このように不定期更新なのでハイスピード連投の場合もあります(ストック全消費)。
シナリオについてはアプリ育成シナリオを基にして作成していますが、自己解釈によって改変している部分があります。
書きたいことは有り余るけど多分これ以上加筆すると意味を成さない文字の羅列が生まれるので妥協。
ナイスネイチャのストーリーも書いてみたい欲はある(ボソッ)
早朝。無用心にも開け放ったままの窓から吹き込む北風に身を震わせ、微睡みの中から抜け出す。
「っでぇ.....くっそ」
寝起きが悪い日はいつもそうだ。鈍い頭痛が脳をつつくようにして現れては消えるを繰り返す。
キッチンに向かい、冷蔵庫から缶コーヒーを取り一口で飲み干す。買い置きしてある惣菜パンを食べ、学園に向かう支度を始める。
たまには早くから仕事をするのも悪い事ではないだろう。同期のトレーナーと選抜レースについて話をするのも良い情報を手に入れる機会になる。
歯を磨き、顔を洗うとシャツの上からジャンパーを羽織って家を出る。
冬本番を過ぎた三月の街は寒さも和らぎ、時折吹き抜ける風が身を刺すように感じられるほどに温かくなってきている。
昨夜通ったコンビニの前を過ぎ、トレセン学園の門を潜る。並木道に植えられた木々の枝には小さな蕾が付き、春の訪れを待っている。
トレーナー室の鍵を開けて部屋に踏み入ると、机の引き出しにファイルを仕舞う。
パソコンの前に座り、何をするわけでもなく電源の点いていないキーボードを叩く。
「早起きは三文の得.....嘘か」
暇をもて余し、パソコンではレース映像を垂れ流し携帯電話を弄る。
「マルゼンスキー。離す離す!凄まじい加速だ!」
「......」
「一方的なレース運び!レースは彼女の独走だ!」
画面に目を向けると、紅の勝負服を纏ったウマ娘のレース映像が流されている。
バ群の先頭を大差で猛然と走るその姿は、多くのウマ娘を魅了するに相応しい走りだ。
トレセン学園生徒会長「シンボリルドルフ」と共に名を連ねる伝説「マルゼンスキー」学園内でその話を聞かない日はなく、彼女の事を口にするウマ娘たちは皆夢を見る少女の顔をしている。
「スーパーカー....圧巻だな」
パソコンの画面を閉じ、昨夜アパートで纏めたウマ娘たちの資料を広げる。
中央トレセン学園に通うだけあり、どのウマ娘も伸び代はありトレーニング次第ではG1連覇も達成出来るだろう。
「うーん....皆磨けば光る子たちばかりだな。後は選抜レースの結果を見せてもらうとして」
資料との睨み合いを早々に切り上げ、ファイルを持ってトレーナー室を出る。
廊下ではやや興奮気味のウマ娘たちがグラウンドに向かいながらある話をしていた。
どうやらマルゼンスキーの模擬レースがあるらしく、その見学に行くようだ。
「へえ、久々に伝説のレースでも見せてもらうとしようかな」
ほんの少し、心を踊らせながら目的地を変えてグラウンドへと歩き出す。
「ついでにここの子たちとも話せる機会があったら.....なんーー」
「わわわ!どいてくださいー!」
「は?おうっ!?」
突然、右肩に何かが衝突し、大きく体勢を崩して横倒しに転倒する。
周りのウマ娘の視線が一斉に向けられるが、何事もなかったように立ち上がる。全身が....主に右半身が痛むがここでそれを出しても格好がつかない。
「ってて....何だ」
「す、すみません!大丈夫でしたか.....っと、トレーナーさん!?」
「んあ、サクラチヨノオーじゃないか」
「ごめんなさい!お怪我は無いですか!?」
「ああ、多少肩が痛むくらいだ。君がブレーキをかけてくれたのもあるか」
「あわわ、どうしたら....足は痛みませんか?えと、保健室にお連れした方が.....」
「急ぎの用があったんじゃないのか?」
「あ.....はい。マルゼンさんの模擬レースがあると聞いたので」
「なら行きなよ。俺は何ともないしゆっくりと楽しんで来るといいよ」
「えと....はい。本当にごめんなさい!失礼します!」
「さて......俺も行くかな」
手で肩を擦りながら歩く姿を見たウマ娘から何度か声を掛けられたが、トレーナー室のソファから落ちたと説明すれば納得してもらえた。
グラウンドにはウマ娘たちがところ狭しと詰めかけており、俺は定位置のスタンド席の最前列に着く。
レースの様子やウマ娘の走りを観察するには遠いくらいが良いと言う俺の持論に基づいたモノだ。
「おや、櫻庭君」
「......」
「おはよう櫻庭春馬君」
「......」
膝の裏を小突かれ手すりに顔をぶつける。
無言で振り返って犯人の肩を握り、射殺さんばかりの視線で睨み付ける。
「無視して通り過ぎようって気は無いかねこのトラブルメイカー」
「そんなドスの利いた声で怒る必要なんて無いだろう。可愛い後輩の様子を見に来ただけだろうに?」
「成長した姿を遠巻きに見て去っていく主人公の師匠ポジションでやってほしいんですけど?」
「あまり怒ると頭痛がぶり返すよ」
「どなたのせいですかねぇ?」
「はは、知らない知らない」
「面貸せこのクソアマ」
頭に血が昇り、レースそっちのけで鏑木を引き摺りスタンドの裏へと移動し文句を付ける。
終始ニヤついて聞き流している姿には腹が立ったが、彼女は何度言おうと同じことを繰り返すのでこちらもまともに怒ろうとは思わない。鬱憤晴らしのようなモノだ。
「ふぅ....帰れ帰れ!俺はレースに戻る」
「なら私も.....む?」
「今度は何ですかさっさと帰って下さい」
「いや、今そこをウマ娘の子が.....」
「そうですか。なら追い掛けたらいいじゃないですか」
「いや、ここ数日君が贔屓にしている子に似ていたものだから.....誰だったか」
「サクラチヨノオーですか。別に贔屓にはしていませんよ。頼まれるから相手をしてるだけです」
「相変わらずのあげだましクズホストスタイルなわけだ」
「言い方な?」
「どうどう」
「ああムカつく。じゃあそのウマ娘を追い掛けますんであんたは勝手にやっててください」
「私もついてーー」
「来たら覚えとけよ」
「ふっ....さすがに二人の時間を邪魔したりはしないよ、ごゆっくり」
「ええ、そうしてください」
不機嫌な態度を崩さず鏑木を牽制し、指差した方角へ歩く。
廊下で会った彼女。その去り際の表情は期待の光に満ちていたと言うのに、何があったのだろうか。
暫く辺りを歩き回りサクラチヨノオーを探すが、その姿は一向に見つからない。
「また騙されたか......」
舌打ちをして踵を返す。トレーニングを頼まれたわけでもないのに、俺がでしゃばったところでどうもならない。
それにただそれらしいウマ娘が走って行ったと言うだけ。不確定な話に振り回されるのも馬鹿馬鹿しい。彼女とは不思議と良く出くわすのだから、次に会う機会があれば話を聞けば良い。
「あーあ。結局レース見逃したよ」
あのトラブルメイカーは練習に戻っているのだろう。
貴重な伝説のレースの観戦を邪魔された事と、お約束の安い挑発に乗って怒り狂っていた自分を呪う。
加えて鏑木の言った通り頭痛もしっかりと不機嫌な脳を苦しめるわけで。
ギリギリと歯を擦り合わせ、両手はジャンパーに突っ込み僅かに腰を曲げて歩く。
クマの刻まれた目元を吊り上げて歩く姿は完全に不審者だ。シャツにつけたトレーナーバッジがなければ一発で警察のお世話になる。
乱暴に頭を搔きむしって頭蓋の内側から締め付けるような痛みを誤魔化して一人歩く。
学園内で何人かのウマ娘に話し掛けられたが、今度は普段より一層冴えない顔色と怒りの滲む表情を見ると怯んで遠慮がちに離れていく。
トレーナー室に戻りポットに入れてあったコーヒーをカップに移して飲み干す。
ソファに仰向けに倒れて目を閉じる。
「映画でも見よう。そうしよう」
携帯のアプリを開いてお気に入りのホラー映画を再生する。
_______
映画二本を見終え、ソファから起き上がって伸びをする。程よい達成感に気分もいくらかマシになり、頭痛も回復した体で再びグラウンドを訪れる。
しかし珍しい事もあるもので、その日サクラチヨノオーがグラウンドにやって来ることはなかった。
「結局来ませんでしたね」
「そうだな」
「何か残念そうに見えますよ。櫻庭トレーナーさん」
「そうか?」
「案外楽しんでたとか?」
「あるかもな」
翌日、その翌日もグラウンドに顔を出しては見るもののサクラチヨノオーの姿はなく、アグネスデジタルとのウマ娘ちゃん語りや俺の噂を聞き付けたウマ娘たちの悩み相談を受けてトレーナー室に戻るだけだった。
その日もアグネスデジタルと雑談を交わしながらウマ娘たちのトレーニングを眺める。
普段ならサクラチヨノオーがやって来る時間帯だが気配はない。どうしたものかと思案していると、後ろからウマ娘に声を掛けられる。
「櫻庭トレーナーさん。チヨちゃんを待ってるんですか?」
「ん......そんなところかな」
「多分今日も来ないんじゃないですかね」
「そうなのか?」
「はい。トレーニングの話もしてませんでしたし、早く寮に戻るとか」
「なるほどね。じゃあ俺も帰るかな」
「え?」
「え?何かあった?」
「いや、チヨちゃん。最近何か思うことがあるみたいで、辛そうだったから....櫻庭トレーナーさんなら動いてくれるかもと思ったんですけど」
「辛そう?前にあった時は元気そうだったけど」
「多分模擬レースじゃないですかね」
「ふむ?」
「チヨちゃん。始めは熱心に見ていたんですけど、気付いたら居なくなってて。迷惑じゃなければチヨちゃんの話を聞いてもらえませんか?」
先日の鏑木の言葉を思い出す。
サクラチヨノオーに似たウマ娘を見た。
あれは嘘ではなかったらしい。
「ありがとう。寮に行けば会えるかな」
「ヒシアマさんに聞けば分かると思います。トレーナーは寮には入れないですから」
「了解」
ウマ娘に礼を告げ、美浦寮に向かう。
寮の前ではヒシアマゾンが竹箒で掃除をしていた。
「や、ヒシアマゾン」
「ああ、櫻庭トレーナー。どうしたんだい」
「サクラチヨノオーの様子がおかしいとの報告を受けてね。君なら何か知っているんじゃないかと言われたんで」
「チヨノオー......そう言えばさっき風に当たって来るって出ていったね」
「分かった。探してみる」
「.....ははん。そりゃあの子もあんな楽しそうにしてたワケだね」
「ん?」
何気ない呟きであっただろう言葉に振り向くと、ヒシアマゾンはバレちまったか。と困ったように笑う。
「チヨノオーの機嫌が良かったんでね。いつもなら難しい顔しながらノート片手に帰ってくるのに....そういうこと」
「どういう事だ?」
「あんたみたいな世話焼きな二枚目のトレーナーに気に掛けてもらえるんだ。あの子は果報者だよ」
ヒシアマゾンは意味ありげに笑うが、その真意はさっぱり理解出来ない。
「はあ......」
「さ、早いとこ行ってやっておくれよ。何があったか知らないが、帰りが遅れてアタシが口うるさく呼びに行くのも嫌だろうからね」
「心当たりとかあるか」
「さてね、あんたの方が詳しいんじゃないのかい?」
「無いな」
「じゃあしらみ潰しに探すしかないね」
「.....めんどくさいな」
「悪いね」
「いいさ。頼まれた以上はやりきらないと気が済まない性格なんでね」
学園内を歩き回ること数十分。あてもなく人探しなどしても仕方ないのだが、手がかりが無いのではどうしようもない。
偶然立ち寄ったビオトープ。そのベンチに見覚えのある紅色の髪をしたウマ娘が座っていた。
「お、いたいた。おーい、サクラチヨノオー」
「.......」
声が聞こえていないのか、彼女はじっと固まったまま動かない。
「おーい」
「......」
ベンチの後ろまで近寄ってもう一度呼び掛けるが、尚も反応は無い。
俯いた視線の先には破かれた封筒が握られている。
「お隣よろしいですか?」
「あ....トレーナーさん」
「やっと気付いた?」
「すみません。少し考え事を」
「トレーニング。しないのか」
「......今日はそういう気分じゃなくて」
「元気ないか?」
「いえ!そんなこと無いですよ!この通り.....元気いっぱい....ですよ」
「そうだな「空」元気はいっぱいだ」
「う......」
「模擬レース。何かあったのか」
言いにくそうに口ごもるサクラチヨノオー。心配事の原因は模擬レースの事で間違い無いようだ
「そんなに凄いレースだったのか。俺は見られなかったから羨ましいよ」
「はい。とても......とても」
「なら何でそんな落ち込んでるんだ。普通ならもっと頑張らないと!って燃え上がる所だと思うんだが」
「凄かったんです.....だから怖くて....」
「怖い?」
「努力してきました。小さい頃から。トレセン学園に入学してから。マルゼンさんを知ってから。私に出来る事は何でも.....でも」
「......」
「届かないって......そんな気がして.....次元が違うんじゃないかって」
封筒を握るサクラチヨノオーの手に力が籠り、震え出す。
「皆成長出来てるって....でも足りなくて.....私が思っていた以上に.....遠くて」
「遠い。か」
「トレーナーさん。今の私は、マルゼンさんに追い付けますか。マルゼンさんと一緒に走れますか」
「.......それを聞いてどうするんだ」
「どうもしないです.....ただトレーナーさんの意見が知りたいんです」
「無理だね。間違いなく勝てない。それよりも酷い結果になるだろう」
「っ!」
サクラチヨノオーの体が強張る。
「でもそれは今の君の話だよ」
「今の、私」
「ここで君が諦めるなら。マルゼンスキーには永遠に届かない。でも君次第でそれはどうとでもなる」
消えそうな呼吸を止め、深呼吸を一つしてサクラチヨノオーが口を開く。
「......少し。聞いてくれませんか」
「勿論。気が済むまで聞くよ」
サクラチヨノオーが目元を拭い、俯いたままで口を開く。
「真面目で堅実なウマ娘。それが私でした。何かになれるか......そう悩んでいた時に、マルゼンさんのレースを見ました。私に足りない全てを持っていたマルゼンさんのレースを.....その時に思ったんです。マルゼンさんの様に.....マルゼンさんになりたい。辛くても、遠くても、もしそれで届かなかったとしても。それでも!」
力強い言葉。彼女自身に向けたであろう言葉は、俺の心にも深く突き刺さった。
届かないとしても。
「速くなって!強くなって!あの人に近付きたい」
「それが私の夢で、憧れでした」
「でした?」
「今日の模擬レース.....思っていた以上にその背中の遠さを感じました。良くなっているって思っていたんです。少しは近付けたかなって....でも違った。まだまだ遠かった.....全然足りなかった!」
悲鳴の様に吐き出されたその声に驚く。
「どうやっても追い付けない。そうなんじゃないかって考えたら.....私の憧れも夢も」
「届かなくても良い」
その先の言葉を聞きたくなくなり思わず遮った。
「......え」
「自分で言ったよね。届かなくても良いって」
「......」
「時間がかかっても、辛くても構わない。なら追い付けない筈が無い」
「.....分からないですよ」
「それこそやらないと分からない。何もしていないのに分かるわけないじゃないか」
「私は真面目で堅実なウマ娘。他のウマ娘の皆とは違うんですよ!平凡なウマ娘なんですよ!そんなウマ娘が!」
「それだけで充分じゃないか。ひたむきに、真面目に努力出来る。堅実に努力を積み重ねられる。それのどこが悪いんだ。どんなに辛くても、どんなに時間をかけてでも君は辿り着けるはずだよ」
「っ!」
「それでも諦められる?。今の君には足りないことだらけかもしれない。でもそれを継ぎ足して行けば届くかもしれない。そうだとしても、ここで諦めて後悔しない?」
「.......」
サクラチヨノオーが拳を握りしめる。
「でも....それでも駄目だったら」
「そうやって片付けられる程君は臆病だった?トレーニングをして、ノートで反省して、またトレーニングをして。毎日繰り返してきたんじゃない?憧れるだけ?いや、それも捨てるの?」
「......」
「捨てられるの?それで全部終わりにして、また歩いていけるの?」
「また.....歩いて」
「努力を否定して、未来を閉ざしてそこで立ち止まるのが君のやり方なの?」
彼女のスカートに水滴が落ちて、布を濡らしていく。
「部外者が踏み込み過ぎた話かもしれないけどさ、努力はした分だけ積み重なって行くと思う。今は少しずつしか積もらなくてもさ、それがいつか大きな山になった時の事とか、あるとき一度に沢山積もるかもしれない時の事を考えたらさ、ワクワクしないかな」
「....はい」
「俺はそうやって生きてきた。養成所にいた時なんて毎日そうだったよ。落ちこぼれの位置に居ても、明日はもっと良くなれるって信じてきた」
誰が聞いたわけでもない自分語り。ただ惨めなだけじゃないか。
「明日じゃなくてももっと遠くでも、こうして君みたいなウマ娘と話している時の事を考えたこともある。ここを頑張れば夢に近付けるんだって思ってさ」
嘘。そこまで遠くを見据えた事なんてない。
「明日突然良いことがあるかもしれない。それでもここで諦めて後悔しない?」
「....したくないです....ここで忘れたくないです。マルゼンさんへの思いも。これからの事も」
長い沈黙の後、消え入るような声で溢された彼女の声は、すぐに力を纏ってはっきりと語られる。
「涙が流せるうちは諦めないで。口ではどう言っても、その涙は君の心からの思いだから」
「......はい」
唇を噛みしめ、彼女は震える声で絞り出す。
「それに平凡は恥じる事じゃない。他のウマ娘には無い君だけの立派な武器だよ。何にでも成れる。何でも掴める特別な武器」
ベンチから立ち上がり、俯いたままのサクラチヨノオーにハンカチを差し出す。
「暗い話は終わり!好き放題言って悪かったね。ほとんど俺が喋った。さあ、涙拭いて明日からリセット。辛い気持ちは全部今日に吐き出して行こう」
「......」
「帰る?送るけど」
「走っても.....良いですか」
「そうこないとな」
小さく呟いた彼女の言葉を聞き逃さず、膝におかれた自分より少し小さな手を取る。
僅かに帯びた熱が彼女の闘志のように感じられ、不思議とこちらの心にも熱い思いが宿るようだった。
「なら行こう。サクラチヨノオー。今日も時間は少ないけどギリギリまで付き合うよ」
「ありがとう....ございます」
「元気だして。大丈夫、君ならやれる。たった一週間だけど、君を見てきた俺が言うんだから」
「そう....ですね」
「おぅ。そこ認められると何か変な気分だな」
「行きましょう。トレーナーさん」
二人でグラウンドまでの道を歩き、日課になったトレーニングをする。
______
「よし!そこまで」
「....もう終わりですか......私ならまだやれますよ」
「いや、少し休んでから帰ろう」
大きな欠伸をして空を見る。
「いやあ、冷えるな。星が良く見える」
「そうですね」
「知ってるか。諦めない事って案外難しいんだ」
「はい。よく知っています」
「諦めない。あそこでそう言える君は必ず強くなれる」
「.....」
「マルゼンスキー。きっと届くよ。確かに彼女は天才だけど、天才だって努力して天才になるんだと思う。その努力を惜しまず出来る君も彼女と同じ天才になれる。もしかするとそれを越えられるかもしれない」
星を手の中に納めて握る。
「努力の星を集めてさ、彼女より輝ける星にだってなれるはずだ」
「マルゼンさんを......」
「なんて、無責任な事言ってるな。忘れてくれ」
「いえ、ありがとうございます.....そうだ」
サクラチヨノオーが耳をピンと動かし、ノートを取り出して何かを書き記す。
「ここで格言を一つ」
「ん?」
「大きくても小さくても、人参は人参」
「おう......」
「私も今は小さな人参かもしれません。でもいつかはマルゼンさんの様な大きな人参になります」
「そうか......調子は戻ったみたいだね」
「はい。もう大丈夫です」
「なら帰ろう。ヒシアマゾンが心配する」
美浦寮に戻り、待っていたヒシアマゾンに礼を告げてサクラチヨノオーと別れる。
「ありがとね!トレーナー」
「ああ。またな」
「あ、あの!ありがとうございました!本当に...本当に!」
「目指せマルゼンスキー!信じてるよ!」
振り返り親指を立てて笑って見せる。
夜風に冷やされて病人にのそれしか見えないクマの刻まれた笑顔はどう映っただろう。幽霊か。
「は、はい!」
サクラチヨノオーの威勢良い返事に送られ、寮を後にする。
「夢か......やっぱり良いな。そう言うの。俺も忘れてられない」
その夜も過去の担当からの連絡があったわけだが、久しく忘れていた誰かの夢に触れる事が出来た嬉しさのあまり何気なくこの話を出したら「随分充実している」と拗ねられた。
口は災いの元とは良く言うものだ.....。