妄想わーきんぐ。まひる   作:つば朗ベル。

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(15)  いいえ、ただのセラピーです。

 ……それから。

 私はバイトと学校で忙しい毎日。ほぼ毎日シフトに入っていたので小鳥遊くんの事を考える時間もほとんど無く……時間は経っていきました。でも、一週間ほど過ぎた日の事……ついに、私は小鳥遊くんがいない寂しさに耐えきれなくなってきたのです。

 

「やあ? ちょっといいかな、今?」

 休憩室で休む私に、壁にもたれかかる格好で姿を現したのは相馬さんでした。

 お茶を飲む私に近づかないように気をつけながら、自分のお茶を入れ、間隔を開け斜め向かいに座る相馬さん。

「相馬さんも休憩ですか?」

「うん、そうだよ~。……ねぇ、伊波さん、小鳥遊くんが店に顔を見せなくなってからもう、一週間だよね? どう、調子は」

「えっ? 調子と言われましても、えっと、やっぱり寂しいですよ……初めの内は忙しさに誤魔化されるように感じなかったんですけど、少し前に急にきてっ……」

 恥ずかしさで身悶える。

「やっぱ、そうかーーまあ、でもきっと、小鳥遊くんは伊波さんのために今頃頑張ってるんだよ! だから伊波さんも頑張らなきゃ!」

 いつもの笑顔で(いつも通りの顔のまんまですが……)そう言って励ます相馬さん。でも、なんで相馬さんそんな事、知ってるんだろう?

「相馬さん……小鳥遊くんがいま何をやってるか……知っているんですか?」

「えっ!? ……あーー、いや、知らないけど。まあ、それしかないでしょ! 今の小鳥遊くんがバイトも家の事も投げ出してやるなんて伊波さんのために決まってる」

「そ……そんな……」

 私は更に恥ずかしくて真っ赤な顔を下に向ける。

 でも、小鳥遊くんが、私のためにそこまで……嬉しいけど、なんか申し訳ないな……。

「もし、本当にそうだとしたら、なんか私、迷惑かけちゃってますよね……」

 私がそう言うと相馬さんはハハッっと笑って、

「そんな、気にする事無いよ! 伊波さんが迷惑かけるなんて今更じゃない!」

「うぐ……!」

 ……そうだけど。

「ま、まあ、真面目な話、伊波さんだってこうして毎日バイト出て穴埋めしてくれてるんだし、前より男嫌いがだいぶ改善して戦力になってるんだから本当に気にする事は無いと思うけど?」

 フォローするように相馬さんが言った。

「まあ、だったら良かったです。ていうか相馬さん……なんでそんなに私たちの仲を取り持とうとするんですか……?」

 それは何の気なしに言ったのだけど、

「えっ? なんだい急に……そりゃあだって、愛すべきバイト仲間のメンバーじゃないか、小鳥遊くんも伊波さんも!」

 急に、爽やかな笑顔でそんな風に大げさに言うものだったから返って違和感が残ったのでした。

 

 そして、休憩が終わり、後半の仕事に没頭しているとあっという間に帰る時間になった。

 一足早く片付けを終えた私は、一人制服に着替え終え、座って一休みしている所でした。

「おう、伊波……おつかれ」

 声をかけてきたのは……珍しく佐藤さんでした。

「お疲れ様です……佐藤さん、どうしたんですか?」

「いやなに……最近、小鳥遊はいないし、今日は種島も休みだったから、あんまり息抜きが出来なかったしな……そこで、たまにはお前にでも話しかけてみようかと」

 なんですか、その不純な動機は!

「そうですか……小鳥遊くんはあと一週間は来ないですからねぇ」

 苦笑いを浮かべて私が言うと、

「なに? そうなのか……ていうか伊波、さすがに詳しいな」

 感心するように頷きながら佐藤さんが言う。

「えっ! 佐藤さん知らなかったんですか? 相馬さんが知ってたからてっきり佐藤さんも知っているかと……ていうか、恥ずかしいんでそういう含みのある態度やめてくださいっ!」

「ま、良いじゃないか……仲良き事は良い事だろ……つーか、相馬の奴知ってたのか」

「あはは……なんか、相馬さんが一番詳しいみたいですよ? 私も何をやっているかは全く聞いていないので」

 と、私が言うと奥の方から、

「えっ? なんか伊波さん変な事言わなかった? 俺は知らないって!」

 慌てた様子で帰り支度をした相馬さんが顔を見せた。

「おっ、相馬、丁度良かった……お前、知ってるのか? 今、小鳥遊が何をやっているか」

「いや、佐藤くん、話聞いてた!? だから、知らないって」

「えっ……でも、相馬さん、休憩時間の時、小鳥遊くんはバイトも家の事も投げ出してって……言ってましたよね? なんでバイト以外でも小鳥遊くんが忙しいの知ってたんですか?」

 私が言うと、

「そ、そんな事、言ったっけなぁ……言ったとしたらよくそんな事覚えてるね、伊波さん」

 おどおどしながら相馬さんがそう答える。

「休憩時間に話した後、なにか違和感があったのでずっと考えてたんです」

 一度、頭に入った言葉を後で掘り出すのは、恋愛小説を読んで台詞を後で思い出したりする事もあり、割と得意だった。

「これは、伊波さんに隠された意外な能力だよ……!」

「いや、誤魔化そうとしてねぇで言えよ、どこまで知ってんだ?」

 佐藤さんがそう言って相馬さんに詰め寄る。

「もうっ! 佐藤くん、前の恩も忘れてっ! 今は佐藤くんがそんなに出しゃばってる時じゃないから!」

「何を訳わからん事、言ってんだよ……」

「ちょ、ちょっと!? 二人とも落ち着いてっ」

 不穏な雰囲気を感じ取った私は立ち上がって仲裁に――は実際には入れないので形だけ――入るふりをする。

「ああ……大丈夫、伊波さん……これ、いつも通りだから」

「そ、そうですか」

「うむ、俺が相馬を殴りそうなのはいつも通りという事だ、伊波」

 いや、それはそれでどうなんだろう……って、私が言っても説得力無いか。

「あの……じゃあ、本当に相馬さんは知らないんですか? 小鳥遊くんが何をやっているのか」

「そうだよ、知らないって! そりゃあ、俺だって他人のなんでも知っている訳じゃないんだからね!」

「そうですか……」

 思わずしゅんとなる私……。

「まあ、小鳥遊くんを心配なのは分かるけど……別に、そんな大げさに捉えなくても良いと思うよ?」

「分かって無いな……相馬、伊波はもはや、普通の年頃の女……になりつつある、その……なんだ? 女心っつーやつだよ、理屈じゃないんだろう」

 溜息を付き、腕を組んで佐藤さんが言う。

「佐藤くんがそんな事言うなんて……似合わないな……」

「……ほっとけ」

 ……なんだろう、この変な雰囲気。

「はは……でもなんか、お二人が気を使ってくれているのは分かりましたんで、それだけでちょっと元気が出ました」

「そうか、それは良かった。なんなら久々に相馬でも殴ってみるか? もっと元気が出るかも知れんぞ?」

「ちょっと、佐藤くん! マジで何言っての!?」

「せっかくですけど遠慮しておきます……!」

「ははは、フラれたな、相馬」

「いや、マジで良かったけどね」

 笑いながら言う佐藤さんに、ホッとする相馬さん。

 そんな、二人を見て私にも自然に笑みがこぼれる。

 

 ……まあ、でも。

「なんか、気を使ってもらってありがとうございます……でも、決めているんですよ、小鳥遊くんが帰ってくるまで誰も殴らないで乗り切ろうって……!」

 私が言うと、二人は一度、虚を突かれたような表情を見せ――何も言わずに笑って応援してくれるのでした。

 

 

 

「おかえりなさい、お兄ちゃん……今日も遅かったね……」

「ああ、ただいま……」

 俺は、玄関で靴を脱ぎながら答える。なずなは私服に青い俺の使っていたエプロンを身に付けた姿で迎えた。ほんの一週間前に付け始めた物なのに、もう着なれたような違和感の無さで、俺を上回った身長と言い見た目は全く小学生とは思えない風貌だ。

 俺はそのまま洗面所で手を洗い二階の自室に向かおうとすると、

「お兄ちゃん、ちょっと……」

 そう言って、俺の服の裾を掴む。エプロンはもう外していた。

「どうした? なずな」

「あ……ここじゃ、何だからお部屋で……」

 そう言って階段の上を指差し、何度も腕を上下に揺する。

 昔はそんな事は無かったのだが、最近は他の姉の事を気にしているのか会話をする時、そんな風に場所を気にするなずな。まあ、梢姉さんなんか何かとうるさいからな……。

 そんな事を思いながら俺は階段を上りなずなと共に自分の部屋に入る。

 イスに座ると、なずなはベッドに腰を下ろした。

「やっぱり、お兄ちゃんのベッドの方がフカフカな気がするー! なんだろう? 布団がやわらかいからかな? ウール? あ、なんか良く通販とかでやってるやつみたいな……」

 そんな独り言を言いつつ、ベッドに突っ伏したり、ゴロゴロと寝転がったりして遊ぶなずな。こいつ、俺の部屋入るといつもこれするんだよな、なんでだろう……。

「で、なずな……話は?」

「あーー気持ちいい……えっ? ああ、そうだった……」

 なずなはそう言ってきちんと座りなおし、

「あのさぁ……お兄ちゃん、何度も言ってるけど、バイトも休んで遅くまで何やっての?」

 それは、数日前から何度も言われた事だった。まあ、毎日忙しそうにしていたものだったからなずなが心配するのも無理ない。今までは、終わったら教えるからとその質問には答えずにいたのだ。

「そうだな……実は、ちょうど今日で終わったんだよ。明後日からはバイトに復帰するし……もう、教えるか」

「そうなの……? やったーなずなが一番だ!」

 そう言ってバンザイする。そんな子供っぽい所もまだあったのか。

「教えると言うのも、実はなずなに丁度、協力してほしい事があってね……」

 俺が言うとなずなは口元に人差し指を当て、

「協力してほしい事……?」

 疑問符を頭に浮かべる。

「明日、なずな休みだろう? ちょっと俺に付き合って欲しいんだよ」

「えっ? なに、おでかけ!?」

「……いや、違う。家の中でちょっと」

「えっ……家の中……? 良いけど……何をするの?」

 ちょっと、残念そうななずな。

「えっと、なずな……催眠術って、興味あるか?」

「えっ……催眠術!? ……なんかよく、テレビとかで体が動かなくなったり、動物になったりするやつ……?」

 必死にテレビで見た事を思い出すように表情豊かに聞く。

「うん……まあ、そう言うのが一般的だよな、多分、なんか妖しいイメージを持ってるんじゃないかと思うけど」

 そこで、頷くなずな。

「実際はそうでもないんだよ、ああいうのはテレビ向けに面白く誇張しているだけで、実際はとても地味な物なんだよ」

「でも、催眠術って……」

 まだ、不安そうだ。

「まあ、やっぱ、イメージってものはあるよな? 俺も最初はそうだったよ。でも、言い方を変えて……催眠療法ってのは聞いた事あるか?」

「うーんと、言葉は聞いた事あるかもだけど……」

「催眠療法って言うのは、精神的な病気を治すのに良く使われるような心理療法で、リラックスさせて心に思っている事を全部吐き出すことで鬱なんかの精神的な病を治すのに効果があるとされているんだよ」

「でも、催眠術……かけるんでしょ?」

「うーんと、根本的にその、催眠っていうのは怖いものではないんだよ、例えば、テレビを見たり、本を見たりしている時、時間を忘れて集中している事ってあるだろ? それも一種の催眠状態でそういう一つの事に集中して起こるトランス状態も催眠なんだよ」

「ははぁ……そんなの一日に何回もありそうだけど……」

「そう、何度も起きているんだよ。過去の嫌な事を思い出したりして嫌な気分になる事もあるだろ? あれは、過去の記憶に意識が向いていて目の前を全く見ていない状態、普通の意識状態じゃないんだ」

 そこまで、俺が説明するとなずなは難しい顔を見せ、必死に理解しようとしている。

「えっと……急にそんな、色んな事言われても……よく、分からないけど、お兄ちゃんはなんで、その……催眠? を、やろうとしているの?」

 俺は一度息を吐き出し、手を組んで言う。

「ああ、実はな……伊波さんの病気を治す手段として、伊波さんの掛かり付けのお医者さんが教えてくれた方法なんだよ、俺も半信半疑だったが、納得いくまで調べた結果、試してみる価値はあると判断し、2週間という時間を貰って、実際に技術を磨いていたという訳さ」

「あーーなるほど……伊波さんのためか……」

 なずなは、なんとも言えない表情を見せ、枕に手を伸ばすと意味も無くそれで遊ぶ。

「伊波さんのアレは精神的なものだからな……催眠……と言っても、イメージとしては心のケア……セラピーという奴さ」

 そう説明するとなずなは納得したような安心した顔を見せた。

 セラピーという言葉を使うだけで、リラックスできるイメージを持たれる事が多い。それが狙いでもある。と言っても何もウソを付いているわけでもないし、催眠術という物に対して知らない人のイメージがそもそも悪すぎるのだから、そう言った意識操作は大切な事だ。また、俺自身の言葉で「催眠は胡散臭くないよ」と言った所で、人は、『本当にそうだろうか?』という否定的な意識を多かれ少なかれ持つ。だが、自分自身が思った事はそうは思わない。この場合は、セラピーという言葉になずな自身が『心配無い』『安心だ』という感情を持つことで、俺が直接言うよりも何倍も心に残るのである。

 

 ――そう、これらは単なる友人などとの会話の中でトークの上手い人なら誰でもやっているテクニックであり、単なる会話術でしかない。だが、それらを自分の都合の良い形で悪用して、他人をコントロールするといった芸当は、本人の信頼や、技術、モラルなどの問題をクリアすれば、不可能な事ではない。

 

「でだな、なずな……ここからが本題なんだが、だから明日、その、練習台になって欲しいんだよ、その、俺の催眠セラピーの」

「う~ん……まあ、お兄ちゃんだったら、別に、不安はないけど……なんというか……」

 そこで、また、不満そうな顔。

「どうした?」

「……その、伊波さんのためって言うのが……」

 どうやら、自分が伊波さんの練習台だという事が気に食わないらしい。

「でも、なずなにしか頼める人が正直思いつかなくて……」

 他の姉達なんて……とてもじゃないが頼めない。他に……いるだろうか?

 しばらく考え込んでいると、

「あーもう! 分かったよ……いいけど……その代わり、何かなずなの言う事一つ聞いてくれない? それでいーよ」

 そう、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、ボスッっと頭をベッドに倒す。俺の枕を抱きながら。

「えっと、俺の可能な範囲なら……良いけど」

「だいじょ~ぶ、なずなだって子供じゃないんだから、無茶な事は頼まないよっ」

 そう言って再度体を起こす。

「それじゃあしょうがない……明日、頼んだぞ。姉達がいなくなる午後3時頃にしよう!」

 とりあえず、話がまとまって俺は立ち上がろうとすると、

「う、うん…………あ、あの、お兄ちゃん……一応、聞いておくけど、なずなに……なんか、変な事とかしないよね……?」

 何を想像していたのだろうか、モジモジした様子でなずながそう聞いてくる。

「ああ、大丈夫だ……催眠って言っても本人は意識があるし、本当にやりたくない事は拒否できるようになってるから、ゲームや映画に集中してても、でかい音が聞こえたら我に帰るだろ? それと同じさ」

「ああ、そう。……まあ、ならいいんだ……なら」

 なずなは、ホッとしたような緊張が解けたような、ソワソワした表情で下を向いて言った。

 

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