ウマ娘を語る上で欠かせない「勝負服」アプリ内では支給後の物語が語られますが、その前の物語についてはプレイヤーの想像に任されるものでしょう。
今回はそのストーリーに挑戦したのですが、ファッションに疎い作者にはどうも詳細な描写の難易度は高くそれらしいストーリーとはかけはなれたようにも思います。
幾度かの書き直しの末に完成したものですが、あまり良い出来とは言い難いところです。何卒ご容赦くださいませ。
ソニックフロンティアにFLOODLANDに、並み居る誘惑に悉く敗北して筆が進まない一ヶ月でした。年内に朝日杯編を完成させられればと思っておりますので、次回も気長にお待ちくださいませ。
「トレーナーさん。お疲れ様でした!」
「ああ、お疲れ様。しっかり夕食を食べて、しっかり休むこと。疲れを残して勉強に支障がでないようにね。まあ君なら心配ないか」
放課後のトレーニングを終え、整理体操を済ませたサクラチヨノオーと会話を交わす。
「勿論です!明日も元気に頑張れるようにしないと。ですからね「良い休息は良い鍛練の基」です!」
「ううむ。なるほど?」
サクラチヨノオーは耳を震わせて楽し気にチヨノートにペンを走らせる。
言っている意味はいまいちピンと来ないが、彼女にとっては大切なモノなのだろう。
「気になった事があったら気付いた時に連絡して。君の課題を見つけるには必要な事だし、何より問題は早く解決させておきたいから」
「はい。その時はよろしくお願いします」
「それじゃ、また明日」
サクラチヨノオーと別れ、トレーナー室に戻り机の前の椅子に腰掛ける。
重なったファイルと封筒の群れは見ているだけで気が滅入ってくる。
「....これもサクラチヨノオーのため。トレーナーとしてだ」
スタンドからボールペンを抜き、書類に目を通して行く内、一つの封筒に目が付く。
学園からの連絡に利用される蹄鉄のロゴが印刷されたそれは、サクラチヨノオーと担当契約を結ぶ以前は頻繁に目にしていたモノだ。
外部からの依頼は一度後に回し、封を開いて中から書類を取り出す。
「勝負服の支給....そうだったな」
勝負服。
それはトゥインクルシリーズにおいて重要なレースに出走するウマ娘が身に纏う特別な衣装だ。
彼女たちにとって勝負服を得ること。袖を通してレースを走る事は栄誉ある事だ。
衣装一つに籠める想いも、俺の想像を遥かに越える大きな夢や目的があるのだろう。
勝負服を得ることが叶わずレースの舞台を去る者もいる中で、その支給が学園から認可されると言うことは、サクラチヨノオーの実力が認められたと言う事だ。
「やったな」
自分の事でも無いのに自然と口角が吊り上がる。鏑木が居たなら肩を突いてニヤニヤと笑っていただろう。
他のトレーナーも同じ気分なのか。或いは俺が浮き足立っているだけなのか。どちらにせよ、この事をサクラチヨノオーに伝えるのが楽しみになった。
「っし、やるか!」
嬉しい知らせで力が湧き出る。子供染みた単純な思考だが、それで仕事が進むなら御の字だ。
長々と綴られた依頼状を確認して分類していく。トレーナーの目線からすれば有用と思える事も、それを受けて動くのはサクラチヨノオーだ。彼女のトレーニングや休養に支障を来しては、どんな活動も意味がない。
本人との相談を経て決定するのが最善と言える。
彼女の活躍が注目されてきている事は素直に嬉しく、企業からのオファーが入るのも有り難いが、一人で舞い上がっても仕方がない。
一時間と少し。冴えた頭で取り組む仕事と言うのは存外に捗るモノで、アパートまで持ち帰るつもりでいた分まで片が付いた。
「うーん。絶好調だな」
重みを感じる肩を解しながら、普段より幾らか軽い鞄を持ってトレーナー室を出る。明かりこそついているが、しんと静まり返った学園の廊下と言うのは寂しさを感じる。
窓から眺めるグラウンドの景色はいくら夏の近付く七月と言えど二十時を過ぎれば夜に塗りつぶされる。
緑に色付いた並木道を抜け、校門を出てアパートに向かう。
道中のスーパーで購入したコーヒーと夕飯の食材をレジ袋ごとテーブルに置き、中からコーヒーだけを取り出してリビングのテレビを点ける。
いつもならば帰って早々にシャワーを浴び、エナジーバー片手にパソコンの前に座っている事だろうが、今は違う。流れるニュースを意味もなく眺められる時間に幸福感を覚える。
幾つかの最新ニュースを聞き流し、一息にコーヒーを飲み干して台所に向かう。
ビニール袋をひっくり返し、冷蔵庫に残った豚肉と中華麺とをフライパンで炒める。
パソコンを開き、ニュースで取り上げられたウマ娘について語られた記事を一つ一つ調べ、時折薄く焦げの付いた深みのある飴色の麺を啜る。
「....悪くない....んや、焦げすぎか....」
即興にしてはよく出来ているが、人に出すかと言われればナシ。
「さて、もう一仕事.....」
ふと携帯電話に目を落とすと、画面に表示された二十一時三十分を示すデジタル時計と、メッセージアプリからの通知が目に入った。
『お疲れ様でした。明日のトレーニングもよろしくお願いします!』
飽きないモノかと思う。毎晩こんなやり取りをしている人間など、今時カップルくらいなものだろう。
こちらからも簡単な返信を送り、空になった皿を洗い風呂へ向かう。
日の沈んだ後の時間帯を選んだとしても、夏の訪れた府中は不快な暑さを感じさせる。
風呂を上がる頃、携帯電話のデジタル時計は二十二時を示していた。
「折角だ。たまにはゆっくり休むかな」
ベッドに寝転がり、携帯電話に充電器を繋いで目を閉じる。
○
翌日の放課後。サクラチヨノオーの到着を待ち、トレーナー室で企業からのオファー書類を整理する。
「こんにちは。サクラチヨノオー。ただいま到着しました!」
「ん、こんにちは。元気そうでなにより」
「今日は何をしますか?ミーティングでしょうか」
「そうだね。見せたいものもあるし、今日は休憩も兼ねて今後のトレーニング方針を考えようか」
勝負服支給の件についての相談をするため、サクラチヨノオーの提案を了承しミーティングの準備を始める。
サクラチヨノオーに紅茶を出し、コーヒーを用意して席に着く。
「さて、君が思う今の課題は何かあるかな」
「課題ですか....正直足りないことばかりで何を課題といって良いか」
「君がしたいことでも構わないよ。難しく考えなくても大丈夫」
「なるほど....では、ラストスパートで力を出せる様になりたいです」
「ふむ、了解。次のトレーニングから組み込んでいくね」
メモ帳にサクラチヨノオーの要望を記録し、簡単なトレーニングメニューを組み上げる。
「ならこれはどうかな」
サクラチヨノオーにメモ帳を差し出すと、彼女はふむふむと頷きながら日程に目を通していく。
「少しお休みが多いような.....私、もっと頑張れますよ?」
「やる気があるのは良いけど、それで空回ったら意味がない。しっかり休んで取り組まないと、トレーニングにも不安が残る。心配事は少ない方が良い「備えあれば憂いなし」だよ」
「なるほど。少し物足りない様な気もしますが、トレーナーさんが言うなら!」
始めこそ眉を潜めていたサクラチヨノオーだが、納得してくれたようだ。しかし、彼女の思いにも答えてあげたい。
「....むぅ」
「トレーナーさん?」
「ん、ああ、気にしないで。こっちの話」
「そうですか?」
ひとまずトレーニングの話は持ち帰るとして、朝日FSに向けた予定を相談する。
「トレーナーさん。このフリーというのは?」
「君の予定が合えば少し出掛けようかなと」
「お出かけですか!」
「ああ、学園からこれが届いてね」
ファイルから勝負服の支給についての資料を取り出してサクラチヨノオーに差し出す。
それを見た彼女は花が咲くように表情を輝かせ、ばっと顔を上げる。
「勝負服の支給!」
「出走登録の話をたづなさんにしたんだけど、思ったより早く準備してくれたみたいでね。デザインの参考を探しに行ければ良いかなと」
勝負服はデザイナーが一から手掛ける物もあれば、ウマ娘の要望を元に作られる物もある。
「日本ダービー」人生一度の大舞台。憧れのウマ娘「マルゼンスキー」から託されたその夢は、彼女にとって何にも変えられないモノだ。
その舞台を供に走る彼女だけの衣装であれば、特別な思いもあるだろう。
「君の想いを籠めた物にしたいし、俺も君が決めた最高の衣装を見たい」
「はい!是非行きましょう!」
●
翌週。勝負服のアイデア探しを目的にしたアパレルショップ巡りを予定した外出には、サクラチヨノオーとほぼ同時にトレーナー室への集合となった。
「時間間違えたかな」
「いえ?」
「楽しみだったり?」
「トレーナーさんもですか?」
「正直ね」
「えへへ、私もです!」
「君が楽しみなのは当然だよ。なら、少し早いけど出発しようか」
遠足前日の浮かび上がるような気分で町を歩く。
喜びに後押しされ、勢いのままで意気揚々と提案したのは良いのだが、一つ気がかりな事がある。
櫻庭春馬は身なりの事はさっぱり分からない。
今になって後悔する。
いざサクラチヨノオーに意見を求められたらどうするか。良いと思うの一言では女性は納得しないはず。ましてそれが年頃の相手となれば尚更だろう。にこやかに笑いながら隣を歩く彼女に視線を移しながら自分の失態に頭を掻く。
○
「いらっしゃいませ!」
「....む」
田舎者にとって東京の洒落たアパレル店と言うのは目映く映るもので、どうにも萎縮する。
満面の笑みで迎える店員を相手に返す反応も引き攣っているであろうことが慣れない回り方をする口元の動きで分かる。
「た、担当ウマ娘の勝負服のデザインのアイデアを探しに」
言わなくて良い事を口にして苦笑する。
本来の目的からは離れた要件ではあるが、サクラチヨノオーのインスピレーションに繋がるモノを見付けられればと思う。
「ああ、トレーナーなんですね。そうですか...勝負服」
店員は少し考えるような仕草をして俺に向き直る。
「担当のウマ娘さんとお話をさせてもらっても良いでしょうか」
「え....」
「勝負服はウマ娘の想いを籠める特別な衣装。その衣装を作るお手伝いをさせていただきたいと。私共も一人のプロです。ターフの上で。舞台の上で輝く彼女達の姿をより美しく、目映いものに演出して見せたいのです。どうか力を貸すことを許していただけませんでしょうか」
プロと言う言葉。微塵の濁りもない真っ直ぐ店員の表情は、その一言で片を付けてしまうには勿体無いと感じる程に強く滾る熱意を訴え掛けてくるモノがある。
それはきっと彼女が抱く一流の仕事人と言う意識の垣根を越えた強い思いだろう。
彼女もまた俺と同じようにウマ娘の道に思いを寄せる一人なのだと感じさせられる。
「有難い申し出です。是非、彼女の為に力を貸して下さい」
「はい。お任せ下さい」
正した姿勢で頭を下げる店員と握手を交わし、目を輝かせて店内を回っているサクラチヨノオー探す。
「サクラチヨノオー。良い服とは出会えた?」
「あ、トレーナーさん!」
「順調そうかな。グッと来る物があったら覚えておいて。最も、君には無用の心配かもしれないけど」
「はい!しっかりとチヨノートに!」
サクラチヨノオーが開いて見せたページには丁寧な文字で彼女の得たアイデアが記されていた。
「うん。抜かりなし!」
「はい!」
「仲が良いんですね」
「むむ?トレーナーさん。そちらの方は....」
「君の勝負服のデザインを手伝ってくれると。こう言う事はプロの意見を取り入れて見るのも良いと思ってね。生憎と俺のようなトレーナーでは役不足なワケだし。折角の申し出だしね」
「なるほど。ではもう少し店内を回ってからでも良いでしょうか」
「ええ、ごゆっくりと」
丁寧な所作で店員と会話を交えるサクラチヨノオー。気分転換のついでにと急な事ではあったが、今後のトレーニングの活力にしてもらえるならばと思う。
「俺も残っていた方が良いですかね」
「はい。宜しければトレーナーさんにもお似合いの服をお選びしますよ」
「ああ、いや。俺は別に」
「是非!彼女が有名になれば、自ずとトレーナーさんにも注目が集まります。そうなった時の為に準備をしておきましょう!」
「う、ううむ」
突然向けられた矛先に動揺しながらも、断ろうと体の良い口実を探すが、冴えた答えを見付けようと頭が回るよりも速く、店員はずいずいと詰め寄ってくる。
「う、あぁ。その」
プロフェッショナル。その言葉がよく似合う。服選びのプロであると同時に、彼女は商売のプロでもある。それを相手に逃げ時を見失った客はと言えば、さながら捕食者に目を付けられた獲物だ。
「さあ、ご遠慮なく。きっと彼女のトレーナーに相応しい物をお見立ていたしますので!」
「....ぬぬ」
最もな意見に押され、考え付いたアイデアをだるま落としのように一瞬で吹き飛ばされる。次々と逃げ道を固められ、堪らず助けを求めようとサクラチヨノオーを見るが、楽しげに服を品定めしている彼女を呼び止めるのは忍びない。
加えて、仮に呼び止めたとしても彼女が店員の側に付くことは目に見えている。
観念する他無いらしい。
「え、と。なら....お願いします」
「お任せ下さい!」
「むぅ」
意気揚々と去って行った店員は、すぐに別の女性店員と共に現れる。
サクラチヨノオーの相談に乗ると話していた時点で薄々感じてはいたことだが、やはり本人が俺の服選びまで担当するわけでは無いらしい。
あんたがやるんじゃないのかと内心愚痴を溢しながら、やって来た女性店員に案内され店内を回る。
「サクラチヨノオー。終わったら店の前で合流で。俺も忙しくすると思うからごゆっくり」
「あ、はい!それではまた後ほど!」
元気よく反応を返すサクラチヨノオー。彼女が楽しそうなら何よりなのだが、その対価になる俺自身の出費は、なかなかに手痛い物となりそうだ。
○
「お待たせしました!」
「ん。お疲れ様」
「もしかして、待たせてしまいましたか?随分疲れているように見えますが」
「顔色が悪いのはいつもの事だよ」
「そうでしょうか....と、取り敢えず学園に戻りましょうか」
「そうしてくれると助かるよ」
店内を歩き回り、あれでもないこれでもないと試着を繰り返すこと一時間。
連れてこられた店員の熱意は凄まじく、その拘りも相まって幾つもの商品を紹介され、首を傾げては試着をさせられた。
普段から学園の手伝いをして広い敷地内を歩いていたからこそ堪えられたものの、鈍った体には酷な運動であることに変わりない。
手に持ったアパレル店のロゴ付きの紙袋には購入した衣服が入っており、疲労の溜まった俺にはやや重く感じる。
洒落た繁華街を抜けて学園付近の商店街を歩いていると、サクラチヨノオーが声を上げた。
「トレーナーさん!鯛焼きですよ!」
「ん。ああ、そうだね」
上り旗にプリントされたきつね色の鯛のイラスト。サクラチヨノオーの指差した先には鯛焼きの屋台があった。
「食べる?」
「良いんですか....あ、トレーナーさんも服を買ったんですよね。何だか申し訳ないです」
「構わないよ。鯛焼きの一つくらい服に比べたら大した出費じゃないし、折角の外出なんだし遠慮しないで楽しんで良いんだよ」
「え、と。ではご馳走になっても良いですか?」
「勿論」
店員から鯛焼きを受け取り微笑むサクラチヨノオー。喜んでもらえて何よりだ。
「では、いただきます!」
鯛焼きを頬張り、にっこりと笑う彼女の表情に自然とこちらの頬も緩む。重かった体も幾らか
「トレーナーさん?どうかしました?」
「楽しそうで良かったなと。わざわざ休みを取った甲斐があった。勝負服の事も思わぬ助力を得られたし、大収穫だ」
「えへへ、そうですね。学園に帰ったら早速要望を提出しないとです」
鯛焼きを食べ終えたサクラチヨノオーは、背中に風船を浮かべたように軽い足取りで歩いていく。
「私の勝負服....これでもっと頑張れるように....いえ、頑張らないとですね」
「ああ、これから戦うのはG1レース。最高クラスのレースなだけに、出走するのはジュニア級でも実力者のウマ娘達だ」
「はい。油断大敵です」
「まずは一勝。モノにしよう」
「『人参畑も一歩から』ですね。良い格言が出来ました」
「あ、ああ」
上機嫌でチヨノートに格言を書いていくサクラチヨノオー。その意味はどうにもピンと来ない。
昼下がりの商店街を歩く心境は満ち足りており、それが隣を歩く彼女の力であることを実感する。この先のレースでも、彼女の明るく活気に溢れる姿は多くの人々に力を与えていくことだろう。