねぇ』

 

 わざとらしくため息を吐く。先に沈黙を破ったのは“存在”だった。

 

 確かに士郎が有無を言わさず、谷下武器を投げるか振りかざすか、はたまた五河兄妹に触れた瞬間に屠るのか、それらの選択をすればすぐに片が付く。しかし、今現在において士郎はそれをしようとしなかった。

 いや、しないわけではない。できないのだ。

 万が一下手に触れてしまえば、それだけですぐに逃げられしまうからだ。

 ただでさえ存在の在り方が希薄なのだ。そこにいていないような、そんなあやふやな存在。

 そんなものに、こちらから意図して触れることなど不可能に近い。

 

 唯一こちらの攻撃を通す方法。それは相手が攻撃しているところにカウンターを仕掛けるか、何かしらの目的をもって実体化したときに攻撃を仕掛けるぐらいしか打つ手がない。

 

 だから衛宮士郎は黙して待つ。

 唯一、攻撃を仕掛けることができるチャンスを待つために。

 

『…………はぁ、わかりましたよ。降参ですよ。ここまでされたら自分(僕、私、俺、己、わたくし)は【逃げる】という選択しか残されてないのは誰の眼から見ても当たり前ですよね』

 

 “存在”は吐き捨てるように沈黙を破った。

 

『まぁ、しょうがないですから、ここは退いてあげましょうか。』

 

「ふざけるな。

 貴様はこれだけ、このどうしようもない現実を引っ掻き回した挙句に逃げ出すというのか!」

 

『勘違いしていない? 別に逃げるわけじゃないよ』

 

 そういいながらため息を吐きつつ、言葉を綱ける。

 

『君はもうわかっていると思うけど自分(僕、私、俺、己、わたくし)の存在の在り方が希薄なんだよ。

 この世界にいるようで、実は別のところにいる。

 別のところにいるようで、この現実に存在している。そんなあいまいな存在なんだよ。

 そんな自分(僕、私、俺、己、わたくし)が無制限に、何の代償もなく、永続的にこの場所に居続けることなんてできないの』

 

「つまり貴様は何が言いたいのだ」

 

 士郎は歯を剥き、視線ですら殺すことができそうな眼で睨みながら聞き返す。

 

『君、馬鹿なの? ダメだよ。考えることすら放棄したら、何の発展にもつながらないよ』

 

「たわけ。そのようなもの、とっくに想像などついている」

 

 そう、衛宮士郎は“存在”が何を言いたいのかすでに分かっている。

 ならば、なぜ分かっていることを一々問いただしたのだろうあ。

 当然ながら、それは単なる確認作業だ。

 

 つまり“存在”は何を言いたかったのか。それはこういうことだ。

 

 “存在”の在り方はかなり希薄なものだ。そんなものはこの世界に存在していいものではない。

 だが、現実にそいつは確かにこの世界に存在しているのだ。

 しかし、この世界に居続けるためには、何かしらの縛りがあり、いつまでもこの世界に生き続けることができない。

 それは“存在”今までの発言で明らかになっている。

 つまりそれは

 

「貴様は逃げるわけではない。

 貴様はただ単にこの世界に居続けることに限界が来たから致し方無くここを去る……

 そういうことだろう」

 

 吐き捨てるように呟いた。

 

 “存在”はなんでこの世界に来たのか。

 それはおそらく実験をするために来たのだろう。

 この街を焼き尽くすような実験を。

 この二人の兄弟の生死をもてあそぶような実験を。

 そんなふざけた理由のためだけに、“存在”はこの世界に顕現したのだ。

 

 そんな時にイレギュラーが現れた。

 衛宮士郎だ。

 彼がいなければ実験は續かなく進み、それが当たり前かのように終わっていたのだろう。

 それが、士郎がこの地獄という名の実験場に現れたために予定が大幅に狂った。そして致し方なく……

 

『そういうこと。

 たぶん君が思っていることの殆んどが正解だよ。

 それに、自分(僕、私、俺、己、わたくし)も君も、これ以上の戦闘は限界なはずだよね?

 ならば自分(僕、私、俺、己、わたくし)は無理してまでこの兄弟の記憶を奪う必要がないわけ。

 そうじゃなきゃ君に殺されちゃう』

 

 そういいながら、やれやれ……といわんばかりの、お決まりのポーズをとって顔を左右に溜息を吐きながら振る。

 

 そして限界が来たのか、“存在”は足元から宙に溶けるように漆黒の靄がそこらじゅうに拡散していき、透けていった。

 

『ま、楽しかったよ。やっぱり実験はイレギュラーがあってナンボだよねぇ』

 

 笑う

 嗤う

 哂う

 ケラケラと

 (さげす)むように

 

「――貴様だけは許しはしないぞ」

 

 そして士郎は、はっきりとした敵対を意味する言葉を、もう殆んど見えなくなった【それ】に叩きつける。

 

『別に自分(僕、私、俺、己、わたくし)は君のことを敵と思っているわけではないけどね?

 でもまぁ、ここはとりあえず、こう言おうか。

 

 

 分かったよ。その言葉、受け取った』

 

 そして、とうとう初めからそこには何もなかったかのように、今度こそ、気配ごとその空間から消えて(ロストして)いった。

 

 

 

 衛宮士郎はただ立ち尽くす。

 性も根も尽き果て、ただ立っていることすらおろか、体を動かすことでさえできないほどの疲労が、その小さな体に蓄えられている。

 しかし、それでも意識を保ち、ただ強い意志だけでそこに立っているだけだった。

 

「そうだ。あの子たちは……!」

 

 士郎は一番の加害者にして最大の被害者である二人の兄弟の方に顔を向ける。

 そしてゆらゆらと、フラフラと歩きながら頬を緩める。

 

 五河琴里と五河士道は長いような、短いような激闘を繰り広げていた剣の鱗を身にまとった少年の姿を、ただ唖然と眺めていた。

 まだ幼い少年少女からしたら、一体この一日は何だったのかすら理解できないような状況に巻き込まれただけの(正しくは首を突っ込んだと言いかえることも可)少年は、この幼い兄弟を護ってくれた。

 そこにいったい何の理由があるのかまるで分からないが、この幼い兄弟は士郎の優しい笑顔を見て安らぎを覚えた。

 

「よかった。君たちのことを護ることができて」

 

 そして士郎は倒れこむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は覚えているんだ。シロ兄は俺と琴里を護ってくれた。

 ボロボロになって、体中から剣が生えている状態でありながら、それでも俺たちを護って、戦って、助けてくれた。

 今更こんな話をしてもちょっと恥ずかしいけどさ」

 

 そういいながら士道は苦笑いした。

 だが、その苦笑いもすぐになりを潜め、腕を組み数秒何かを考え始めた。

 そして何かに納得したのか、士道は今度は安心したかのように小さく口角をあげ、眉尻を下げた。

 

「うん、でも、やっぱりだ」

 

「何がやっぱりなんだ?」

 

「さっきも言ったと思うけど、シロ兄が寂しそうだったって話だよ。

 あの時、シロ兄は俺たちのことを助けてくれた。

 守ることができてよかったって、笑ってくれた。

 だけどさ、俺から見たその笑顔は……さ、淋しそうに見えたんだよ」

 

「…………」

 

 士道のこれまでの過去の回想、それも士郎と五河兄妹との出会いという、ある種の衝撃な思い出話を、士郎はただ黙って聞き続けた。

 

「それで、さ。似てると思ったんだ」

 

「…………誰と誰が似ているんだ?」

 

 士郎は眉をピクリと動かした。

 それほど士郎にとって、士道の告白めいた独白に多少の疑問と大きな興味を持ったのだ。

 

「それは、俺とシロ兄だよ」

 

「へ……?」

 

 だが、士道の口から出てきた言葉は、ある種の意味で意外だった。

 

 俺と士道が似てる? どこが似ているというのだ。

 俺は生粋の人格破綻者だ。確かに温もりを思い出し、多少の人の機微が分かる程度に感情を思い出したとはいえ、それでも俺と士道が似ているということはあるものなのか?

 

 腕を組みながら顎をさすり、そんなことを考える士郎。そんな彼を見て士道は、おおよそ彼が考えていることを悟ったのか慌てて弁解する。

 だてに一緒に暮らしているのだ。これぐらいの感情の動き、士郎ならまだしも士道にはすぐに分かる。

 

「いや、そういうことじゃないんだよ。俺が似ているっていったのはそういうことじゃないって」

 

「では、どういうことだというのだ?」

 

「俺とシロ兄の在り方だと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛宮士郎が倒れてどれぐらいの間眠っていたのだろうか。ずいぶんと時間がたった。

 

 衛宮士郎。その存在はあまりに奇特で、既得で、危篤な状態でもあった。

 二人の兄弟の前に現れ、その体を盾にし、そして守り抜いた。

 それこそ、己の身体をなげうって……

 

 その体から多々の刃が貫き、そして体に帰っていく。

 そんな異常な現象がこの二人の目の前にありありと見せつけられた。

 その光景に五河兄妹は眼に涙をためた。しかし、こぼすことはしない。

 士道は妹である琴里の身に起こった現象を受け入れて、受け止めている。

 ここで士郎の身に起こっている奇跡を拒否すれば、琴里のことを否定するのと同義である。

 ならば助けようとすることは当然のこと。

 琴里は、その身に宿し、起こしてしまったもの自体が奇跡の体現だ。

 士郎のことを拒絶するということは、士道が琴里のことを認め、受け入れている事実を蔑ろにしていることと同じことだ。

 そして何より衛宮士郎は、この少年は、間違いなくこの兄妹にとって正義の味方なのだ。

 ならば助けようとすることにそれ以外の理由はいらない。

 

 士道と琴里は、どちらがそうするとも言わず、ただ自然に士郎のもとに駆け寄り、無事を祈るかのように声をかけ続けたのだった。

 そして、士郎の身体から突き出ては引っ込む数多の剣が為りを潜めたころ、自衛隊をはじめとし、警察や救急車が被害者を助けるために近場の街から駆けつけ、担架に乗せられた一番の被害者であり、一番の加害者でもある三人は病院に運ばれ緊急治療されたのだった。

 

 

 ――そして五日後

 

 

 衛宮士郎は目を覚まして一番最初に目にしたのは二人の子供の寝顔だった。

 病棟の入院室に二つの丸椅子を並べ、士道と琴里は士郎が寝ているベッドに体をうつぶせに預け、穏やかな寝息を立てていた。

 

「そっか。助かったのか……」

 

 呟いた言葉は、ただただ、安堵だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの紅く染まった災害をきっかけに思い出した己の前世へと想いを馳せる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こことは別の平行世界の(とき)を越えた数多の出会いと別れ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その中でも異彩を放つ一人の女性のことを思い出す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女との約束を忘れることは決してない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎。アンタは絶対に幸せになんなくちゃいけない。アンタはたくさんの命を救ってきたけど、心までは救えなかったんじゃないの? 幸せを知らないアンタが人を幸せにできるわけないじゃない。だから今度は、アンタが幸せになって、そして手の届く範囲でいい。お願いだから、本当に大切な人たちのことを助けてあげなさい。命だけじゃなくって、心も……ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして思い知るは彼女の心

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「できるなら私が士郎を幸せにして挙げたかった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからもう。

 

「絶対に死んでやることなんかできないな」

 

 そう零して、ただ微笑み二人の兄妹にゆっくりと手を伸ばす。

 

 ここから先はよくある話だ。

 五河兄妹の両親が病室に入ってきてしばらく会話を交わす。

 その折に、二人の夫婦が士郎に養子にならないかと持ち掛ける。

 そして士郎は家族に己の存在のすべてを明かし、受け入れられ、そして衛宮士郎は五河士郎へと名前を変える。

 なぜなら彼は

 

 ――爺さん、今までありがとう。

 

 もう衛宮の性を名乗る必要などないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは何か? 君が俺と似ているというのは、性格や性質が似ているということじゃなく、在り方似ているということか?」

 

「そうだよ。

 シロ兄が……士郎がここに来るときに色々と話してくれたよね? 自分がどういう存在だとか、今まで何をしていたのかとか。

 それを聞いていて思ったのが、その境遇なんだ」

 

 士道は幼いころの記憶がひどく曖昧だ。

 養子に拾われる以前の記憶が無いに等しい状態。いや、引き取られてからの記憶も(おぼろ)げだった。

 そんな状態の士道の眼は、ひどく濁っていたのだろう。もしかしたら一時とは精神的に壊れていたのかもしれない。

 それでも救われた。

 誰が救ってくれたのかは言うまでもないだろう。

 

 ――家族だ

 

 とりわけ妹の琴里は泣き虫で、恐がりで、そして何より優しい少女は士道の隣に何をするわけでもなく、ずっと隣にいてくれた。

 たったそれだけのことでいったい何が変わるというのだと、指をさし笑うものがいるかもしれない。

 だが、それでも幼く、当時壊れていた少年の心はそれだけで救われたのだ。

 いや、隣に寄り添ってくれたからこそ救われたといってもいい。

 それぐらい少年は……士道は感情を取り戻すことができたきっかけとなった琴里に強く感謝している。

 

 あえてここまで語ればだいたい想像もつくだろうことだがあえて記そう。

 衛宮士郎は聖杯戦争という大儀式による人災で全てをなくした。

 そして感情をなくした士郎を引き取った切嗣のおかげで生きる目標を手に入れることができた。

 

 その方向性、在り方は別方向ではあるものの、そこに至るまでの境遇はあまりに似すぎているのだ。

 ついでに言うと、先の大災害にみまわれたという事実も含めれば、そこまでに至ったまでの順番が違えども境遇そのものは、最早そっくりを通り越して一致しているといっても過言ではない。

 それこそ士道も一歩間違えれば士郎の様な性格破綻者になっててもおかしくないぐらいの。

 ひとえに、そうならなかったのは家族の愛情があったからこその奇跡に他ならない。

 

「それを思うとなんとなく面白くってさ。

 だってここまで境遇が似ていて、そっくりなのに、こうまで俺たちは違うからさ……

 俺もシロ兄も感情とか記憶とかどこかに置いてきた人間なのに、こうも違うんだ。

 でも、それはつまり、士郎も隣に寄り添ってくれるような誰かがいたら、きっと、もっと早く感情を取り戻すことができたと思うんだ」

 

 士道は士郎から過去の話を聞いたことがある。だからこそいえることでもある。

 英霊となったエミヤシロウに殺されそうになった。剣製を競い合うことで己の意地を押し通し、最後には押し潰そうとしていた意思と力による暴力をはねのけた。

 

 ただ憧れただけだったのだ。誰かのためにならなければならないと脅迫観念に突き動かされてきただけなのだ。

 それでもその生き方や生き様は間違いなんかじゃなかったんだと信じてこれた。

 

 その話を聞いたことがある士道は思ったのだ。もし俺がシロ兄の様な立場なら、きっと同じように正義の味方を目指していたのだろうと。

 

「そう考えると、おかしいぐらい似ているんじゃないかな。俺たちって、さ」

 

「…………そうだな」

 

 小さく笑いながら、そうつぶやいた。

 

「さて……」

 

 そしてそのままつなげる。

 

「もう前置きはいいだろう。そろそろ本題に入ろうか。

 つまり君は、士道は強くなりたいのだな?」

 

 士道の話は昔ばなしから始まった。

 士郎が二人の兄妹を助けた。そしてその姿はボロボロで、その眼に称えるものはあまりに寂しげだった。

 そして、士郎は五河家の養子になった。同じく養子の五河士道は、あまりにも士郎と似すぎていた。

 さて、士道はいったい何を思ったのだろうか。

 ただ強くなりたいと思った。

 士道は士郎の姿を見たときに思ったのだろう。あぁ、もう一人の自分がいる、と。

 士郎の話を初めて聞いたときに思ったのだろう。もしかしたら俺もこうなっていたのかもしれないと。

 そして思った。

 

 せめて、目に映る、手の届く範囲内だけでもいい。大切な人を、想いを、温もりを護るだけの力を、俺もほしいと。

 

 はっきり言う。

 衛宮士郎に至る前の○○士郎が衛宮切嗣にあこがれを抱いたように、五河士道は衛宮士郎にあこがれたのだ。

 

「しかし君は理解しているはずだ。それがどれだけ厳しく、中身が空っぽであることかを。

 それでも君は強くなろうと願うのか」

 

「それは本人が決めることじゃなくって、ほかの人が決めることだろ? 厳しいことだというのは大前提で、そこに中身が伴うかどうかは第三者だと俺は思う」

 

 士道は軽く目を閉じて、それに、と続ける。

 

「俺は何より強くなりたいと思ったんだ。それこそ、シロ兄の背中を護れるぐらいに。家族を助けられるぐらいに」

 

 その士道の答えを聞き、士郎はしばらく熟考し、士道に答えた。

 

「…………なるほど。少なくとも、何を護べきなのかが定まっている分、俺より明らかにましと言えるのかもしれないな」

 

「そんなことはないと思うけどな。俺たちは、シロ兄の言う中身がともってない力に助けられたし、守られたんだ。

 俺たちのことを思うなら、そんな悲しいことは言わないでくれ」

 

「…………」

 

 士郎は昔のことを思い出していた。それは、衛宮切嗣に引き取られた時の話だ。

 当時の士郎は、何もかもなくしてしまい、眼には光など宿すことなかった。

 病室にはたった一人。あとは偶に来る看護婦や医師が定期検査や食事の受け渡しをするぐらいしか他人とのかかわりはなかった。

 そんなある時、医者でもない、身内でもない、全く知らないおじさんが士郎の病室に入ってきた。

 

『この病院から退院した後、孤児院に行くか、全く知らないおじさんに引き取られるか、どっちがいい?』

 

 士郎は知らないおじさんに引き取られることを選んだ。

 それはかすかに覚えている助けてもらった時のことを思い出してのことだった。

 

 あの大災害のとき沢山の人を見殺し、呪われ、手を振り払い、ただ歩いているだけだった。

 そしていよいよ力尽き、倒れ、死を待つだけだった。

 そして片方の手を上げる。何かをつかもうとしたのか、それともただなんとなく手を伸ばしただけだったのか、今や本人も覚えていない。

 その手すらあげることができなくなって、意識が薄れている中、誰かが手をつかむ感触を感じた。

 

『生きてる。よかった。生きてる生きてる……生きてる』

 

 眼をあけると、そこにはくたびれた黒い厚手のコートを羽織ったおじさんがボロボロになりながら、士郎の手を握り、涙を流し、笑いながら、まるで何かに感謝するように、生きてる、ありがとう、呟いていた。

 その表情は本当に幸せそうで、士郎が救われたはずなのに、まるで救われたのはこっちの方だと語っているようなその姿があまりに綺麗で、その姿にあこがれた。

 

 だからついていった。

 そうすれば僕も何かつかめるのではないかと――

 士郎はそう思ったから。

 

『あぁ、そうだ。

 君が僕についてくる前に言わなくちゃいけないことがあったんだ』

 

 そして士郎は知る。

 

『僕はね。魔法使いなんだよ』

 

 魔術の存在を。

 

 士郎は思った。何だ、士道が俺たちの境遇が似ているといってはいるけど、力を求める理由もまた、似ているじゃないかと。

 士郎は切嗣が幸せそうな姿を見て、憧れたから力を求めた。

 士道は士郎の寂しそうな眼を見て、憧れ、守りたいから力を求めた。

 

 似ている。あまりに似すぎている。

 そう思うと士郎は少しだけうれしかったのと同時に、最終的に俺はどうなったのかと考えると、士郎は士道が力を求めることに不安を覚えた。

 なぜなら士道が力を求めなくても士郎が皆を護ればいいと、傲慢もいいことを考えていたからだ。

 しかし、士道は守る力が欲しいと士郎を頼ってきた。その事実と理由を知り、士郎は困惑しているのだ。

 

「……はぁ」

 

 だが、いつまでも困惑していられない。

 士郎は考える。俺はどうして魔術に手を出したのだろうかと。

 結局のところ、理由らしい理由といえば、切嗣が魔術師だからだ

 士郎にとってのヒーローがたまたま魔術師だった。だから魔術を求めていただけにすぎない。

 ならば、士道はどうだろうか。

 士郎はただ一言、守るための力が欲しいと言った。

 それはつまり、強くなれるならどんな力でもいいということだ。

 魔術じゃなくても体術があればいい。

 体術じゃなくても身を護れる術があればいい。

 そうすればきっと誰かを護れることにつながるだろうから。

 力は所詮力。それを使う人が正しいことに使おうとするなら、その力は正しかったということになる。そのことを士道はよく分かっているということだろう。

 そう考えると、ただ英雄になるために力を求めた士郎より、ただ守りたいがために力を求める士道の方が、よっぽど人間らしいではないか。

 士郎はすんなりと、そう思うことができた。

 

「わかった。士道がどんな力を求めているのか、まだはっきりとはしないが、力を貸すことを約束しよう」

 

「――ていうことは、つまり」

 

「何、俺の戦い方は少し特殊でね、君には全く何の参考にもならないだろうが、基礎は教えられる。

 あらかたそれを叩き込み終わったら、組手をいくらでも付き合ってやるから、覚悟しておくように」

 

「あ……ありがとう! シロ兄!」

 

「構わないさ。その代り、厳しくしていくから覚悟するように」

 

 士郎は意地の悪い笑みを作りながらのたまった。

 

「…………ちなみにどれぐらい?」

 

「思い浮かべられるだけ辛いと思えるトレーニング方法を考えてみろ」

 

「…………」

 

 士道は考えた。

 そしていやな汗をだらだら流しながら思う。

 まさか、モシカシテ、と。

 

「そんなものは天国だ!」

 

「やっぱり!? 早まったあああぁぁぁあ!?」

 

 絶叫。

 そこには、某最強の弟子の如く、口からエクトプラズマを吐き出しながら取り乱す士道がいた。

 そして士郎は、どこかしらか「じぇろにも~!」という奇声が聞こえたような気がしたが、気のせいだと割り切り、聞かなかったことにした。

 聞こえなかったといったら聞こえなかったのだ!




 それから、ある程度落ち着きを取り戻した士道は、琴里がもうすぐ帰ってくる時間帯ということで、昼食の準備に取り掛かっていた。
 五河家の食事当番は、琴里を除いてローテンションを組んでおり、今日の朝は士郎、昼は士道というだけのことだ。
 あと数分もすれば琴里は家に帰ってくるだろう。そんなタイミングでふたりの会話(一部発狂)が終わるという事実にある種の悪意を感じてしまう。
 故にあせる。
 凡ミスすらも犯してしまうだろう。
 士郎は扉が締まっている部屋で優雅に紅茶なんぞを飲んでいるが、数部屋離れている向こう側の台所から悲鳴が聞こえてきたが、それすらも無視をした。
 なんという鬼畜。
 ある意味一番性格が変わったのは士郎かもしれない

「しかし……」

 士郎は思う。まさか士道があそこまで己の無力さを辛く思っていたのか、と。
 士道は護る力が欲しいといった。その誰かにはもちろん、士郎も含まれているだろう。
 確かに士郎は力も持って五河兄妹を護った。
 その姿に士道は多少とはいえ、憧れを抱いたのかもしれない。
 もしかしたら妹を護ることができなかったことを悔いたかもしれない。士道はそういう男だ。
 だから守るための力、なのだろう。

 しかし、士道は知らない。
 五河兄妹が士郎の手によって命が救われたように、救った士郎も救われたのだ。

 遠坂、俺も守りたいと思った一を見つけたよ。
 今なら少しわかるよ。あの時のじいさんの気持ちが。
 あの時の俺は、うれしかったんだ。守ることができて、助けることができて。
 士道と琴里を助けることができた。命を救うことができた。それだけで――

「それだけで俺は救われた気がしたんだ」
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