妄想わーきんぐ。まひる   作:つば朗ベル。

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(1)  まどろみの中で

「はぁ~っ」

「どうしたのよ? まひる、溜息なんかついちゃって」

「あっ……桃香」

 半ば、無意識に出た溜息を聞かれ反応を返す……。桃香――鈴谷桃香は、私の友人だ。金髪でフワッっとしたパーマで、胸が大きいのが特徴……羨ましくなんか……ないっ!

 もう、放課後の教室で、みんなバタバタと教室を出たり、仲良しグループで集まったり……いつもの、放課後の喧騒があった。

「今日は、バイトないんでしょ? もう帰るの?」

「……いや、今日も少し残ろうかな?」

 私がそう言うと桃香は、隣の席のイスを私の机の横にくっ付けて座った。

 バイトのない日は、こうして少し学校に残って友達とおしゃべりをすることが多い。だってまっすぐ家に帰っても、外になんか出れないんだもん。ここで友達と喋っていたほうが楽しい。

「まひるさぁ、バイトもうだいぶ慣れたでしょ? それで? 効果のほどは出てんの?」

 効果……というのは、私の男性恐怖症は良くなったのかって事だと思う。それを少しでも治すために始めたファミレスバイトだけど、男性スタッフの相馬さんや佐藤さん……を、いつも殴っちゃっている……むしろ、迷惑掛けてるな……私。

「ぜんっぜんダメッ! 何回男の人殴っても、相変わらず怖いし……むしろ殴り慣れて?なんか、綺麗に殴る角度とか分かってきちゃったし!?」

「あんたね~? 何しにバイト行ってんのよ? ていうかそれ、そこで働いてる男の人めっちゃ迷惑だよね~!」

 口元を押さえ笑いをこらえながら桃香が言う。

「私だって分かってるよう! ……でも、殴っちゃうんだから、仕方ないじゃない……」

「あははは、そうだねぇ、本当に重症だよね? まひるのその癖。……でもさぁ、なんか殴られたいとかそういう願望の人とかいないの? ホラ、今アニメとかでもそういうヒロインとかちょっと流行ってるじゃん!?」

「……アニメ見ないから分かんない……ていうか、そんな男の人なんているわけないじゃない!! 男の人って、出会ったら直ぐに襲ってくるんだよ!? そんなに凶暴なのに、殴られて喜ぶなんて人なんていないよ!」

 おっ……男に人なんて、油断したら直ぐに手篭めにしようとするんだからっ!?

「あんた、どんだけ男に変な固定概念抱いてんのよ? はぁ~、やっぱ、まひるはもっと男の事知らないとダメだよ~、もう高2なんだしさぁ……って、今の私の発言、ちょっとエロくない!?」

「えっ……? 知らないよ……もう、あのねぇ、私だって早く治したいと思ってるよ……だから自分からバイト始めたんじゃない?」

「そうよね~、まひる、今のままじゃ恋愛のれの字も知らずにおばあちゃんになっちゃうだろうしね~」

「…………ぅう」

 でも、それは本当に……男の人は怖いけど……大人になって、お仕事するようになって……そうやって、なんとか生活できるようになって、私は一人で生きるの? それは寂しいからイヤ。友達だってずっと一緒は居てくれないだろうし……女は同性の友達より、男を優先するらしいし……。

 なんでかな、不思議と男の人は怖いんだけど、私は誰か素敵な男性と一緒に居る将来を思い描いてる……それは、なんでだろう。恋愛小説ばっかり読んでいるからかな? それとも女の本能? ……まあ、女の子が好きってわけでもないし……そういう事なんだろう。

「じゃあ、桃香も真剣にどうしたらいいか考えてよ~!」

「だから、殴られて喜ぶ人かぁ、殴られても耐えてくれて~まひるのお世話してくれる人だってー! そういう人、バイト先にいないの~?」

「そんな人いないよ~! みんな、私が近付くと逃げるんだから~!」

「はぁー、そんなんじゃ……お手上げじゃないの……あっ、私、ちょっと寄るとこあるんだった! そんじゃねーまひる」

「ああん! まってーー!!」

 そう言って引き留めるも、桃香は笑いながら、手を振ってさっさと教室を出て行ってしまった。

 ハァ、と溜息を付き何をするわけでもなく前を見ていると、桃香が出て行ってから5分も経っていた。気づけばさっきの慌ただしさとは打って変わって、教室にはもう私以外誰もいなかった。外から聞こえてくるくぐもった声に耳を向ける。グラウンドのソフトボール部の声だ。あの子たちもよく頑張っているな、なんて思いながら改めて時計を見るとそこそこ良いである事に気付いた。帰っても何もやる事がないからといつもカバンに入れている恋愛小説でも見てここで時間を潰す事も出来るんだけど、頑張っている彼女らの近くでのんきに暇を潰しているというのもなんだか居心地が悪いので、結局一人で帰ることにした。

 

 いつも通り、人通りの少ない道筋を辿って帰る。本当は最短で10分かそこらで着くらしいけど、回り道しているので、20分近くかかる。たまにふらっと外に出た近所の人に驚かれる事も前は良くあったけど、今ではすっかり顔を覚えられている。……まあ、男の人にとっては危険だからなのかもしれないけど。今では、たまにあいさつをされるくらいだ。もちろん、女の人限定だけど。……何気に長いこの帰路に就く間は考え事をして過ごす事が多い。いや、今に限った話じゃない。私は一人でいることが多分、人より多いから、何か考え事をしている事が多いんだろう。というか、学校で授業を受けている時、友達と話している時、バイト先で働いている時、大好きな恋愛小説を読んでいる時……その時以外はほとんど考え事に耽っているような気がする。まさに今のように。

 そういえば、桃香や律子によく、またまひるはあっちの世界に飛んでるのか? とか、そんな事を言われるのはそのせいか……。

 ……あっ、ここを右と。いけない。また、前を見ずに歩いてたよ。考え事に耽りすぎて曲がり忘れたことは一度や二度じゃないからね。危ない、危ない。

 そういえば、店長も、私の男性恐怖症についてはちゃんと考えてる……みたいな事を言っていたけど、あれから結構たつのに、何もない。もしや忘れている? まあ、そうやって人に頼っているのはダメなのかな……。ああ、でも、店長はああ見えて結構、私のこと真剣に考えてくれてるみたいだし、私も店にすごい迷惑かけてるから強くは言えないけどね……でも、迷惑かけないためにも早く治したいんだけどなぁ……。

 

「おかえりー、お母さん」

 玄関に入り、いつも通りおかえりを言う。

「あら、ただいまー」

 居間のほうからお母さんの声が聞こえてくる。もう慣れ親しんだ日常だ。

 私は、手洗いうがいを済ませた後、居間にある冷蔵庫から牛乳を取り出す。大きくなれ~大きく慣れ~と念じながら、一気に飲み干す。バイト先の知人、種島さんから教えてもらった方法だ! 効果のほどは……分からない。まあ、あの――大きさの――種島さんが言うのだから間違えないだろう。本人は背が伸びる方法って言ってたけど……私はそっちじゃない副作用を期待したい。

「まひる~、今日のご飯は、唐揚げでいいかしら~?」

「えっ? あ、うん、いいよー」

 いいよ、とは言うものの、献立を変えることは出来ないので実際にはいいと言うほかないんだけど、それを突っ込むとお母さんは不貞腐れてしまうので、黙っていいよと答える。ようするにそんなやりとりがしたいだけらしい。第一、もう切った鶏肉をたれに付け込んでいる。

「まひるー? 今日は学校で何か面白いことはあったー?」

 鶏肉を揉み込みながらお母さんが聞いてくる。バイトのない日は大体こういう話を振られる。お母さんは一人で家に居るので割と暇らしい。しかも私が帰ってくるとテレビも見れないので余計にやる事がないみたいだ。

「う~ん、今日はねー……あっ! そういえば、現国の先生がテンション低かったから、今日はどうしたんですか? って聞いた子が居たんだけど、先生の彼氏さんが他の女の人と歩いているのを先生が見たんだって!」

「へーー?」

「……もう、なんで男の人って、相手の事に大切にしようって思わないんだろうね……? 先生が可哀そう……」

 私なんて、男の人と付き合うなんて夢のまた夢なのに。私は女だけど、相手をそんなないがしろにするようなこと、考えられない……!

「そうねぇ……まあ、男の人はそういう所あるみたいだからしょうがないのかもしれないわね~」

 あはははは……と、一蹴するように笑いながら言うお母さん。

「もう~! なんで、お母さんはそんなに、なんでも笑っていられるの??」

 わが親ながらそれは不思議。大人の余裕……? 歳を取ったら誰でもそうなるの!?

「う~ん、どうかしら……でも、まひるはまだ若いんだから、これから素敵な出会いがきっといっぱいあるんじゃないかしら?」

「でも、私なんて……男の人殴っちゃうし……普通の人よりも何倍もハンデ抱えてるんだよ!?」

 真剣な表情で私が言うと、

「そんなの~!」

 と言って、お母さんは洗っていた手をタオルで拭くとパタパタとスリッパを鳴らして私の元に駆け寄ってくる。そして私の頭をなでると、

「まひるはこ~んなに可愛いんだから! 心配しなくてもいいわよ~!! 殴っちゃうのだって照れてるだけでしょう?」

 と満面の笑みでそう言って、この問題を終わりにしてしまう。

 お母さんは真剣に考えてない……誤魔化しているだけ……。本気でそう思って、怒ったこともあるけど、そうしたらお母さんは本気で悲しんでしまった。その後、よく考えて分かった。これは誤魔化しているんじゃなくて真剣にそう思っているんだって……。私が可愛いっていうのは、親バカなんだと思うけど、お母さんは本気でそう思っている。男の人を殴っちゃうのだって、ただ照れているだけで、その内自然に治るだなんて本気で思ってる。どうしてお母さんはこうまでも楽観的なのだろう? それとも私が気負いすぎているだけ……? 自分ではそうは思わないんだけど。

 

「まひる~! ご飯出来たわよ~!」

 さっきの事がぐるぐると頭を渦巻いて自室のイスに座ってぽけ~っとしていると、いつのまにか夕飯の時間になっている。

 私はお母さんに返事をすると、居間に向かった。

「美味しい? まひる」

「あ、うん、美味しいよー」

 いつもの食卓、いつものご飯。もう飽きたなんて言ったら作っているお母さんに悪いだろう。お母さんのお料理は美味しいんだと思うし(あんまり他の人のお料理を食べたことないので分かりませんが)レパートリーとかも何も問題はないんだと思うけど、さすがにほとんど毎日子供の頃から食べているから舌が感動するようなことはない。多分これはしょうがないんだろうな。まあ、鶏肉は好きだけど……胸が大きくなるらしいし……。

 

 その後、ちょっと早めにお風呂に入って、パジャマに着替えてお部屋で小説を読む。ほぼ毎日の日課です。バイトのある日は結構疲れるし、ご飯を食べてお風呂を上がるともう遅い時間なので、読まないで寝ちゃうことが多いです。だからバイトのない日のささやかな楽しみ。眠くなるまで読書して切りの良い所で寝ます。後はちょこっとネットで好きな作家さんの新作をチェックしたり、恋愛小説を紹介しているサイトなんかを見たりしています。

「…………」

 あーーやっぱり小説は良いなぁ。私が男の人と恋愛なんて絶対できないと思ってるから余計にドキドキしちゃうんだろうなぁ……この主人公の女の子がめちゃくちゃテンパッてるのすごい分かるもん……! 男の人の顔はあんまりちゃんと見たことはないからこの相手の子のイケメン(そう書いている)の顔もボヤ~っとしてるんだけど。でも、この男の子は優しいなぁ、本当にこんな優しい男の子っているのかなぁ? なんか子供っぽい所もあるし……。

 なんだか、私にとっては未知の存在である男の人っていう存在に深く入り込める唯一の手段で、不思議な中毒性があるのです。それが恋愛小説。

 ……はぁ、いつか、私にも好きな男の人が出来て、その人の事しか考えられなくなったり、その人とデートしたり……その、色々したり……するのかな、この小説の女の子のように……。

 

 ――そんな、願うかどうかなんて分からない願望を今日も胸に抱いて……私は瞼を閉じるのでした。

 

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