そんな今日の出来事を思い出しながら、私はバイト先へと向かっていた。
店に着くと、丁度人手が欲しかったようで、私は急いで準備をすると、すぐに仕事に取り掛かった。もう慣れ親しんだ仕事とあってこうして、店に入って数分で仕事に頭を切り替えられるのは、我ながらちょっと誇らしい。お客さんの料理をだいたい出し終え、一息つけるかなと、裏に戻った所で食器を洗う小鳥遊くんの姿を見かけた。
「あっ……小鳥遊くん、おはよう」
「おはようございます……今日は少しお客さん多いですね」
「そうだね、まあ、でも女性のお客さんが多くて助かったよ」
些細なことだけど、今までより近い距離で小鳥遊くんと話してる……。それが嬉しい。
「…………」
と、小鳥遊くんは、私の事を気にしながらも、目の前の食器(おもにスプーンやフォーク)を洗うのに夢中だ。
「あっ……手伝おっか?」
「い、いいですよ……伊波さん、さっきまでよく働いてたじゃないですか……今の内に休んだらどうですか?」
そう言って小鳥遊くんは目の前の仕事に集中する。その表情や態度は何処となくぎこちないように見える。
「でも、私だってやることないし……」
「いや、今はあんまり、伊波さんの近くに居たくないんですよ……」
私が食い下がると、小鳥遊くんは居心地悪そうに言った。
「えっ!? わ、わたし、なんか知らない間に嫌われるようなことしたかな……?」
「え? ……あーー、そう言う事じゃないですよ……参ったな……えっとですね」
「な、なに……?」
私は、その答えが気になる余りドキドキしながら更に小鳥遊くんに近づいた。
と、小鳥遊くんはその瞬間、ビクッっと体を震わせる。そして、今まで以上に目の前の仕事に集中しようとする。
「なんていうか……俺が、伊波さんの事をまじまじと見ていると……その……わかるでしょう!」
「……ええ!? どういうことっ!?」
やっぱり、昨日、小鳥遊くんに迷惑かけちゃったから? もう、愛想尽かされた……?
「もう、私の事なんか嫌いになっちゃったって事……?」
少し遠ざかりながら、私が聞く。
「……なに言ってるんですか、ホント、もう、告白もしてるっていうのに……ハッキリ言わないと分からない人ですよねぇ……恥ずかしいんですよ……? 俺だって」
今度は少し、あきれた様子でそう言われる。
「えっと……よく分からないけどごめんなさい」
私がそう言うと、小鳥遊くんは食器を洗う手を止め、
「その……伊波さんが……カワイ……すぎて……直視できない……んですよ……また、抱きしめちゃいそうで……」
横にいる私を見ずに下の方を見ながらギリギリ聞こえるような小さな声で言った。
……私は、それを聞いた瞬間、きゅん! ……っと、胸から音が聞こえる位にハッキリと、悶えた! そして、恥ずかしさと嬉しさとで胸がいっぱいになって顔が熱くなった。
「そそそそそ、そうなんだ……あ、わ……私ちょっと、仕事……仕事しなきゃ……うん!」
自分でも、何を言っているか分からないような状況で、とりあえず逃げる。
誰もいない従業員用のドアの辺りまで来て、一旦落ち着く。
なっ――なに!? それ!? そんなの小鳥遊くんに憧れてた頃の私じゃない! それが……私に対して……!? 小鳥遊くんが……!? うわ~~! うわ~! うわ~! うわ~!! ナニソレ、超萌えなんですけど! 小鳥遊くん超可愛いんですけど!
なんだか、よくわからないテンションで心の自分と談笑する私。……実は、昨日、小鳥遊くんから告白された時から、その事をあんまり思い出さないようにしてて……思い出すと、ちょっと刺激が強すぎて耐えられないんだよね……まだ。だから、こう、現実なのか、現実じゃないのか~みたいな、所で浮遊させてる感じ……ちょっとづつ、吸収してるの。もしかしたら、ウソかな~とか思いながら、冷静に保てるように。そんな感じで。それが……それがだよ! そんな追いうち~、耐えられないっ! 耐えられないわ~、せっかく、思い出さないように冷静保ってたのに。小鳥遊くんと立場逆じゃないの~、ていうか、私は今までそんな風に小鳥遊くんに好き好きオーラ出してたってこと~? は、恥ずかしい……。ていうか、私の事、抱きしめたいって……やっぱり……小鳥遊くんも、そういう事……したいのかな……?
……な、なんて、私が思うのも、桃香やお母さんのせいです! あんな風に言われてなかったら、私はそんな風なこと、思いません!
なんて、自分に言い訳をしていると、
「お、どうしたー? 伊波……また、客増えだしたぞー?」
音尾さんのお土産の――私も一つ貰いました――せんべいをかじりながら店長に言われ、私はビクッと肩を震わせる。
「あっ……行きます!」
恥ずかしい気持ちを振り払うようにハッキリとそう言うと、私は仕事に集中することにした。
そして、気が付けば……もう、バイトも終わりの時間だった。あの時以降はうまい具合に、小鳥遊くんの近くに行く事は無かった。多分、小鳥遊くんも意図して私を避けていたんだと思う。
……今日は、一緒に帰らない……のかな? 雰囲気的に……ていうか、一緒に帰って、帰りに道で、小鳥遊くんに抱きしめられちゃったりして……! ……って、ヤバ、また、顔赤くなっちゃう……!
私は、そんな百面相を一人で繰り広げながら、帰ろうかどうか迷っていると、
「あっ……伊波さん! ここにいましたか……俺、ちょっと、店長と話があるんで……待っててもらっていいですか……?」
「あっ!? あ、う、うん……わかったよ」
急に現れた小鳥遊くんにそう言われ、驚く。うわ~、一人でなんか浮かれてる顔見られなかったかな……うぅ、私って痛い子じゃん。
その後、7、8分の間、座って待っていたのだけど、まだみたいだったので私はトイレがてら、席を立った。そして、トイレを済ませ、小鳥遊くんの声が聞こえる部屋へと無意識のまま引き寄せられるように近付く。と、ドアが開いていたので、耳を傾けると声が聞こえてきた。
「……なので、どうしても二週間、休ませてください、お願いします」
小鳥遊くんが店長にそうお願いしていた時だった。
うわ、なんとなく近付いただけとはいえ、盗み聞きかな……これは。
そんな、ちょっと罪悪感を抱きながら、休憩室に戻るとほどなく小鳥遊くんが来たので一緒に帰る事となった。
「もう、寒くなってきましたね……」
急に暗くなるこの季節。街灯が灯し始める暗さの外を歩く中、小鳥遊くんが言った。
「ほんとだよね、少し前まで夏だったっていうのに……もう、寒くなるのかぁ……」
はにかんで私が言う。
「それはそうと……さっき店長と話したんですが」
「休むの? バイト」
と、つい反射的に口に出すと、
「……聞いてたんですか?」
少し怪訝な顔で小鳥遊くんが言った。
「あっ? ご、ごめんなさい……ちょっと聞こえてきちゃって」
「ああ、いえ、良いんですよ……なら、話が早いです。俺、明日から二週間の間、休みをもらいましたんで」
小鳥遊くんは気に留めない様子でさらりと言った。
「よく、取れたね……そんなに」
「いや、すんなりとは行きませんでしたが……少々、無理を言って……まあ、俺は今まで休まずに働いてきましたからね」
「それで、なんで休みなんか……」
「ああ……実は、ちょっと、やらなくてはならない事が……」
小鳥遊くんは、力強い口調でそう言った。
やらないといけない事……? なんだろう。私が少し考え込んだ時、
「良く考えると伊波さん……俺にはもう殴りかからないんでしたら、こうやって一緒に帰るのもあんまり、意味がないような……」
突然そんな事を言う。
「えっ? 小鳥遊くん……私と帰るのいやなの……?」
「いえ、勿論そんな事はありませんが」
「? じゃあ、なんてそんな事言うの……?」
私がそう言うと、小鳥遊くんは鼻をかいて、
「あーーいや、そうですね……ほら、なんですか? 今まで、マジックハンドで手を繋いでたじゃないですか……なんだか、その頃が早くも懐かしく思えるなぁ、なんて」
「…………えーっと?」
小鳥遊くんが何を言いたいのかよく分からなかったので困っていると、
「だから……アレですよ、エアマジックハンドですよ! それやりましょう!」
意味のわからないことを言いだした。
「へ? エア……マジックハンド?」
「イメージですよ、小さなマジックハンドがあるようなイメージをもって……それを少しづつ小さくしていくんです、ほらやってみてください!」
よく分からなかったけど、私は言われた通り、マジックハンドをイメージして空中をつかむ。そして少しづつそれを小さくして行き……
「……って、何処まで小さくすればいいの!?」
「最後は米粒位だと思って手の中に閉まってください」
私はそのまま手を伸ばして行き、小鳥遊くんの手に当たる。そして米粒位の大きさまでイメージするとそれを手の中に入れ込むように小鳥遊くんの手と一緒に握ってしまい込んだ。
「やった! できたよ」
「じゃあ、このまま家まで閉じっぱなしで頑張りましょうか」
「うん!」
…………って、あれ? これ……手、繋いでるだけじゃ……?
私たちは傍から見ると手を繋いで仲良く歩いている風にしか見えない姿だったと思う。
「ねえ……小鳥遊くんさあ……これ……」
「……なんですか?」
「これって、単に手、繋いでるだけじゃ……」
「…………伊波さん。トレーニングですよ、トレーニング。決して俺が繋ぎたかったからとかそういう事じゃないですよ」
「…………言ってんじゃん」
「伊波さんって痴漢も殴って退治しちゃうんですよね?」
「なに……急に?」
「痴漢された経験ないって事ですよね?」
「いや……えっ……?」
「……後ろからガバッって抱きしめられるとか……」
「なんで、急に、そんな……」
「やってみて良いですか?」
「…………萌え死ぬからっ!!」
「……!!?」
「……着きましたね」
私の家の前で小鳥遊くんが言う。
「あ、うん」
と、そこでパッと、小鳥遊くんが手を離す。
「あっ……」
「名残惜しいですか?」
なんて、開いた手をちらつかせて言う。
「もうっ、小鳥遊くんが繋ぎたいって言ったんでしょ?」
「正式には言った覚えは無いですが」
ツンデレ…………。
「まったくもう、意外と小鳥遊くんって子供っぽかったんだね」
少し呆れたように言うと、
「……嫌ですか? こんな俺は」
少し焦った表情で言う。
「ぜんぜん……それどころか、安心したよ……小鳥遊くんってば、歳の割に大人っぽいんだもん」
「心を開いていない人に……ね、そういう所見せるのは……恥ずかしいですからね」
「えへへ……なんだか、今までと立場が逆みたい……」
笑いながら言うと、小鳥遊くんは真面目な顔をして、
「伊波さん……俺の事、嫌になるかもしれませよ? 俺って結構……嫉妬深いかもしれませんから」
なんて言う。そんなの……私にとっては愚問だ。
「嫉妬深いも何も……私は、小鳥遊くんだけ居ればそれでいいもん……小鳥遊くんが私を受け入れてくれるなら……何にも問題ないと思うな?」
そう言って笑って見せた。
小鳥遊くんは笑顔を見せると、自然に体を傾けて……私の唇をふさいだ。
私の胸は……幸せで……いっぱいだった。
「じゃあね? 小鳥遊くん」
そうして良い雰囲気で手を振って帰ろうとした。
「あっ……伊波さん」
と、急にその場の甘い雰囲気を壊すかのように冷静な口調で、
「さっき言ってた二週間休むって件ですけど」
「……え?」
「バイトだけじゃなく……学校も休みます……家にもほとんどいないでしょう……だから、ほぼ会えないと思っていてください」
まくし立てるようにそんな事を言いだした。
「……そうなの? そんなに……忙しいの?」
そんな大事だったなんて……急に言われても。
「はい……まあ、だから次に会えるのは2週間後という事で……」
そう言って冷笑を浮かべると、そのまま私に背を向け、暗い路地を歩きだした。
――ボウゼンと立ちつくし、小鳥遊くんの背中をただ黙って見る私。
先ほどまでの甘い雰囲気は何処へやら……辺りの暗さと静けさが一層増したような気がし、肌寒い秋風が私の体をすり抜けた。