「はぁ……」
私は、部屋で一人ベッドに座り溜息をついた。男性恐怖症が治り、男の人とも普通に接する事が出来るようになって、仕事も私生活も大きく変わった。仕事では男性のお客さんが来ても変な劣等感がわかなくなったし、一人前の仕事をしている自分に強い自信が持てた。私生活ではわざわざ男の人が多く通る道を避けたり、お店の店員さんの性別をチェックしないで入れるようになった。
そんな風に、私にとっての「普通」を手に入れた私は、なんとなく、周りの人が普段特に大きなリアクションもせず、冷静に過ごしている事に納得って言えば良いのかな……当たり前に思えてきた。前までの私だったら、みんな常に冷静で居られて凄いなぁ……大人だなぁ……なんて思っていたのだけど。
そうして落ち着いて世の中で生きられるようになると、途端に外での解放感が増しなんでも出来そうな気分になった。一人でなんとなく街を出られるようになったし、人々を観察する余裕が出来た。今までは常に自分は間違っていないかとか、恥ずかしい事をしていないか、とかそんな事ばかり考えて、他人の事なんてあまり見えていなかったのだと思う。それが無かった女子校は特別な空間で、通学の時に段々と同じ学校の友達を見る度に、ある瞬間から急に、自分が溶け込める学校の空間に変わるのだ。さながら、性別の差だけで色の無かった動く人形が、その瞬間に、人間へと変化するように。
そんな、瞬間を毎日のように目にしていたのだけど、その事を何度か色んな子に話してみてもいつも、夢でも見てるんじゃないの? と、真剣には取り合ってもらえず、自分だけの特有の情景なんだなと納得していた。
――それが、ハッキリと普通の人には無い事で普段から外に居る知らない人も普通に人間のように見えるのだという事に気が付いたのも、治った今だから分かった事でした。
文字通り世界が変わって、生きやすくなった……。長年苦しんできたコンプレックスが治ったのだもの。こんなに嬉しい事はない……でも……でも、なんだろう、この胸にポッカリ穴が開いたかのような感覚は……。何かとっても、大切な物を失ってしまったような気がする。頭の中に誰か……多分、男の人……凄く、やさしくって、かっこよくて……顔はモヤがかかっているようで良く見えないんだけど、凛とした顔立ちの様な気がする。
名前も思い出せない……そう言えば、前に相馬さんと佐藤さんが誰かの名前を言っていた……? 確か、た、た、たか――その瞬間、私の頭からホームに入る新幹線のようなイメージで指令が来て――あっ! ダメッ! 思い出しちゃ……っ!!
それきり、思い出すのをやめる私。
――え?
なんだろう? 今、私なんて思った? 思い出しちゃ……ダメ? 何? どういう事……?
私は、混乱して眼をキョロキョロと動かしていた。自室のあらゆる物が眼に映る。机……本棚……カラフルなクッションに、写真の貼ってあるコルクボード……。
フリスビーで遊ぶ、私と子供、そして、綺麗な長身の女の人……。
私の友達だろうか……でも、学校では見たことない、それじゃあ何処で……? あっ……いや、これ…………お、思い出しちゃ……!
そして、私は何を思ったのか、その写真を画鋲ごとボードから外し机の引き出しに裏向きにして、素早くしまう。
「あっ……ま、まただ、思い出しちゃ……って、なんなの……? 今の写真が、何か関係してるの?」
思わず私の視線は、写真をしまった引き出しに釘付けになった。でも、引き出しを開けようとは思わない。……なぜだか、それはしてはいけない事と、そう反発する自分が居る。
しばらく、その写真を見たい衝動と、見てはいけないという、相反する気持ちが頭の中で行き来した後、見てはいけない気持ちが少し上回って、私の意識は引き出しから離れた。
なんだったんだろう……今の。
分からなかったけど、とりあえず、ストンとイスに腰を下ろした。
「まひる~? 美味しいプリン買って来たんだけど一緒に食べない~っ?」
しばらく、さっきまでの事を考えていたけど、お母さんの声が聞こえて我に帰った。
「ねぇ? まひる」
そのまま、ドアを開けたお母さんと眼が合う。
「……どうしたの? まひる……魂が抜けたような顔して?」
「お母さん……私……何か、とっても大切な事を忘れている気がするの、今」
「……え、えぇ?? なあに? 大切なって……そんな事言っても、見当もつかない……あ! 小鳥遊くんには相談したの……?」
明暗でも浮かんだかのように明るい表情でお母さんが言う。
「また……その人……その人は……今の私の中にはいないの……思い出せないの」
私が言うと、
「ええっ!? なに? もしかして、思い出せないって、小鳥遊くんのこと……?」
驚いたように、開いた手を口にやり言う。
「……たぶん」
「そ、そう…………あ、そうか……そう言えば、小鳥遊くんがやったのって……つまり…………」
今度は急に悟ったように、一人で感心し出すお母さん。
「なに……? お母さん……なにか知ってるの?」
「へ? あ、そうね……えと……まひるは……その人のこと……思い出したいって、思う?」
お母さんは真面目で心配そうな顔で言った。
「えっとね……良く分かんないの……その人のこと……思い出しちゃダメッ、っていう気持ちが確かに自分の中にあって、その気持ちって私の気持ちで……なんでそう思うのかは分からないんだけど……確かに私自身の気持ちなの……でも、同時にその人のことを思うと……なんだか、満ち足りたような……幸せな気持ちになるの……だから、私、わかんなくって! どっちが良いのか……思い出した方が良いのかどうか……」
自分でも支離滅裂だって……思うけど、それが今の正直な気持ちだった。
「そうなの……えっとね、お母さんは思い出してほしいって思うけど、それが、た……彼の何か、考えがあっての事だとしたら……私が無理にまひるに何か言う事は出来ないわ」
「そう……」
私はそう言って立ちあがり、部屋を出ようとした。すると、それを止めるようにお母さんが、
「で、でも! もし……まひるが、その『忘れてしまったその人』に、逢いたいと……思っているなら、彼は今、北の方……北海道の最北端、稚内におそらく、いると思うわ」
振り返って言う。私は立ち止り、
「どうしてそんなこと……」
「前に、まひるの掛かり付けのお医者さんと私との3人で喋った時で旅行とかの話になった時、稚内の方まで一人で温泉に行きたいとか言ってたの」
「へ、へぇ……」
よく分からないけど、変った人だなぁ……そんなに疲れてるのかな?
「その人が行った先がそこだとは……確実には言えないけど……」
例え確実では無いとしても……私の心は決まっていた。
「ねえ……? お母さん」
私はお母さんを見つめて少し微笑んで言う。
「なに?」
「そんなこと言うって事は……私が、逢いに行くって言っても、行かせてくれるって事?」
ここから、稚内なんて……かなり距離があるし、多分、バス? 代とかも……。
「まひるが、逢いに行くって言うなら止めないわ? 彼のこと、捕まえて来て欲しいし……ああ、バス代なら出してあげるわよ」
「いいって! 私が行くって言ってるのに……」
「でも、多分、往復1万円位はかかるわよ?」
「うげ……! い、いや、でも……」
1万円と聞いて少し尻込みする私。情けない……。
「いいのよ、行ってきたらお土産も欲しいから、買ってきてくれたらチャラで良いわ……それに、彼には凄くお世話になったの……彼のためだと思うと、安いもんよ」
「って、それお母さん……私より、その人の方が大事なんじゃ?」
私が呆れて言うと、
「あははっ! やぁねっ……まひるったら……ま、あなたも彼のこと思い出したら、そんな些細な事、忘れる位に彼にしか目がいかないわよ?」
「なにそれ~? 私、そんなにその人の事、傍目から見ても分かる位に好きって事?」
恥ずかしながら私が言うと、
「うん、正にね!」
自信満々に言う。
「もうっ!!」
――そして、それから居ても立ってもいられなくなった私は、直ぐにでも出発しようと部屋で身支度を開始した。バタバタと部屋を歩き回る音を聞きつけてかお母さんが部屋にノックをする音が聞こえた。
「まひるっ? も、もしかして直ぐにでも行こうとしているの?」
「あ……うん、なんだか、行くって決めたらそれしか考えられなくなっちゃって!」
照れ笑いしながら答えた。
「そんなにも、彼の事……分かったわ、でも、今日はもう夜遅いんだから、身支度だけにして明日行きなさいな、バイト先にはお母さんが連絡しておいてあげるから」
「あ……そうだね……そうする。明日はお店も休業だから休み、明後日も私は休みだから、それ以降まで、居るようだったらお願いっ!」
「うん……じゃ、それが終わったら、お風呂入っちゃいなさい、で、今日はもう寝なさい」
「分かった、ありがとっ!」
私は返事をして身支度を再開した。
「はぁ~ごくらくぅ~」
乳白色のお湯を両手ですくう。そのお湯は直ぐに指の隙間から流れ出ていく。さっきまで、一生懸命になって身支度をしていたものだから、ちょっと汗をかいてしまった。熱さを感じエアオンをオフにした時には、もう軽く汗をかいていたので、言われた通りお風呂に入ると、運動と汗のせいか、とても気持ちいい。もうこれだけで生きてて幸せって思う。
入浴剤の花のような香りがまた良い香りで、とてもリラックス出来る。
「う~ん、このまま寝ちゃいそ♪」
そして、浴槽からダラ~っと、腕から肩まで出す。そうやって前のめりになった時、今までとちょっと違う変化に気が付いた。
「んっ? あれ? もしかして……」
ムネが……ちょっと、大きくなってる?
浴槽の壁に押し当る自分の胸に少しだけど、押し返すような弾力があった。そして、真上から自分の胸を見下ろす。
「ま、間違いない……! おっきくなってる……!」
……って、言っても本当に少しだったけど。
ほとんど毎日気にして見ているので僅かな差だけど大きくなったのは間違えないと思う。そういや、最近はなんだか忙しくて、しばらく見ていなかった気がする。その間にちょっとだけど、大きくなったのかな……。毎日続けてた、豆乳が効いたのかな……。鶏肉やキャベツもよく食べてたし……。
「うふふ……うふふふふ、ふふふふ……」
……なんてキモいと、友達に言われそうな笑いを浮かべて、自分の胸を触ってみる。う~ん、わずかだけど……おうとつがっ!! おうとつがぁーーっ!!
フニフニ……。そして、柔らかい。巨乳の子……には劣るけど、これは確かに女の子のムネ! 女の子っ! 女の子の象徴! おっぱいっ、おっぱいやった! おっぱいやったぁ!
……って、イカン。私、嬉しすぎてちょっと、テンションが、アホになってる……。
この乳白色のお湯がまた、マッチしてて……よくある綺麗な女の人が温泉に入ってる番組みたいな……あれも憧れ……もっと、おっきくなれば、私も……。こう、上の方だけ、見えてて下はお湯で隠れてる感じが、すごく女性っぽいって思っちゃう。まあ、もっと大きくならないと無理だけど。
「あっ、そうだ!」
私は、タオルを手にとって、頭に結んでみた。よくそういう番組の女性がやってるようなやつ。……あー、こうやって、誰か好きな人と、温泉なんか行った時に混浴のお風呂とか一緒に入っちゃったりして……二人っきりでちっちゃな混浴専用の露天の温泉で恥ずかしいけど、タオル巻いて一緒に入ったりとか……。
「ああっ! なんだか恥ずかしいッ! 想像したらはずかしー!」
そのまま、顔をブクブク……。
はぁ……バカなコトやってないで、体洗っちゃお、髪もタオルも濡れちゃったし。
浴槽に出て、頭に巻いたタオルを解いて、ボディソープを付けて泡立てる。そーいえば、最近出たこの、詰め替え用の袋のままセットできる入れ物、ちょうべんりー。とか思いながら、カシュカシュ……もっかいだす。
左腕からタオルで洗っていく。白い泡が肌を包む。クリームみたい。そうして一通り洗ったら胸だ。いつもは微妙な気持ちになりながら洗ってたけど今日は違う。タオルの硬さを改めてチェックしてから泡を挟むように優しく洗う。昔、胸を洗う時に強く擦って胸が削れるなんてバカみたいな夢を見た事があった。それ以降より一層気を使って洗っている。いつも思うけど大きい子は胸を持ち上げながらとかして洗ってるんだろうな……羨ましい。なんだか、悔しいので私も形だけやってみる。左手で持ち上げ、右手で下の方を洗ってみる。う~ん、全くやる必要ないけど……なんだか、胸が大きい人みたいで悪くない。まあ、男の子は勿論こんな事しない訳だから……それだけで、特別ってかんじ。
この大きさだったら、Aカップでぴったり位になったかな? 今まで、Aでも少し余りがあったから……。うん……その内、B、C、Dと……なれるかな、なれるかも! 育ち盛りだし!
そうして、全身にシャワーを浴びて泡を流した。髪も洗った後、再び浴槽へ入る。
……つい、意識は胸の方へ。両手で包むように揉んでみる。
「…………あっ、っん」
うわ……なんだか、きもち……いい。なんだか今までと違って……えっちな感じ……。
こんな……自分で自分のを、揉むなんて。いや、マッサージでよくやってたんだけど、こうちょっと膨らんだ後にやると……また、違った感覚が……なんだかすごい。
なんだか、キケンだ……これは、クセになりそう……。……と、特に、揉みながらさきっちょのほう……手が当たると、ビクッ、ってなっちゃう……。
あっ! なんか、下のほう……なんか、お腹の奥……なん、かっ……ジンジンしてっ。
顔が赤くなっちゃう……なんだか……ゆび止まんない……ッ。
「…………っ!」
「まひる~? いつまで入ってるの? もう、10時よ」
その時、お母さんの影が見えて、私は慌てて浴槽に戻りながら、
「あ、はいーっ! もうすぐ出るってーー!!」
焦って、返事をする。
び、びびびびっくりしたー! って、私もなにやってんだろ……。じ、自分で自分の胸もんで気持ち良くなるなんて……なにしてんだろ…………もう。
その後、湯冷めしないようにもう一度シャワーを浴びて温まった所で上がり、パジャマに着替えてお布団に入った。
う~ん、お風呂に入ってさっぱりした後のハズなのに……なんだか、まだ、顔が火照ってるみたいに熱い……。なんだかちょっと、変な気分だし。
「でも、なんだか明日は良い事ありそう。なんだか、ステキな人に出会えるような……そして、今のこの不思議な気持ちも、ぬぐってくれるような……そんな気がする!」
なんだか、私は修学旅行の前の日みたいなワクワクした気持ちで火照った心を感じながら閉じたのでした。