妄想わーきんぐ。まひる   作:つば朗ベル。

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(7)  小さくないペット

「お騒がせして、すいませんでした! 今日からバリバリ働きますんで!」

「まあ、その分、伊波が頑張ってくれたからな、特に問題は無かったよ」

「そうですか……あ、今日は、伊波さんは休みですか?」

「お前が休んでいる間、結構出てたからな、今日明日は休みだ」

 いつも通りの、そっけない店長とのやりとりを終えて俺は着替えに向う。

 

 あれから3日経った。退院前の二日間は、俺の穴埋めのバイトで伊波さんは忙しく、会っていない。昨日は退院後、家でゆっくりしていた。退院初日から働くのはさすがにどうかと思ったし、医者からも本当は家で数日~一週間は様子を見てからと言われていたのだが、昨日でさえ暇でそわそわして、午後過ぎからは普通に家事をし始めていた。やはり俺はだらだら過ごすのが性に合わない人間なのだなぁと心底思った。もう手慣れたのか、鼻歌でも歌いながらのんきに洗濯をしていたなずなに良かれと思って、後は俺がやっておく、なんて言って仕事を引き受けようとすると、なずなは驚いたように大きく目を見開いて、「えぇーー! まだ、自宅療養中なのに、もうなずなの仕事取っちゃうのぉ~~!!」なんて、良く分からない理由でなずなに怒られた。しかも、「少しは慣れたと思ってたのにお兄ちゃんの家事のスキルには敵わない……」なんて、ガックリ肩を落として言っていたし。まあ、そりゃあ、俺の家事スキルはそこいらの主婦では敵わないレベルさ……って、どんな学生だよ俺は。

 

 とにかく、そんな感じで久しぶりに嗅ぎ慣れた匂いのする我が家で一日を過ごした。肋骨もほぼ完治している。もう明日から働けるだろうという事で、今こうして出勤してきた訳だ。

 

「あっ! 種島せんぱい! 久しぶりに見てもかわいいなぁ~」

ホールに出ると、既に働いていた種島せんぱいの姿を発見する。

「わあ、かたなしくん! 今日からだったの? もう、お怪我は大丈夫?」

 我慢しきれずに、せんぱいの頭をなでる。約2週間ぶりのせんぱいなでなで!! 小さいものをこんなに直に愛でる事が出来る機会なんて、やっぱ、早々ないんだよな!! 

「……って、もう、かたなしくんっ……! 聞いてるの……?」

「……なでり、なでり……ハッッツ!? ……久しぶりのせんぱいなでなでが余りに心地良すぎて、エデンに行ってましたよ!」

病院という閉鎖空間から解放されて、久々の種島せんぱい! 可愛すぎる!!

「もうぅ~~、かたなしくんっ……相変わらずなんだから~」

「アハハ……久しぶりにせんぱいの姿を見たら、我を忘れてしまいました……!」

「もう、お怪我は大丈夫なの? お仕事しても」

クリクリしたおめめで聞いてくる種島せんぱい。可愛い!

「ええ、昨日も特に痛みはありませんでしたし問題無いでしょう。まあ、あんまり休んでいると返って体がなまっちゃいそうで……」

「働き者だね~」

「いえ、そんな」

 

 そんな調子で2週間ぶりの職場にもすぐに馴染んだ俺は、久しぶりの仕事も特につまずく事もなく、なんとかこなして行きピークが過ぎた所で休憩の時間になった。

 

「やあ? 小鳥遊くん」

「相馬さん、久しぶりですね」

 休憩室で、座っていると程なくして相馬さんが入ってきた。

「どう? 久しぶりの仕事だけど」

「それが、やっぱり体が覚えているのか、ウソのようにこなせますね、昨日家事をした時も思ったんですが」

「そうなんだ。やっぱ、働くのが好きな人は違うね……。ところで伊波さんの事なんだけどね」

 そんな風に急に、伊波さんの話を始める相馬さん。ああ、さては始めからこの話をするために、わざわざ休憩時間を合わせたのか。

「えっ……なんですか?」

「小鳥遊くんが、入院してた時、ずっと……いや、厳密にはずっとではないけど、伊波さんが代わりに入ってたじゃない?」

「そうですね……それがどうかしましたか?」

「おうおう、怖いな小鳥遊くん……そんな、怖い顔しないでよ」

 そんなに俺は怖い顔をしていたのか、両手を広げて顔をのけぞらせる相馬さん。

「い、いや……すいません……なんか、相馬さんは、危険な匂いがするというか、なんというか……あ、いや、単なるイメージですね、すいません……失礼でした」

「い、いやぁぁ…………俺本来のイメージか……? それとも……今までの、行いの……?」

 何か、一人小声でブツブツ言っている相馬さん、いや、そう言うのが怪しいって事なんじゃないですか? 

「ああ、ゴメンゴメン! でね? 伊波さんの事だけど、小鳥遊くんの代わりにシフトに入ってた時……たしか4日前かな? 伊波さんに男がらみのちょっとしたトラブルがあったんだけど知ってる?」

「男がらみって、男性恐怖症の事ですよね? だったら、はい……先日、本人から聞きました」

「えっ? マジで!? ……さっすが仲良いなぁ~本当に。……はぁ、もう、俺が心配する必要無いじゃない……」

「……いやっ、心配って……!? それで、その事がどうしたんですか?」 

 俺が言うと相馬さんはフフンと、薄く笑って、

「あの時、俺見てたんだけどね……? マジであれは普通じゃ無かったよ、だって、あの伊波さんが男を殴らずに、普通に帰って来たんだよ? まあ、その後、しばらくうずくまってたけど、あの程度で済むようになったらもう、男性恐怖症って言うほどじゃないよね! 単なる、男に慣れてない乙女キャラだよ!?」

 ガッツポーズをして力説する。

 ……たしかにそうかもしれない。というか俺自身、そう感じていた。先日のあの一件から。

「まあ、たしかに俺もそう思います。実際、先日俺と病院で話した時もそんな感じでしたし……」

 あんまり、深く考えずにそう口走ってしまった。

「えっ!? なに? その時、何かトラブルでもあったの? あったんでしょ!? そうやって思うって事は!」

 急にハイテンションで突っ込んでくる。しまった。口が滑った。

「ああ、いや、大したことではないんですが……」

「うんうん! なになに?」

「……言わなきゃだめですか?」

「当たり前じゃない! 伊波さんの病気治したくないの……?」

 うわ、うまいなぁ……そう言われちゃったら、言わない訳にいかないじゃないか。

「えっとですね……簡単に言うと、訓練と称して病室で伊波さんに俺に何処まで近づけられるか試したんです。それで、無理して腰抜けてその場にへたり込んでしまった伊波さんを立たせようとマジックハンドを差し伸べたんですが、まだ完治してなかった俺は、その重みに耐えきれず、伊波さんに覆いかぶさってしまった訳です」

「ええっ!? マジで!? 積極的だなぁ! 小鳥遊くん!!」

 目をキラキラさせて相馬さんが言う。

「いや、事故ですよ!? 事故!! ……っと、それで、俺は殴られる覚悟を決めたんですが、伊波さんはそこまでしても殴らなかったんですよ、それどころか俺の肩を触ってベッドに座らせたんです」

「うおっ! 二人っきりの病室でそんなアヤしい出来事が……!? エロいなぁ! 小鳥遊くん!」

「……何言ってんすか……ちょっと、静かに……相馬さん……静かに…………」

「うおぉー! 小鳥遊くんが! 小鳥遊くんが!」

「ちょっ! 黙れよ!?」

 浮かれて席を立ちあがった相馬さんに盛大に突っ込みを入れ、その場に静かに座らせた。

 そして、落ち着いて腰を下ろした所で、

「ちょっとは……真面目に聞いてくださいよ、相馬さん」

「はは……ゴメンゴメン。……まあ、ね。ちょっと、想像しちゃって興奮しちゃっただけじゃないの……それで、伊波さんに覆いかぶさってどこか触れたりしなかったの!?」

 また、目を輝かせて聞いている。

「ていうか、何言ってんですか? 相馬さん……そんなキャラじゃないでしょう!?」

「小鳥遊くん……若い男子足るもの……みんな、普段は隠していても必ずそういう興味っていうのは心に持っている物じゃないのかな……?」

「うん……まあ……否定はしませんが……」

 って、なんでそんな話をしなくちゃいけないんだよ、中学生じゃあるまいし。

 俺は……なんていうか、その手の話は昔からあんまり得意ではないんだよなー。まあ、学校の友達なんかは所謂お年頃なもんだから、そういう話を(女子の居ない所で)恥ずかしげもなくするし振ってくるんだけども、生まれた時から女兄弟が居て嫌って言うほど、女を知っている俺は(俺の姉達が全ての女性ではないだろうけど)なんというかその辺りのズレ……が、あって、歳の近い姉や妹を持っている人とはある程度その辺りの気持ちを分かってくれるのだけれども、特に一人っ子の奴とは、幻想が強すぎて話についていけないというか、ともかくその手の話題が出るとどうにも話についていけずに参ってしまうのだよね。まあ、そんな俺でも子供の頃、急に姉達の無防備な姿や、下着などを見て、なんとも言えない感情になった時期もあったし、テレビや雑誌など、現実世界とかけ離れた所では、その距離感が良かったのか、変わった女優(姉達とは違ったタイプだ)がちょっと気になったり、まあ、女性に対するそういう気持ちを抱いた事だってある。ただ、普通の人よりそれが鈍感……というか……ああ、違うな。小さいものが好き過ぎてその気持ちが強すぎて、相対的に薄くなっているという事か。

 ハハッ、なんか俺、今後、女性を本気で好きになって、恋愛ドラマのような情熱的な恋でもする日が来るのかね? 泉姉さんがたまに見ているようなベッタベタなドッロドロな…………ね。

 

「あれですか? 覆いかぶさって胸に顔をうずめたとかそんな話をお望みですか? 知ってるでしょう? 伊波さんにそんな胸は無いって事!」

「うわ! 失礼だな!? 小鳥遊くん!」

「いや、相馬さんが言わせてるんでしょう!? 俺だって、本当だったら言いませんよ!」 

 梢姉さんに怒られるし。

「……しかし、全くテレがないな……伊波さんのサイズと言えど、顔で受け止めたんじゃないの?」

「昔よく、梢姉さんにプロレス技かけまくられてたので、そういう感触は慣れてるんですよ……って何、言わせてんですか!?」

 本当は、今でもたまにある……とは言わないでおこう。

「なるほど……そういう事かー……なんだ、伊波さんの胸の感触で伊波さんへの愛に目覚めると思ったのに!」

「なんですか? その中学生が陥りそうな発想! そんな単純な事で恋する訳ないじゃないですか!?」

 俺が言うと、その言葉を待っていたかのようにワクワクしながら、

「相手が誰でも……!?」

 聞いてくる相馬さん。

「はぁ……? 誰だってそうですよ、たとえ胸の大きい女性だろうと、絶対無いですよ」

 はっきりそう宣言すると、相馬さんは腹を抱えて笑いだした。

「クッ……クッ、ブフフッ……フッ!」

 どんだけ、失礼なんだよ!? この人!?

「なんなんですか! 相馬さん、怒りますよ?」

「ブフッ……いや、ゴメンゴメン! いや、でも……ブブフッ! あーー、いやいや、ゴメンね、マジで! ……失礼と知りながら盛大に笑わせてもらったよ、……えーっと、これ位の役得、許してください……」

「誰に言ってるんですか! 誰に!?」

 

 本日二回目の相馬さんへの突っ込みを終え、座らせる。

「はぁ……いったん落ち着こう……小鳥遊くん!」

「さっきから、興奮してるの主に相馬さんですから!」

「そうだったね……ハハッ……まあ、話を戻そう」

「……? ええ」

 ……急に真面目になったな。

「ともかく、伊波さんの様子が普通じゃないって事は確かなんだから、注意した方が良いよ」

 いつになく真剣な表情で言う。

「……その……相馬さんの態度から本当に心配してくれているのは分かりますが、なぜ、そこまで気に掛けるんですか?」

「なぜって……とんでもない事になってからじゃ遅いじゃない」

「そうですが、そうなる可能性はどういった根拠から導き出されているんですか? それと、心配する事で相馬さんになんのメリットがあるって言うんですか?」

 多少、辛辣な物言いになってしまったかもしれないが、俺の中で感じた疑問をぶつけずには居られなかった。

 すると相馬さんは、困ったように頭を抱えて、ブツブツと唸っている。

「う~ん、それに気が付いちゃうか……というか、なら、本来の俺だったらそこまで真剣に忠告しないってことだね?」

「……はい。いつもの相馬さんだったら、からかって終わりじゃないですが。真剣に伊波さんの事を心配する道理がない」

 はっきりと俺が言うと、相馬さんは観念したかのように、

「小鳥遊くんにはウソ言って誤魔化す事は出来なさそうだね……」

 と、溜息交じりに言う。

「はい……おそらく」

 一瞬にして、緊張感のある雰囲気が出来る。そして意を決したように相馬さんが口を開く。

「……じゃあ、納得できる範囲で話そう。今、俺は普通じゃない状態にある。そして、今の俺がするべき事を全うしている……そんな所かな」

 すがすがしい笑顔で言う。

 何を言っているんだ……? この人は。…………そうか、また、俺と伊波さんをネタにして良からぬ脅迫ネタでも得ようとあくどい事を考えていたって所か。なんだ、俺の深読みだったか。

「はぁ……すいません、無駄に思わせぶりな事を言わせちゃって。単なるいつものゆすりネタ聴取ですよね……すいません、サブい事言わせちゃって」

「……えっ? ああ、そうだね、まあ、大体そんなとこかな」

 相馬さんは、ホッとしたようなソワソワしたような仕草でそう言った。

 まあ、相馬さんが隠している事と言えば、そんな所だよな……。

「とっ……とにかく! 伊波さんの件は伝えたからね? 気を付けなよ!?」

 バタバタと焦った様子で立ちあがりながらそう伝えると、足早に休憩室を出て行った。

 相馬さんらしくないほどに動揺していたな……そんなに恥ずかしかったのか?

 

 時計を見て休憩時間がもう終わる事を確認した俺は、おもむろに立ちあがって、仕事場に戻る。相馬さんの不審さも気になったがあの人はいつも不審だからむしろ普通なのかもしれない。それより、相馬さんの言っていた通り、伊波さんの今の状態は普通じゃない。伊波さんの病気を治すと、本人にも宣言した以上、大げさな位に気にしておいた方が良いだろう。あの病気を治すのは一筋縄では行かないだろうが……もう、いい加減、伊波さんにも常に笑っていてほしい。男嫌いなんてさっさと治して、普通の人生を歩んでほしい。たとえそれで、俺の事を余り見なくなったとしても彼女にはそうして平凡な幸せをつかんでほしい。

――他人にも吠えなくなったら、もうリードを引っ張るなんて束縛はしちゃいけないだろうからな……。

 

 

「あれ……かたなしくん……? なんだか、寂しそうな顔してる……」

「えっ……? あっ、せんぱい……いや、ちょっと、感傷的になっちゃいまして……」

「へえ……どうしたの? わたしで良かったら話してみてよ?」

「ああ、いやっ…………ペッ……トが、他の人に懐いたりしたら……ガッカリするというか……それを想像して」

「ああ……動物って可愛いもんね! でも、かたなしくん、ちっちゃい動物、ほんと大好きなんだね~、こんなお仕事中でも、頭から離れないなんて……いつから飼ってるの?」

「いつから…………そうですね、もう、出逢ったのはだいぶ前ですかね……」

「じゃあ、よっぽど、その子の事が大好きなんだね! そんな風に悩むくらいだもん!」

「好き……好きですか…………まあ……そうなのかも……しれませんね……」

 

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