プロローグ
空間震。
それは、凶悪なまでの災害にして、最大なまでの理不尽である。
その名前の通り空間的突発性以異常災害であり、防ぎようもない自然災害でもある。
なぜ、何もない空間からいきなり最終兵器規模の衝撃が繰り出され、破壊をまき散らすに至ったのか、その原因を突き止めたものは誰もいない。
しかし、原因は分からなくとも、空間震の前兆は日々の技術の進歩により察知することが出来るようになった。
これは、一般的に流布されている公開された常識である。
というのであれば、当然ながらあえて明かされていない情報は確実にあるのだろう。
そう。この空間震とは――――――――――――
これは、とある精霊と、一人の人間と、そして異世界の魔術師が紡ぐ
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
沈黙。
ただ、沈黙だけが、五河士道の部屋の中を支配していた。
いや、沈黙とは言ったが、それは部屋に音がないことと同義ではない。
部屋中にはドスドスという、分厚い肉を足で強く踏みつけたのなら、このような音が鳴るのだろうものが響いていた。
それは余りにも、あまり聞きたいと思えるような類の音ではない。
「っう――」
そして沈黙は破られる。
五河士道は小さくうめき声を上げると、薄く、若干涙が滲んだ瞳で何があったのかと、音の発生源のもとに目を向ける。
すると、その視界に飛び込んできたのは、見事なまでのシマパンだった。
あまりにもあざとすぎて色気もへったくれもない。そして何より、はしたない。
この状況を端的に何があったのか、一行の文で表すならばこうなるだろう
朝起きたら、俺の妹が俺の体の腹やら胸やら頭やらを足でサンバのリズムを刻んでた。
そりゃ、あまりにも痛々しい音が響くわけだ……
いやいや、そうではなくて――と士道は片目をこすりながら呻くように声を発した。
「あー、琴里よ。俺の可愛い妹よ」
「おお!?」
中学校指定の制服を身にまとった琴里は、尚も士道の身体から降りることもなく、身をひるがえして、向こう側を見ていた顔をこちらに向けた。
昔と変わらない、長く二つに括られた髪がゆれ、どんぐりみたいな丸っこい双眸が士道をとらえた。
いやはや、士道の立場からしたら、ふざけるなの一言ぐらい言いたいだろう。
朝の早くから人のことを遠慮なく踏みつけ、さらにその上タップダンスを踊るようなはた迷惑なことを、いくら可愛い妹とはいえ、現在進行中で続行しているのだ。文句の一つでも言いたくなるのが当たり前というものだろう。
しかも、その表情は「しまったと!」とか「ばれた!?」などという後ろ暗さは全く感じない。どちらかというと士道の起床を素直に喜んでいる様子すら見受けられるのだ。
そりゃ、「可愛いい妹よ」などと皮肉を言いたくもなる。
「何だ!? 私の可愛いおにーちゃんよ!」
琴里はビートを刻む足を止め、そう言ってくる。ちなみに、尚も士道の上から降りる気はないそうだ。
ちなみに、念のために言うが、士道は可愛いわけではない。いや、然る格好をして髪を伸ばし、薄く化粧をすれば化けるだろうが、今はどうでもいい話である。
「いやおりろよ。おもい」
士道はあえてひらがなで、そう言った。それは腹部をいまだに踏みつけられ、呼吸しにくい中で言葉を喋ったからなのだろうか…… いや、明らかな棒読みだった。
皮肉すらもあっけらかんと返され、気力をごっそり抜け落ちてしまったのだ。
もういいや、とりあえずどいてくれれば何でもいい、なんていう雰囲気がありありとあらわれていた。
「なんだと!? おにーちゃんは私のことを構ってくれないのか!?」
大げさに驚くようなそぶりをしながら琴里はいった。
「……あ~、もういいや。お休み」
そういいながら、士道は体を横に向けながら布団を頭までかぶった。
自然、琴里はバランスを崩し、必然的にずり落ちた。
それはもう、ドテッ! という音を響かせながら、尻餅をついた。
「イタ! いや、あんまり痛くないけどね? う~、私という可愛い妹が起こしに来ているというのに……」
「ン~、あと一〇分……」
琴里の愚痴を意も返さずに間延びした答えを返す士道。それに対して琴里は小さく頬を膨らませて唸りながら士道のことを揺さぶり始めた。
「だーめ! ちゃんと起きるのー!」
起き抜けのいまだに覚醒しきっていない頭をシェイクされる士道は「うぇ~」とうめき声を上げた。ただし、こちらもムキになっているのか、頭を出そうとしない士道。
「う~…… 分かったよ~だ。そっちがその気なら私も考えがあるんだから!」
そういいながら琴里は士道から遠ざかり始めた。その足音を聞いた士道は、諦めたのかと溜息を吐いた。
いやしかし、その足音は突然止んだ。何事かと士道は少しだけ布団から眼をだし、琴里の様子を窺った。
対し琴里は、大きく口角を上げ弧を描き、クラウチングスタートのような体制をとっていた。
あ、これはやばい。士道は急いでうつぶせになり、亀のように布団をかぶり、四肢を縮こめた。
瞬間、琴里の前身のバネを開放し、大きくジャンプし、士道に両手で抱え込むように頭からとびかかった。
そこからはどこにでもあるような兄妹の取っ組み合いという名のスキンシップだった。
しかしながら、このように朝の早よからこのような大騒ぎをしていれば、当然ながら声やら音やら騒音やらが響き、壁を突き抜け、いたるところに聞こえてしまうというものだ。
当然、この騒ぎは同じ同居人である者にも聞こえてしまうわけで。
「えぇい! うるさいぞ貴様ら朝の早くから何を騒いでいるか!!」
いつの間にか部屋に入ってきていた五河士郎に首根っこを引っ掴まれ、引き離された後に二人は仲好く拳骨を落とされたのだった。
士郎作、朝の朝食を三人は食べていた。今日のような温かい陽気の日にはシンプルで美味しいものを食べたくなるものだ。
今日の食事は、こんがりと焼いたベーコンに溶き卵を投入して蒸し焼きにしたベーコンエッグにワイン、ごま油、御酢、塩で作ったお手軽なドレッシングで味付けしたサラダと、あとは味噌汁と白銀に光った美味しそうに湯気をたてている白米だ。
それらの食事は綺麗に拭かれたテーブルに並べられ、それらは視覚的にも嗅覚的にも食欲がわいてくる。
「………………」
「………………」
しかし、二人の手の進み方が若干遅く感じる。いや、実際に遅い。
士道と琴里は、それはもう恨めしそうに士郎のことを見やりながら、ちびちびと箸を動かしていた。
当の士郎は何食わぬ顔で普段通りに箸を進め、朝食を食べる。
そんな士郎の態度に士道は、小さくため息を吐いた。
「どうした。溜息なぞ吐いて」
「いや、なんでもない。別にシロ兄に落とされた拳骨のせいでたんこぶが出来たとか、俺たちの視線をどこ吹く風かのように受け流されていることに思うところがあるとか、そんなこと思ってないから」
「……お前は何時からあからさまな皮肉を言うようになったのだ?」
後頭部にでっかい汗をかきながら苦笑いした。
確かに、士道と琴里は朝から近所迷惑なんか知ったことじゃないぜこの野郎と言わんばかりに騒ぎ過ぎて士郎に叱られた。それは別にいいのだ。
実際に悪ふざけが過ぎてしまったのなら然るべき時に叱り、叱られるべきだ。そうしなければ子供は、いったい何が悪かったのか、何が間違えだったのかを知ることもできなければ、直すことなどできるわけがない。
それは当然ながら二人も理解していることだろう。ならば、何が不満なのだろうか。
叱られたことで気落ちしているわけでもなし。あからさまに不機嫌を表に出して発散するでもなし。
つまり、答えをあえて言うのなら、二人はこう思っているのだ。
「叱られるのは当然のことだと思うけど、殴らなくてもよかったじゃん。しかも新学期早々に!」と。
「…………」
「…………」
「…………」
そして続く無言。今度は士郎も食事の手を止めていた。部屋に響くのはTVのニュースチャンネルのアナウンサーの声だけである。
士郎は思う。これは俺が悪かったのか? と。
いや、純然たる事実の元、二人が起こした厄介事に対し適切な判断を下したはずだ。
ならば、二人はなんで俺をそのような目で見るのだろうか。
確かに殴ったのはやりすぎだとは思うが。
いや、その通りだよ。二人は殴られたことに対して冷ややかな目で抗議してるんだよ?
「…………」
「…………」
「…………あー、なんだ……」
しかし士郎は、なんで二人が冷たい視線を送ってくるのか分からないが、俺が何かしてしまったということなのだろうと、考えることを放棄し。
「――わるかった」
士道と琴里に小さく頭を下げるのだった。
それからは手早く食事を済ませ、各自学校へ行く準備をした。とはいっても、五河家には前日に学校の学業に必要な支度をせず、家を出る直前になって慌てて支度をするような愚行などいない。というか、士郎がさせない。
当然ながら、準備といっても持ち物を確認し、身支度を済ませてしまえば、あとは荷物をもって家から出発するだけだ。
朝の六時に起きて朝食をすましてしまえば、一通りの準備を終わらすのにさほど時間がかからない。
結果、時間は結構余ってしまうものなのだ。
士郎の情けない姿を見て機嫌を直した琴里はテレビのリモコンを操作し、チャンネルを変えていく。
そういえば琴里は毎朝、星占いと血液型占いを梯子するのが日課だった。
とはいえ大抵の占いコーナーは、番組の最後と相場が決まっている。琴里は一通りチャンネルを変えたあと、つまらなさそうにニュース番組を眺めていた。
『――今日末明、天宮市近郊の――』
「ん?」
いつもはBGMくらいの役割しか果たさないニュースの内容に、眉を跳ね上げる。
理由は単純。明瞭なアナウンサーの声で聴きなれた町の名前が発せられたからだ。
「うん? 何だ、こっから結構近いな。何かあったのか?」
士道は琴里が座っているソファーの上に腰掛けながら目を細め、画面に視線を向ける。
そこに映っていたのは、沢山の瓦礫と劣化した建物が広がる悲惨な情景だ。
そう、まるで隕石が衝突したかのようなクレーターと破壊された町並みは、あのころの記憶を沸々とさせるものだった。
「……あぁ、空間震か」
士道はまるでのどに詰まったものは吐き出すように声を発した。
空間の地震と称される、広域振動現象。
発生源不明、発生時期不特定、被害規模不確定の爆発、振動、消失、その他諸々の現象の総称である。
まるで巨大生物が気まぐれに現れ、町を破壊しつくしたかのようなり不信極まりない現象。
この現象が初めて確認されたのは、およそ三十年前のことである。
ユーラシア大陸のど真ん中――当時のソ連、中国モンゴルを含む一帯が、一夜にしてくりぬかれたかのように消失していた。
まるで地上にあるものを一切合財削り取ってしまったかのように、本当に、何もなくなっていたのだ。
死傷者、およそ一億五〇〇〇万人。人類史上類を見ない最大最悪の災害である。そしてその後約半年間、規模は小さいものの、世界各地で似たような現象が発生した。
士道が覚えている限りでは――およそ五〇例。
地球上の全大陸、北極、海上、さらには小さな島々でも発生が確認された。
無論、日本も例外ではない。
ユーラシア大空災の六ヵ月後、東京都南部から神奈川県北部にかけての一帯が、まるで消しゴムでもかけたかのように、円状に焦土と化したのである。
その現象が、ちょうどいま、士道たちが住んでいる地域で発生したのだ。
士道はこの現象を見るたびに思い出す。
そう、それは幼少のころに起こった――
「そんな顔をするな」
士郎は士道の肩に手をかけていう。
「これはある意味仕方がないことだ。これが自然災害であるならば、そのようことを考えても仕方がないことだ。それに今日日、技術の発達で空間震がおおよそどこで起こるのかが解るようになった。皆シェルターに避難しているさ」
「そう……だな」
「しかし、一時は全然起こらなかったのに、なんで増え始めたのだろうな」
「どうしてだろうねー」
士郎はため息交じりに言うと、琴里はテレビに視線をやったまま首を傾げた。
士郎が言ったように、南関東大空災を最後に空間震はしばらくの間確認されなくなった。
だが、五年ほど前に再開発された天宮市の一角で空間震が確認されたのを皮切りに、またちらほらと、その原因不明の現象が確認され始めたのである。
しかもその多くが――日本で。
しかし、士郎たちはその原因に目星はついている。
それはおそらく“アレ”が原因だろう。
しかし、原因がわかったとしても個人の力はあまりにも小さい。
いくら原因を知っているとはいえ、その原因がどこにいるのか分からなければ手の施しようがなく、排除することもできない。そしてどのような手を使って、何を目的として空間震が起こっているのか解らなければ排除の仕様もなく、対策も取りにくい。
そんなものは災害の一言で片づけるしかなかろう。
ただし、そこには人為的な、という言葉が付くのだが。
しかし人類も馬鹿ではない。
空白の二五年の間に再開発がなされた知己をはじめとして、三〇年前から全国各地のシェルター普及率が急激に上昇した。
加えて、空間震の兆候を事前に観測することも可能になったし、極め付けに自衛隊の災害復旧部隊なんてものも設立された。
被災地に赴き、崩壊した施設、道路などを再建することを目的とされた部隊なのだが、その仕事ぶりは正に魔法としか言いようがない。
何しろ、めちゃくちゃに破壊された街を、わずかな期間のうちに、元あった状態にまで復元してしまうのだから。
作業風景はトップシークレットということで公開されていないが、たった一晩で崩壊していたビルが復元されていたのを見たときなど、まるで狐につままれたかのような、たぬきに化かされたような心地になった。
だが、いくら町がすぐに復元できるからといって、空間震の脅威が薄れるはずがない。
傷痕は治っても、その心に焼き付いた恐怖や怪我までは、一緒に直すことが出来ないのだから。
「なんか、ここら辺一帯って、妙に空間震多くないか? 去年ぐらいから特に」
「ふむ、確かにそうだな。はてさて、一体何が原因なのやら」
「……んー、そーだねー。ちょっと予定より早いかなー」
と、琴里がソファーの手すりに上体を預けながら言ってくる。
「早い? 何がだ?」
「んー、あんでもあーい」
琴里の若干くぐもった声を聞き、士郎と士道は首を傾げた。
いや、なんとなく想像はついている。声がくぐもるということは、口に何かを加えている、ということだ。
口にくわえるものなのだから、それは当然大人になれないと吸えない趣向品であるタバコなどではない限り、食べ物に限られる。
食事は当然ながら早々にすんだ。当然ながら、その時に食したものを、いまだに口の中にあまらせ、味わうような下品なことは士郎がさせない。というか、絶対に琴里はしない。
なればいったい、何を口に含んでいるのだろうか。
「琴里、いったい何を食べているのかね?」
士郎は眼を細め、眉間に軽くしわを寄せながら聴いた。
その声に“ビクッ!”と小さく肩を震わす琴里。
士道はまたか、と言わんばかりに軽く頭を抱える。
「にゃ、にゃにもたべへないお?」
「嘘だな」
「琴里、悪いことは言わない。こっちに顔を向けろ」
「ン~ンー!」
琴里は顔を左右に振り、いやだと意思表示した。
だが、そんな幼少の子供がするような行動は意味などなさない。
「そうか、なるほど。琴里は私の作った食事を食べた後もなお、そのような余分なカロリーを摂取して横に大きくなりたいというのかね? なるほど、それでは俺も、そのように今後食事を作るとしよう。なに、関取にでも目指してみるかね? そういうのなら協力は惜しまないのだがね」
士郎は琴里の頭を右手で鷲掴みにし、顔をこちらに向けさせた。
琴里の眼には涙が溜まっており、その口元にはひくついた笑みが張り付けられていた。眉尻はものすっごい下がっていたが……
その様子を見ていた士道はというと
「…………おれ、し~らない」
最愛の妹を見捨てて逃げてしまったとさ。
五河家から悲鳴が聞こえたのは、その数秒後のことだった。
更新が遅くなって済みません。
お久しぶりの方はお久しぶりです。
初めましての方は初めまして。
いまさらですが報告をば。
今回投稿が遅れた理由としては、プロットを組むのに時間がかかってしまったことが一番の理由です。
何せ、この小説は見切り発車スタートの駄作なので(´・ω・`)
早く精進して、少しでもスピードを上げようと頑張るようにします。
また、誤字脱字報告や感想をくれたらすごい嬉しいです。