妄想わーきんぐ。まひる   作:つば朗ベル。

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(17)  今日限りのぬくもり 

 晩御飯を食べ終え、食器を洗い場に置く。蛇口をひねるといつもと同じ太さの水の柱が出来上がる。食器はさっさと洗ってしまった方が汚れは落ちやすく楽だ。エビフライの乗っていた白い皿を水に付け、ソースの汚れが流れていくのを見ていると、

「お兄ちゃん、はい、これ」

 なずなが皿を渡してくる。全員分の皿を持ってきていた。

 ……ったく、姉共は……まあ、いいか。

「ああ、ありがとう」

 そう言って、皿を受け取ると俺はスポンジに洗剤を付け洗い始める。

 昔は嫌いだった仕事だが、今は皿が綺麗になるのが快感で結構好きだ。俺は機嫌よく食器を洗う。

「……あの、お兄ちゃん」

「ん~? あ、なずな、拭いてくれるか?」

「あ、うん……」

 俺が渡した皿をタオルで拭いて重ねる。小学生とは思えない慣れた素振りで片付けるなずな。

「んで、なんだって?」

「あ、えっとね……さっき言ってた、あの……約束だけど」

 皿を拭きながら、もじもじして言う。

「……あーー、うん」

 ……忘れていた。ていうか、考えないようにしてた。

「いい? 今言って」

 そう言って、背後をチラチラ見て確認する。

 梢姉さんはテレビに夢中で、こちらなんて全く関心が無い。泉姉さんと一枝姉さんは、もう部屋に戻っていた。

「……ああ、いいよ」

 まあ、聞かないとしょうがない事なんだよな。たとえなずなが何というか分かっていても……いや、もしかすると、気が変わって違う事を言う可能性も……?

「……えっとね……実は…………昔みたいに、一緒に……むにゃむにゃ」

「えっ? なんだって……よく、聞こえなかったけど?」

「だからぁ……一緒に……一緒に……ん……」

 横を見てなずなを見ると、顔が赤くなってきて、皿に力が……。

「おい……大丈夫か? 一旦、さら置こう! な?」

「あ、う、うん……」

 手をプルプルさせながら、皿を置くなずな。

 ――伊波さんか、お前は。

「それで? 何でも良いんだぞ? 俺に出来る事なら」

 言いにくそうだったので、助け船を出す。

「えっと……いや、なんていうか……やっぱ、いいかな……」

 小さな声で、おどおどしながら言う。皿を拭く手にも力が入りすぎているように見える。

 恥ずかしくて、言えないのか? まあ、確かに……面と向かって、一緒に寝たいなんて恥ずかしくて言えないかもな……まあ、我が妹ながら良く分かんないんだけど。

 そうしている内に、最後の皿を洗い終える。それをそのままなずなに渡すと程なくして拭き終えた。

「あ……じゃあ、なずなは部屋行くから」

 早くここを離れたいような素振りで皿を片付け、行こうとする。

「あ、ちょっと……!」

「……えっ?」

 なずなが振りかえる。

「今日は、色々あったから、疲れただろ? だから……なんていうか、甘えても良いんだぞ? その、昔みたいに」

「ええっ? どうしたの、お兄ちゃん」

 驚いた顔をして言うなずな。

「いや……なんか、なずな、無理してるのかなぁ……って思ってさ、ホラ、今だって当たり前のように俺の家事手伝ってくれたけどさ、なずなはまだ小学生なんだから……本当は、そんな事なんて何もしなくて良いんだから……変に大人のフリなんてする必要ないってこと!」

「う、うん……でも、なずな好きでやってる事だし……お兄ちゃんだって、ずっと前から一人で家事してるじゃん……」

 手を胸元で組んで俯いて言う。

「いや、俺は良いんだよ、もう、慣れたし……まあ、なんだ、俺は感謝してるってこと、だからさ、今みたいに俺を手伝ってくれる手の掛からないなずなも良いけど、俺に年相応に甘えてきたなずなも好きって事だよ」

 そう言って笑いかける。ちょっとキザかな……。

「ふはは……そっか、ありがとう、お兄ちゃん……なんか、お兄ちゃんに好きだなんで言われたの、初めてかもしんないな」

「え? そっかぁ? まあ、言わなくてもいつも思っているよ、大事な家族なんだから」

「ふふ……うん、そだね……」

 なんてなずなは、また、歳不相応な顔で微笑んだ。

 

 その夜の事だった。やる事も無いし早く寝るかと、9時過ぎにも関わらず俺はベッドに入っていた。だが、電気を消し暗い天井を見上げてもたいして眠くはならない。ここ、二週間はあの伊波さんの掛かり付けの医者に紹介してもらった健全な催眠術講師に手ほどきを受けていた。短い時間でマスターするため、みっちり勉強と練習を繰り返した。普段やり慣れていない事という事もあってか、夜は他の事を考える暇も無く、ベッドに入るとすぐに熟睡していた。そんな日々から解放されたからだろうか、今日は全く違う気分だった。一つの鬼門だと思っていた、なずなへの予行演習も成功できたし、これで伊波さんの病気を治せるかもしれない――おそらく治せるだろう――と思うと全身から力がみなぎってくるようだった。

 

 明日からは、また、バイトだ。二週間もバイトを休んだので、なんだか久しぶりだな。いや、よく考えると入院した時もそれ位休んだのか。だけど、あの時は特に何もやっていなかった事もあり、不思議と気持ちは全然違うのだけれど。

 そんな風に思っていた時だった。コンコンと部屋をノックする音。誰だろうと思ったのと同じ位のタイミングで、

「お兄ちゃん、起きてる?」

 なずなの声が聞こえる。

「えっと、なんだ?」

 俺はベッドを出て、扉を開けた。

 そこには、枕を抱いたパジャマ姿のなずながいた。青い水玉模様の子供らしいパジャマ。もう、だいぶ使ったからか買った時より色が落ち、青というよりもはや水色だ。身長が伸びた今では少し小さめのサイズになってしまっているのだが、家計を気にしているのか新しいのが欲しいとはまだ言わない。

「えっとね……一緒に寝ていい? ……ダメ?」

「えっ」

「えって……もう、さっき言ったじゃん、お兄ちゃん、昔みたいに甘えていいって」

「あ? ……あーーそうだったな」

 その事は、あやふやになったと思ってたが……こうして夜に来るつもりだったのか。

「そう……だな。うん、いいよ、入って」

 俺は、なずなを招き入れ、ドアを閉めた。暗い部屋でこうして二人で一つの部屋にいるとなんとも言えない雰囲気になる。

 俺がとりあえずベッドに入ると、なずなは立ったままモジモジし始める。

「寒いから……いいよ、おいで」

 最近はいつも大人ぶっているなずなに、ここはあえて子供扱いをしてやる。その方が今は良いだろう。子供のように愛でられるのも子供の特権だろうから。

 自分からお願いした割には遠慮気味にベッドに入ってくる。やはり恥ずかしいのだろうか。だったらやらなきゃいいのに、と思うのだが、なずなの気持ちも良く分からない。

 布団に入り、しばらくは、俺に背を向け動かないでいたが、次第に落ち着いてきたのか、体を動かし始める。意外と広い俺のベッドは二人分の体があっても窮屈で体が密着という事にはならない。それに気が付いたのか、なずなは体を倒し首は俺の方に向ける。

「ふふ……お兄ちゃん」

「……なに?」

「いや、なんでもない」

 クスクスと笑って言う。

「……そう」

 俺も、もう寝ようと体に布団をかける。するとさすがに肩同士が触れ合う。そう言えば、昔、怖がってなずなが俺の布団で寝ていた頃は、もっときゃいきゃいはしゃいでいたっけ、まあ、あの時は今より一回りは小さかったけど。

「暖かいね、一緒に寝ると」

「うん、そうだな」

「ねえ、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「上手く、行きそう?」

「なにが?」

「伊波さんの病気、治せる?」

「……まあ、なずなには上手く行ったし、大丈夫じゃないかな」

 そう言うと、なずなはしばらく黙った後、

「お兄ちゃん……伊波さんのこと好きなんだよね?」

 突然そんなこと聞く。

「……えっ、まあ、その…………好きだけど」

「そっかぁ……」

 すると、そんな風に特に驚きもせず感心し、

「なんか……羨ましいなぁ、伊波さん」

 …………。

「まあ、なずなにもその内、良い人が見つかるよ……ていうか、まだそんな事考えるような歳じゃないだろ」

 まあ、そんな事を言っている内に人はすぐに大人になってしまうものだが。(俺はまだ子供だけど)

「そうかもしれないけど……でも、お兄ちゃんみたいな人、いないよぉ……」

 そう言って悲しそうに肩を丸める。

「なずなが……俺を好きなのは、なんていうか、良く言うだろ? 女の子は必ず最初はお父さんの事を好きになるっていうやつ、それだからなぁ」

 本人も分かっているかもしれないが、まあ、そう言う事だ。

「分かってるけど……分かってるけど、でも、それでも、なずな、お兄ちゃんの事好きなんだもん……!」

 なんというか、吹っ切れたようになずなの想いが止まらない。暗いこの部屋と二人、布団で寝ているなんて、他の人には話せないような恥ずかしい空間にあって開き直っているのだろう。おそらく……おそらくだが、未来的に今日のこの日の事は貴重な日になる気がする。また、こんなふうに一緒の布団で寝るなんて滅多にないだろうし、なずながもっと成長していけばなおさらそんな機会は無いだろう。

「不安なのか? なずなは」

「えっ……?」

「俺は……例え、伊波さんと付き合うような事になったとしても、なずなの事、ないがしろにしたりしないよ、俺だってなずなの事、好きなんだから」

 なずなが、なぜこんなにも俺を求めてるかって、俺が伊波さんに掛かりっきりで自分が忘れられると思っているから……じゃないだろうか。

「そうなのかな……私はそれが怖いのかな……伊波さんとお兄ちゃんが上手く行っちゃったら、なずなの事、見てもらえなくなるって…………ていうか、お兄ちゃん、また、なずなの事、好きって」

「家族としてだぞ……?」

 なんて、強調するのも返って意味深な感じもするが。

「えへへ、分かってるよ、でも嬉しい。……ねえ、お兄ちゃん、こっち向いて?」

 そう言うと体を動かすような音が隣でした。首だけなずなの方を向けると、こちら側に体を向け俺の方を見ている。

「しょ、しょうがない奴だな」

 照れ隠しにそんな事を言いながら、俺もなずなに合わせて体を向ける。

 お互いの手が真ん中に。意味の無く繋いだり離したり……子供の頃はこんな風に意味の無い遊びでもキャッキャと笑っていた気がする。今は遠慮がちに触れ合わせるだけ。それでも、手の微妙な動きから恥じらいが伝わってくる。おまけに汗ばんだ手からも。暗いので顔が確認できないのが救いだ。俺だって成長した今のなずなにはドキっとしてしまう事もある。

「ふふ、こちょこちょ~! こちょこちょ~!」

 急に、子供みたいにそう言って俺の手をこちょばす。顔は見えないが満面の笑みではないだろうか。

「ぶはははは、なずな、やめろって、こちょばいって!」

 そう言って拒否している内に、どさくさにまぎれてなずなは、

「からの……だきつきっ!」

 ぎゅっと抱きついてくる。

「うわっ」

 気が付けば両手が背中に回っている。こちょばした時、俺の体が浮いた時に手を入れたのか……何気に策士だな。

「ホラ……お兄ちゃんも」

 俺もしろというのか? さすがにそんなこと出来るか……。

「ホラ、はやく」

「……いや、それはさすがに」

「いいからっ」

「いや……」

「は・や・く!」

 これは、やるまで一生言いそうだな。

「だー! 分かったよ……」

 まったく……こいつはまだ子供だよ……うん、子供、子供!

 そう思いながら……いや、言い聞かせながら、俺も背中に手を回し抱きしめる。

 ぎゅ~~っ。

「う~~ん、しあわせ~~!」

 ……さいですか。まあ、そう思ってくれるのなら、本望……ですよ。

 

 これは……そう、なずなが幸せに生きられるための儀式。

 だって、今の内に人の温かさ、愛情に触れておかないと、良い大人にはなれないからね。親の愛情を受けて育つ。それが大事で、それが出来るのは俺だけで……ほらな。何も可笑しなことなんて無いじゃないか。

 これっきり。これっきりさ。なずなもそれは分かっているだろう。だったら、今日くらいはいいだろう。思う存分、抱きしめてやる――。

 

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