褪せた夢中の千年桜   作:rippsan

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アプリメインシナリオ更新日なので初投稿です。
苦節20年。何気なくログインしたらチヨノオーに誕生日祝われました対戦ありがとうございました。
......過去の担当の方が雰囲気良さげになってるのは気のせいじゃないかな(すっとぼけ)



One more training

昼下がりのトレーナー室。

夜通し続いた資料の始末は睡魔として対価を要求し、すっかり寝坊した俺はたづなさんに厳重注意を受けて今に至る。

背後の窓から差す暖かな陽射しが机に開かれた教本を照らし、隣に置かれたタンブラーからはコーヒーが薄く湯気を立てている。

僅かに口に残る深みのあるフレーバーは閉じそうになる瞼をさらに重くしていく。

コーヒーを飲めば眠れなくなる。

よく聞く話だが、実際のところそんなものも慣れてしまえば意味がない。

半目で覗くタンブラーの縁には飲み込んだコーヒーの痕が渋を作り。鼻腔に染み渡る豆の香りが覚醒しかけた意識の尾を掴んで再び沈めようと引く。

 

「今何時」

 

A○exaの反応に引っくり返る。

十四時十九分。出勤が十一時三十五分。それからずっと寝ていた事になる。

 

「三時間......」

 

眠らなすぎるのは寿命を縮める。かといって眠りすぎても寿命は縮まる。

不摂生の具現のような生活を重ねた体にはくっきりと傷痕が刻まれ、目元に残されたクマはその最もたるモノだ。

出会う者には例外無く心配され、ひきつった笑顔で大丈夫だと笑っても覇気がないと言われるのだ。

止めなければならないと決意はしても、長く続いた生活の支配には抗えるはずもなく、今日までグダグダと引き摺っている。

 

「起きないと.....んぐ....ぁ」

 

横倒しになった椅子の上で伸びをし、寝返りを打って床に転がり起き上がる。

椅子に座り直し改めて机を見ると、茶封筒が置かれているのが見える。

 

「またか」

 

学園側からの提案で担当探しを手助けするとの話が出ており、ウマ娘の資料が定期的に送られてくるのだが、他のトレーナーに比べ、俺は妙に人気があるらしい。

櫻庭春馬は面倒見が良い。暇に任せて同期のトレーナーからの相談を受けているうち生まれた噂が、ウマ娘達の耳にも届いているらしい。

 

「これはまたどっさりと.....」

 

暫く担当を受け持つ予定はないのだが、資料ばかりが溜まっていく。

選抜レースまでに皆焦っているのだろう。

 

「放課後のトレーニング見学次第だな」

 

タンブラーに残ったコーヒーを飲み干す。

生温い舌触りには少々不快感を覚えるが、悪いのは俺だ。

教本を閉じて封筒の中に目を通す。

過去に出会っていたのなら一目で気に入ってしまうような魅力的なウマ娘の情報もあるが、それさえ今の俺の目には色褪せて見える。

机に納めたファイルの中に幾つかの資料を追加し、残りは封筒に戻す。

 

「選べる立場じゃないけどなぁ」

 

ファイリングしたウマ娘とも一度話をしたいが、都合悪く会える機会が無いことが悔やまれる。

 

「時間か」

 

タンブラーを水ですすぎ、アルコールティッシュで掃除を済ませると、昨日より少し遅くトレーナー室をあとにグラウンドへ向かう。

 

_________________

 

「ああ、櫻庭トレーナーさん。昨日はどうも」

「今日も励んでるな。体調は万全か?」

「おかげさまで.....いやあ、お恥ずかしい限りです」

 

双眼鏡を構えていたアグネスデジタルが俺を見つけると手を振る。

 

「何事も無かったならよかったよ。ところで皆励んでいるか」

「ええ!今日もキラッキラですよ」

「それは結構」

「それにしても、トレーナーさんが二日もここにやって来るなんて、珍しい事もあるんですね」

「まあ約束があるから。みたいな」

「約束。ふむふむ?」

 

アグネスデジタルの顔が明るくなる。面白い事を聞いたとでも言いたげな表情だ。

 

「昨日言っていたサクラチヨノオー。あの子が今日もトレーニングをするらしいから見学していこうかなと」

「お時間とかは聞いていないんですか?」

「ああ、他のウマ娘のトレーニングも見たかったし、ついでだよ。学園から資料を貰ったから、気になった子が来たら話だけでもと。何もしないでいるよりか評価も良いだろう?」

「それは担当のウマ娘を見つけると言うおつもりですか!?」

「いや、違うが」

「うーん。お堅い」

「デジタルが居ると思って資料を持ってきたんだが」

「是非拝見させていただいても!?」

「頼むよ。何か分かる事があったら教えて欲しい」

「お任せください!」

 

胸をぽんと叩いて見せるアグネスデジタル。自信に満ちた言葉にこちらの期待も高まる。

彼女のウマ娘語りに付き合いながら、学園の資料を見ていると、時間が経っていたようで、何人かのウマ娘たちが帰り始めていた。

 

「さて、そろそろかな」

「やはりお目当てはサクラチヨノオーさんで?」

「他にトレーナーも居ないしな」

 

グラウンドに目を向けて様子を眺めていると、スタンドの下が騒がしい。

 

「あれ櫻庭トレーナーじゃないの?」

「そうだよ。いつも疲れてるみたいな話だったし。服装もそうじゃない?」

 

ウマ娘たちが何かを話しているようだ。

 

「すみませーん。もしかして櫻庭トレーナーさんですかー?」

「俺か?」

「良かったらトレーニングのお手伝いお願いできませんか?これから併走トレーニングしたいんですけど。アドバイスしてもらえたらなー。なんて」

「分かった。すぐ行くよ」

 

間延びしたようなウマ娘たちの声に答え。グラウンドに降りてそのトレーニングに付き合う。

三人いたウマ娘のうち二人は併走を、もう一人はその様子を見ながら俺に意見を求めてくる。

短所は指摘せず長所の伸ばし方を伝え、そのために必要な基礎トレーニングや食事メニューについて話してやると、彼女たちは楽しそうに頷きながらそれを聞く。

 

「じゃ、トレーナーさん。ありがとうございました。またお願いしますねー」

「ああ、俺で良ければまた声を掛けてくれ」

 

三人のウマ娘を見送りスタンド席に戻ろうと準備を始めた時、後ろから声を掛けられる。

 

「あの、トレーナーさん」

「ん?サクラチヨノオーか」

「昨日はありがとうございます」

「ああ、気にしないで良いよ。それにしても.....トレーナーの姿は無いな」

「えへへ、そうみたいですね」

 

頬を掻いて苦笑するチヨノオー。

トレーナー探しが目的ならトレーニングの時間が問題なのだが、それには突っ込まないのが良いだろうと飲み込む。

 

「で、俺に用があるって事は」

「えと、それなんですけど.....さっきまで他の子たちのトレーニングを見ていたみたいですし、お疲れでしたら無理にとは」

「心配無用。寝坊ぶちかましてトレーナー室でも仮眠を取っていた俺に死角はない」

 

何を誇る事があるか。

 

「そ、そうなんですか.....ではトレーニングの事、お願いしても良いですか?」

「任された。やるぞ、サクラチヨノオー」

「はい!よろしくお願いします!」

 

その日のトレーニングも昨日と同じく手短なモノになってしまったが、サクラチヨノオーの特徴を掴むための機会になった。

 

「ペースが速い。スタミナに気をつけて」

「はい!」

 

.......

 

「序盤は他のウマ娘を風避けにして走るのを意識して。飛ばしすぎる必要なないから」

「なるほど!」

 

........

 

「......スピードに緩急があるね。中盤で掛かると後に響くから.....落ち着くよりもベースになる走りを整えてみようか」

「はい。トレーナーさん、昨日より指導が的確になっているような気がします」

「走りをよく見ていれば誰でも出来ることだよ」

「いえ、そんなことないです!」

「なら日頃からやってる事の積み重ねかな」

「トレーナーさんも努力家さんなんですね。ふむふむ、何だか親近感が.....って、ごめんなさい勝手に」

「楽しそうで何よりだよ。努力家とは、そう言われると俺の方が申し訳ないけどね」

「どうしてですか?」

「半年以上担当も付けずに事務処理づくめ。休みには家かゲーセンに籠ってるだけのトレーナーだからね。君のような本当の努力家のウマ娘と比べたらだらけ切った人間だよ」

「あ、あはは」

 

努力家。担当を持っていた頃には人一倍励んでいた自信はあったが、今の指導はその名残と他人からの受け売りだ。

サクラチヨノオーの走りを眺め、見つけた違和感を指摘しては人の言葉で正していく。

そこに俺の考えは無く、借り物の変声機を使って声を発する。俺のトレーニングはいつからかそんな形へと変わっていた。

 

「そのノートも随分使い込んでいるようだし、とても比にはならないな」

「これですか?これは「チヨノート」と言って、これまでの私の軌跡を記録しているんです。気付いた事、知った事、後は格言とか....」

「マメなんだね。思い付いた事を続けられるのは立派な事だよ」

「いえそんな。私みたいな平凡なウマ娘はこれくらいでもしないと周りの皆さんに追い付けないので。アルダンさんにヤエノさん。二人もとても強くて......私も負けていられません」

「平凡か.....その吸収力と根気を平凡と言うには勿体ないと思うけどな」

「そうですか?でもそう言っていただけるのは嬉しいです!」

「それは良かった.....さて、もうすぐ時間だね。お疲れ様。サクラチヨノオー」

「はい!お疲れ様でした.....えーと....」

「ただのトレーナーで良いよ。名前を知ってもらうほど大したやつじゃないから」

 

ポケットに手を入れた時、冷たいものが指先に触れる。

 

「ああ......サクラチヨノオー!ちょっといいか」

「はい。何でしょうか」

「これ。何か買って帰りなよ」

 

サクラチヨノオーの手に小銭を握らせる。冬の風に冷やされたそれは雪のように冷たい。

 

「そんな!悪いですよお金なんて」

「コーヒーを買った余りだし、仕舞う財布も持ってない。俺の話に付き合ってくれたお駄賃ってことでさ。遠慮なく受け取ってくれ」

「......良いんでしょうか。トレーニングの相手をしてくれた事だけでも助かっているのに....こんなことまで」

「明日も頑張って。応援してるよ」

 

彼女の問いには答えず、簡単なエールを送って背を向ける。

 

「.....っ。ありがとうございます!....やっぱりお名前を!」

「名乗る程の者ではありませーん。じゃあね」

 

ひらひらと手を振りながら、暗くなったグラウンドを去る。

 

「......」

 

一人きりのトレーナー室。電気を点けると暗がりに慣れた目に光が射し、一瞬の頭痛に襲われる。

ソファに寝転がって携帯電話を取り、画面をスライドしてネットニュースを追う。

特に設定した覚えもないが、レースの話題が最上段に、それに続いて情勢の記事が並ぶ辺り、気付かないうちに検索でも掛けているのだろう。

 

「未練たらたらじゃねえの」

 

サクラチヨノオーとのトレーニングの事もあってか、忘れようとしていたレースの夢を再び手にしようとする自分の心情を改めて実感する。

三十分ほど携帯を弄るが、見れば見るほどに増える輝くウマ娘たちの活躍に解けた心を正され、だらけていても仕方ないとソファから起き上がり早めの帰り支度を始める。

机に納めたファイルをカバンに押し込み、トレーナー室の戸締まりを済ませ借家へ戻る。

帰り道には近くのコンビニでパック牛乳一つを購入し、街灯の点き出した夕時の町を歩く。

 

_________

 

「ただいま戻りましたよっと」

 

誰からの返事があるでもない家に帰宅を知らせ、リビングの明かりとテレビを点ける。

一人で暮らすには十分な広さの部屋だが、そこには大量のゲームソフトのパッケージが散乱しており生活スペースのほとんどを占領している。

 

「......トレーナー室で暮らしたい」

 

溜め息を吐いてパッケージを片付けていく。

積みに積んだゲームの山は、養成所を卒業してからはその数を一層増していき、クリアしているゲームを探す方が難しいくらいだ。

 

「休みが足りないんだよなぁ」

 

ソファに腰掛け、テーブルに置いた仕事用のノートパソコンを開きテレビの音をBGMに作業を始める。

カバンからファイルを取り出してテーブルに開く。

学園のページからデータを探し、ファイルに納めた資料と比較する。

ウマ娘たちのレース記録から変化を見比べ、その走りの特徴を探る。

全ての資料を見終える頃には日も暮れ、パソコンの端に表示された時計は二十一時過ぎを示す。

 

「そろそろ休むかな」

 

牛乳をマグカップに移し砂糖を加えレンジで温める。

その様子をぼんやりと見つめていると、リビングからコール音が聞こえてくる。

 

「誰だ」

 

レンジからマグカップを取り出し、リビングに戻ると、パソコンがコール音を鳴らしている。

画面には過去の担当ウマ娘の名前が表示されている。

応答ボタンを押すと、暫くの沈黙の後に彼女の声がする。

 

「ーーー」

「はいはいお待たせしましたよ。どうかしたのか」

「ーーー」

「まあ元気ではあるよ」

「ーーー」

「変化ね.....まあ久々にトレーニング見学に行ったくらいかな。選抜レースも近いからか、皆気合い入ってるよ」

「ーーー」

「ただの見学だよ。まあ何人かトレーニングの手伝いはしてるけどさ」

 

少し不機嫌そうな声が返され、それに苦笑しながら答える。

 

「ーーー」

「皆見込みはあるけどさ.....まあこっちの問題だよ。君ほど揺さぶってくるウマ娘はそういないから」

「ーーー」

「居ないとは言ってないだろう」

「ーーー」

「一人な。担当するかは別だけど」

「ーーー」

「分からない。俺に付いて来てくれるかの問題だろう。君の一件があってからロクにトレーニングもしていない。契約なんてしたところで何のメリットもないさ」

「ーーー」

「それは君だけ。今は特別なことなんてしてない」

 

嬉しそうに含み笑いをして、彼女は息を吐く。

 

「ーーー」

「君もな。鏑木先輩を疑う訳じゃないが、何かあったら電話してくれていいから。なんて、俺に言われたくはないよな」

「ーーー」

「......勧めはしないかな。よく考えた方がいい。君の人生だ」

「ーーー」

「君が望むなら」

 

溜め息を吐く。有難い言葉だがその真意はいつも分からない。しかし何故と聞くのは無粋だと黙ってホットミルクの最後の一口を飲み干す。

 

「もう寝るよ。明日も忙しくなると思うし」

「ーーー」

「お休み。体には気を付けて」

「ーーー」

「うっせ。要らんこと言ってないとさっさと寝なさい」

 

通話を終了し、テレビとパソコンの電源を落としてベッドに入る。

騒がしい時の過ぎた部屋の中はいやに静かで、心が沈んでいくようだ。

 

「そういえば、あの子の資料は無かったな.....まあ当たり前か。自惚れ過ぎだな」

 

瞳を閉じて明日に備える。

まだ夢は覚めない。

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