完全不定期更新にて連載予定です。
●事前注意
一部胸糞展開が予想されます。
キャラクターの崩壊は可能な限り起こらないよう制作していきますが、完全にキャラクター崩壊なしとはならないと思います。
何でも許せる方向けですのでご容赦くださいませ。
Twitterにて作品投稿報告等行っておりますので、気に入っていただけましたらそちらもよろしくお願いします。
桜花一輪 腑抜け人と小さなサクラ
ウマ娘。
耳と尾を、そして人の肉体を超越した脚を持つ少女。
別世界に存在する名馬の名を冠し、その力を宿した彼女達は、人と似て非なるもう一つの神秘だ。
液晶画面に映るカメラの映像。スピーカーから発される声援と実況。
その風景を霞んだ視界で見つめる。これだからレースはいつもーー
「どこを見てるんだい。欠伸をするなよ」
「何か問題でも」
「レースの研究をしたいと言ったのは君だろう。櫻庭君」
「休憩ですよ休憩」
「さっきもしたろうに」
後ろから掛けられる言葉に舌打ちをして答える。この人がいると退屈凌ぎにもならない。
「連日事務作業続きなんですよ。少しは気を遣ってくれてもいいでしょう」
「いつまでも担当を持たない君の問題だろう」
「なら尚のことこんなことしてる場合じゃないでしょう」
「無かったらまともに担当探しをするのかい?違うだろう」
「......」
「さあ、続けるんだよ」
「だから地方に行きたかったんだ」
「何だい?」
「地方所属のトレーナーになれたらあんたみたいな女に付き合わされることも無かったのになと」
「つくづく生意気なやつだな」
「あんたほどじゃないですよ。鏑木先輩」
鏑木満。ここ、中央トレセン学園に勤めるトレーナーで、俺とは養成所時代からの知り合いだ。
変わり者の俺を気に掛けてくれるのは有難いのだが、それが後輩イジりと混ざっているのが問題だ。
「担当探しって言っても、俺に付いてきてくれるウマ娘なんていないでしょう。そもそもここのウマ娘は皆才能の塊。手に余る秀才ばかりじゃないですか」
「それでいいじゃないか。何が不満なんだい」
「何度も言ってるじゃないですか。俺にもトレーナーとしてやるからには成し遂げたい夢があるって」
「その夢は折れたんじゃなかったかい?」
「そうですけど!」
ああ言えばこう言う。腹の立つ女だ。
「ったく。コーヒー買ってきます」
「今日何杯目だい」
「まだ二杯目ですよ。生憎と誰かさんが人のトレーナー室に居座ってらっしゃるせいでカフェテリアにも行けないんでね」
「私の分も頼むよ」
「......ッヅ!」
清々しいくらいに楽しげな声に分かりやすく歯ぎしりをして振り返る。
「自分で買っては!?気に入らないなら帰ってください!」
ひきつった顔で必死に笑い言い放つ。どこまで他人で遊べば気が済むのか。トレーナー室の扉を閉めると、ポケットに手を突っ込んで歩き出す。
二月の中央はまだ寒さが残り、足を動かすたびに骨が軋む。
「ったいな全く」
今日一の怒号の反動で頭痛がぶり返す。早い所コーヒーを腹に入れなければ。
力任せに頭を掻いて購買の自販機に向かう。
真昼の廊下にはウマ娘達の楽しげな声が飛び交い、耳に入る。選抜レースはどうしようだとか、スカウトはまだかだとか、トレーニングの調子はどうかだとか、あと一月もすれば新学期になるのだ。彼女たちもそれを考える時期なのだろう。
周りを歩くウマ娘に目を向ける。確かに走る事に特化した素晴らしい体の持ち主は多いが、こうして話している姿を見る限りはお遊び目的のように感じてならない。本人たちからすればさぞ失礼な感想だろう。
購買にもウマ娘たちが集まっており、何度か姿を目にした事のある者も居る。
「........」
「あー、何してるんだ。ミホノブルボン」
「......貴方は、櫻庭トレーナー」
「どうも。それで今は何を」
自販機の前で左手におもちゃのアームを提げて立ち尽くすウマ娘。ミホノブルボンに声を掛ける。
「目的の飲料が売り切れていたため、代わりとなる商品を検索していました」
「......はあ。因みに何が飲みたかったの」
「スポーツドリンクを探していたのですが」
「それなら粉末のドリンクもあると思うけど....丁度トレーナー室に余りもあるし、必要なら後で差し入れるよ」
「本当ですか」
彼女の耳がぴんと立つ。普段は一定のトーンで語られる言葉もどことなく明るい。
「ああ、誰にも使われず棚の中で寝てるよりかは、その方が報われるから。前の担当用に買い溜めたんだけど、いつの間にか倉庫番って感じになっちゃってね。それで、トレーニングはいつからやるの?」
「いえ、私が受け取りに向かいますので」
「いいよ。俺は担当のいない暇人トレーナーだし。そのくらいやらせて」
ブルボンの隣から自販機を操作してコーヒーを購入し、ひらひらと手を振りながら購買を去る。
タブを押し上げ、缶の中のコーヒーを流し込む。半日ぶりの苦味は枯れた喉に染み渡り、それだけで生き返るような気分になる。
飲み過ぎはドクターストップを食らっているのだが、死なない程度に控えているのだから問題ないはずだ。
「こんな美味いもの止めらないっての」
トレーナー室に戻ればそこに鏑木の姿はなく、代わりに机の上にメモが置かれている。
「チームのトレーニングの時間になりました。お仕事お忘れなく......余計なお世話だ」
気分の悪くなる内容を隠そうとメモを裏返すと、そこにも追伸が残されていた。
「紅茶は私のトレーナー室に持って来て下さい........」
メモを握りつぶしてゴミ箱に投げる。
「あの女絶対潰す」
戸棚を開き、厚紙の箱に納められた粉末状のスポーツドリンクを取り出す。
前の担当ウマ娘用に買っていた道具の一式を用意してスポーツドリンクを作り、ミホノブルボンから聞いたトレーニングの時間まで待つ事にする。
「......そう言えばあの子トレーナーいたよな。余計なお世話だったかも」
回転椅子に座ってぐるぐると回りながら、咥えたペンを上下させる。
書類整理をしろと言われているがそんな気分ではない。
「担当ね......」
近く選抜レースがある。ウマ娘達にとってはトレーナーに実力を示す好機であり、トレーナーにとっても彼女達の実力を測るに最適なイベントだ。
ここ数ヵ月そのイベントにも参加せずにいたが、今度ばかりは彼女達のデビューにも繋がる大切なレースとなる。
「さすがにそろそろ顔出さないと目つけられるよな」
意欲の無いトレーナーと思われるのも都合が悪いのだが、かといって目当てのウマ娘もなく参加しても退屈だろう。
「ついでにトレーニングでも見ていくか」
時間には余裕もあるため、椅子に掛けたタオルを顔に乗せ、仮眠を取る。
開け放ったままの窓から聞こえる鴉の鳴き声に目を覚ます。大きく伸びをし、冷蔵庫からスポーツドリンクの入った水筒を取り出す。
廊下に出ると、昼間と変わらずウマ娘たちが元気よく行き交っている。違いがあるとすれば、その中にはトレーニング用のジャージを身に着けた者が居ることだ。
水筒を片手に廊下を歩いていると、床に落ちた光る物が目についた。拾い上げて確認してみれば、それは桜の花弁を模したアクセサリで、はっきりと目について引き寄せるような紅色をしていた。
「髪飾り.....誰の物だろうか」
何人かのウマ娘とは面識があるが、この髪飾りには見覚えがない。
桜と言えば真っ先に思い付くのはあのバクシン委員長だが、彼女が桜の髪飾りを着けていた覚えはない。
「たづなさんにでも.....いや、先にグラウンドに行かないと」
髪飾りをポケットに仕舞い、玄関で靴を履き替えグラウンドに出る。
スタンド席に向かう道中、大きなビニール袋を提げたミホノブルボンのトレーナーと出くわす。
「おう、珍しいな」
「ブルボンに差し入れをと思って」
「差し入れ?ああ、スポーツドリンクの事か。それなら心配いらないぞ。俺も買い出し帰りでな、これからブルボンの所に向かうんでそこで冷えた奴を渡すよ。お前に世話をかけるわけにもいかない」
「そうか。まあ市販のが自作のより確実だしね」
「この時期に出歩いてるってことは観戦かそこらだろ?遅くまでトレーニングをしてるウマ娘もいるんだ。そいつはお前が見学しながら飲めばいい」
「そうさせてもらう。余計な心配を掛けた」
「いや、こっちこそ心配掛けさせた。それとメニューの件、また相談させてもらうぞ」
「フリーの内はいくらでも。じゃあ」
「いいパートナーが見つかるといいな」
「どうだろうな」
軽い会話を交わし、スタンドに登ると見知ったウマ娘が双眼鏡を構えて身を乗り出していた。
「.......デジタル」
「ふえ?」
アグネスデジタル。ウマ娘にしてウマ娘オタク。彼女自身の才能の高さもさることながら、驚くべきはウマ娘への愛である。
ことウマ娘の事に関しては彼女に分からないことは無いのではなかろうか。
「これはこれは櫻庭トレーナーさん。徳。積んでますか?」
「ぼちぼちかな」
「それは結構ですね。さて、今日はどんなウマ娘ちゃんのお話をお求めで?」
「いや、今日はただの見学だよ。選抜レースも近い。たまには顔出しておかないとアレなんでね」
「選抜レース!ウマ娘ちゃんの熱い戦い。日々の努力の結晶を燃やし、未来を目指してひた走る。ああ......尊い」
「....そうだね」
上擦る呼吸で盛り上がるアグネスデジタルに僅かながら恐怖を覚えるが、彼女にとっては珍しい事でもない。
「トレーナーさんはお気に入りのウマ娘ちゃんが出走するので!?」
「その注目のウマ娘探しに来たってところ」
「推し探しですね!お供します!」
「ほどほどにね」
「ではでは、早速この双眼鏡を」
アグネスデジタルが目を輝かせながら双眼鏡を手渡してくる。動きのキレをレースに注いで欲しいものだ。
双眼鏡を目に当て、グラウンドの様子を見る。
何人かのウマ娘が各々トレーニングをしており、隣ではアグネスデジタルが息を荒げてエールを送り、時折ヒュウヒュウと危険な呼吸をしている。
「.......そうだ。デジタル、この髪飾りの持ち主って知らないかな」
「サクラチヨノオーさんですね!」
「即答」
「努力家で勉強家。夢に向かってひたむきに走るウマ娘ちゃんです!」
「.....ふむ」
「トレーナーさん。チヨノオーさんが狙い目ですか!?」
「だとしたらただのストーカーだよ」
「ふえ?」
「狙いのウマ娘の髪飾り持って徘徊する。どう考えても変質者だ」
「....確かに」
「因みにそのサクラチヨノオー。だったか、今日はどこかで見なかった?」
「それでしたらもう少し待っていたらいらっしゃると思いますよ。他のウマ娘ちゃんたちが帰った後にいつもここでトレーニングをしているんですよ。一人グラウンドを駆ける姿はもう....ああやばい、好き」
「なら俺ももう少し待っていようかな」
席について、遠目に走るウマ娘を眺める。トレーニングとは言え、ターフを駆けるその俊足は圧巻だ。
随分前になるが、かつてはあの場にパートナーと共に立っていたのだと思うと、その未来を考えずにはいられない。胸に針を打ち込まれた様な気分でぼんやりとグラウンドを眺める。
一人、また一人とウマ娘達が帰り支度を済ませて帰路に付く。次第に静けさと寂しさの増していくグラウンドを今かと待ち続ける。
アグネスデジタルはといえば、終始変わりなく盛り上がっている。さすがの持久力だ。とてもではないが人間の自分には出来た事ではない。
「トレーナーさん!いらっしゃいましたよ!サクラチヨノオーさん!」
「随分と遅いトレーニングなんだね」
「何か考えがあるんでしょう。私達には分からないような素晴らしいアイデアが!」
「ふむ」
サクラチヨノオー。双眼鏡を目に当て、そう呼ばれたウマ娘の姿を探す。
紅色の髪に白いカバーを被った耳。一人のウマ娘がトレーニングの準備をしている。
「あれが.....」
「注目株とまでは行きませんが。とっても努力家なウマ娘ちゃんなんです」
「へえ。面白そうじゃないか」
「トレーナーさん、好きですよね。大穴の子」
ストレッチを終えたサクラチヨノオーが走り出す。なるほど、良い走りの筋をしている。
「見てて楽しいんだよ。そういう逆転劇を見せてくれそうな。何て言うんだろうな。陰のスーパースターってやつ?」
「陰のスーパースター.....いいですね!その響き」
「この学園にいるのは才能あるウマ娘。メディアもトレーナーもそこに釘付けになるけど、そんな中予想もしなかった子が結果を残すなんて話があっても良いと思うんだ」
「ええ!ええ!ウマ娘ちゃんたちは皆輝いているんです!どのウマ娘ちゃんにも等しく活躍のチャンスがあるべきですよ!」
「だから俺はトレー」
熱中して語り、アグネスデジタルに向けていた視線をふとサクラチヨノオーに向けた時、彼女が躓いて体勢を崩す。
「ッ!?」
「トレーナーさん?どうしました?」
「あ.....いや、何でもない」
身体の熱が抜け落ち、手には嫌な汗が浮き上がる。 悟られないように拳を握る。
「顔色が優れないような?」
「寒いからじゃないか?気のせいだよ気のせいは、はは」
「うーん?」
「心配要らないよ。トレーナーがウマ娘に心配されたらおしまいだ。自分の事は自分でなんとかする」
「まあ、あの櫻庭トレーナーさんですもんね。体調が優れないのはいつもの事でした」
「そ、そうそう!どうせまたコーヒーの効果が切れただけだよ」
疑いを晴らすため、わざとらしく大袈裟に笑って見せる。
アグネスデジタルもサクラチヨノオーの方が気に掛かっているようで、すぐに信じ込んでくれたようだ。
「デジタルさん!」
「ひゃいっ!?」
遠くからでは小さくともしっかりとした声がアグネスデジタルを呼ぶ。稲妻に打たれように背筋を伸ばした彼女がグラウンドに向き合う。その動きを目で追うと、サクラチヨノオーがスタンド席を見て手を振っていた。
「いつも応援ありがとうございます!」
「ヒャアアアア!もったいないお言葉ア!?無理ィ......」
サクラチヨノオーの眩しい笑顔に、閃光を防ぐように構えたアグネスデジタルが、そのまま崩れ落ちる。
「おっとまたデジタルが」
五分もすれば目が覚めるだろう。羽織っていたコートで伸びきったアグネスデジタルをくるみ、スタンド席に座らせる。
縁にもたれかかり、再びサクラチヨノオーの練習風景を眺める。
走り込みと小休憩。そこに反省の時間を挟んだメニューを繰り返し、ひたすらに練習を続けるサクラチヨノオー。
「持久力のトレーニングかな」
暫く練習を続けていたサクラチヨノオーだったが、鞄の前に屈んで中を物色し出す。
「....さて、行くかな」
アグネスデジタルを肩に担ぎ上げ、スタンドを降りる。栗東寮に
向かう道中、後ろから何者かの走る靴音がした。
「す、すみません!」
後ろを振り返ると、サクラチヨノオーがいた。薄くだが、肩で息をしているところを見ると休憩の邪魔をしてしまったらしい。
「あの、もしかして学園のトレーナーさんですか?」
「そうだけど」
「良かった.....間に合った。私、サクラチヨノオーと言います」
「....どうも」
「私、いつもこの時間にトレーニングをしていて、そうすればトレーナーの方に声を掛けてもらえるかと思っていたんですが、なかなか縁がなくて」
「ふむ」
「それで、トレーナーさんさえ宜しければなんですが、少しだけトレーニングを見ていただけないでしょうか!」
ぴんと伸ばした背筋で礼をするサクラチヨノオー。
「うーん、そうは言われてもね」
「あ、あはは。やっぱり迷惑ですよね。ごめんなさ」
「先に彼女を寮に届けないと」
「え?ああっ!デジタルさん!?」
「伸びちゃってるんだ。栗東寮に運ぶから、その後にもう一度話を聞くって事でいいかな?」
「良いんですか?」
「幸いなことに担当のウマ娘も居ないしね。こんな時期に遅くまでトレーニングして、目的は選抜レースでしょう」
「っ。はい!」
「分かった。なるべく早く戻るから、ゆっくり休んでて」
空いた右手で腰のホルダに着けた水筒を外し、サクラチヨノオーに差し出す。
「喉渇いてるならこれ飲んで。大丈夫。ただのスポーツドリンクだから」
「そんな、いただけませんよ」
「体調管理は大切な仕事だよ。俺も飲むつもりなんて無いし、誰かに飲んでもらえるとありがたいんだけどな」
「....本当にいいんですか?」
「もらってくれるなら助かるよ。じゃあ俺は彼女を届けてくる。じゃあまたすぐに」
幸せそうな寝言を溢しながら気絶しているアグネスデジタルを寮長に引き渡し、再びグラウンドに戻るとサクラチヨノオーが準備万端と言った様子で待っていた。
「休憩はしっかり済ませた?疲れは残さないように。選抜レースに向けて不安は一つでも無くしておくようにしないとね」
「はい!よろしくお願いします」
「....とは言っても門限が近いね」
「あっ、もうそんな時間でしたか。ちょっと失敗でした」
「よし、なら短時間で徹底的にやろうか」
「はい!」
サクラチヨノオーが用意していたトレーニングメニューをなぞり、いくつかアドバイスを加えながらトレーニングを行う。
サクラチヨノオーは俺が話す度にメモを取り、ふむふむと頷いている。
「なるほど!私一人では分からなった事ばかりです」
「それは良かった。感覚の鈍ったアタマでも役に立てるものだね」
「ふう。トレーニング、あっという間でしたね」
「お疲れ様。サクラチヨノオー。明日からも頑張って......そうだ。アグネスデジタルから聞いたんだけど、これ君のだよね」
ポケットから桜の髪飾りを取り出し、サクラチヨノオーに手渡す。
「あっ。それは、ありがとうございます!ずっと探していたので助かりました!」
「じゃあ、俺はこれで」
「待って下さい!」
「ん?他にも何かあった?」
「えと、私。明日もここでトレーニングをしています。なので....また明日もトレーニングの相手を」
「明日やって来るのは俺だけじゃないかもしれないよ。その時には俺以外のトレーナーの指導を受けた方が良いよ。まあ、見学には行くつもりではいるから、もし君がまたトレーニングを受けたいなら....まあその時に話そう」
「はい。よろしくお願いします!」
サクラチヨノオーと別れ、トレーナー室に戻る。放置された事務書類を棚に押し込み、トレーナー室の片付けを済ませる。
「こんなに頭を使ったのも久々だ。にしてもトレーニングね」
懐かしい感覚を覚えながら資料を運んでいると、机に腰をぶつけリモコンが床に落ちる。
「って。何だよ全く」
スイッチの点いたテレビからはレースのハイライトが流れる。名の知れたウマ娘が勝利し、観客が沸き立つ。人々の望む戦いとはそう言うものだろう。しかし、その映像に物足りなさを覚えてしまう。
「筋書き通りの戦いって言うのもね」
才能あるウマ娘が腕の立つトレーナーと契約を交わし、勝利を重ねる。当然の事だろうが、その栄光に埋もれ、ターフを去っていくウマ娘も星の数ほど居る。
いつしかその現実に打ちのめされ褪せていく夢を自覚し、トレーナーとしての使命さえ朧気になっていった。
「明日も行ってみようかな....」
何気なく口にしたことが、その夢を捨てきれずにいる何よりの理由だった。椅子に腰掛け、机に残された書類にペンを走らせる。
サクラチヨノオー。偶然手にした髪飾りの持ち主であるひたむきな努力家のウマ娘との出会いは、俺のトレーナー人生に変化をもたらすこととなる。