褪せた夢中の千年桜   作:rippsan

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レース回となります。気付けばアプリも一.五周年周年。
一周年の時期に開始した本作も早いもので半年の連載となっています。
やたら進行の遅い作品ではありますが、今後とも気長にお付き合いいただければと思います。


「Make debut」 北の地に桜花は芽吹く

六月も半ばを過ぎる頃。

陽の照り付ける初夏の府中を離れ、遠く北の地へ向かう列車に揺られる。

対面の席に座るサクラチヨノオーは膝に手を置いてガチガチに体を強張らせている。

 

「うう.....緊張するなぁ」

「気楽に行こう。終わったら何か食べて帰れば良い」

「本当ですか!」

「一着だったらね」

「よし、頑張ります!」

「ひとまず弁当を食べてリラックスしよう。レース場に着いたら忙しくなるからね」

 

膝に置いた両手に収まる程度の木箱を取り、薄い蓋を開く。

中からはぷっくりと膨らんだ茜色の三角頭が顔を見せる。

甘辛い味の染み込んだ弾力ある柔らかなイカと、しっとりとした米の甘味。

北海道へ訪れた際には定番となったいかめしをつまみ、車窓からの景色を眺める。

空は青く広がり。前日の天気も好調。

 

「これはバ場も良好だね」

 

デビュー戦。サクラチヨノオーのトゥインクルシリーズ初のレースとなる函館のマイルレース。調子は上々のようだ。

 

「櫻庭君。チヨノオー君。ご所望の緑茶だよ」

「どうも。お疲れ様です先輩」

「人使いが荒いよね君も」

「お互い様ですよ」

「今日はコーヒーではないんだね。意外だ」

「担当のデビュー戦ですから。メモの片手間に見るレースとは違うんですよ」

「ふむ?その違いはいまいち分からないが、まあ私が気にすることでもないね。では失礼するよ」

 

鏑木が隣の席に腰掛け、手にしていた緑茶を配ると自身のボトルを早々と開封して口を付ける。

 

「本当どこから聞いて湧いて出るんですかねあんたは」

「それは風の噂さ。君が隠し通すつもりで黙っていようが、レースの方から私に近付いて来ると言うことだよ」

「はいはいそうですか。そんな下らない縁なんて明日にでも切れてもらえればいいんですけど」

「ま、まあまあトレーナーさん」

「まあまあ櫻庭君」

 

噛み締めた歯がぎりとなり、視界の端がうねるように狭まる。

 

「で、どうです?盛況の程は」

「満員とはいかないね。流石に承知しているとは思うが、G3クラスでもなければオープン戦と言う訳でもない。メジャーなタイトルではないのだから、客足はそれ相応としか言えない。観戦に訪れる客もほとんどが私のような根っからのレース好きか一部のトレーナーだろう」

 

鏑木は半分まで飲みかけたペットボトルを科学者がそうするようにくるくると回して見せる。

伏し目がちに見つめていたボトルの内側から視線を映し、蛇のように細めた刺のある瞳で俺を見る。

 

「今回は京都とは違う。観戦だけが仕事でなく、チヨノオー君のケアも君の役目だ。君はミスリルと組んでいた経験があるのだから慣れっこかもしれないが、チヨノオー君にとってはトゥインクルシリーズ初のレースだ。本番のプレッシャーも彼女にとっては普段とは異なるモノだろう。いいかい櫻庭君。君はG1ウマ娘を鍛えたトレーナーだ。そこらの新人トレーナーとは立場が違う事を理解しておくように」

「分かってますよ」

「無用な心配なんてしていないでプロとしてそれをカバーする姿を見せてくれよ。そうでないと格好が付かない」

「やれるだけやります」

「.....しっかりしたまえよ櫻庭君。いつまでもミスリルの事を引きずってはチヨノオー君に迷惑だと分からないかい。君の担当はチヨノオー君なんだ。ミスリルは私に任せて、君は君の責務に集中するのが道理と言うものだ。一度した選択には責任を持つんだよ」

「急に真面目になりますね」

「当然だ。こうでも言ってやらないと君は延々と変わらないだろうからね」

 

鏑木の視線から毒気が抜け、代わりに呆れと倦怠感を孕む湿っぽいものとなる。

 

「さて、到着までに弁当を片付けておくように」

 

             ●

 

レース場前の駅。

列車から降りてすぐに冷えた風が肌を撫で、思わず身震いをする。

 

「ううっ。思ってたより寒いな」

「大の男が情けないぞ」

「防寒対策万全の人に言われたくないですよ」

「どうせ観光もしていくつもりだったんだろう?ならそれも見越して動くのが普通というものさ」

「トレーナーさん。私の上着をお貸ししましょうか?」

「まさか。今日の主役は君なんだからそれは出来ない。レース場に入ればましになるから心配無用だよ」

「そうだよチヨノオー君。彼、体だけは丈夫に出来ているから一時間ここに放置しても軽めの風邪を引くくらいだ」

「......覚えていてもらえて嬉しいですよ」

「実体験なんですね」

 

サクラチヨノオーが苦笑する。伏見への移動時とは違い列車内では口数の少なかった彼女だが、いくらか余裕があるようで安心する。

 

「さあ、行こうか櫻庭君。駅を出たらいっそう寒くなるぞ」

「脅しでも止めてください」

 

快活に笑う鏑木を睨み、その影に隠れるように並んで歩く。

レース場までの僅かな距離でも、肌は風に冷やされていく。

 

            ●

 

バ道脇控え室での最終ミーティング。道中では気楽に振る舞おうが、一度会場に入ってしまえば放たれる空気に流されるのだろう。

化粧台の椅子に座るサクラチヨノオーの返事は固い。

淡々と準備を終えてレースに臨んだミスリルリボンのデビュー戦とは違った風景。やはり海外で戦うウマ娘は肝が座っているのか。或いは彼女の性格の成せる事だったのか。

過去の事を考えても仕方ないと意識を引き戻し、サクラチヨノオーに声を掛ける。

 

「初の公式戦。要領の分からない事はあると思うけどそれは他のウマ娘も同じ。勝敗に拘る必要はないから、ただトゥインクルシリーズの空気を味わって来て。とにかく自由に走って、楽しんで帰って来ること。頑張れ。サクラチヨノオー」

「は、はい。精一杯走って来ます」

「気を楽にね。じゃあ観客席で見てるから」

 

控え室を後に、スタンドの席に続く階段の前に着く。吹き下ろす風に身震いをしてスタンドに登ると、弱々しかったざわめきがしっかりと耳に届くようになる。

 

「や、櫻庭君。ミーティングは終わったかい?」

「気楽に走れとだけ。それ以上に言うことも無いですよ」

「ふむ。素晴らしい信頼だね」

「彼女の足なら負けませんって。と、それで先輩は何か用事が?手持ち無沙汰で会場を歩いていた訳ではないですよね」

「ああ、止り木のメンバーからだよ」

「サボりでも咎められました?」

「いや、チヨノオー君のお祝いをしたいんだと」

 

鏑木が携帯画面を操作し、メッセージアプリの画面を見せる。

函館レースの後、サクラチヨノオーのデビューを記念して祝賀会を開きたいと言う旨のメッセージが、多くのウマ娘から送られている。

 

「お祝いですか」

「トゥインクルシリーズのデビュー記念さ。彼女たち、皆チヨノオー君を気に入ったみたいでね」

「そうですか。それは有難い」

 

伏見での挨拶の時だろう。

頼まれた差し入れを持ち寄った際に、サクラチヨノオーも止り木のウマ娘たちと居た。彼女の明るさが響いたのだろう。

 

「君にも世話になることがあるし、それの礼も兼ねてだよ」

「ウマ娘にそのお礼をさせるんですか」

「まさか、私がとっておきのサプライズを用意しておくよ」

「.....調子に乗ったのは謝ります。勘弁してください」

「君、失礼だぞそれは」

「気持ちだけで充分です」

「......さて、では席に着こうか。じきに出走だ。可愛い後輩の担当最初の晴れ舞台、見逃さないようにしなければ」

「一応ミスリルもいるん....痛っ」

 

踵で脛を小突かれ、抗議するよりも先に鏑木の声によって制させる?

 

「今はチヨノオー君の事だけを考えたまえ」

「.....分かりましたよ」

 

わずかに潮の香りが乗った風。

季節が進んだ様に感じられる夏の始まり。

晴れた北の空に喇叭の奏でるファンファーレが響く。

 

ターフに設置されたゲートを見下ろせば、ウマ娘たちが続々と中に進んでいく。

アナウンサーの紹介の声に笑顔で手を振る者、緊張を払う為呼吸を整える者、声を意に介さず自身の世界に佇む者。

様々なウマ娘が出走を待つ中、サクラチヨノオーもまたゲートに納まる。

 

出走直前のアナウンスがレース場の様子を語る。

空は澄み渡る晴天。バ場も良好。

天高く登った太陽がサクラチヨノオーに微笑む事を祈り、ターフを見つめる。

 

『ゲートイン完了。間もなくスタートです』

 

短い沈黙。開門の音が火蓋を切り、スタンドから疎らな声が上がる。

 

『スタート!各ウマ娘、並んで走り出しました!』

 

芝を踏み鳴らす蹄鉄の音。ターフビジョンに映るのは先頭を走るウマ娘。

逃げの戦術を採用して序盤から快調に前線を走るが、その後方を同じ逃げの戦術を使うウマ娘が追う。

先頭集団の二人から少し離れ、中央は混戦状態。出走人数が少ないとは言え、あのバ群の中でペースを崩さないかが心配だ。

 

「後方から様子を見る作戦か....慎重派だね」

「スタミナの温存かもしれません」

 

手すりに乗せていた手を固い物で二、三度つつかれ視線を映すと双眼鏡が手の甲に触れていた。

 

「遠目からじゃわからないだろう。使いたまえ」

「どうも.....毎回借りてますけど二つも必要なんですか?」

「止り木の皆の分さ。家は実戦的なトレーニングよりも観戦が多いからその為にね」

「流石レース漬けのトレーナーは違いますね」

「我武者羅にトレーニングをして怪我を悪化させる訳にもいかないからね」

「......」

 

双眼鏡を目に当て、第二コーナーに差し掛かる集団を追う。

 

「まだ焦る時間ではないが.....さて、ライバル諸君の動きはどう見える?」

「特に変化はないです。差しウマが遅れているくらいですか」

「あれで差し切れるか.....賭けでもするかい」

「サクラチヨノオーのレースなんですけど」

「いいじゃないか。ついで感覚だ」

「他人の努力で儲けようとしないでください」

「むぅ.....釣れないな」

「遊んでないで応援してくださいよ」

 

『向こう正面に入って、先頭は依然変わらず七番。その後ろに四番が続き、先頭集団から離れて後方の集団がそれを追います。津軽海峡の風が冷たく頬を打つ函館のターフ。四番が距離を詰めて行く』

 

鏑木の相手をする間も双眼鏡からは目を離さす、サクラチヨノオーの走りを追い掛ける。

集団の前方まで位置を上げた彼女は外側に寄った体勢を取る。

先頭のウマ娘の速度が落ちた隙に、後ろに付けた四番ゼッケンのウマ娘が隣を抜き去り位置を入れ替える。

それに続けと集団が動く。

第三コーナーを抜けカーブを曲がり、勝負の最終コーナーを迎える。

 

『残り400。最終直線に駆けていきます』

 

紅色の特徴的なシルエットが先頭に姿を現す。

 

『サクラチヨノオー!ここで飛び出しました!』

 

「ほう.....良い加速だね」

「スパートの課題を補ったので.....まだ完璧とは言えませんが」

「君も腕を上げたと言う事かな?」

「いつものやり方ですよ」

「なるほどね?」

 

『今ゴールイン。凄まじい走りです!サクラチヨノオー。見事華々しいデビューを飾りました!』

 

最終直線に入ってからのターフはサクラチヨノオーの独壇場と化しており、後続のウマ娘はその差を詰める事が叶わないままレースは幕を閉じた。

勘繰る様に覗き込む鏑木の視線を避けて目を背け、双眼鏡を返却する。

 

「さあ、行きますよ。ウィナーズサークル」

「ふむ?浮き足立っているね?」

「物理的に浮かせてあげますよ?」

「はは。遠慮願おう」

「......」

 

ブレない。勘が良い。これでお喋りがなければ文句なしだと言うのに。

 

「付いてこないなら置いていきますからね」

「冷たくしないでくれよ。寒いのは空気だけで充分なんだ......櫻庭君?」

「気持ちの悪い事言うのやめてもらって良いです?」

「うぐっ」

 

謝罪とも言い訳とも取れない鏑木の言葉を一蹴してスタンドを立つ。

 

 

                ●

 

「あ!トレーナーさん!」

「お疲れ様。サクラチヨノオー」

「やあやあ、素晴らしい走りだったよチヨノオー君」

「はい!ありがとうございます!」

 

額にうっすらと汗を浮かべ大手を振るサクラチヨノオー。

レース後の高揚感と達成感。勝利の喜びでその笑顔はキラキラと輝き、彼女の心情をはっきりと現している。

 

「次はライブだ。初めての事が続くけど、気楽にね」

「はい。行ってきます!」

 

手短に称賛と控えるライブへの激励を送り、スタンドの方へと戻っていくサクラチヨノオーを見送りステージへと向かう。

 

                 ●

 

静まり返るステージ。観客席は満席とまでは行かずとも勝者の姿を目にしようとレース場からやって来た観客が集まっている。

 

「久々の感覚じゃないかい?」

「先月も見ましたよ」

「そうだったね。しかしウマ娘には一つのハレの舞台だと言うのにここまで静かなモノだったか。何とも腑に落ちない話だね」

「観客の興味が向くのはだいたいがG1クラスのレースでしょう。デビューの段階からウマ娘を追い掛けるなんて相当の物好きですよ」

「ごもっともだね」

「観客は俺達みたいなトレーナーとは違いますから。四六時中彼女達の走りを見て、その走りに寄り添うわけじゃない。大舞台で魅せる刹那の激闘に感動してファンになる。そんなモノでしょう」

「だからこそ、我々トレーナーがその分だけ彼女達を応援しなければならない」

「ええ」

 

ステージの照明が淡く光を放ち、次第に青から鮮やかな色の混じった光の束へと変化し、ウマ娘達が舞台の上で駆け回る。

 

                 ●

 

「寒.....」

「そんなに寒がりだったかい」

「もう昼過ぎなんですから。」

「あの、トレーナーさん。やっぱり上着を」

「心配無用だチヨノオー君。君はレースの疲れを癒す事を考えていれば良いからね。すぐにホテルに到着するだろうし。彼には我慢してもらおう」

「......」

「昼前にも言ったがね。私は忠告はした。それを聞いていない君の責任なんだから私を睨むのは筋違いだぞ?」

「......ぐぬ」

 

レース場前に到着したバスに乗り込み、近隣のホテルにチェックインを済ませる。

学生を一人部屋に泊まらせるのはまずいと言うことで鏑木とサクラチヨノオーを同部屋に。俺は安く済ませられる一人部屋と言う割り当てになった。

昨晩聞かされた時にはものぐさな鏑木にしては用意周到だと感心したが、俺一人の部屋のグレードをケチるのは彼女らしい。

フロントで罵倒の一つでもしてやろうかと思ったが、それは大の大人が情けない。詳しくは明日にでも問い詰めてやるとする。

まだ夜更けと言うには早いゴールデンタイム。レースも終わり、明日は休暇だ。ローカル番組でも見て優雅に過ごすのだろうが、夕食を済ませた体はすっかり休息の体制に入っており最早部屋のテレビを点けることすら面倒に感じ る。

アパートの固いマットレスに比べて何倍も快適な心地に身を任せると、日々ゆっくりと溜め込まれてきた疲れが岩のように一度にのし掛かってくる。

 

「トレーナーさん」

 

目を閉じ掛けた時、静かな部屋に三度のノック音と控え目な声が滑り込んでくる。

 

「.....起きてるよ」

「少しいいでしょうか」

「どうぞ」

 

扉が開かれ、影が落ちてワインのように暗くなった髪が覗くと、続いて二輪の桜の飾りが現れ、サクラチヨノオーが部屋にやって来る。

 

「もしかしてもう眠る準備をしていましたか?」

「うん。こんなベッドで寝るのも久々で。せっかくだし一眠りしようかなと」

「ええと、今日のレースの振り返りをしたかったんですけど、明日の方が良いですか?」

「いや、今でも構わないよ」

「いえ、お休みの邪魔をしては申し訳ないので」

「まだ寝るには早い時間だし、仕事をしないのも落ち着かないから。まあ取り敢えず座って。立ち話も悪いから」

 

ベッドから体を起こし、クラチヨノオーにマットレスに座るよう促す。

 

「走ってみてどうだった?レース場の空気感とか、ライバルの事にとか。何か感じることはあった?」

「そうですね。やっぱりレース場の空気は普段とは違っていました。走っている間もヒリヒリと体が痺れるみたいで、何度か調子も乱れてしまいました」

「初めてのレース。することは同じでも、練習と本番とでは何もかも違う。君が言ったように、空気もそうだし、ターフも。走る相手も。一度学園でのトレーニングの枠を出れば、そこは戦いの舞台。痺れる様な感覚もそれに当てられたからだと思う。レースに臨むうえでは大切な感覚だよ」

「なるほど」

 

「チヨノート」なる手帳を取り出してメモをとるサクラチヨノオー。

 

「上手く脚も動かなくて、トレーニングで学んだ事も活かせませんでした」

「ふむ....確かに、勝負を決める鋭さには欠けた走りにも見えた」

「うぅ....」

「でもそれだけじゃない。君の走りは粘り強い戦いが出来る。堅実な君らしい走りだと思うし、それも立派な特徴の一つだよ」

 

一瞬で勝負を制する鋭い走り。それも一つの戦略ではあるが、サクラチヨノオーの持つ粘り強い走りがそれに劣る等と言うことは有り得ない。

 

「なるほど。そういう着眼点もあるんですね」

 

紙面にペンを走らせるサクラチヨノオーの姿を見つつ、次の目標を考える。

彼女が語った目標「日本ダービー」

 

ウマ娘の生涯で「唯一度」のみの出走が許される舞台。

数多のウマ娘がその舞台を、その頂点を夢に描き、そして敗れていった。

レースの世界に身を置く全てのウマ娘の夢の頂点。

 

「ダービーウマ娘」

 

憧れの人「マルゼンスキー」から託された夢は、彼女にとって大きな意義を持つ。

自身の肩に掛けられた使命。その並々ならぬ重さを改めて自覚する。

同じ道を目指す敵は多く。その敵全てが並み居るウマ娘の中でもトップクラスの実力者となる。

やがて立つ舞台の為にも、同格の舞台に身を置いて走る事は彼女にとって重要な経験となるだろう。

 

「サクラチヨノオー。次の目標だけど、G1レースに出走するのはどうだろう」

「はい。G.....へ?....え?G1ですか!?」

「少し気が早いかも知れないけど、日本ダービーへの出走を考えるなら同じレベルのレースに慣れておいた方が良いと思うんだ。勿論不安があれば、その前に別のレースに出走するのも構わない。どうかな」

「......G1.....G1ですよね。なら、一つお願いをしても良いですか?」

「何でも」

「私。「朝日杯FS」に出たいです」

 

少し驚いた様子を見せた後、覚悟を決めた様に彼女が出した言葉はそれだった。

 

「朝日杯FS....ジュニア王者か」

 

朝日杯フューチュリティステークス。それは1600mのマイル戦で、本来ならば2000mの同じ中距離のレース「ホープフルステークス」を選ぶところだが、彼女には拘りがあるのだろう。

 

「朝日杯FSはマルゼンさんも勝利したレース。私もそこで走ってみたいんです!」

 

熱の籠った力強い語気と、輝く瞳から伝わる彼女の思い。それに対する答えは一つ。

 

「なら次の目標は朝日杯FS。今後はそれに向けてトレーニングをしていこう」

「はい!。頑張ります!」

 

拳を握り、溢れそうになる笑顔を噛み殺し体を震わせるサクラチヨノオー。顔を上げて放たれた決意の言葉には喜びの色が混じっていた。

 

「ひとまず今日はお疲れ様。明日は休みを取ってあるから、函館を楽しもう」

「はい!」

 

暫くサクラチヨノオーとの談笑を続けていると、携帯電話の呼び出し音が鳴る。

手に取り電源を付けると、鏑木からの着信画面が開く。

 

「はい櫻庭です」

「やあ櫻庭君、チヨノオー君はまだそっちにいるかい?」

 

電話越しに欠伸を噛み殺した鏑木の声が聞こえる。

 

「ええ、代わりましょうか?」

「いや、それなら構わないよ。私は少し早く休もうと思ってね。チヨノオー君にもあまり夜更かしをしないよう伝えてくれれば良い」

「分かりました。丁度話も終わりましたから、すぐに戻ると思いますよ」

「了解だ。君もゆっくり休みたまえよ」

 

通話を切り、サクラチヨノオーを部屋まで送る。

 

「わざわざありがとうございます。トレーナーさん」

「どういたしまして。疲れを残さないよう休んで、明日に備えておいて」

「はい!」

「それじゃあお休み。お疲れ様、サクラチヨノオー」

「お休みなさい。トレーナーさん」

 

                 ●

 

部屋に戻り、再びベッドに寝転がる。

ターフを駆けるサクラチヨノオー。

彼女が抱く今後への課題と目標。

見据える場所は高く遠いが、そこへ行き着く為、今一度決意を固める。

これが最初の一歩だ。




前回につきましても、迅速な誤字報告をありがとうございます。
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