次の日、今日もこれといっていつもと変わらない日です。まあ、一つだけ変わる事と言えば……今日は、バイトの日です……!
始めた頃はミスも多くて、お仕事を覚えるのに苦労しました! 何より、同じ職場仲間である男の人を殴ってしまうし随分お店には迷惑をかけました。もう、本当、私なんかクビにすればいいのに……っていつも思っていました。でも、店長は優しくて、まあ、特別優しい言葉をかけてくれる訳ではないのですが、なんというか、不器用なんだと思いますあの人は。私を採用した責任とかも、もしかしたら感じてしまっているのかも……でも、そう思うと逆に悪いというか、私のせいでせっかく雇っていただけた店長に対して申し訳ないっていう気持ちが出てきて、私はせめてお仕事は完璧にこなそうって強く思って、必死でお仕事を覚えました! その甲斐あって、相変わらず男の人相手じゃ戦力にはならないけど、それ以外ではきちんとお店に貢献できるようにはなれたと思っています……!
ともかく今では、自分の出来る事は他の方の手を煩わせることなく……! なんとかお仕事を続けさせてもらっています。お仕事が出来るようになると働くのが楽しい……なんて思えるようになりました。店長にも、だいぶ仕事は出来るようになったな。なんて言ってもらえましたし。そんなわけで、私のバイトライフはそれなりに充実しています! ……まあ、後は、男性恐怖症を治すっていう当初の目的をどうにかしたいなぁ……店長にもあの後、後は男嫌いだけだな! なんて、はっきり言われたもんね……。
そんな感じで、バイト先に行くまでの道のりで暇だったので、私は誰にともなくバイト始めた頃の事を思い出していた。もう、お店は目の前だった。時間を確認する。15分前か……。着替えの時間を含めてもまだ時間はあるな。
そんな事を思いながら私は裏口から店に入った。
「あ、店長、おはようございます」
「ん? ああ、おはよう」
たまたま、見かけた店長に挨拶を済ませると私は更衣室に入った。更衣室からでも、多少なり店の喧騒が感じられる。
なんだか、今日はいつもより混んでるのかな……? そう思いながら、学校制服を脱ぎ、店の制服へと着替える。ロッカーに学校の指定バッグをそっと置く。そっと置かないと床に謎のくぼみが出来ていた事があるのでそれ以降、バッグを置く際は細心の注意を払って置くようにしています。
「んっ……? なんか今、男の人の声が聞こえたような……」
男の人の声自体が聞こえる事はそりゃ有るんだけど、私は過剰に男の人に敏感なので声とかも結構覚えていて、聞き間違える事はほとんどない。知っている人の声なら誰の声か分かるって事。だけど、今の声は聞き覚えなかったハズ……。かといって、お客さんの声だと声の質や声のした方向とかで分かるんだよね。そもそもお客さんの声はよほど大きくないとここまで聞こえないし。
キッチンスタッフさんの声は、食器等の音と混ざって独特な感じになるしそもそもそこまで声を張り上げない。私がさっき聞いたのは確かにホールスタッフの声に聞こえたんだけど……?
そんな嫌な疑惑を抱き冷や汗を掻きながら着替え終えるも、その声はもう聞こえなくなっていた。ま、多分、私の空耳ね。と、不安が杞憂に終わった事にホッとしながら更衣室を出た。まだ、少し時間があるので休憩室で座ってようと思い、軽い気持ちでドアを開けると……、
「あっ! 伊波さんですか? こんにちは」
「キャーー!!」
そこには、男がっ!! 知らない男の人が目の前に立っているのです!!
もう、私は興奮! パニック! とにかく何が何だか分かりません!
「えっ? ギャーー」
そして、いつもの感触! なんだが、興奮して目の前が真っ赤になってそのまま勝手に体が動いて、そして目の前から男の人の悲鳴! 私が殴った時に発しているらしいです。
そして、私は右手に多少の痛みを感じながらも(実際はそれなりに強い痛みな事もあるようですが、その時は極度の興奮からかほとんど感じません)まだ、パニック状態です! こういう不意打ちが一番、極度に反応しちゃう! も~う、なんで、こんな所に知らない男がいるの~!?
でっ……! その後、なにやら慌てて種島さんが来て、なんだか知らない男の人をかばっています。私はなおも興奮状態でどうしていいか分からずあくせくしていたんですけど、
「あら、あら、まひるちゃんどうしたの?」
八千代さんが来てくれました! 私は咄嗟に八千代さんに飛びつく! そして助けを求め……。
……それから、たしかその男の人――小鳥遊くんを紹介されたんだっけ……。
それが、私と小鳥遊くんとのファーストコンタクト。ああ、やっぱ今思うとひどい出会いかただなぁ。それから、色々あって、最初は小鳥遊くんの事なんか凄く嫌な奴って思ってたんだけど、なんだか、私の中で男の人の印象っていうのがだんだんと小鳥遊くんを通じて変わってきて……(元々イメージでしたし)男……っていうか、小鳥遊くんっていう一人の存在が気になり始めて、それから、小鳥遊くんの家とか行ってお姉さんとか変わった人だなぁとか思ったり、小鳥遊くんが私のために女装してくれたり……今思うと、すっごく無茶なお願いしたんだなって思うけど、それも小鳥遊くんと一緒にバイトしたいって思いがあの時からあったのかもしれない。
まあ、それで私のお父さんに説教する小鳥遊くんを見てたら……なんか、胸がドキドキしちゃって……なんか、もう、そんなのって、ベタだなって……私も思うけど、それでも、そんな風に思った私がいて……。
小鳥遊くんの事、どうしようもない位、好きになっちゃった。
あんなに嫌いだったのに! あんなに、男の人の事、怖かったのに!
なんだか、今では……男性恐怖症を治すって事より……小鳥遊くんと一緒にいたいって事の方が……何倍も大事なことで……今までとは、悩む事が全然変わっちゃったなぁ……。
「……みさん!!」
……ああ、私ってばまた、夢の中で小鳥遊くんに怒られてる……でも、小鳥遊くんに構ってもらえるならそれでもいいかな……。
「伊波さん!!」
「ふえぇ……!?」
なんだか、唐突に頭の上の方から大きな声で呼ばれた感じがして慌てて眼を覚ますと、眩しい蛍光灯の光と共に、私のホッとする顔……あ、いや、小鳥遊くんの顔だ。
「起きましたか? もう俺、上がりの時間なんで、帰りますよ?」
「あっ……うん、ごめんね! すぐ、着替えてくる!」
バタバタっと、私は更衣室に入ろうとすると、
「そんなに焦ると……」
「あっ……きゃあぁぁ!」
足が、もつれてこけた。恥ずかしい。
「大丈夫ですか? そんなに焦らないでも良いですよ、座って待ってますから」
「う、うん、ありがとう」
そう言いつつも、またバタバタしながら、私は更衣室に入る。なんていうか……私は何にでも過敏に反応してしまう体質なんだよね……昔から。男の人とか、小鳥遊くんとかはいつも平常心でいられて、凄いよなぁ……。私なんか、さっきみたいに、小鳥遊くんと一緒に帰るために待ってて寝ちゃったってだけで、あんなにテンパるんだもん。
……はぁ。もう少し、余裕もちたいなぁ、もう高校生なんだし。
制服に着替え出ると、「じゃあ行きますか」と、小鳥遊くんは腰を上げいつも通り裏口に向かう。出るときに、まだ店内にいた相馬さんに「今日も仲良いね~」なんていつも通りにからかわれつつ、苦笑いで外に出る。
「そう言えば、さっきケガとかしなかったですか?」
薄暗い夜道で並んで歩く中、小鳥遊くんが聞いてくる。
「ああ、大丈夫! 私、ドジだからああいうのは子供の頃から慣れてるし!」
「なんですかそれ、逆に不安なんですが……。まあ、いいか。とにかく伊波さんはあんまりあくせくしないように心がけた方が良いですよ?」
「そんなこと言われても……私って元から過敏に反応しちゃうんだよね! 何でも! ……小鳥遊くんはその点、全然動じないよね? 男の人ってみんなそうなの?」
マジックハンド越しに繋いでいる手にぎゅっと力が入る。握りこぶし二個分先に小鳥遊くんの手がある。直にこの手を握る日は来るのだろうか?
「まーー、そんなに気にする事は無いですよ。それが生まれ持った伊波さんの性格でしょうから。あと、男が動じないっていうのは大抵、恥ずかしいから極力隠しているだけです。実際は女性と感じ方はほとんど大差ないです」
「そうなの?」
「ええ、特に日本人って、リアクションを外に出すのを恥ずかしいと思っている所があるのでかっこつけてるんですよ。だから伊波さんもそれが凄いとか思う必要はありません」
「へ~、そうなんだー」
いつもこうして一緒に帰る時、小鳥遊くんと話すと思うけど、小鳥遊くんって頭良い! っていうか物知り! 私より年下なんだけど……。
だから、小鳥遊くんと一緒にいるってだけでドキドキしちゃうんだけど、その内、話に引き込まれてドキドキをいつの間にか忘れちゃう。それ位、会話に集中しちゃう。男の人との会話の経験が極端に少ないから余計に楽しいんだろうな……。
「しかし、最近、だいぶ男にも慣れたんじゃないですか? この調子で気づいたら治ってた……なんて事になったら良いんですけどね」
横目で見て、少し苦笑しながら小鳥遊くんが言う。
「あはは……それはないよー! でも、本当にそんな感じで治っちゃったらいいなぁ」
――何の気なしに言った言葉、――軽い気持ちで言った言葉。
だけど、そんな風に軽く言ってうやむやにしてしまっていい事じゃなかった。それが分かってなかった。
そんな風に、小鳥遊くんと一緒に歩いているとあっという間に分かれ道。本当、楽しい時間はすぐ過ぎちゃうな……。
「それじゃ、伊波さん……また、明日」
「うん……また、明日ね! 小鳥遊くんっ!」
でも、明日も小鳥遊くんと一緒にバイト。今日はもう終わりでも明日がある。別れてもワクワク。明日の事でワクワク。私は手を振って背を向ける。こんな日常が続けばいいと思った。明日からも続くんだと思った。何も心配していなかった。
これからも……こうやって、平凡だけど、楽しい日々が続くんだと思った。
…………でも。
……私は甘かったのだ。安心していた。小鳥遊くんが優しいから。優しいから忘れていたんだ。私には欠点があるって事。普通じゃないって事。このままでもいいや……なんて、そんな風にも思ってた。たぶん、これはそんな私への罰。浮かれていた私への罰なんだ……。