褪せた夢中の千年桜   作:rippsan

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朝日FS編終了です。
次回からは皐月賞編へ。
クラシックレースを舞台にしたお馴染みのライバルとの物語も書いていけたらと思っております。何卒よろしくお願いします。


年の瀬は華やかに

歓喜に湧くレース場。四方八方から上がる狂わんばかりの歓声を背に、それに匹敵する熱量で向けられる期待の眼差しに頭を掻く。

 サクラチヨノオーの勝利に確信を持っていたであろう幾人かの記者の待ち伏せを喰らい、突撃取材を受けさせられることとなり、質問を流すうちにレースも終盤を過ぎゴールを迎えたようだ。

 

「今回の担当ウマ娘の勝利について一言お願いします!」

「いや、何と言うか....その本人と話したのがレース前なもので....実感が無いというか。取り敢えずウィナーズサークルまで行かせてもらっても良いですかね」

「そ、その前に一言」

「お願いします櫻庭トレーナー!」

「URAが機会を設けると思うのでその時にお願いします」

 

 いかにもここを逃せば話を聞けなくなるとでも言いたげな反応だ。それが正解なわけで、集まっている記者もミスリルリボンとのレース人生を歩いていた頃からの馴染みだ。メディアとしての立場を思えば気持ちは分からなくもないが、こちらも現在は一人のウマ娘の担当トレーナを受け持っている。担当ウマ娘の勝利の場を見届けたい思いも理解してほしいものだ。

 

「止り木からも催促が来ますので、また」 

 

 押し切る形で携帯電話を操作しながら記者の横を通り抜けてスタンド席へと向かう。後ろからは名残惜しそうに何事かを訴える声が聞こえるが、鏑木にLANEを送る俺の耳にははっきりと届かない。おおかた俺がのらりくらりと逃げ回り始める前に一言でも証拠になる言葉を集めておきたいのだろう。

 正解だ。終わったレースの結果に対する自分の努力など評価する気も起きないし、それについて自慢も自虐も無用だろう。答える言葉もないのだから、当然後は学園に任せて飾り物の指導者は隠れて仕事に集中するのだ。

 

「面倒くさい。レース結果はウマ娘の努力の賜物だってのに、G1復帰のトレーナーがそうも物珍しいかよ」

 

 呼び出しを告げる携帯を見れば、鏑木の名前が表示されている。

 

「どうしました先輩」

「やり過ごしたかい?」

「その反応....完全にやられましたね」

 

 耳に当てれば、哀れみ混じりの呆れた声がする。どうやら肝心な局面は見逃したようだ。

 

「逃げると言って毎回逃げ損ねているじゃないか。私達と居た方が良いんじゃないのかい?」

「その方が事をややこしくするからこうしているんですよ」

「もう少し信頼と言う物を」

「抱えた地雷を納めず持って突っ込んで来る愉快犯と良くも悪くも素直なウマ娘達には荷が重いですから」

「私への評価が酷くないかい?」

「過去にそれだけのことをしているんですから当然かと。それよりも行先はライブ会場に変えるべきですね」

「席は分かるかい?」

「ええ。先輩好みの席辺りに居ますのでそこで合流しましょう」

 

 

 ライブ終了後の控え室。上位入賞者のウマ娘にはメディアからの取材が残されており、それまでの待ち時間は軽い振り返りの時間としてトレーナーとの話し合いを望むウマ娘が多い。鏑木から受け取った映像を見ながらサクラチヨノオーの到着を待っていると、活気に溢れる声と共に彼女がやってくる。

 

「トレーナーさん。サクラチヨノオー、戻りました!」

「ああ、お帰り。ごめんね。初めてのG1レースなのにトレーナ不在のウィナーズサークルは不満だったでしょう」

「い、いえいえ。トレーナーさんの都合もありますし、鏑木トレーナーさんも先輩方もいらしてくれましたので」

「なら良かったよ。俺も立ち会えたらと思ったけど、想定より敵が多かった」

「ふふふ。鏑木トレーナーさんと同じことを」

「そ、そう。まあ常習犯ではあるからね」

 

 だからあの女に増援を任せるのは嫌なのだ。今のような要らぬ知恵を施しては対処しなければならない問題を増やす。

 

「さて、次は取材があるわけだけど、受け答えに不安はある?」

「ミスリルさんの取材映像を予習しましたけど、私に出来るかと言えば....」

「参考にする相手が随分とイレギュラーだなぁ」

 

 彼女の口から出るのがその名前だとは思わず苦笑が零れる。勉強熱心な彼女の事だ、取材についても抜かりなく準備をしてくるだろうと予想はしていたが、重ねる相手が『マルゼンスキー』ではなかったことには驚きだ。

 

「そ、そうでしょうか。私はあんな風に答えられたら格好いいなと思ったんですが」

「格好良いか....俺は取材の受け方も君らしくていいと思うよ。ファンが求めているのはサクラチヨノオーの言葉だし、このレースで君を知ってくれた人達に、私が『サクラチヨノオー』です。とアピールする場所でもある。デビューしてから間もなく、しかも初の企画なんだから見ている人だってぎこちなさがあることも分かってくれるよ。寧ろそんな君に心打たれるファンがいるかもしれない。慣れないところも武器にしたら良いんだよ」

「なるほど。私らしく....参考になります」

「さて、今回の総括もしたいところだけど、今は次の目標をはっきりさせようか」

「はい。次のレースですね」

「予定通り、皐月賞への出走にしよう」

「わあっ!皐月賞。ダービーと同じ一生に一度のクラシック路線ですね」

「日本ダービーと同じ規模の舞台でその熱を感じて本番に向けて準備を整えよう」

「『ゲートイン、時間は待たず』ですね。私、燃えてきました学園に戻ったら早速トレーニングに入りましょう!」

「まずは会見でバッチリ自分をアピールして来て。沢山のファンと次のレースに臨もう。味方は多い方が大きな力になるからね」

「はい!行ってきます!」

 

 意気揚々と控え室を去るサクラチヨノオーを見送り、椅子に腰かけて再びレース映像を再生する。

 大きく狼狽える様子もなく会見への場へと向かう彼女の背中が大きく見えた。ミスリルと居た頃の俺は彼女ようにあれただろうか。サクラチヨノオーの有り様が眩しく、そして羨ましく思えた。

 

「....何を嫉妬なんかしてるんだ俺は。バ鹿な事を考えてる暇か」

 

 サクラチヨノオーから改めての了承を得て、スケジュールを立てる。本番までの時間に余裕はあるが、今の彼女にとって充分なトレーニングを用意するには物足りない。慌ただしい生活はまだ終わりそうにない。

 

「....格言、だよな。あれ....やっぱよく分からないな」

 

 控え室のテレビ画面に映されたサクラチヨノオーの会見の様子を眺めカレンダーのスケジュールを埋めていく中、頭の中には彼女の残した格言がぼんやりと漂っていた。

 

 

「はい。ええ....またですか。まあ良いと思いますよ。彼女は喜ぶと思います」

「それは良かった。因みに今回は焼き肉屋を予約しておいたんだ。ウマ娘も楽しめる店らしいから、チヨノオー君も君も存分に楽しんでくれたまえ」

「はあ。随分羽振りが良いじゃないですか。何が望みですか」

「何がって、またそうやって人を疑う。たんに年の瀬が近いのだから止り木の皆でパーッと楽しもうと言うだけだよ」

「....年末。もうそんな時期ですか。忙しくしていると分からないものですね。特に先輩の下で仕事をしていると」

「刺があったぞ....まあ良いさ。君の言うように日頃チームの面倒を見てくれている労いと『止り木』の忘年会も兼ねた食事さ」

「忘年会。たまには面白い事を考え付くんですね」

「そうだろう?ところで予約日についてだが、明日の二十時からになっているから、トレーニングが終わったら間に合うように動いてくれよ?勿論チヨノオー君は同席で。半分は彼女が主役だ」

「はぁ!?ちょっと待て何で突然」

「はっはっは。了承はしただろう?ついでになるが『ホープフルS』観戦の付き添いも頼むよ。では現地で」

「先輩!?おい鏑木充!....クソッ切れた」

 

 舌打ちをして携帯をポケットに納めると、丁度サクラチヨノオーが走り込みを終えて戻って来るところだった。

 

「トレーナーさーん!」

「お疲れ様。サクラチヨノオー」

「電話をされていたようですが、お相手は鏑木トレーナーさんですか?」

「そう。君のG1初勝記念の祝勝会をしたいらしい」

「そんな!メイクデビューの時にもお祝いしていただいたのに申し訳ないですよ」

「今回は忘年会も兼ねているから、半分はチームの催しみたいなものだよ。先輩も気合い入れてたから遠慮せず楽しんでくれた方が喜ぶと思うよ。今日のメニューも終わった事だし、予定がなければ君も参加してくれると嬉しいな」

「でしたら私も....あれ、あそこに居るのは」

「あれは....ヤエノムテキかな」

「そうですね」

 

 何かに気付いたらしいサクラチヨノオーの視線を追えば、グラウンドの向こうを走るウマ娘の姿が見える。朱色の風車をあしらった栗色の髪の少女は『ヤエノムテキ』サクラチヨノオーのライバルにあたるウマ娘の一人である。近くにトレーナーの姿が無い様子を見ると、彼女は自主トレ中だろうか。

 苦い記憶が過り背筋がひやりと冷えるが、彼女であればその心配はないだろうと嫌な予感を振り払う。

 

「ヤエノさんもクラシックレースに向けて....トレーナーさん。私ももう一周だけ走ってきても良いですか!」

「うーん....まあ一周なら良いか。あまり負担を掛けすぎないようにしてね」

「はいっ!」

 

 元気いっぱいに走り出すサクラチヨノオー。ライバルの努力を前に、彼女にも滾るものがあるのだろう。

 

「本当に楽しそうに走るなぁ」

 

きりりと締まった表情に浮かぶ晴れやかな闘志は、俺の不安を吹き飛ばしていく。

 許されるなら彼女の気が済むまでずっと走らせてあげたい。僅かにタイムを縮める好調な結果となったその走りを眺め、暖かな気持ちに頬が緩んだ。

 

 

 翌日夜。トレーニング終わりに散歩を兼ねて鏑木に指定された店へと向かう。学園に近いと言う話だったが、歩きでも余裕を持って訪れられる場所にあるとは驚きだった。

 

「ウマ娘でも楽しめる焼肉って話だけど、実際どんな店なんだろう。にんじんハンバーグとはまた違うんだろうけど」

「にんじんサラダ....なんて言うのもありきたりですよね」

「サラダバーになるかな....」

「楽しみにしましょう。皆で楽しめるお店を選んでくれているはずですから」

「そうだね。しっかり期待させてもらおうか」

 

 日の落ちた中央の街を抜けていく冬の風は切り付けるように肌に染み入り、上着越しにもはっきりと伝わる冷たさに身が震える。

 

「函館の時もでしたけど、トレーナーさんは寒がりなんですか?」

「暑がりだし寒がりだよ。夏も冬も好きじゃないんだ。暑くても寒くても、極端な気温は嫌いだよ」

 

 北風に震えて身を縮める俺に対し、色付き始めたきらびやかな繁華街に目を輝かせるサクラチヨノオー。素直で実直な彼女には夜の街に繰り出すと言うのも新鮮な経験に映るのだろうか。

 祝勝会について会話を交わしながら街を歩いて行けば、色鮮やかな街でも存在感を放つ白い髪の少女がやってくるのが見える。

 

「ハルマ、チヨノオー、お疲れ様。皆待ってるから行こう」

 

 流れるような歩みで俺の後ろに回り、背を押して目的地へと案内するミスリル。軽やかな所作に対して込められる力は強く、そのまま彼女に身を任せても地面を引き摺って連れていかれるだろう。流石はウマ娘だ。

 

「分かったから押すなってミスリル」

「主役が遅れたら困る。チヨノオーも早く行こう」

「あ、はい。そうします」

 

 店の戸を潜り、ミスリルに案内されて席に向かえば、賑やかな声が途切れ、仕切りの奥からウマ娘が顔を出して俺とサクラチヨノオーを見る。

 

「いらっしゃーい!」

「待ってたよチヨちゃん!」

「櫻庭トレーナー!早く早く!」

 

 モグラ叩きのようにぴょこぴょこと顔を出し、止り木のウマ娘達が手を振って俺とサクラチヨノオーを歓迎している。相変わらず元気なようで何よりだ。

 

「ハルマとチヨノオーはこっち。ミチルもすぐに戻るから席で待っていて」

 

 ミスリルに案内された席に着けば、先に到着していたウマ娘達がサクラチヨノオーに賛辞の言葉を贈る。

 

「おめでとうチヨちゃん!」

「G1まで勝っちゃうなんて凄いよ!」

「しかも初めてのG1レースでしょ!」

「それにメイクデビューに続いての連勝!」

「止り木の誇りだよ!」

「そんな誇りだなんて、私には勿体ないです」

 

 頬を赤らめるサクラチヨノオーに止まることを知らない称賛が降り注ぎ、彼女もすっかりたじたじのようだ。

 

「こんなに騒いでも大丈夫?他の客が」

「貸し切りにしてもらってる。問題はないってミチルが言ってた」

「なるほど。存分に楽しんでくれって事ね」 

「そう。ハルマもお疲れ様」

「どうも。ミスリル、君の方も調子は?」

「ミチルに聞いてるとは思うけど、ピークは過ぎていないみたい。まだ伸び代はあるみたいだし、私も走れる限りは走るよ。またハルマと一緒に走りたいからね」

「じゃあ次の目標も決まってるんだ」

「ううん、それはまだ。今は調整がてらに他の子たちのトレーニングの手伝い。ミチルも忙しいみたいだしね」

「先輩の場合は何が忙しいんだか分からないけどね」

「ホープフルSにも行くんでしょう?ミチルも楽しみにしてたみたい」

「まあね。遊びじゃないってのは分かっているけど、トレーナー業を優先して欲しいのが本音だよ」

「それで苦労するのはハルマだからね」

「で、肝心の先輩は何処に?」

「すぐ戻るとだけ言ってた」

「やあミスリル。今日も櫻庭君を一人占めかい?」

「チヨノオーが皆に囲まれてるからハルマは私が貰っても問題無いでしょう」

 

 ミスリルの答えに続き、通路に現れた鏑木が荷物と共に着席する。開口一番納得の行かない様子でミスリルに湿っぽい視線を向ける彼女に、ミスリルは気に止める様子もなく涼しげな態度で返す。

 

「櫻庭君への影響がよろしくないから遠慮してくれると助かるのだが」

「チームのメンバーとして相談する権利くらいはあると思う」

「良いじゃないですか。俺もミスリルの近況は気になりますし、元担当トレーナーとしての気に掛けるのは当然と言えば当然でしょう」

「むぅ.....とは言え、あまり君たちだけで盛り上がるのは止めてくれたまえよ?」

「節度くらいは守る。私だってハルマを取り返したいわけじゃないし、チヨノオーの事は応援してる。ただ時間のある時は思い出話をするのも悪くないと思うだけ」

「櫻庭君が構わないのなら良いが、あまり彼の弱みを突くような話は止めるように」

「分かってる。気になるならミチルが止めれば良いだけだよ。そのためにこっちの席に来たんでしょう」

 

 ミスリルがくすりと笑って指摘すれば、鏑木は短く唸る。

 

「その通りだが、察しがついているからとあれこれ傷に塩を塗り込むのは止めてくれるとありがたいがね」 

「人がメンタルの弱いトレーナーみたいな前提で話すのは止めて貰えませんかね」

「違うのかい?」

「違いますよ」

「とは言えミスリルの怪我については負い目を感じているのだろう。それに触れないようにと言う話だよ」

 

 鏑木がミスリルに念を押したところで店員が皿に乗せられた薄切りの肉を運んでくる。

 

「お待たせしました。ウマ娘の皆さんのお皿はお隣の席でよろしいでしょうか」

「ええ。私達の方はもう少し後でお願いします」

「かしこまりました」

「....さて」

 

 店員が飲み物を置いて立ち去ると、隣の席から愛らしい歓声が上がる。目の前で自慢げに含み笑いをした鏑木は受け取った烏龍茶を飲み、話を続ける。

 

「どうだい櫻庭君。久々のG1レースでの勝利と言うのは」

「どう....ですか。達成感はありますけど、漸くスタートラインに来た。ですかね」

「もう少し喜んでも良いと思うが」

「クラシックシーズンはこの比ではありませんから。ウマ娘にとっては生涯一度の三冠路線。サクラチヨノオーはその中でもいっそうの高みを見上げている」

「東京優駿....まあ人気は並のレースに比べて段違いだからね。ウマ娘にとっても一つの人生の目標になる舞台だ。志す者のレベルも当然一線級になるだろうね」

「ミチルが撮ってくる映像を見てもダービーの迫力は凄い。日本のウマ娘が憧れるのも納得」

 

 『東京優駿』又の名を『日本ダービー』

 クラシックレースにおいて『皐月賞』『菊花賞』に並び『三冠』の栄誉を飾るレースである。

 日本国内に留まらず海外からの注目も集め、人気や歴史的位置付けも三冠最高位に存在する名誉あるレースだ。

 

「ウマ娘の意見として聞きたいんだけど、ミスリルから見て今のサクラチヨノオーはダービーに通用すると思う?」

「今のチヨノオーなら駄目だと思う」

「....まあ、そうだよね」

「デビュー戦の都合もあって急造の仕上がりで出走になったウマ娘もいたはずだし、不十分なトレーニングで調子の乗らないまま走った相手もいたと思う。でもダービーの時期には殆どのウマ娘が万全の状態でレースに臨んでいるはず」

「持久戦への強さが彼女の特徴。運が勝敗を決めるとも言われるレースだ。最後の最後まで粘り続けて祈ることもある意味では有効策の一つと言えるが、それは前提の努力を突き詰めた者にのみ許される権利だろう。生中な覚悟と修練で残るはレースの神頼みだなどと、そんな者には始祖の三女神も勝利の女神も微笑みはしない。君に限って無いとは思うが、過去の失敗からトレーニングに手を抜くなんてした時には私も怒るぞ。きつく絞ってやるから覚悟するように」

「ええ、あり得ないので安心してください」

 

 シリアスな表情でどこかの司令官のように手を組む鏑木の話を受け流し、目の前に置かれた烏龍茶を口にする。

 暖房に当てられぬるくなった身体に冷えた口触りが広がり、渇いた喉を滑らかに流れていく。

 

「次の目標は皐月賞。ダービーに向けての調整と、クラシックレースの手応えを感じてもらうためですが、先輩も協力をお願いします」

「任せてくれたまえ。止り木総出でサポートさせてもらう」

「櫻庭さん。少しよろしいでしょうか」

「スウィーティ。丁度相談も終わったところだし大丈夫だよ」

「では、チヨノオーさんの祝賀会の席に向かって上げて下さい。皆さんが櫻庭さんはまだかとお待ちですので」

 

 のびやかな声に応えれば、柔らかに微笑むカシワスウィーティの姿があった。

 

「分かった。それじゃあ俺もご一緒させてもらおうか」

 

 席を立ち、スウィーティと交代する形で隣の席に向かえば、はしゃいだ様子の止り木メンバーと褒め千切られて弱り切っているサクラチヨノオーが運ばれた食事を楽しんでいた。

 網の上で湯気を立てる肉を取り上げ、テーブルに置かれた細切りのにんじんを包んで口へと運ぶ。なるほど。ウマ娘の楽しめる料理と言うのはにんじんの肉巻きの事だったようだ。

 

「櫻庭トレーナー。早くこっちに!」

 

 手招きをする彼女らに従えば、サクラチヨノオーの隣に通される。

 

「さあチヨちゃん。続けるよ!」

「は、は....トレーナーさん!?」

「やあ、サクラチヨノオー。彼女達に呼ばれてね」

 

 青い目を瞬かせるサクラチヨノオー。チームの先達に持て囃されていた彼女はこちらの存在を意識していなかったのか、突然現れた俺に驚きの表情を浮かべている。

 

「トレーナーさん。鏑木トレーナーさんとミスリルさんとお話があったんじゃ」

「その話に区切りがついたところで呼ばれたんでね」

「じゃあトレーナーさんも一つどうぞ!」

「ええと、何を?」

「いやあ。折角なら日頃のお礼もあるしトレーナーさんに食べさせようと思って」

「あ!それ良いね!」

「....良いね?」

「櫻庭トレーナー。ちょっと待っててね」

 

 頷き合ったウマ娘達が網から肉を取り上げ、にんじんを巻いたそれを俺に差し出す。

 

「あーん」

「は!?」

 

 彼女らの行動の意味を理解し上擦った声が上がる。

 

「良いじゃないですか。今更気にすることないでしょ?櫻庭トレーナー」

「い、いや。距離感があるでしょう。学園でも言われ」

「はーい気にしなーい」

「ぐっ!」

 

 嗜めようと開いた口へと熱く甘い物が飛び込んでくる。

 

「ふぐっ....ゲホッ、ゴホッ」

「こら、急に押し込んだら驚くでしょ?」

「ごめんごめん櫻庭トレーナー」

「....そんな無理やり押し込まなくても良いだろうに」

「じゃあ次は私ね」

 

 何故なのか。

 

「うん。皆の分が無くなるから俺は」

「平等に行こうよ櫻庭トレーナー?」

「そうだよ。私達がやりたくてやってるんだから櫻庭トレーナーが気にすることでも無いんだし」

「角が立つよー?」

「....分かった。取り敢えず先に乾杯だけしよう。それにサクラチヨノオーの祝勝の席で俺が目立ってもしょうがない」

「確かにそうだね。それでチヨちゃんは櫻庭トレーナーにしなくて良いの?」

「はい!私が、どうかしましたでしょうか!」

「ほら、こうやって。櫻庭トレーナー」

「だから待ちなさいって」

「まあまあ一つも二つも変わらないって」

「....あー」

 

 やんわりと流そうと提案をしたつもりだったが、サクラチヨノオーを利用した彼女達の策に二つ目の肉巻きにんじんを食べさせられる。混乱している様子のサクラチヨノオーを見やれば、内側で起きた衝撃に押されるように全身を延び上がらせる。

 

「むむむ、無理です!私なんてとてもおそれ多くて!」

「そう?チヨちゃんの担当トレーナーなんだし気にすること無いとおもうけどなぁ。はい、櫻庭トレーナー」

「....遠慮とかないのかな」

「お礼に遠慮も何も無いでしょ?」

「ごもっともで」

「じゃあ問題無いよね」

 

 三つ目。異なる食感と甘味は絶妙な味を産み出す。ごくシンプルなアイデアだが悪くない味だ。

 口を動かしながら席を見れば、対面に着いていた三人のウマ娘はわたわたと慌てているサクラチヨノオーを狐のように細めた意地の悪い目で面白そうに眺めている。

 

「はい櫻庭トレーナー。私からもどうぞ」

「はいはい。これっきりにしてね。あまり生徒と距離が近いと思われると学園で睨まれるから」

 

 四つ。これでウマ娘達の気も済んだだろうか。

 

「よーし、じゃあチヨちゃんもやってみよう!」

 

 寧ろ盛り上がっていた。中身までしっかりと意地悪になっているらしい。

 

「いえ!ですから私は大丈夫で!」

「はいはいチヨちゃんフォーク持って」

「一思いにグッと!」

「あ、あうぅ」

「君たち。俺はおもちゃか何かなのかな」

「恩人でーす」

 

 見事に重なった四人の言葉に込められた意味は探らずとも分かる。少なくとも今の俺は彼女達のおもちゃだ。

 

「さあチヨちゃん。準備出来たよ!」

 

 無理だ。出来ない。と言いながら手渡される物全てを素直に受け取っている辺り、勢いに流されるタイプなのだろうか。

 

「ごめんなさい。トレーナーさん!」

「良いから。気にしてないから」

 

 五つ。べっとりとタレの絡んだ肉巻きにんじんを飲み込んで一息吐く。

 

「さあ、お礼も終わったようだし今度こそ乾杯と行こうか」

 

 子どものようにはしゃぐウマ娘達の姿に苦笑し、グラスを持って話の主導権を取り戻す。

 

「乾杯」

「乾杯!」

 

 明るい声に続いて軽やかなグラスの音が鳴り、再び俺が訪れる前の喧騒が帰ってくる。

 みるみるうちに減っていくにんじんと肉。会話を楽しんでそれを食べ進める止り木のチームメンバー。

 この景色こそが、本来チームににあるべき姿なのだろうと思う。時に悔しさに涙して。時にライバルと思いを燃やして。大きな夢を抱き、目指すべきゴールへ向かって走る。

 

「サクラチヨノオー。楽しめてる?」

「は、はい。皆さん走りを絶賛してくれました。褒められるのも、応援してもらえるのも、やっぱりすごく嬉しいです」

「良かった。先輩も君を招待した甲斐があったと思うよ」

「櫻庭トレーナー。トレーナーも食べないと勿体ないよー?」

「ああ、後でいただくよ」

「早く食べないと無くなっちゃうからね。私達も食べちゃうから!」

「分かったよ。存分に楽しんで」

「先輩方もああ言ってくれていますし。トレーナーさんもいただいては?」

「もう充分食べたから俺は大丈夫。君こそ折角の機会なんだから満足するまで食べても良いんだよ。体重の管理なら俺がトレーニングで調整するから」

「それならもう少しだけ....えへへ」

「ああ。おめでとうサクラチヨノオー。素晴らしいレースだったよ」

「はい。トレーナーさんもありがとうございます」

 

 皿に広がった肉を箸で掴み、再びウマ娘達の話題の中心へと戻っていくサクラチヨノオー。ジュニア級最後の思い出は、仲間に囲まれ賑やかな物となったことだろう。

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