妄想わーきんぐ。まひる   作:つば朗ベル。

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(16)  「シス」ター「コン」トロール  

 ――翌日の事だった。俺は、午後9時過ぎに目を覚ますと、顔を洗ったりと一通りの事をし、家事を大体済ませている内に昼になった。昼ご飯は当然なずなと一緒に食べたのだが、なずなはいつもと違う様子でやはりソワソワしている。それでいてそれを悟られないように他愛もない話なんかをして誤魔化していた。俺は変に指摘してなずなの気持ちが変わったりでもしたら大変なので、気付かないふりをしてやり過ごした。昼食を終え食器を洗っても、約束の3時にはまだかなりあった。幸い既に他の姉達は出かけていたのだが(泉姉さんは自室だ)一旦、俺も精神を落ち着けて準備をしようと部屋でイスに腰掛け、目をつぶって瞑想して過ごす事にした。

 

 ――突如、時計の秒針の音が耳に響き目を開けると、部屋は薄暗く眠りから覚めた時、特有の時間の経過を感じた。

 しまった! 寝過したか!? 

 と、思ったが、時計を見ると2時半を回った所。カーテンを開けずに電気を付けていなかったので、この時間でも暗く感じたようだ。すぐに電気を付けると、目が眩しさを感じ、目が慣れた所で下に降りた。

「ああ、お兄ちゃん……」

 居間に入ると、なずなが一人でソファに座りテレビを見ていた。

「よく、眠れた?」

 急にそう聞いてくる。

「あーまあな、……って、俺が寝てたの知っていたのか?」

 俺が驚いてそう答えると、

「あっ!? えっと、お兄ちゃんの部屋に入ったら、寝ていたから…………ノックはしたよ?」

 ちょっと、慌ててそう答える。

 いや、まあ別に良いんだけど。

「そう、で……ちょっと早いけど、昨日の……今から始めるか?」

「えっと……テレビ……いや、いいか……じゃあ、録画するからちょっと待っててね」

 そう言ってなずなは、テレビの前のリモコンを操作し手慣れたように録画を開始する。四つん這いになるものだから、少し大きめのシャツがだらんと下に伸び、ズボンとの間からは綺麗な背中が露出している。ズボンの先からは可愛らしい色の……

 ……って、なにを悠長に説明しているんだ俺は。

「こら、なずな、だらしない恰好で……みっともないぞっ!」

 と、指摘する。これか親の役目、俺の役目。

 なずなは、「はぁい……」と、口をとがらせ、お尻を振りながらズボンを上げる。まだまだ子供なのに体付きはもう大人の女性のそれに近い……と、思う。だからこそ、そんな風にまだ、恥じらいが追い付いていないようだった。

「よし! 録画完了!」

「じゃあ、なずなの部屋でやるから……ちょっと寒いかもしれないがら、上着きてきな」

「えっ? なずなの部屋で……? うん、分かった」

 少し考えるような素振りを見せたものの、特に文句を言う事も無く、従ってくれた。

「おまたせ」

 そう機嫌良さそうに言って現れたなずなの羽織った服を見て俺は驚いた。

「それ、まだ持っていたのか……」

 その服は、たしか数ヶ月前だったか、ある日、俺が服の整理をしていた時に、もう古くなってきていたグレーのパーカーを使わないタンスに入れたのを見て、なずなが自分で着るから欲しいとパクっていったものだった。そのパーカーは俺が中学生位の時まで主に部屋着として使っていたのだが、子供っぽいデザインなのでさすがに着るのをやめたんだと思う。

 自分が昔から姉達のお古で過ごした経験上、なずなには極力そういう事はさせたくなかったのだが、なずながどうしてもと言うのでくれてやったものだった。所がやったその日以降、そのパーカーを見る事は無く、俺は不思議に思いながらも今の今までその存在を忘れていたという訳だ。

 というかなんで、このタイミングで着てくるかね……。嫌になるほど見慣れたそのパーカーを見ると否が応でも昔を思い出す。俺が着ていた頃のなずなよりだいぶ成長し体が大きくなったなずなだったが、体のラインはやはり女の子といったもので丸みを帯びていて俺が着ていた頃のそれとは違った。

 

「あれ? あったかい……?」

 部屋に入るとなずなはすぐにそう言った。

「ストーブをさっきつけておいた」

 俺は蛍光灯を一本だけ付けると、ポータブルストーブの電源を切り部屋の外に出した。

 部屋に戻ると、俺が置いていた一人用のソファの様な柔らかいイスを見て不思議そうにしている。

「ああ、それに座ってくれるか? それだとリラックスできると思って」

「え? ああ、うん、分かったよ……てか、お兄ちゃん、なんだか、本格的なんだねぇ……」

 そんな雰囲気を感じ取って言いながら腰をかけた。

 俺はそのなずなに対面する位置に置いたイス――こっちはただの丸イスだ――に座り、早速始める。一本しか付けない蛍光灯、温かい部屋、柔らかいソファ。それらは全て、今日のこの時のための準備だ。何よりリラックス出来る雰囲気作りが大切。人はその場の雰囲気に左右されやすい。友達と騒ぐとテンションが上がったり、真っ暗な夜道を一人で歩いて帰っているとしんみりした気持ちになるのもそうだ。

 これらは今日ここでなずなに催眠術の実験をするにあたっての準備であり、ある意味、催眠術の一部とも言える。それ位大事な事だ。

 

「じゃあ、まず、深呼吸しようか」

「う、うん……」

 なずなは、素直に深呼吸を始める。

「もっと、肩で息を大きく吸って……」

 言いながら俺もやって見せる。

「そうすると、体の力がどんどん抜けてくるだろ? そのまま、続けよう」

「う……ん……」

 何度か一緒に深呼吸を続けると、だんだんと気持ち良さそうに目がとろんとしてくる。柔らかいソファと部屋の暖かさが効いているのだろう。

「そうしたら、そのまま……寝ている時みたいに気持ちよくなっていって……良いからな……」

 少し、ゆっくりと、なるべく優しく言う。

「そう……そのまま……体の力が抜ける……瞼が重い……気持ちいい……」

 俺のだらーんとした声がBGMのように、部屋に残る。

「ふかぁ~い……奥まで、くる……もう、何も見えない……」

 口を半開きにしたまま、なずなは顔を少し揺らして無防備な表情でいる。

「はい! 一度、起きて……」

「わっ……」

 俺が、そう言って一度、意識を覚醒させると、目をパチクリする。

「じゃあ、この指をじっと見て……」

 そう言って、俺は右手人差し指をなずなの目の前より少し上にあげる。少し上にすることで瞼が重くなりやすい。

「俺が、ハイと言ったら、目を閉じる…………ハイ」

 なずなの瞼が素直に閉じる。

「そうすると、さっきみたいに、また、体の力が抜けて気持ち良くなる……沈み込むように……どんどん、ふかぁく……なっていくぅ」

「はい……また、起きて!」

「う、う~ん」

 また、心の眠りから覚ます、先ほどより、反応が鈍い。

「さあ、もう一度、この指を見よう……じぃ~っと見て……」

 そうして、また上目づかいにし……

「ハイっ」

 そう言って、瞼を閉じさせる。

「もっと、沈み込んでゆく……さっきよりももっと、ふかぁ~くに……20、数えると、その深み、そこのそこまで、沈み込む……1……2……」

 なずなは、表情からも体からもかなり力が抜けている感じになっている。

「10……どんどん深くなっていく……11……12……更に意識が沈み込んでいく……」

 …………。

「18……かなり深い所まで来た……19……もう、これ以上無い程深い……20」

「はいッ起きて!」

「……っ!」

 そんな感じで、また数回、同じように深い所に行かせ、目を覚ます。これを何度も行う事が、一番、早く確実に催眠状態に入れる方法なのだそうだ。とても、地味な作業だし結構大変である。揺さぶり法と言うらしい。

 

 ……よし、もう良いだろう。今はまた深く、なずなは催眠状態に入っている様子だった。

催眠状態というのは要するに、寝ているようで声は聞こえていて脳だけ寝ているような状態だ。授業中に眠くってぼーっとした状態に近いか。

「さあ、じゃあ、なずな……起きようか、次に目が覚めた時、はっきりと目が覚める……だけど、俺の言った事はその通りになってしまう、その事は心の奥に入って、目が覚めた後は思い出せない……必ずそうなってしまうよ…………ハイッ!」

 手を叩き、なずなの目を覚ます。

「……ん? わっ……なずな、寝てたの……?」

 ぼやけた眼が覚醒し、驚いたように、目をキョロキョロさせる。

「ああ、眠ってたみたいで、気持ち良かっただろう? どんな感じだった?」

「うんー、なんか、だんだんと気持ち良くなってきちゃって……なにされているかは分かってたんだけど、逆らえない感じ、かなぁ……」

 思い出してか――上を見上げながら、とろんとした表情で言う。

 催眠状態でも、自分が何をされているか、言われているかは一応分かっている。

 だが――

「なずな……どうだ? 頭はスッキリした?」

「うん! なんだか、お昼寝した後みたいにスゴくスッキリしてる!」

 笑顔で言う。

「そうか……なら、体調は万全だよな?」

 俺が意味ありげに微笑むと、なずなは不思議そうな顔をする。

「なずなはお尻がそのソファにくっ付いて立てなくなる」

 ハッキリと言った。

「えっ……? なに?」

「やってみてごらん」

「なに言って……そんなの……あ、あれ!? ウソッ! ほんとにっ……立てないっ!」

 困惑して焦った表情をするなずな。

「手も使ってみて良いよ」

 そう言うと、手を使って腰を浮かそうとするも……まったく、体を持ち上げる事が出来ない。

「……はあっ! な、なに……なんなの? なんで、立てないの?」

 傍から見れば……なんとも、ウソ臭い状況ではあるが……例えば、高所恐怖症の人が高い所から動けなかったり、旅行に行って枕が変わると眠れなかったり……とにかく、人というのは状況が変わると行動も変わってしまう。例えば、高所恐怖症の人だって、ここが高くは無いという思い込みをさせれば、怖くなくなるだろうし、寝れないのも自宅だと錯覚させてしまえば寝られるだろう。よほど特殊な枕で無い限り、枕が原因というより、枕が変わると寝れないと自分が思い込んでいる可能性が高い。だって、その枕が無くなったら君は一生寝ないのか? という話になってしまうからね。

 

 そう考えると、今のなずなの例だって催眠術が上手く行き、立てないと思い込ませているだけ……と考えると、なんら不思議な状況ではない。

 また、気持ちよくお尻にフィットするソファ、そして長い時間、座っていて急に立つという行為の力の必要さ(スクワットが筋力トレーニングに使われる位だ)と、単に立ち上がるだけ……という行為が、見た目以上に大変な状況にしている。これもトリックの一つだ。

「じゃあ、もう一度、俺の指を見て……そのまま目を閉じると、深い世界に、今度は3つ数えるとすぐに行けるよ」

「うっ……」

 催眠にかかったなずなを、内心、興奮しながらしばらく眺めていた俺だが、そう長く傍観しているとその内解けてしまう可能性がある。俺はなずなが不穏な空気を感じないよう、その興奮を外に出さないよう気を付け、ボロが出ない内に次のステップに進む事にした。

 ゆっくりと3つ数を数え、深い催眠状態へと誘う。

 先ほどと同じように、目を閉じてリラックスした状態で座るなずな。手は先ほどよりもだらんとして、放り出された感じになっている。

 ――だいぶ、リラックスしているな……。思ったより、今回は上手くいったな……まあ、2週間みっちり、練習したからな……逆にこれ位出来ないようじゃ……意味がない。

 しかし、伊波さんへの催眠に失敗は許されない。勿論、成功するまでトライするというのは言うのは簡単だが、催眠術というのは失敗するとだんだんと掛からなくなっていくものらしい。しかも、同じ人間だと余計にそうだ。『俺の催眠は掛からない』というイメージを相手が持ってしまうからだ。つまり、事実上、数回……出来れば最初から成功させ、慣れさせていくことが必要だ。

 

 だんだん掛からなくなってくると言っても、それは長期的な話であり、深い催眠に掛けるには何度か催眠にかけて慣れさせる必要がある。数回しかチャンスが無いというのは失敗してしまった時の話だが。

 

 とりあえず、これは予行練習だ。伊波さんに催眠で施す暗示は……当然、男性恐怖症を治すためのもの……なのだが、伊波さんに対しては果たしてどんな暗示が最善か、それを探るためにある程度、本人から本音を聞く必要がある……そのための暗示が良いかな。

 

「じゃあ、なずな……俺の声が聞こえているか? YESであれば、うなずく事が出来るよ……」

 そう言うと、目を閉じながらゆっくりと頷くなずな。

「よし……それじゃあ……今から、俺と会話する時、俺が『本音は?』と聞くと、必ず、恥ずかしさを何も感じずに本音で話してしまうよ、何を言っても恥ずかしくないよ……目を覚ますと、そうなるよ、今言った事は目を覚ますと忘れてしまうけど、心の深くでは覚えていて、必ずそうなるよ」

 その後、手を叩き、目を覚ます。

「わっ…………えと、なんだったっけ?」 

 しばらく、様子を眺めていると、そう言い出した。しっかりと今の事は忘れているようだ。

 ……さて、試してみるか。何を聞こうか……。

「えっと、なずな、今回、俺が催眠術しようって言ってどう思った?」

「えっ? ……最初は、催眠術なんか胡散臭いなぁって思ったけど、お兄ちゃんがなんだか、真面目そうだし、そんなに怖くないみたいだからやってもいいかなぁって……」

 ……なるほど。そしてここからが本番だ。

「本音は?」

「……あっつ! え、えと、伊波さんのためなんて、ちょっとやだなぁとも思ったけど、伊波さんも悪い人じゃないし、何より、お兄ちゃんと二人きりになれて独占できると思うと、スゴい嬉しくて、しかも、なずなの言う事一つ聞いてくれるっていうのが楽しみで!」

 

 興奮しながら、早口で答えた。羞恥心は消しているから何を言っても恥ずかしさは無いだろう。しかし、思った以上に俺はなずなに好かれているようで、まあ、素直に嬉しかった。だが、俺の好きな人のためにお前を利用するような兄なんだ……。そう、心で言うと、こんな事をして本音を聞き出しているのが、いたたまれなくなってくる。

 

 ……いや、しかし、言い訳かもしれないが、伊波さんを治すためだったら俺は、どんな犠牲も払うし、悪魔にだって魂を売ってやるさ。

 ――催眠術で本音を聞くなんて正に悪魔のやる事だよな、我ながら……。

 という事は、余計に、なずなのその楽しみにしている……願い事……? を叶えてやる必要がありそうだ。

 ……今、それを確認しようかな。それは反則……か? だが、聞いてもちゃんと叶えてやれば……それに、まだ、この暗示も試してみたいし……などと自分に言い訳をしながら、

「じゃあ、なずな……その、願い事って言うのはなんなんだ?」

「えっ? それは、この催眠術が終わってからでしょ?」

 そう言って、ニヤニヤ。

「…………本音は?」

「あうっ!? …………えと、早く、この催眠術を終わらせて……その願い事を言いたいっ!」

「その、願い事って言うのは?」

 ドキドキしながら、聞いてみる。

「それは……お兄ちゃんと一緒のお布団で……昔みたいに、まだ、小さかったあの頃みたいに……寝たい」

 恥ずかしさが無い分、その顔は……本当に満ち足りたような笑顔でハッキリと言った。

 昔――と言っても、たしか、2年前かそれ以下の事……まだまだ、思い出せる範囲の出来事。なずなが急に成長して大きくなったものだから……っていうのと、俺ももう大人になりつつあったからな、さすがにいかんだろと。親代わりの俺はなるべくなずなの希望を叶えてやりたかったものだが、急にやめてしまって、残念そうにしてたっけ……。

 

 ――ああ、毎日一緒に寝ていた訳じゃ無いぞ? なずなが一人で寝れずに怖がっていた時とかさ。

 

「そう……か」

 催眠術の練習とはいえ、本音を盗み聞きしてしまい、申し訳ない気分になる。だったら、聞くなってな。それが人間のサガなのか?

 

 その後、俺はなずなに、今言った事を忘れる暗示をかけた。そうではないと、恥ずかしくないとはいえ、覚えている状態だったら後から思い出して、恥ずかしい思いをしてしまうからだ。そして、ゆっくりと催眠を解く。

 

「どうだった? ……催眠術に掛かった気分は」

 もう、終わったので電気もつけ直し、背伸びをしてリラックスしながら俺が言う。

「ああー終わったの? ……う~ん、なんだか、私、寝てた?」

 こちらも背伸びをしながら息を吐いて言う。

「まあ、催眠状態って言うのは寝てるのにも近いからな……何処まで覚えてる?」

「え? えっと、最初になんか、出たり入ったり、してたねぇ……声は聞こえるんだけど、心ここにあらずみたいな、不思議な状態、そこから起こされるのを……何度も繰り返して……ああそうだ、たしか立てなくなったんだよねぇ」

 そう言って、改めて自分の下半身を見たり、イスを見たりするなずな。

「今はこんな普通に立ってるのに……ホントに凄いなぁ……」

「その後は?」

「うんと、その後は、お兄ちゃんの声は……なんとなくは覚えてるんだけど、他に何かしたっけ?」

 分からないといった表情で首をかしげるなずな。

「ああーーいや、そんな所だよ、うん」

 どうやら、忘却暗示も成功しているようだった。

「あれっ? もう、こんな時間……? 見たいテレビ始まっちゃうよ!」

 時計を見て、慌てて言い出すなずな。時間はもう4時だった。始めたのが2時40分だったので、1時間以上やっていた事になる。結構は時間がかかるんだなぁ。

「すまんな、なずなも休みなのに、こんなに付き合わせちゃって」

 慌てて居間に戻ろうとするなずなにそう声をかけると、

「えっ? いや、そんなことないよ、なんだか、お昼寝した後みたいにスッキリしてるし……リラックス出来て気持ち良かったし……それに、ふふっ、あの約束もあるんだしね!」

 いたずらっぽく笑うと、そのまま居間に行った。

 

 約束……俺にしてほしい事……願い事、か。

 居間に戻り、新聞を真剣に読むなずなに――テレビ欄だ――声をかける。

「えっと、その、約束っていつ言うんだ?」

「そだね、晩御飯食べてから暇だよね? お兄ちゃん、その時でいーかな?」

 新聞から顔だけ上げて言う。ま、確かに明日からはバイトだからな、ほとんど休みも無いだろうし……。

「ああ、分かった、いーよ」

 やけに好意的に返事をする俺に疑問を持ったのか、

「……でも、どうしたの? そんなの、なずなが言い出した事なのに」

「えっ? あーーいや、だって、ほんと、今日の事は感謝してるからな」

 そう言うと、少し考えつつも納得したのか、

「……そうっ」

 短く納得し、新聞に視線を戻した。

 

 気が付くと、既に夕飯の支度をする時間。

 俺は、キッチンで晩飯の支度を始めつつ、先ほどの事を考え始める。

 催眠術の練習は上手く行ったと言え……いや、上手く行ったからこそ、なずなの想いを……兄として、親変わりとして、俺は……無下にしてはいけないのでは無いだろうか?

 

 いや、しかしこの歳の兄弟でそんなことっ……!!

 

 タイムリミットが刻々と迫りくる。過ぎては欲しくない時間とは裏腹に、遠慮のない姉達は、腹が減ったと、いつもと変わらない言葉で急かすのであった。

 

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