内容が薄いと言う惨状ではございますが、勝負服の到着を描きたかった所存です。
「ああ、んじゃまた。あんまり徹夜すんなよ。担当に負担掛けるなよな」
天皇賞(秋)当日の夜。
長くなった友人のトレーナーとの通話を終え、パソコンの画面に目を移す。
イヤホンを耳に押し込み、鏑木から受け取ったレース映像のファイルを開くと、暗がりには眩しい鮮やかなターフの映像が煌々と映し出され思わず目を細める。
俺の不満げな声と、それを流す呑気な鏑木の笑い声の後、焦点がゲートに合わせられる。
並び立つ十八人のウマ娘の中、陽の光を映す鏡のようなしなやかな白い髪が揺れる。
「居たぞ櫻庭君」
「そりゃ居ますよ。ゲート番号通り探せばしっかりと」
「むう....」
「何が不満ですか」
「ノリが悪いぞ櫻庭君。君は楽しみではないのかい」
「楽しみだからこそです。興奮してばかりではレースに集中出来ませんから」
「分からないねぇ。盛り上がって応援してこそだろう」
「人それぞれですから」
グラグラと揺れていたカメラのピントもアナウンスが始まる頃には固定され、ゲートの開門を待つばかりとなった会場の静けさが画面越しに緊張感を伝える。
会場でも映像でも、あまり好きになれない瞬間だ。
重い鉄の号砲。
続くは機関銃の様な蹄鉄の音。
狭苦しい籠から放たれたウマ娘達が一斉にターフを踏み鳴らして駆けていく。
一拍遅れて後ろを走るミスリルリボン。
普段と変わらない落ち着いた走り。
最後尾をただ一人で悠々と姿は他のウマ娘に比べ幾らかの余裕を感じさせる。
レースの世界に踏み込んで以来、一度も変えた事が無いと口にしていた戦術。
ウマ娘の集団の中で競り合う事のリスクが無い代わりに、自ら作った遅れを取り戻すだけの実力を要求される。
彼女の持つ末脚は並のウマ娘のそれとは一線を画すモノで、サクラチヨノオーの課題である走りのパワー面をカバーするに最適な資料だ。
中盤を越えた時点で見せる凄まじい猛追。
本来であれば脚にかかる負担も大きいはずだが、彼女はその走りでレースに出走し、トレーニングでもレースを想定した動きで走る。
身体の丈夫さと言うのもあるのだろうが、担当トレーナーとして過ごした時間を通し、それだけが強みではないとも感じた。
シークバーを画面上で行き来させ、レース映像を何度も巻き戻す。
脚を地に叩き付ける動作。
踏み抜いた地を蹴り上げる動作。
繰り返される脚の動きを睨む。
至近距離で画面に見入り、光にやられた目が痛む。
背もたれにしていたソファに身を投げ出し、腕で目を覆う。
「っづぁぁ」
瞼の裏でも光の残滓が煌々と瞳を刺す。
眠気もすっかり吹き飛び、こうしていれば寝入ることが出来ると言う考えも消えていく。
イヤホンから流れる歓声。
耳だけで感じ取るその情報は、ターフに返り咲いたミスリルの存在を知るに十分な材料であった。
皐月賞の後、脚の骨折を原因に休養に入った彼女を待ち続けていたファンは変わらずその走りに心を踊らせ、声援を送り続けている。
自身の掲げた目的の為、怪我の状況が良好ではないと告げられた後も遠いゲートの先の景色に向けて手を伸ばし続けた彼女は、その姿を間近で見続けたトレーナーだけでなく、ファンの心をも掴み続けていた。
「変わらなかったからなのかな」
疼く目の奥の痛みに不快感を覚えながら、口は薄く笑みを作っていた。
○
「トレーナーさん!見てくだ....トレーナーさん!?」
翌日の昼休み。
胸に鮮やかなさくら色で彩られたビニール袋を抱えたサクラチヨノオーが、勢いよく扉を開けトレーナー室に飛び込んできた。
「.....やあ、サクラチヨノオー」
24時を越えて続いたレース映像との睨み合いは日頃の不摂生な生活の疲労を加速させ、ディスプレイを見続けた体は朝から頭痛に襲われていた。
頭部を撃ち抜かれた死体のように反った体を起こす俺に、サクラチヨノオーは言い掛けた言葉を止めて驚愕の声を上げる。
「と、トレーナーさん?」
「おはよう。ごめんね。昨日遅くまで仕事していてね。たった今目が覚めたところ」
「たづなさんを呼ぼうと思いました....大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと思うよ」
「....お邪魔でしたか?」
「いいや全く。このまま寝てたらトレーニングに遅れるから」
椅子から立ち上がり、サクラチヨノオーをソファに案内して対面に座る。
「何か良いことでもあった?随分楽しそうだったみたいだけど」
「はい。その事なんですけど。私の勝負服が届いたので、トレーナーさんにもお知らせしようかと思って....」
「ふむ、それは朗報だね」
サクラチヨノオーが抱えていたビニール袋をテーブルに置く。
わかりやすく頬を緩めた彼女の表情から、隠しきれない喜びが滲み出ている。
「思っていたより素敵な仕上がりでびっくりしました」
「流石にプロの仕事だ。要望通りの仕上がりだね」
ビニールのヴェールを脱ぎ、テーブルに広げられた勝負服に二人で感心する。
さくら色を基調とした暖かなカラーの衣装は、特徴的な袖付きのアームカバーと着物に分かれたデザインをしていた。
「これが私の勝負服。緊張し....いえ、気が引き締まりますね」
「さくらをイメージした衣装。君らしくて素敵だね」
「えへへ、トレーナーさんにそう言ってもらえると嬉しいです....一度着てみても良いでしょうか」
「どうぞ。俺は外で待っているから、終わったら呼んで」
勝負服を着てみたいと言うサクラチヨノオーに応え、トレーナー室の外に出る。
「....ふあ」
「あれ、櫻庭トレーナーさん?」
「ん、やあ」
欠伸をしながら細目でグラウンドを眺めていると、通り掛かったウマ娘に声を掛けられた。
「どうしたんですか?ここってトレーナーさんの部屋じゃないですか」
「ああ、今担当が来ていてね。呼び出し待ちってところ」
「そうなんですか。なら、少しだけ相談に乗ってもらっても良いですか?私、いつもトレーナーさんの相談時間に間に合わなくて」
「勿論。何か知りたい?それともトレーニングのことかな」
「私、レースで走る作戦を変えようか考えていて....トレーナーさんからも意見を聞きたいなと」
「作戦か。君はどんな走りをしようと思っているの?」
ウマ娘と会話しながらサクラチヨノオーを待つことを数分後。笑顔で去っていく彼女を見送る頃、後ろからサクラチヨノオーの声がする。
「トレーナーさん。お待たせしました」
「ああ、お疲れ様。実際に着てみた感想はどう?」
「それはトレーナーさんに見てもらってからに。さあさあ、中へどうぞ」
サクラチヨノオーに手を引かれてトレーナー室に戻る。
部屋の中央へと到着した彼女は軽く跳ねて見せたり、くるりと回って見せたりと楽しげに勝負服をアピールして見せる。
「うん。華やかだね」
「袖は桜の花が舞う様子をイメージしてみたんです。どうでしょうか」
「君らしくて良いデザインなんじゃないかな。その桜でターフを彩って見せてくれることを期待してるよ」
「はい!サクラチヨノオー。ご期待に応えられるよう精進します!」
自信に満ちた様子で胸を叩くサクラチヨノオー。
終始上機嫌な様子で続いた勝負服のお披露目会を終えた彼女を前に、夜通しの映像との戦いの成果を取り出す。
「今後の課題をまとめた資料。先輩に貰ったレース映像も入っているから、何か気付いたことがあったら教えて欲しい」
「ありがとうございます。それでは失礼して」
手渡した資料を眺めたサクラチヨノオーは、顔を上げて俺を見た後に苦笑する。
「山積みですね....」
「比べる相手を間違えたかもしれないけど、同じ道を走る以上いつかは肩を並べることもあるだろうからね。遠慮なく学ばせてもらおう」
「はい。貴重な経験を得られるチャンスですからね!早速次のトレーニングのミーティングをしませんか」
「了解。それなら映像確認も一緒にしておこうか」
「お願いします!」
開催まで一ヶ月となった「朝日杯フューチュリティステースク」に向けたサクラチヨノオーとのミーティングは、気分を一新し目標に向けて心持ちを引き締めるには良い刺激となった。
お久し振りです作者です。
三ヶ月投稿が空きましたが何をしていたのかと。
ELDENRINGに現を抜かしておりました。昨年もこの時期にこんなことを言っていた様な気がしますが、DLC製作の情報を聞いてPS版も購入しPC、PS両者で狭間を満喫しております化けの皮の剥がれたフロム信者です。
サクラチヨノオー新衣装実装で情緒壊しながらの投稿ですが、無事にサクラチヨノオー名手を獲得しサクラチヨノオー実績もコンプリートし、順調に狂信者化も進行しております。
さて、次回で朝日杯FS本戦となります。
天皇賞(秋)に続き再びウマ娘視点での投稿となりますがよろしくお願いいたします。