とある日の事。入院生活も10日目に突入し、だいぶこのボケーっとした生活にも慣れてきた。いや、慣れるのもどうかと思うけど。2日前に撮ったレントゲンで骨も順調に回復しているようで良かった。やはり若いので治りも早いらしい。だいぶ痛みも気にならなくなってきた。まだ、体をひねったりは出来ないが。
まあ、俺の事はいい。それより、数日前から気になっていた事があった。伊波さんの事だ。伊波さんが来なくなってから……というか、初めて来たのが、3日目だったから、もう、7日も来ていない事になる。俺がバイトに出られないから忙しいというのは分かっているが、それでも7日も来られないほどに忙しいんだろうか? 最も、お見舞いに来るかどうかは伊波さんの自由だが。その辺りを疑問に感じた俺は一昨日、なずなに心当たりがないか聞いてみたのだ。すると、なずなは少し焦ったような表情を見せた。直ぐに何事もなかったかのように自然に振舞ったけど俺は見逃さなかった。
今日は、なずなが来るはずだ。なので、一昨日の疑問をもう一度、なずなに聞いてみようと思う。
「お兄ちゃん、来たよー!」
いつも通りのテンションで顔を見せるなずな。もう、5、6回は来ているはずだが、飽きないのだろうか。
「今日も来たのか? 特に用事は無いだろうに……?」
「うん、まあね……今日は、着替え回収くらいかな……?」
「じゃあ、明日でも良かったのに」
「もう、そんな事言って、お兄ちゃん本当は嬉しいくせにー?」
笑いながら言うなずな。
「ま、まあ、話し相手がいないと暇なのは事実だが……って、兄をからかうな」
「あははっ!」
その後、なずなの話をあらかた聞き終えた所で、俺が切りだす。
「あーー……そう言えば、なずな、昨日言ってた、伊波さんの事だけど……」
「えっ!? あーなに? 覚えてたの、お兄ちゃん? だから、何もないって言ったじゃん」
一昨日よろしく、今日もとぼけて帰るようだった。だが、今日はまだ時間もある。逃がすものか。
「言っとくけどな、なずな。この事はとぼけようったって無駄だからな、納得のいく答えを聞くまで今日は他の話を聞かない」
そこまで、強く言うとさすがに俺の覚悟が分かったのか、
「……お兄ちゃん、そこまで、伊波さんの事が気になるの?」
おどけた態度から一転。神妙な面持ちで聞く。
「いくら、伊波さんも忙しいとはいえ、一週間も来ないなんて不自然だ。前に来た時、別に俺とは変なことは無かったわけだし、何か理由があってあえて来ないように思える」
俺が言うとなずなは視線を落とし、
「だから、なずなのせいなんて思うんだ……?」
ふて腐れたように言う。
「まあ、一昨日もやましい事があるような態度が見えたしな」
「やっぱ、お兄ちゃんは鋭いなぁ……分かった。言うよ。実はね……」
――そうして、事の顛末を聞いた。どうやら、なずなは伊波さんに強く当たってしまったらしい。
「あのな、なずな、俺は気にしていないんだから、それに伊波さんは俺が休んだ分、出てもらってるわけだし感謝しているよ」
「でも、それは伊波さんが原因なんだから当たり前じゃないっ!」
「うん、まあ、そうだけど……とにかく、家事とかが大変だとかそういう愚痴は俺に全部言えばいいから! 退院したら迷惑かけた分は働くから!」
「いやっ……それは、言わないけど。……ほんと、お兄ちゃんは優しいなぁ、伊波さんには特別に」
なずなが何か含みのある言い方をし、俺を横目で見る。
「いや、俺は伊波さんに対しては、面倒見るって決めてるから! だから、この怪我だって俺の不注意が招いた事故なんだよ。だから、伊波さんに怒ってない訳で……別に俺が優しいとかそういう事とは違うんだよ」
弁解のつもりでそう言ったのだが。
「お兄ちゃん、伊波さんの面倒見るって……、なに、そのプロポーズみたいな発言!?」
「面倒見るって、伊波さんの男性恐怖症について、だぞ!? なに、興奮してんだ!」
「わ、わかってるよー、そんなマジにならなくても……怪我に響くよ?」
丁度なずなにそう言われたのと同時くらいに、アバラに痛みが走る。
「……だったら、言うなよ」
腹を押さえながら言った。
「あはは……」
そうこうしている内に、時間となり、なずなは帰って行った。
なずなのやつ、伊波さんにあんな事を言ったって事は、嫉妬してたってことか? まあ、たしかに最近はバイトと家事で忙しくてなずなと話す機会が極端に減っていたからな……俺は、なずなはもう大人(見た目的に)なんて思っていたけど、やっぱまだ子供なんだから寂しいのかもしれない。親が家に居ないなずなにとって俺はなずなの親代わり……もう少し、話を聞いてやった方が、喜ぶのかもしれないな……。
「……ああ、だから、なずなは頻繁にお見舞いに来るし、何処か満ち足りたような顔で俺と話すのか……」
だとしたら、今の状態はなずなにとってもある意味良かったという事なのか? まあ、俺の手助けができる事に満足しているようだし。だとしたら、退院してからもこれからは、
なずなにたまには手伝ってもらったり、頼みごとをした方が良さそうだな。
ふう……なずなの件は落ち着いたな。後は伊波さんか。
時計を見て、まだ電話しても良さそうな時間であることを確認した俺は、ケータイの電源を入れ、アドレス帳から伊波さんの名前を探すと、発信のボタンを押した。
「は、はいぃぃーー!! もしもし!?」
何度目かのコールの後、伊波さんが慌てたような声が耳に飛び込んでくる。
「あっ、もしもし? 伊波さんですか? ……えっと、今、大丈夫でした?」
「えっ? いま! ぜんぜん!? うん、全然だいじょぶ! だいじょぶ!」
「そうですか……ていうか、伊波さんこそ大丈夫ですか? ちょっと落ち着きましょう?」
「あっ、そうだね……てへへ……だって、小鳥遊くんから、電話なんて滅多にないから、ちょっと驚いちゃってっ……!!」
声を聞いているだけで、ケータイ片手にそわそわしている伊波さんの姿が容易に浮かんだ。
「用事があれば……電話くらいしますよ……あー、で、その用事なんですけど、伊波さん最近、お見舞い来ないから、忙しいのかな……って」
言ってから気がついたが、なにやら抽象的な言い方になってしまった。
「…………えーーと、え? それって……私が、来ないから心配してくれたって事?」
やや早口で、それでいて高い声で言う伊波さん。照れている様子が見て取れ俺まで恥ずかしくなってしまう。
「ああ、いえ、心配というか……まあ、それで、大変ですか? 俺の分までシフト入ってるんですよね?」
「う、うん! 大丈夫だよ、心配してくれてありがとう! でも、私、小鳥遊くんの分のシフト入って働いていた方が、反省っていうか、償いになるかなって……」
「償いって……そんな大げさに考えなくても良いですよ。俺の不注意で山田の危険な提案を通してしまったのが悪いんですから」
「えっ? ……いや、でも……あ、今、改めて小鳥遊くんに謝っても良いかな? ……でも、電話じゃ返って失礼かな?」
反省しているような低いテンションで言う伊波さん。どうやらなずなに言われた事を思った以上に気に掛けているようだ。
「……実は、なずなに聞いたんですよ」
「えっ?」
「なずなが伊波さんに言った事は全く気にしないてください、なずなにも俺から注意しておきましたから……」
「そうなの……? あ、でも、なずなちゃんの言った事は本当の事だよ……私、甘えてた、小鳥遊くんが優しいから……。なずなちゃんは小鳥遊くんの家族だもん、大事だし、怪我させちゃった私を怒るのも当然だよ……」
「そんなに気にしなくても……」
「いや、こればかりは私の責任だもん。私は甘く見てたんだよ……自分の病気を……」
本当に気にしているんだな、伊波さん……。
「……それじゃあ、本気で治してみます?」
「えっ? 本気でって……?」
「忙しくても、お見舞いに来る位の時間はあるんですよね? だったら、なるべく毎日、来て訓練しましょう。休みの日も用事がなければ来て訓練するんです」
「そうだね……バイトのある日はあんまり時間取れないと思うけど、行けなくはないよ!」
「毎日ではなくて良いんで……そうですね、週4位にしておきましょうか」
「私は毎日でもだいじょぶだよ!」
「いえ、プライベートの時間も持っておいた方が良いですし、バイト疲れもあるでしょうから」
「あ、うん、そっか、そうだね」
「無理して、体調崩したら元も子もないですから」
「そうだね……!」
「…………」
「あーー、なんだか……」
「どうしました?」
「こうやって、電話だと楽しく長話してられるのにね?」
「…………そうですね。早く治して、誰とでもこうして接する事が出来るようにしましょうね」
「えっ? いや、うーーん……いや、ある意味今のままで十分かな……?」
「…………じゃあ、電話でなくても俺とこうして喋れるように」
「あっ!? そうだね……! うん! 頑張る……!」
……なんというか……いや、頑張って伊波さんの男性恐怖症を治したいものだ。
台の上に立ててある手鏡に赤くなった頬の自分の顔が映った。俺はそれを明後日の方向に向けると、ベッドに体を預け心の中でつぶやいた。
――まったく、伊波さんは……。