褪せた夢中の千年桜   作:rippsan

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再び一ヶ月間隔の投稿となりました。
仕事にも一度区切りがついたので徐々に投稿ペースも戻していこうと思います。
ニヶ月の間、長らくお待たせしましたこと。しっかりと取り戻せるよう執筆して参りますので、今後ともよろしくお願いいたします。



期待

「......」

「はぁ....」

 

隣で頭を抱える女性。

芝を思わせる鮮やかな衣服と柔らかな雰囲気に身を包んだ彼女の名は「駿川たづな」

中央トレセン学園の理事長秘書を勤めている。

 

「ありがとうございます。櫻庭トレーナーさん」

「通りかかった所ですし.....で、あれは何ですか」

「私もそれを」

 

たづなの声を吹き飛ばす様に凄まじい爆音が鼓膜を殴り付け、思わず二人揃って耳を塞ぐ。

地を鳴らして眼前を疾走する物体。愛らしい猫の顔を模した細工には不釣り合いな岩の様に巨大なフォルム。ローラーを備えたそれは、重厚な排気音を響かせ、ダートコースを走る。

随分と金のかかったロードローラーだ。

 

「大方予想はつきますけど、また彼女のアレですよね」

 

たづなに見えるよう分かりやすくズボンのポケットを叩いて見せると、彼女もおそらく。とだけ呟いてまた額に手を当てて俯く。

 

「理事長っ。そろそろお戻り下さい!」

「むっ。承知した!」

 

停車した運転席の影から白い帽子と黒猫が覗き、続いてその主が現れる。

 

「奇遇ッ!櫻庭トレーナーも一緒だったか!」

「.....理事長。それは一体」

 

顔を赤くしているたづなを制し、秋川に質問を投げ掛ける。

 

「ふっふっふっ!これこそ技術の粋を詰め込んだ整備マシン。その名も」

 

秋川はその小さな体でマシンの下に駆け寄り、ローラーをパンと叩いて声を張る。

 

「耕し君·三号だ!!」

「.......」

 

三号。聞き間違いでなければそう聞こえた。隣で頭を抱えるたづなとは別の理由で、俺も不意に殴られた様な感覚に陥る。

 

「り、理事長.....三号.....と言うと」

「無論ッ!度重なる試行錯誤の末に完成した最新型のマシーー」

「またポケットマネーですか!!」

 

たづなの絶叫に耳を塞ぐ。女性の叫び声は耳に悪い。特にこの手の怒号は。

 

「まあまあたづなさん。抑えて抑えて」

「トレーナーさんからも何か言って下さい!」

「いや、俺は雇われの身ですし。一介のトレーナー風情が何を言える立場でも無いです」

「くっ!」

 

心底恨めしそうに俺を睨むたづな。矛先が変わったのは良いが、何故それが俺になるのか分からない。

 

「それにたづなさんなら上手く収められるでしょう」

「なっはっはっ!愉快愉快!二人共朝から活気に溢れているな!」

「誰のせいだと.....」

「む?」

「理事長。ほどほどにしないとたづなさんが爆発しますよ」

「それは困るな.....しかしウマ娘諸君にも万全な環境でのトレーニングをして貰いたい.....」

「規模ですよ規模」

 

               ●

 

「改めて!おはよう櫻庭トレーナー!」

「ええ、お世話になっています。秋川理事長」

 

たづなが落ち着くのを待って、再び会話を再開する。

 

「二年前に見た頃とはまた、目付きが変わったようだな!」

「いろいろありましたので」

「一時はどうなることかと心配したものだ。突然中央を駆け回り出したと思えば、それが終われば暫く担当を持たないと言い出す。その期間もトレーナーとしての仕事を続けてくれていたのは良かったが、君ほどのトレーナーがチームを持たず相談役としての活動に留まっているのはどうにも勿体ない」

「その節は気を遣わせたようで.....ご迷惑を」

「いえいえ、トレーナーさんのお役に立てたなら私達も動いた甲斐がありました」

「......とは言えサクラチヨノオーは名簿に載っていたウマ娘ではなかったんですけどね」

 

申し訳ないと苦笑しながら謝罪をするが、二人は気にする必要はないと笑顔で返す。

 

「君の活躍には期待しているのだ。お安いご用と言うやつだ。何せ鏑木トレーナーからの推薦があったのだからな」

「買いかぶり過ぎだと思いますよ?あの人普段は今よりだらしないですから」

「ふふ、ご本人が聞いたら怒られますよ?」

「冗談じゃないんですが.....まあいいか」

 

中身こそあのお粗末な人柄だが、鏑木のトレーナーとしての腕は確かで、彼女が立ち上げたチーム「止り木」は怪我や自信を無くしたウマ娘達の拠り所として多くを受け入れ、そして再びターフへと駆け出させてきた。

その功績を二人が称賛するのは当然で、いちいち水を差そうとする俺の方が子供のようでいけない。

別に彼女が憎い訳ではないし、むしろ尊敬している。ただその才能に嫉妬しているだとかそんな幼稚な感情の揺れなのだろう。

 

「この目で君を見て感じた。君は必ずウマ娘と向き合い、その夢を支え共に走るトレーナーであると」

「私も理事長と同じ意見です。トレーナーさんが多くのウマ娘と交流する姿を見て来ましたが、いつもトレーナーさんの目は真剣そのものでしたから」

「仕事ですからね。ただトレーナー室で事務仕事してるだけならトレーナーなんて肩書きも必要無いですよ」

「ご謙遜を。あれだけのウマ娘の皆さんから信頼を置かれるトレーナーはそういませんよ」

「うむ!だからこそ君にはウマ娘の隣に立って欲しかったのだ。ミスリルリボンの事は残念だったが、それでも君はトレーナーとしての道を捨てなかった。まだその情熱が残っているのなら、我々はもう一度君が指導するウマ娘の走りを見たい!そして君にも知って欲しい。共に歩んだ掛け替えの無い相手が頂点に立つ事の喜びを!」

 

喜び。その言葉がかつて耳にしただらけきった不快な声と重なる。

鏑木が同じ事を口にした、彼女が担当していたウマ娘とのレース人生。

その中で担当の夢の舞台に立ち、そして一着でレースを制した姿。

汗に濡れながら、歓声に包まれ涙を流して感謝と喜びの言葉を口にする姿。

溢れんばかりの思いを乗せて華々しく舞い踊るウイニングライブ。

その全てが片時も忘れられない心に残る思い出で、次に進む原動力となったのだと。

ソファに寝そべり、欠伸を噛み殺して話す鏑木の事に説得力は感じなかったが、今目の前にいる秋川の力強い言葉で語られるとそれも変わって聞こえる。

本気でウマ娘を愛し、平等に未来の成功を願う彼女の思いは、紛れもない本心だ。

 

「......そうですか。なら精一杯やらせてもらいますよ。手を貸すと約束した以上。半端に終わらせるなんて事はできませんから」

「期待ッ!よろしく頼むぞ。櫻庭トレーナー!」

「ええ、泥舟.....じゃなかった。木造船にでも乗ったつもりで見ていてくださいよ。少なくとも沈ませはしませんから」

「そこは宝船ですよ。トレーナーさん」

「はは、その期待は重荷なので」

「ではな、櫻庭トレーナー.....おっと」

 

小さく苦笑し、トレーナー室への道を向かおうとして再び呼び止められる。

 

「まだ何か御用が」

「URAファイナルズの成功に君とサクラチヨノオーの協力を頼みたくてな」

「はあ、俺とサクラチヨノオーですか」

「うむ!こうしてURAファイナルズの開催を決定したのは良いのだが、なんと言ってもこのレースは初めての試みだ。我々としても勝手が分からず苦悩することもあるだろう。そこで君たちの力が必要なのだ!」

「まあ、主役はウマ娘ですし、それは最もでしょうが」

「その通り!このレースの成功には多くのファンの期待を背負って走る「スターウマ娘」の存在が必要不可欠なのだ!」

「レースに出走し多くのファンを集めれば、多くの人々の注目を集めることができます」

「そうなれば、スターウマ娘への道は自ずと開かれる!。と言うことで、激励ッ!どうか君の手でURAファイナルズの成功を導き、願わくば初代「ファイナルズチャンピオン」の栄冠をサクラチヨノオーに与えてくれ!」

「おお、それはまた随分と大役ですね」

「同意ッ!それ故君に頼む事を決めたのだ」

「どうかよろしくお願いします。櫻庭トレーナー」

「......ええ、任されました。ほどほどに期待しておいてください。目指すのはサクラチヨノオーの夢。行くべき道は同じですから、出来るだけのことはやります。では、これから説明会なので」

 

トゥインクルシリーズへのデビューを控えたウマ娘に向けた説明会が開かれる。勿論俺もサクラチヨノオーのトレーナーとして招待をされている。

トレーナー室に荷物を置いて目的の教室前に向かうと、ビッシリと背筋を伸ばして固まっているサクラチヨノオーの姿が目に入った。

 

「緊張しきってるな」

 

目に見えて分かるほどにガチガチになっている彼女に声を掛けると、電流でも流されたようにビクリと体を硬直させてこちらを振り向く。

 

「と、トレーナーさん」

「大丈夫か。随分と緊張してるみたいたが」

「え、まあ、はい。実は朝からドキドキしてて」

「無理もないよ。初めての事なんだ。一つ深呼吸でもしてみたら」

「はい。やってみます」

 

姿勢を正して深呼吸をするサクラチヨノオー。いや、ただ息を吸い続けている。

 

「吐いてー」

「っ!?」

 

気付かない程に緊張しているのか、慌てて息を吐き出すサクラチヨノオー。まだその体は固い。

 

「はい吸って。吐いて」

 

何度か彼女に声を掛けながら緊張を和らげる。

 

「大丈夫。何も怖いことなんてないから。自信を持って、堂々としていればいいから」

「は、はい!......トレーナーさんは凄いです。こんな時でも落ち着いていて」

「まあ、二度目だし」

「あ......い、今のは決して悪い意味ではなくて」

「分かってるよ。気にしないで」

「ごめんなさい」

「はーい。忘れた忘れた。元気よく、堂々と!サクラチヨノオーは強いウマ娘だ!」

「は、はい!」

 

勢いに押されたサクラチヨノオーの背筋が伸びる。教室の扉を開けて彼女を通し、後ろに続く。

 

「おお、これはまた」

 

教室の中に待っていたのは学園内でも噂を耳にするウマ娘の姿だった。

中の幾人かには面識がある顔もある。

 

「オーラが、凄いです」

「あら、チヨノオーさん。こちらの席にどうぞ」

「あ.....アルダンさん。ありがとうございます」

 

メジロアルダン。規格外の走りを見せた選抜レースでの衝撃は未だ冷めてはいない。

彼女の走りには疑問を抱きもしたが、同時にその走りに魅せられたのも事実。

赤の他人の身だが、彼女の走りを阻む体に抱えたハンディキャップを憎む気持ちもある。

ヤエノムテキ。以前目にした時に感じた漏れ出す煙のような闘志は姿を潜め、そこに居るのは心を鎮め、沈黙のままに時を待つ武人のような一人のウマ娘。その無言の圧力に肌がチクリと痛む。

そしてもう一人。

 

「スーパークリーク....」

 

ステイヤーのウマ娘にして有力候補の一人。選抜レースとは別に模擬レースを行っていたようだが、万全とは言えない体調のままで他のウマ娘を出し抜いて勝利を納めた。

実力はこの中でも一つ抜けたモノを持っていると見て良いだろう。加えて彼女の性格を見れば、脅威が走りだけでない事は明白だ。

教室の各所に目を向けるが、サクラチヨノオーの同期としてデビューするウマ娘は強豪揃いだ。

サクラチヨノオーの隣の席に腰を掛け、説明会が始まった後も考えに耽っていると、抑えた声と共に脇腹をつつかれる。

目を向けると、サクラチヨノオーから紙切れを手渡される。

 

「ちょっとしたメモです。良ければ参考に」

 

中を開いて見ると、そこには丁寧な文字がビッシリと敷き詰められている。

 

「.....メモ?こんなに」

「書いた事は全部覚えたのでトレーナーさんが持っていて下さい」

「随分と熱心に調べてるんだね」

「えへへ、予習·復習は基礎·基本。私なりに調べてみたんです。それに「日本ダービー」で勝利するためにはこれでも足りないくらいです」

 

日本ダービー。それは彼女の夢の舞台。憧れのウマ娘との約束の場所だ。

怪物「マルゼンスキー」彼女から託された夢。

 

「必ず、日本ダービーを勝ってみせます。ですから、また強くなった私と走ってくれませんか!」

 

マルゼンスキーとの模擬レースその時に彼女が涙ながらに語った言葉は今も胸に刻まれている。

 

「日本ダービーに挑めるのは生涯に一度。そして勝利できるのはただ一人。マルゼンさんの為にも、私の為にも、必ず」

「ああ、必ず勝とう」

「っ!はい!」

「......櫻庭トレーナー?」

「へ、はい」

 

名前を呼ばれ声の方に目を向けると、顔をしかめた説明会の担当職員と視線がぶつかる。

 

「私語は慎んで頂けると」

「あ、はい。すみません」

 

               ●

 

 

「トレーナーさん!少し休憩をしても良いでしょうか!」

「了解。無理せずゆっくり休んで構わないよ」

 

サクラチヨノオーが休んでいる間、説明会で受け取ったメモを眺め、その文字を追っていく。

日本ダービーへの道で壁と成りそうなウマ娘。

武の道を歩む「ヤエノムテキ」ここ一番の勝負強さには警戒しなければならない。もう一人「メジロアルダン」メジロの至宝「メジロラモーヌ」の妹である彼女。何も血統がレースを左右する等と言うわけではないが、世間からの期待は高いだろう。

彼女がティアラ路線を選択しないのであれば、必ず激突することとなるのだろう。

 

「あっ!?」

 

一際大きなサクラチヨノオーの声に顔をあげると、目を丸くして一点を見つめる彼女の姿があった。

視線の先には二人のウマ娘が立っている。

三冠ウマ娘「ミスターシービー」そしてもう一人。サクラチヨノオーの憧れの相手「マルゼンスキー」ターフに姿を見せることの無かった彼女が珍しいこともあるものだ。

 

「チヨちゃーん。ファイトよー!」

「は、はい!」

 

あわあわと手を動かした後、顔を赤くして照れ笑いをするサクラチヨノオー。

 

「嬉しそうだね」

「当然です!マルゼンさんは私の夢ですから!走りを見た時に感じた衝撃。マルゼンさんのように、隣に並べるように。どんなに平凡なウマ娘だとしても、それだけは譲りたくないんです......今の私には高すぎる夢かもしれませんが」

「ならこれからは届くって事だね」

「......はい」

「辿り着こう。マルゼンスキーの隣に」

「はい。トレーナーさんと一緒に」

「出来るだけの事はなんだってする。俺に出来る事があるなら好きなだけ利用してくれ」

「利用なんて.....そんな」

「君が進むための道になる。君はその上を歩いて夢を追ってくれればいい」

「いいえ。トレーナーさんを道にするなんてとんでもない。代わりに格言を一つ」

 

困ったように笑い、続いて何かを閃いたサクラチヨノオーは指を立てる。

 

「チヨはお鍋、トレーナーはおたま!なんてどうでしょう」

「んー、なるほど?」

「役割は違えど、おいしいちゃんこを作るためにはどちらも欠かせない道具ですから。お互い欠けることなく二人三脚で走って行きましょう!」

 

自信あり気にふんすと息を吐いて、サクラチヨノオーは取り出したチヨノートにペンを走らせる。

 

「やっぱり敵わないな」

「私なんてまだまだですよ」

「いいや、君は素晴らしいウマ娘だよ」

「えへへ、ありがとうございます。では、トレーニングに戻りましょう。マルゼンさんも応援してくれていますし、カッコいいところも見せたいので!」

「了解。張り切って行こう」

 

その後もトレーニングを続けることになったが、サクラチヨノオーの調子はその日一番と言えるほどだった。




少々時系列が壊れておりますが、何卒広い心で受け流して頂ければと思います。

感想を頂きました読者様。誠にありがとうございます。励みとさせていただき、より良い物語を執筆することが出来るよう精進して参ります。
前回からタイトル詐欺になっているような気がしてなりませんが、近くメイクデビュー戦となります
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