褪せた夢中の千年桜   作:rippsan

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ギリギリの滑り込みでした。やはり完走は叶わなかった。


天を結ぶは銀の糸

残暑の気配も息を潜めた十月の府中。

木々の葉は紅や黄金に色付き、気温も僅かながら過ごしやすさを感じるようになっていた。

 

 秋の三大G1レースを控えた東京レース場の盛り上がりは、出走前からこれ以上無い程に高まっており、その火蓋を切る今日のレースへの並々ならぬ期待の高さを感じさせる。

 

「す、凄い熱気です」

「『天皇賞(秋)』だからね。春の天皇賞に続いて名ウマ娘が揃うレースだ。これぐらいの盛り上がりが無いと張り合いがないよ」

 

気圧され気味のサクラチヨノオーに答え、速足に会場に入る。

四月の『天皇賞(春)』他を圧倒する走りで会場の視線を釘付けにし、鮮烈なG1凱旋を果たした『ミスリルリボン』春の盾に続き、秋の盾をその手に納めんと府中に舞い戻った彼女は今、出走を控えたミーティングの最中だ。

隣を歩くサクラチヨノオーに気を配りながら、数日前の再会を思い出す。

 

             ○

 

トレーナー室にやって来た彼女は、普段の調子で静かに礼をして俺の前に立つ。

 

「遂に来たね。秋の天皇賞」

「その様子だとやはり出走するってことだね」

「勿論。クラシック三冠は叶わなかったけど、天皇賞の連覇はチャンスがある」

「春の天皇賞に勝ったんだから、ファンも期待しているだろうしね」

「ファンじゃなくても変わらないよ。どんな観客でもあっと言わせて見せる。それが私の目標。私の夢だから」

「そうだね」

「ハルマも楽しみにしていて。ハルマとミチルの力で作った私の力を見せてあげるから」

「ああ、信じているよ。君なら必ず勝つと」

「任せて」

 

気合いを込めて胸を叩いて見せたつもりなのだろうが、その所作には品の良さが滲み出ている。

 

「一切緊張は無しって感じだね。メンタルの強さも変わり無しかな」

「前より強くなったかも。春の天皇賞に向けて何度も重賞に出走して、併走トレーニングも飽きるくらいした。私に出来る事は全て積み重ねた」

 

覚悟の籠った瞳で俺を見たミスリルが息を吐いて再び口を開く。

落ち着き払った表情と裏腹に、開かれた瞳には冷たく鋭い光が灯っていた。

 

「積み重ねられるだけの努力は全てしてきた。後は自分を信じて走るだけだよ」

「絶対に勝てるよ。努力は君を裏切らない。君が勝つためにした努力は、君の勝利の為に力を貸してくれる」

 

ミスリルに向けて拳を突き出すと、彼女は控え目な力で自身の拳を打ち付ける。

 

「勝ってくるよ」

「ああ」

 

            ○

 

『ウマ娘たちが追い求める一帖の盾。鍛えた足を武器に往く栄光への道。天皇賞(秋)』

 

空には薄い雲が広がる。

バ場は良好。

しかし、折角の晴れ舞台が曇り空と言う事に不満が無いわけではない。

 

『虎視眈々と上位を狙って居ます。三番人気は「ダルマティアン」』

 

ライバルの名が読み上げられる。

やや冷たい風が肌を撫でていく感触に身震いをする。

 

『二番人気はこの娘「ミスリルリボン」春の天皇賞を圧倒的走りで制し、G1レースへの華々しい復帰を果たしたその走りをもう一度見せてくれるのでしょうか』

 

未だ人気は取り戻せていないと言う事だろう。

G2クラスの重賞に出走していたとは言え、半年もの間レースの舞台から離れていたともなればその間に新たなスターが生まれ、私と言うウマ娘はその栄光の影に隠されてしまう。

だが、寧ろその方が私には都合が良いのかもしれない。

人気と言う指標をぶち壊して駆け抜ける姿の方が、観客の目にはより驚きを植え付けてくれるはずだ。

 

「目指すは大穴かな」

 

薄い笑いが溢れる。

今レースの注目の的「イノセントグリモア」の名が実況の声で語られる。

出走の準備は整った。

レース直前の高揚感に身は震え、見据える先の芝の色がより鮮明に映る。

 

『各ウマ娘。ゲートに入り準備が整いました』

 

会場から音が消える。

身の引き締まる瞬間だ。

やがて空気を震わせる号砲に耳を澄ませる。

重厚な開門の音。

続いてダンダンと殴り付ける様な蹄鉄の音が地を揺らしながら響いていく。

 

「....流石に警戒されているか」

 

前方を走るウマ娘はみるみるうちに小さくなる。

その集団が壁のように展開しているのは私を意識ての事か。

ただの自惚れであって欲しいが、レース前の彼女らの様子を見ればそう考えていては、足元を掬われる事になる。

位置は最後尾。

私の様に「差し」の作戦を使うウマ娘でも集団から離れた後方に位置取る者は非常に珍しく、かつてこの場所で私と共に走ったウマ娘と言えば、ジュニア時代に出走したホープフルステークスので目にした黄金の浮沈艦「ゴールドシップ」だけだ。

幾度か疑問に思い、寂しさを感じたこともあったが「勝者は常に孤独」いつか過去の担当トレーナーが読んでいた本で覗き見た言葉を胸に浮かべ、それならこの孤独感も心地が良いと思う。

 

『ハナを巡り争うのはイノセントグリモアとダルマティアン。期待通りの良い走りを見せてられるでしょうか。四バ身開いてリボンララバイとジャカルタファンク。二コーナを回り向こう正面。先頭からシンガリまでは15バ身。ミスリルリボン。今回も最後尾で勝機を伺います』

 

中団の争いは熾烈を極めている。

一度だって味わった事の無い世界の話だが、その激突の中に生きる彼女たちのパワフルさは併走トレーニングを介してよく知っている。

 

『おおっと!?ここでウマ娘たちが動いた!第三コーナーに入り一斉に速度を上げていく。出遅れた娘は持ち直せるか!?』

 

じわりじわりと開いていく差。

離れていく前方の背を眺め、静かに息を吸い込む。

ひんやりとした空気が肺に滑り込み、熱くなった身体を冷やしていく。

 

「勝つのは私だ」

 

振り上げた脚を地に下ろす。

蹄鉄が音を立てて芝に叩き落とされ、勢いのままに抉り取る。

続けて落とす脚も、また次の脚も同じ様に、ターフを踏み抜く度に重々しい音を鳴らす。

蹴り上げる一足一足に溜め込んできた力の全てを入れて駆ける。

 

『ミスリルリボンが動いた!さあ本当のレースの始まりです!今回も彼女が差し切るのか先頭が逃げ切るのか。一瞬も見逃せない戦いです!』

 

実況の声で前を走るウマ娘の空気が変わるのが分かる。

滲み出る動揺とそれを律しようとする抵抗。

ここからは私の舞台だ。

近付き、大きくなる背中。

迫るほど明らかになる焦りの色を無視してその隣を抜き去る。

 

『ネプチュネス、フラハラウ、差しウマを抜き去り尚も速度は落ちません!そのまま前方集団へと斬り込んでいく!』

 

後方へと沈んでいくウマ娘は振り返らない。

次に迫る集団へ猛然と突き進む。

 

『最終コーナーに差し掛かりました!ミスリルリボンが集団に飛び込み、次々とウマ娘を抜き去って行きます!』

 

雪崩。

全てを呑み込む白い災い。

私の走りは、さながらウマ娘を呑み込む雪崩のように映る。

先頭を走るウマ娘の背を捉え、叩き付ける脚にいっそうの力を込める。

深く沈む脚。

それを更に強く踏みしめ、最後の直線を駆け抜ける。

鳴り止まない歓声は時を追うごとに大きくなり、重なり合って増えていく。

これが追い求めてきた最高の感覚だ。

残されたウマ娘を後ろに突き放し、朱色のゴール板を過ぎて走る。

 

『ミスリルリボン!素晴らしい走りです!並み居る強豪を抜き去り、今回も見事な勝利を見せてくれました!』

 

実況の声を皮切りに、一際大きな歓声が会場に響く。

脚を止めて観客を見れば、スタンドから降り注がれる無数の感情が入り交じる声が鼓膜を震わせる。

鼓動をおさめる為息を吸い込み、マジシャンがそうして見せるように大きく一礼をする。

 

           ○

 

「見事な走りだったよミスリル!」

「ありがとう。ミチル」

 

子供みたいに跳ねて喜ぶ担当トレーナーに笑い掛け、控え室に置かれたスポーツドリンクを飲む。

舌に触れる甘い味。渇いた喉を流れていく滑らかな感触がレースの終わりを実感させる。

 

「ウイニングライブと取材があるんだよね。急いで準備をしておかないと」

「力は有り余っているようだね」

「任せて」

「改めておめでとう。ミスリル。天皇賞連覇の夢を果たせた事。私も嬉しく思うよ」

「ミチルが私を迎えてくれたおかげ。止り木の皆に会えたから、私は強くなれたんだと思うから」

「ふっふっふ。もっと誉めてくれても」

「それで、ハルマは?」

「....予想はしていたがやはりその台詞には泣きたくなるね。どこまでお熱なんだい」

「私の最初のトレーナーはハルマ。私を認めてくれたのもハルマだから」

 

諦めたように笑うミチルに笑顔を返し、ライブの準備に取り掛かる。

 

           ○

 

ライブを終え、シャワールームから出た所で待ち望んだ相手と出会う。

 

「お疲れ様。ミスリル」

「ハルマ....!」

「おめでとう。成し遂げたね」

「うん。これでお父さんとお母さんにも胸を張って報告ができるよ」

「それは良かった。サクラチヨノオーも感動していたよ」

「当然。言ったはず。誰が相手でも驚かせて見せるって」

「ライブも最高の仕上がりだったからね」

「皆と練習してきたからかな」

「ダンスレッスンも欠かさずしてきた成果だね」

 

ハルマは普段通りの控え目な笑顔で答えるが、弾んだ言葉遣いでその内心の喜びはひしひしと伝わって来る。

 

「次はチヨノオーのレースだね。ハルマ。きっとあの子も勝たせてあげてね」

「言われなくてもそうするよ」

「私も応援に行くから。楽しませてね」

「君のお眼鏡にかなうかはわからないけど。トレーナーとして頑張らせてもらうよ」

「じゃあ、取材に行ってくるね。今度は何かご褒美を貰えると嬉しい」

「担当トレーナーに言ってくれ」

「じゃあミチルにもお願いするね」

「俺をそこから外す選択はないのか」

「ハルマも私のトレーナーだから」

 

頭を抱え、やれやれと溢すハルマに笑う。

まだまだ走り続けようと思うから。

彼はまだ走ることを止めていないから。

私にもまだ機会はあると言うことだから。




少々文字数が少なくなってしまいました。
ウマ娘視点でのレース描写に挑戦してみましたが、あまり満足の行くモノは書けなかったように感じます。
年始は少し休息を挟んでから再開していこうと思いますので、また暫くお待ち下さいませ
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