妄想わーきんぐ。まひる   作:つば朗ベル。

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(13)  能天気な姫

「はぁっ……」

 自宅の浴室から出て、一息つく。充満する湿気から解放され、独特の清涼感を得る。青い俺専用のバスタオルを手に取り一通り拭いた後、下着を履き天井を見上げる。全裸のままでいると、梢姉さん辺りが間違ったのかわざとなのか分からない感じでカーテンを開けてくる事がある。なので下着を履かないと安心出来ない。

「そうた~? あがったの~? 早く入りたいからはやくして~」

「……はいはい、今出るよ!」

 梢姉さんに急かされ、返事をして着替える。

 まったく、風呂上がり位、もう少しゆっくりさせてほしいものだ。

 脱衣所の前で待っていた梢姉さんと入れ替わりで後にすると冷蔵庫に向かい扉を開ける。麦茶しかない。まあ、麦茶で良いかと冷蔵庫から出し、氷を入れコップに注ぐ。

 

「ふう……」

 一気に飲み干しグラスをテーブルに置く。すると、頭がスッキリしたためか昨日の出来事がふと思い出された。

 

 ――あの後、伊波さんを抱きしめ続けて、10分位はそうしていただろうか、その後、伊波さんは「もう、大丈夫……ありがとう」そう言って抱擁を解いた。それ以外に特別なことは何もしなかったのだが、伊波さんの症状は、その時は収まったようで、いつもの落ち着きを取り戻していた。おそらく、泣いて感情を外に出した事によって精神的なストレスも出してしまったという事なのだろう。そういう意味では、伊波さんの病気を治す手段の一つとして考えられるとも思ったが、いくら女の子とはいえ、そう頻繁にわんわん泣く訳にもいかないだろう。また、その内、自分はどうしようもない人間なんだと、症状を受け入れてしまった場合、泣けなくなってしまう可能性もある。そうなってしまうと、結局、他の手段で治さなくてはならないので、この方法に頼るのは危険だろう。

 

「……となると、やはり、あの方法か……」

 麦茶の冷水筒をぼんやりと眺める。無数の縦の線の間からは細かい水滴が付着していた。大麦のティーバッグが浮かんだ茶色の液体越しに、テーブルの角が見える。麦茶などいかにも夏の風物詩であるが、もうすぐ、冬になる季節だった。北海道の秋は早い。というか秋という概念が無いようなものだ。夏が終わると、半年にわたる長い冬が来るのである。雪かきだの、雪下ろしだのと言った、頭に浮かんだ面倒事を片っ端から消し去った。

 

 あの時、あのお医者さんから聞いた方法……半信半疑であるが、俺自身、変な思い込み等から善し悪しを決めつけたくは無いし、まあ、伊波さんをずっと見てきたあの人が言うのだから、あながち信用できる方法なのかもしれない。

 ……だが、なんとも俺よりも伊波さんを知っている人物の手に乗るというのは――大人気ないと思いながらも――癪にさわるのだった。

「……伊波さんを治すためだ……伊波さんを」

 ドボドボドボ……。麦茶を注ぎながら、そう言い聞かせた。

 嫉妬しているのか……俺は。……こんなにも伊波さんの事が好きになるなんて。

「……んぐっ……ぷふぅ」

 若干、熱を帯びた顔を冷やすように二杯目も飲み干した。

 『恋は人を変える』――前に見た、泉姉さんの本の帯に書いていた文章だ。

 ……う~む、あながち間違えじゃあないかもな……これは。

 そんな事を思いながら俺は自室へと向かった。まずは、自分なりに調べられるだけ調べる事……そして、それが伊波さんに対し有効そうであれば…………試してみる価値はあるだろう。

 

 意を決して、俺はパソコンを立ち上げた。

 

 

 

 ――ピピピピ。けたたましい電子音が心地よかった夢の中に入り一瞬にして現実と同化してしまう。

「もうあさぁ~……? ねむいよぅ~」

 せっかく幸せな夢を良い気持ちで見ていた不満が口から出る。もう起きる時間なのに、布団の隙間から入ってくる冷気を嫌がって布団に丸まった。

「まひる~? はやく起きなさーい」

「いま、おきるー!」

 何度目かのお母さんの呼びかけの後、あと30秒だけと自分の頭の中で言ってそれを満喫し、しぶしぶ布団から出る。部屋は肌寒く、温度計を見ると10℃しかない。

 肩を抱き、パジャマを摩りながら階段を下りると、居間は温かく美味しそうなパンの匂いが立ち込めていた。

「あら、パジャマのまんま」

「いいでしょ? まだ、時間あるんだし……」

 そのまま座ると、テーブルに焼き立ての食パンが置かれる。それと牛乳。私はそれにマーガリンとイチゴジャムをのせて口に運ぶ。

「まひる……それで、今日はどうするの……?」

 パンをほおばる私にお母さんが聞いてくる。

「うん……昨日、言った通り、今日から学校行くよ……バイトも」

 一応、昨日小鳥遊くんと、話し合ってそうする事になった。まだ、私の症状は不安定とはいえ、ある程度、どう変化したか分かってきていたし、とりあえずこれまで通り男の人に近づかないようにすれば、とりあえずは生活できそうだったから。もちろん、休んだ方が確実だけど、そうして長い間、学校もバイトも休むとそれはそれで不味いだろうという事で、これまで以上に気を付けつつ学校とバイトに復帰することにしたのでした!

 

 ……それに、小鳥遊くん、言ってくれたんだよね……私の事……絶対治すから、心配しないでって……。

 

「なに、まひる、にやけてるの……?」

 お母さんが怪訝そうな顔で言った。

「えっ……!? 顔に出てた? えへへへっ……!!」

 恥ずかしがる私を見たお母さんが、しばらく考えたようすで、

「ああ……そうそう、あなたたち、仲良くなるのは良いけど、まだ未成年なんだから……何事にも慎重にねぇ?」

「……はい?」

「……だから、あなたは女の子なんだから、何かあった時、大変なのはまひる自身なのよ~?」

「……えーっと、お母さん、なんか凄い話してなーい?」

「えっ、だって……ねぇ? あなたたち、昨日だって……そういうカンケイなんでしょ?」

 ……どうして、お母さんという存在はこうも遠慮がないものなんでしょうか!? お互い、なんでも遠慮なく話せて、女性の悩みも話せる頼れる存在ですが、こういう所だけは……もう少し、ほうっておいて欲しいものです。

 

「あっ……あのねぇ!? お母さん! もうちょっと、プライベートはほうっておいてよね!」

「だって、お母さん気になるんだもの……」

「だってじゃないの!」

 言って、私は自分の部屋まで着替えに行く。2分もかけずに制服に着替えると、そのまま玄関まで行く。

「あ……はい、まひる……カバン……」

 靴を履いている時、おろおろした様子のお母さんが寄ってきた。

「あ、うん」

「あの……ごめんね? さっきは」

「おこってないよ」

 背中越しに言う。

「本当? だって……」

「おこってないって! なんていうか……ちょっと恥ずかしかっただけ……」

 立ちあがり、おしりをパンパン。カバンを持ち上げ振り返り、

「じゃ、言ってくるね、お母さん」

「あ……いってらっしゃい、まひる」

 見送るお母さんに笑顔を返し、私は外に出た。

 

 

「おはよー」

「あっ……伊波さん、もう、大丈夫なの?」

 学校に近くなってきた通学路で同じクラスの子と出会う。

 えーと、この子は……誰だったっけ。

「うんー、まあ、あんまり休んじゃうとテストとかヤバいからねー」

「そうだよねー」

 他愛もない話をし、そのまま教室に入った。

「おはよーっ」

「あっ……まひるー! きたかー」

 桃香が私を見るなり、寄ってくる。

「あ、桃香、久しぶりー」

「久しぶりじゃないよ! 休んでる間、親友の私にメール一つよこさないなんてさー、そんなに具合悪かったの?」

「うーん……実は、それほどでも」

 答えながら、自分の机にカバンを下ろす。

「そーなの? じゃあ、なんでそんな急がしかったのさぁー? ハッ! もしや、これは男!? 男が出来たのか! まひる!」

「まーた、その話にもってくー……ていうか、まひるに男なんて出来る訳ないじゃん」

 話を聞いていた他の子が言った。

「そーだよー……そんな訳ないじゃんー!!」

 その子の発言に乗るように言ったんだけど、

「やっ? なに、その焦りよう! ……まひる、もしかして本当に、男が!?」

 桃香が何かに勘づいたようにそう言って来た。

「焦ってないって! そんな訳ないじゃん!!」

 必死に否定したのだけど、それが返って何かある事を彼女に伝えてしまっていたのは完全に私のミスだ。

「やっぱ、焦ってる! クンクン……おおっ! ほら、まひるの体から男臭だ! 男臭!」

 私の体を後ろから嗅ぎ回しながら、そんな風に煽る桃香。女子校ならではのアホらしさである。

「えっ! ウソ!?」

 なんて、踊らされている私も……アホだ……。

「はっはっはっ、だまされたか、まひる、思い当たる節があるという事は最近何処かで、男と密着したということっ!?」

 人さし指を真っ直ぐ前に刺して言う桃香。

「うげっ……お、お父さんだよっ! お父さん!」

 そして苦し紛れの言い訳をする私。

「ウソをつけっ! あんたのお父さんは、あんたから殴られるのが怖くて家にいないだろー! 大体、仮にお父さんだとしても、私らの歳でお父さんとスキンシップしてたら逆にキモいわーー!!」

「だ、だから、なんにもないってー!」

「あのねぇ、もう、まひるの態度で男が居るって事は分かったのだよ……うーむ、となると、やっぱ、まひるのバイト先の男か……?」

 ――そうだそうだ、前に話していた。と、私の知らぬ所で勝手に話が進んでしまう。もう、ほうっておこっと……。

 

 ――その後、昼休みになっても、飽きずに私の話題。好きだなぁ……この子らも。

「ねぇ、まひる、じゃあさあ、前に言ってたまひるの好きな人なのかって事だけ! それだけでいいから教えてよ!」

 桃香が、あたかも私に男が居る事がもう決定事項かのような口ぶりで聞いてくる。

「だから、何もないって」

「もう、そのウソはとおらんっ! さぁ、本当の事をはけぇ! ハケー!」

 ああ、もう。こんな調子じゃ……落ち着いてご飯も食べられない……。

「わかったよ……えっと、そう……わ、私が好きな人……だよ……?」

 恥ずかしながら、机に広げたお弁当に眼をやりながら言った瞬間。

「うわおぉおっ! ほんとに!? まひる、ほんとに!?」

 めっちゃ驚いてる。桃香とその周辺。

「やったじゃんー! まひる、良かったねー!」

 でも、結局、そう言って祝福してくれる。

「う、うん……ありがとう」

「……で、どこまで行ったの? もしかして、最後までっ? 最後まで!? だから、男の匂いするって言ったら焦ったの!!?」

 なんだかんだ言ってもいい友人だよね……! なんて、思った矢先にこれだ……。今度は、その手の話題で眼を輝かせるのであった。

 もうっ……なんで、もう、みんな、こう……えっちぃ、かなぁ……。

 

 私はもっとさぁ……普通にデートしたり、一緒にお部屋で映画見たり……ご飯食べたり……そんな、他愛もない事をしたいんだよね……私……子供っぽいのかなぁ……?

 

 

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